Tantum Quintus

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2.ramification

33:二人の歩幅

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微睡の中に佇んでいた。

繰り返される夢にも、
現実との境界が認識できない程に、
慣れてきてしまっていた。

それほどの歳月をこの部屋だけで過ごしていた。
日に数回、生理現象で部屋の外には出たが、それだけだった。
四季はもちろん、昼も夜も今の俺には関係なかった。


あいつは、


レオは、あっちでフロスと仲直りできたのだろうか。


夢の中で見せる、はにかんだレオの笑顔は、あの時の罪悪感をよみがえらせる。
この繰り返される思考もパターン化し、機械のように何もかもを繰り返す。


死ぬべきは俺だったのか?


疑問も繰り返される夢の一部と化していた。
答えは出ないが涙は出た。

その涙も枯れ果てた頃、鈍化した思考は瞼に重くのしかかってきた。

そして夢は、自分のしっぽを追いかける犬のように、再びループを始めた。

踏み出した俺の脚は、終わりのない出口に。

また一歩。

また一歩と。







新延暦521年 10月 某日

テーブルを挟んで対面する二人。

1人は座っていてもわかるほどの巨漢。
対面しているのは椅子に座った足が、地に着かないほど小柄な女性。
ファミレスのガラス越しに映る二人。
傍から見ればよくいる凸凹カップルに見えるのかもしれない。

だが真相は違う。
二人は同性であり、また異性でもあり、加えてカップルではなく戦友だった。

「で、どうするんです?ジェナス先輩」

小柄な相席者に問いただされる巨漢の男。
ジェナスは自分の進路について悩んでいた。
元々軍に入る予定でオーサに来たのだ。
来年の春にはその夢が叶う。
だが彼の人柄がその夢への一歩に、赤信号を灯していた。





襲撃事件の後、ジェナスとペイディはセーシン学園と同じオーサ市内にある、
軍学校に編入していた。
レオの父親であるティグリスとセイジの推薦もあって、事はあっさりと運んだ。
もちろん学園に残ると言う選択肢もあったにはあったのだが、
その選択を取る意味が残っていなかった。

襲撃事件は約2000人の死者を出した。
その大半が生徒であり、昼夜問わず敷地内では軍による検分が行われた。
敷地外ではマスコミが親族、学園関係者を直撃し情報収集に精を出していた。
設備も殆どが破壊され、とても授業を再開できるような状況ではなかった。
2日後には学園側から長期休校の発表がされていた。
自分たちが休学扱いになったところで、それに何の意味があるのか。
寮が破壊され戻る場所が無かったジェナスは、
そのニュースをセイジの家で知ったが、ジェナスにはその判断が理解が出来なかった。

ニュースを聞いた翌日。
セイジに呼ばれて居間に行くと、先日見た軍服姿の男が座っていた。

「やあ。少しは落ち着いたかい?」

ティグリス中佐の気さくな挨拶に、ジェナスはすぐに言葉が出なかった。

「いやー済まないね。こんなところに匿って。だがここが一番安全なんでね」

「あ、え、はい。き、今日はどうしてここに?」

答えは背後から聞こえてきた。

「ジェナス君の今後について話そうと思ってな」

いつの間にかセイジが後ろに立っている。

「悪かったな!”こんなことろ”で」

ティグリスに臆さず悪態を突くセイジの後ろには、ペイディもちゃっかり居た。

腰を下ろしたジェナスは正直、びくびくしていた。
あのティグリス中佐がわざわざ足を運んで伝える内容である。
何かやってしまったか。
思い当たる節はないが 記憶領域ストレージを端から漁っていた。

「2人とも。軍学校に入らないかい」

 記憶領域ストレージを漁るのに必死だったが、その一言にジェナスは動きを止めた。

思いがけない誘いに、ホイホイ付いて行きそうになった。

が、2人。


ここに居るのは自分とペイディ。


「あいつの事は気にしなくていい。そのうちけろっと出てくんだろ」

ジェナスの心情を察したセイジにフォローされたが、
気にしなくていいと言われて、はいわかりましたと答えれるほど、
シンプルな回路は形成していない。
それに事件後、ムルトとは一度も言葉を交わしていない。
自室から出てこない彼に何度か声を掛けにも行ったが、
返事が返ってくることは一度たりともなかった。

