Tantum Quintus

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1.Farewell to the Beginning

28:覚醒

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■セーシン学園内 コンソールルーム■


コツ、コツ、コツ

階段を下ってくる足音は、一定のリズムで音量を上げていく。

1人、いや2人。

扉のすぐ横の物陰で、ミツコは息を潜めていた。
反AIの奴らが来たのかもしれない。

扉の前で二つの足音は止まる。
息を飲むミツコ。

「ミツコ、俺だ。武器は仕舞ってくれ。助っ人も一緒だ」

兄のセイジの声だった。
胸をなでおろしたミツコは、構えていたハンドガンをそっと下ろす。

「悪いな、遅くなっちまって。すぐそこでペイディ君とばったり会ってよ」

「お久しぶりです。ミツコさん。先輩方は無事そうですね」

「今のところって感じかしら。 電磁妨害ジャミングと 干渉波ノイズ両方貼られてるせいで、
 中で何やってるのか全然わからないわ」
 
ペイディはムルトの横たわっているコンソールを覗き込み、
静かに呼吸を続ける彼に安堵した。
そして頬を伝っていたであろう軌跡に目がいった。

「 干渉波ノイズが敷かれてるって聞いて、
 一応アレも持ってこようと思ったんだけどよ」

アレとは 現実リアルから 電磁妨害ジャミングを解除するアレの事だ。
早々用意できるものではない事は、3人とも理解していた。

「しょうがないわよ。で、どうすのよ、兄さん」

それでもここに来たという事は、何か妙案があるはず。
勘ぐるミツコにだんまりのセイジ。
代わりにペイディが口を割った。

「私が学園内のサーバーから直接 電磁妨害ジャミングを解除します」

そんなこと可能なのだろうか?
確かめるようにセイジを見るミツコに、

「 併せ持つ者ジェミネイターなら可能かもしれねえ。
 俺としても半信半疑だが。当の本人が出来るって言ってんだ。
 やらせてみようや」

「失敗したら?」

「そんときゃそんときよ」

飽きれたミツコだったが、自分の兄。
現イシダ流当主のセイジが、二の手三の手を用意していないはずもないと、
信頼もしていた。

「安心してください。対 電磁妨害ジャミング用の装置と、
 成功確率は変わりませんから」

ニッコリと笑みを向けてくる少年は、いつもと変わらない美貌。
時と場所が許すなら今すぐ襲ってしまいたいと、衝動に駆られるミツコだった。

そして彼の言葉は、限りなく100%に近い成功を意味していた。
正直人離れしすぎていて、ミツコは返す言葉が見つからなかった。
セイジも頭をぽりぽりと掻いている。

「そう言う事だ。ミツコはこのままここの警護を頼むわ。
 俺はペイディ君の護衛。 電磁妨害ジャミングが解除できたタイミングで、
 念の為 接続コネクトすっから」

「わかったわ。二人とも気を付けてね」

サーバールームはセキュリティが頑丈だが、ペイディにかかれば、
ものの数分で素通り出来そうだ。
セイジの護衛もあるし、道中を心配する必要もないだろう。
後は彼ら3人の | 現実肉体リアルボディを確実に守り切る。

セイジ達3人が各々の目標を確認したところで、
不意に声をあげる者がいた。


「ゴポォッ!」


振り返るとコンソールの一つが赤く染まっていた。

「レオ先輩!!」

ペイディが駆け寄る。
中では口から血を流し、左腕から胸にかけての衣服に血が滲んでいく。

「ペイディ君!行くぞ!」

呼ばれたペイディは瞳に涙を浮かべながらも、足早に部屋を後にしていった。

あっという間に去っていった2人。
残されたミツコは貧乏くじを引かされたかもと、
憂鬱な気持ちに膝をついた。



■セーシン学園内  出発地点デパーチャー



俺の腕から滑り落ちた彼を、事切れたのだと認識するまで。
どれくらい時間を要したのだろうか。

なぜレオが死ななくちゃならない。
なぜフロスがレオを殺さなくちゃならない。

なぜレオが、

なんでレオが、

なんで、なんで、なんで・・・。

そんな俺をまるで、”お前のせいだ!”
と言いたげなフロスの視線に気づいた。

思えば最初からフロスを信用しきっていなかった。
本音の見えない彼女の危険性を知っていたなら、
ここまで放置しているはずもない。

何やってんだ俺は。

レオへの悲しみはフロスの視線に一蹴され、
俺を憎悪と怨恨の塊に変えていく。
ありとあらゆる負の感情が、怨嗟を中心に俺を支配する。




【Unlock:Quintus】





目の前のポップアップウィンドウの意味を考える間もなく、
俺は意識をシャットダウンさせた。









ジェナス視点



横たわるレオの体を余所目に、ゆっくりと彼は立ち上がる。
対峙するフロスも両手の武器を改めて構える。

僕は何をすべきなんだ?

