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1.Farewell to the Beginning
31:常世と幽世の狭間
しおりを挟む※グロテスクな表現が含まれています。
抵抗のある方はご注意ください。
■セーシン学園内 コンソールルーム■
瞼を開けると、ジェナスが心配そうに、俺の顔を覗き込んでいた。
「ミツコさん!オーケーです!行きましょう」
背後にいる姉さんに叫ぶジェナス。
どうやら無事 現実には帰ってこれたらしい。
「わかったわ!しっかり付いて来て!」
姉さんの後を追ってジェナスが部屋を後にする。
「ムルト!逃げるよ!」
彼の一言でクリアになった俺の思考は、脱出の二文字を念頭に体が動く。
俺もジェナスの後を追い、部屋の敷居を跨ぐ。
ふと階段を上る前に部屋を振り返った。
視線は必然に、血の滴るカプセル。ただ一つに注がれた。
彼はもう、帰ってこない。
無意識に握られた拳を解き、部屋を後にする。
俺の脚は階段を前に、鉛のように重かった。
やっとのことで上り切り、地上に出る。
3人を待っていたのは白い景色だった。
しとしとと静かに降っている雪。
銀世界を前に感傷に浸る気はなかった。
が、強烈な光と、何かが蒸発するような音が、
そこかしこから一斉に響く。
音の発生源を見ると校舎やグラウンド、寮や体育館が、球体にえぐれている。
数か所、いや数十か所に上るそれらを凝視すると、
何かが蠢いていた。
その光景に思わず胃液が迫り上がってくる。
見ればジェナスも俺と同じように、その巨体をくの字にしていた。
ただ姉さんは、その姿勢を崩さなかった。
地獄絵図、阿鼻叫喚とはこういうことを言うのだろう。
至る所で巻き込まれたと思われる生徒や職員が、
見るも無残な惨状に見舞われている。
べちゃっ
ある者は頭部の一部を削がれ、残った脳髄と眼球を欠落させる。
即死と言う表現はあまりに生ぬるい。
どさっ
ある者は下半身だけこの世に取り残される。
司令塔を失ったそれは、地面に伏すと残る小腸、大腸をぶちまけた。
―――――ッ!!!
またある者は上半身だけ残し、聞き取れない悲鳴をあげ、絶命した。
同じように残った臓物を、腹部から垂れ流す。
その無残な景色は、振り続ける雪の無力さを説いているようだった。
至る所から聞こえる助けを呼ぶ声も幾度となく聞こえてきた。
だが俺達はそれに耳を貸すことはなかった。
彼らは既に助かりようのない程に、体の大部分を文字通り、消していた。
皮膚と言う名の檻から解き放たれた臓物が、そこら中に横たわっている。
いつ自分が彼らのようになるかわからない恐怖。
おのずと震えは止まらなかった。
「行くわよ」
姉さんのその一言に、俺もジェナスも返すだけの気力と余裕はなかった。
姉さんに先導されその場を後にする。
出来るだけ見ないようにしたかった。
それでも視界の端々で彼らの姿は、執拗なまでに瞳に移り込む。
その度に胃液をぶちまけそうになる。
道すがら、いろんな奴がいた。
意識を刈られるその最後の一時まで、大腸や小腸をかき集め自分の腹に戻す者。
皮一枚繋がった腕や足を、必死に繋ぎ止めようと抑える者。
傍にいた友の亡骸に、飛散した脳髄を戻そうと必死に押し込む者。
上半身だけを残して、抱き合ったまま絶命した者。
手を繋いでいたであろう隣人の、残った腕を抱いて泣き叫ぶ者。
俺達の終着点は、三途の川なのだろうか。
「ミツコ!」
一刻も早くこの場を立ち去りたい俺達を止める声。
それは親父の声ではなかった。
聞き慣れない声に反応した姉さんとは対照的に、
俺とジェナスは顔さえ上げられなかった。
一瞬にして戦場と化した学園は、2人のメンタルへ多大なダメージを与えていた。
やっとのことで顔を上げ、崩れかけた塀の隙間から一つの顔を確認する。
どこかで見た顔だった。
足を止めた俺達の前方では、塀越しに多数の気配があった。
あったが、その気配に対して警戒心を持てる程の気力はなかった。
姉さんに手招きされて鈍重な足を動かす。
塀の奥へと足を踏みこむ2人。
中では緑色の軍服を身にまとった兵士達が、無言で救助活動に従事していた。
聞こえてくるのは足音や布の擦れる音。
実際の軍隊を見たのはこれが初めてだったが、
映像の中のそれとは、あまりに違う光景だった。
「お久しぶりですね、中佐。テルミット軍にしてはお早いご到着で」
口調からして親しい間柄なのだろう。
この状況下で軽口を叩ける姉さん。
それを注意するでもなく、男は気さくに返す。
「随分な挨拶だな。まあ無事で何よりだ」
先程姉さんを呼んだ声の主もまた、緑色の軍服を着ていた。
煌びやかな階級章は、彼の言動の重さを指し示していた。
「それで彼らは?」
制服を着ているのだ。俺達と姉さんの関係を聞きたいのだろう。
しかしこの男の顔、やはりどこかで見たことがある。
褐色の肌に短く整えられた金髪。
目つきは鋭く、無精ひげを蓄えている。
瞳の色だけはあいつと違い濃いグレーだった。
あっ・・・。
「茶髪のイケメンが息子。隣の巨体がジェナス。息子の友達だよ」
親父、ここにいたのか。
「せんぱ~い!ご無事でしたか。良かった」
抱きついてきた涙目のペイディを離し、俺は軍服の男の前へ出る。
この人には俺から話さなければいけない。
そして謝罪しなければならない。
彼の息子を殺したのは、自分同然なのだと。
だが先に言葉を発したのは、目の前の男だった。
「――、――――」
思いがけない一言は、俺の涙腺を難なく崩壊させるものだった。
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