その場は大人二人に押し切られ、気づけば編入する運びとになってしまった。
その際、ペイディが自分の護衛役として一緒に編入すると聞いて、困惑した。
ティグリス中佐が帰った後に、ペイディの秘密を知り、更に困惑した。
そして襲撃事件の原因がムルトの持つ 第5世代フィフスにあったことも。
情報の整理が追い付かない中、すぐにその日はやってきた。
軍学校の寮に入ることになり、別れの挨拶をと思い部屋の前で告げた。
それでも言葉を交わすには至らなかった。





思い返してみても、話が自分の予想の斜め上を突き抜けいた。
ただ一つ、未だにムルトは自分の殻を破れていない。
背負うものに雲泥の差があるのはわかっている。
それでも・・・。


僕だけ前に進んでいいのだろうか。


そんな軍学校の制服に身を包んだジェナス達の席に、足を運ぶ男が一人。

「おめえの能力なら入っても十分通用するとおもうぜ?」

そう言って男は小柄な軍服姿の隣へ座る。
上下紺の衣服に身を包んだ男は、顔の皺の割に若者のファッションだ。

「ペイディも一緒に入ればいいんじゃねえか?
 学校じゃ良いコンビなんだろ?」

ドリンクバーから取ってきたこーヒーを啜りながら、
男はジャケットを器用に脱いでいる。

「セイジさん、行儀悪いです」

注意を促したペイディは、かたや足をぷらぷらと遊ばせた。

少しの沈黙の後、ジェナスは静かに口を開いた。

「僕は・・・」

2人の視線を浴びたがジェナスは続けた。

「僕は、ムルトを差し置いて、自分だけ前に進んでいいのか。
 答えが出ないんです」

セイジもペイディもそうだろうとは思っていた。
ジェナスは良い奴で、他人の幸も不幸も自分の事のように考えている。
ただ今回も、それが足枷となってしまっていた。

「親身になってくれるのは有難いけど、
 あの子の問題にジェナス君があれこれ悩む必要は無いわ」

ジェナスの背後から聞こえた声の主は、立ち上がるとジェナスの隣へ座り直した。
そろそろ冬も近いと言うのに、相も変わらず誘惑に余念がない服装。
肌色部分が多すぎる。
ジェナスは吸い込まれた自分の視線を、窓の外へ逃がしていた。
胸元のスリットは深く、北半球を覗かせる服装は、
それはそれは刺激の強いものだった。

「確かに今はあんな状態だけど。
 それがあなたの人生の足を引っ張る要因になってしまっていたら、
 ムルトも本望じゃないでしょう?」

「でも。ムルトがいたから今、ここに立ててるんです」

少し鼻息を荒くしたジェナスをなだめる様に、ペイディは口を割る。

「先輩。大丈夫です。ムルト先輩はそろそろ立ち上がりますから」

何を根拠に?

「信じてください」

屈託の無い笑顔に3人は、首をかしげていた。









どれほどの時間、ループを繰り返していたのだろうか。

一向に進展しない俺の繰り返される毎日に、ある日異変が起きた。


《い・つ・ま・で》


誰の声だろうか。俺はまだ夢の中に居るのか?


《やっ・て・ん・の・よ!!!》


鼓膜を揺らすその怒声は同時に俺の後頭部に激痛を走らせる。


クソいてぇ。


振り返ったところで、
俺の部屋には当たり前のように俺しかいない。


いったい何が。


 個別通信チャネルも拒否している。
姉さんではない。声に幼さを感じる。
そんな相手とアドレスを交換した覚えはない。

《やっと解放されたと思ったら本体がこれじゃあ。
 キョーコの予想もたかが知れてるわね》

「・・・誰、だ」

脳からの命令を受信した声帯は、その鈍った性能に鞭を入れて実行する。
かすれた声に、呆れ顔をしているであろう主を探した。

《何一人コントしてんのよ。あたしはここよ、ここ》

後頭部をペシペシと叩かれる。

実際に叩かれているわけではない。

が、感触は残っている。

この部屋には俺しかいない。

《視覚化したほうがわかりやすいわね。えーっと・・・・。
 あ!これチョー可愛いかも》

その一言を発端に俺の水晶体は、少女にピントを合わせていた。

少女は銀髪のロングヘアーをかき上げると、
ドヤ顔で腕組をし、仁王立ちで俺の掌に降り立った。
その手には何の感触も残さない。
後ろでぱたぱたと靡かせる4枚の翼が印象的だった。
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