レオが倒れた今、自分と対峙する男とまともに戦えるとは思えない。
2対1でやっとこちらが耐えていた状況だったのだ。
1対1では5分と持たないだろう。無残に殺され、レオの後を追うのが関の山だ。
その黒い 擬人装甲マプスを纏った男が、
未だ傍観者を気取っているのが、救いと言えばいいのか。
どちらにしても現状を打破できなければ答えは一つ。



殺される。



それ以外の何物でもない。
目の前の黒い 擬人装甲マプスに?違う。
女型の・・・いや、フロスに?違う。




ムルトにだ。




立ち上がったムルトは、そこで静止していた。
暴走し、フロスに襲い掛かるでもなく。
レオのへの悲しみに明け暮れるでもなく。
ただ彼を見ていると、何か気味が悪かった。
それは彼から発せられた何かに対して、
自分の5感が逃げろと警告をしていたのだと、後になって気づいた。
流していた涙は脂汗に代わり、悪寒と共に恐怖と言う感情が沸き上がる。

前にもこんなことがあったような。
確かレオがフロス絡みで、ムルトに絡んでいた時だった。
 記憶領域ストレージを漁って確認したジェナスは、
レオが何をするでもなく、唐突に倒れた一戦を思い出していた。
確かにあの時も殺気のようなものが、ムルトから出ていた。
ピリピリと肌に感じるものがあった気がしたが、
今のこれとは比較にならない、野生動物のそれと大して変わらないものだ。
田舎の山中で狩りをしていたジェナスにとっては、気にすることもなかった。

「うぐっ」

急な吐き気を催した。これはムルトが原因なんだろうか?
殺気を放ったであろう彼は、僕を殺す気のようだった。
いや、正確にはここにいる3人を、なのかもしれない。
ただ仲間である自分にも向けられているのは明らかだった。

本当にあれは僕の知っているムルトなのだろうか?
こんな強烈な殺気、今までに彼から感じた事がない。
そもそも殺気だけで人を殺せるなんて聞いたことがない。
ただじわじわと起こる自分の体の異変が、それを確信へと誘う。

その殺気はまず、吐き気として僕に襲い掛かった。
次に嫌な記憶を延々と思い起こさせる。走馬灯のように。
気付けば口内は、鉄の味一色に染まっていく。
 擬人装甲マプスを纏って確認しようのない耳や鼻、目から、
熱い何かが伝っていくのを感じる。

そして同じような症状を確認できるのがもう一人。
フロスも穴と言う穴から、赤いものを垂れ流していた。
手足を震わせ、自分の体に何が起きているのかわからず、
思いもよらぬ体の不調に困惑しているようだった。
黒い 擬人装甲マプスだけが平然と立っているが、動こうとはしなかった。

「ガハッ!」

声と共に大量の吐血をしたフロスは、足元を血で染めていく。
襲い掛かる膨大な恐怖と言う感情で、思考に割く余力がない。
そして次は自分の番だった。

「ゴパァッ!」

 擬人装甲マプスの隙間を縫って、自分の血が床を這っていく。
自分の体なのに何が起こっているのか、全くわからない。
全身に力を入れるのが億劫だ。
そして四つん這いになって初めて、自分の手足が震えていることに、
今の今まで気がつかなかった。

「なんです?これは。フロスさん、いつまでふざけているんですか。
 さっさともう一人も処理してくださいよ、
 もうこんな状況です。交渉なんて成立しないでしょう」

黒い 擬人装甲マプス何事もなく、自然に口を開いている。
されどフロスと自分が陥った状況が理解できていない。
そんな発言だった。
フロスも僕同様、返事をする余力もないようだ。
ムルトからの一撃も効いているのか、
四つん這いの維持もできず、その場に潰れた。
纏っていた 擬人装甲マプスも、床に溶けだしていく。

「・・・全く。使えない部下の後処理をやらされるなんて、最悪ですね。
  第5世代フィフスの入手とは別で、
 彼女の分の報酬も要求したほうがよさそうですね」

そう言って男はフロスに近づき、
片足をフロスと床の間に潜らせ器用にひっくり返す。

まるで死んでいるかのように、彼女はされるがままに仰向けになった。
 擬人装甲マプスが解けた彼女はいつもの制服姿だった。
綺麗な銀髪は見る影もなく赤く染まっていた。

僕ももう駄目かもしれない。

2回目の吐血は三途の川に渡る前の、カウントダウンにも思えてきた。
手足で支える自分の体重が、
これほどまでに重いと感じるのは初めてだ。

薄れゆく意識の中、硬質な物同士が激しくぶつかり合う音が鳴り響く。

ごめんよ、母ちゃん。
夢はここまで見たいだ。




「大丈夫ですか?!先輩!」

鼓膜を揺らす優しい声が聞こえた。
聞き覚えのある声に顔を上げると、そこには白銀の麗人が立っていた。

「な、なんでペイディがここに? 電磁妨害ジャミングが―――」

掛けられていた 電磁妨害ジャミングは、いつの間にか消えている。
そして気づけば体は軽くなっていた。
さっきまでの不調はどこへいったのやら。
嘘のようによく動く。

「 電磁妨害ジャミングなら私が解除しました。
 また張られる可能性もあるので、一旦 接続解除ディスコネクトしましょう、話はそこで」
早口に捲られながらも、僕はペイディに言われるがまま 接続解除ディスコネクトした。

 接続解除ディスコネクトしながら考える。
体が動くという事は、殺気を発していたムルトに何かあったのだ。
それが故意にやめたものなのか、やめざるを得ない状況になったのか。
はたまたムルトの存在自体が消えたからなのか。

馬鹿だ僕は。
最後の可能性は論外だ。
考えるに値しない。
どちらにせよ、今の自分には彼の無事を祈ることしかできない。

僕がこの戦いで得たものは、替えの効かない友を失った事。
その悲しみと、3人の中で一番強いはずの自分が、
何の役にも立たないという事実。

自分への失望で埋め尽くされていた。
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