Tantum Quintus

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1.Farewell to the Beginning

24:隠される思い

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 瞼を開くと、いつぞやの海が目の前に広がっていた。
設置されているオブジェクトは、
去年学園の 出発地点デパーチャーで見たものと類似していた。
いや、全く同じものをコピーしたのだろう。
ペンション内部の 出発地点デパーチャーを元に、
学園の上位権限をいじったのだ。
いわば今立っている 出発地点デパーチャーがオリジナル。

「それじゃペイディ君。お手柔らかにな」

「いえいえ、こちらこそ胸をお借りします」

勝手に話が進んでるが、理解が追い付いてない。
そもそもアドレスの交換が一番の目的じゃなかったのか?
いきなり戦闘って。
ペンションの上位権限を確認するとノーマル。
つまりは 現実リアルと何ら変わらない。
リミッターのない戦場。
これはやばい状況なのでは。
主にペイディが。

気付けば二人とも 擬人化ニウマプス済みで、
開始のゴングを心待ちにしているようだった。
念の為 擬人化ニウマプスし、親父に聞いてみる。

《親父、確認するが、》

《ただの確認作業だ。切った張ったをするわけじゃねえって》

食い気味に親父に否定された。
ペイディにも親父の意図が伝わっているようで、俺だけ蚊帳の外だ。

「よくわかんねーけど、はじめ!」

初手。ペイディのツーハンド。
 具現化ヴィデートが終わった瞬間、
同時に発射された弾丸は親父の胴に向かって軌道を描く。
無駄のない動きでそれを躱す親父。
既に3発目、4発目と交互に連射するペイディは、
同時に親父との距離を離しにかかる。

うーん。親父があんまり銃弾を苦にしてない気が。
流石イシダ流現当主と言うべきなのか。
親父がちょっと、いや相当おかしい存在なのか。
頑張って近接に持ち込んでいた俺はなんなんだ。

「ほう。やるねえ」

ツーハンドをいつの間にか消したペイディは、
例のフラッシュボムを親父の頭上に投げた。
投げたはいいが、親父は既にペイディの背後に立っていた。
投げたフラッシュボムは起爆せず、
重量感のある音を立てた後、床に吸い込まれていく。

「ま、参りました」

その一言で二人は 擬人装甲マプスを解く。
流石は親父というか、相変わらずの規格外というか。
 肉体強化ビルドアップでの上昇値が相当なものかもしれない。
開始10秒たらずで決着してしまった。

「いやーすげーわ。ツーハンドにさっき投げたのECBの類だろ?」

「そうです。ママの改良したフラッシュボムです。まだ出回ってない代物です」

勝って相手を褒める親父。
負けたのにドヤ顔で、武装の説明を始める小学生。
その小学生に頭脳で負けている俺も、
いい加減仲間に入れてくれないだろうか。

「ごっめーん♪遅くなっちゃったー」

このタイミングで姉さんか、ややこしくなりそうだ。

「あなたがペイディちゃんね。話はムルトから聞いてるわ。
 っていうか何?ちょーかわいいんですけどー♪」

ペイディに気づくと、
遊園地のマスコットみたいな扱いをする姉さん。
ああ、想像するまでもなかった。
ペイディがワールドレコードの肉まんに埋もれて、窒息死しかけてる。

っつーか姉さん今年で41だろ?
なんで女子高生みたいな反応してるんだよ。
歳考えろよ。

「なによ、いいじゃない。可愛いんだから。ねー♪」

だから心を読むなっつーの。
あ、ペイディの顔色がいよいよヤバイ。

「よしペイディ君、細かい話は要らねーだろ。
 アドレスはミツコの分も頼むわ。念のため、な」

取り残された俺にさらに距離を付けるかのようなスルーっぷり。
姉さんから解放されたペイディはアドレスの交換を始めた。
先に俺への説明をしてくれると、とても助かるんだが。

「おっし。じゃあ本題に入るか。っとその前に」

要約説明してくれるのか。
正直話について行けなくてどうしようかと。

「ペイディ君。君、 併せ持つ者ジェミネイターだろ」

待て待て待て。 併せ持つ者ジェミネイターってなんだよ。
聞いてないぞお父さんは。

「流石ですねセイジさん。今まで気づかれたことなかったのに」

だから何だよ、 併せ持つ者ジェミネイターって。

「ムルトー。大丈夫?焦点合ってないけど」

「あ、ああちょっと説明。色々お願いしていい?
 完全に置いてけぼりなんだけど」

そうして俺は3人から順に講義を受ける羽目になった。

まずは戦闘に至った経緯。
これは単に親父がペイディの腕を知っておきたかった。
という建前の元、黄金のツーハンドとの類似点を探っていた。
ペイディは単に戦って見たかっただけのような気もするが。
 仮想バーチャルで模擬戦に浸っているせいか、
戦闘狂への一歩を踏み出させたのかもしれない。

「黄金のツーハンド。そのような人、聞いたことありませんね」

試すような真似をされたというのに、気にも留めていないようだ。

「確かにツーハンドなんだが、ペイディ君はインファイトが苦手みてえだな」

仰る通り。 肉体強化ビルドアップで距離を取れないと苦戦必至だ。
親父と戦った黄金の 擬人装甲マプスは銃に刃物が2本ずつついている。
近接が不得手なペイディとは、そこに大きな違いがある。
一先ずペイディと犯人との繋がりはなさそうだ。
嘘をついてる風にも見えない。

「じゃあこれで怪しむ必要もないよな」

「別に最初から疑っちゃいねえって。これは実技試験みてえなもんだ。
 ペイディ君の実力が判らねえと連携もできねえだろ?」

ペイディも併せて頷く。

いざという時の為、か。
入学当初から姉さんに警告されてたけど、
未だにオーサに潜入しているであろう、
反AIの存在も明らかになってない。
近頃の動きが読めないとはいえ、本当に目標は俺なんだろうか。

無い頭で思慮を巡らせても、答えは出なかった。

「では 併せ持つ者ジェミネイターについては、私から説明しましょう」

ペイディ教授の講義は5分もかからなかった。
頭がいいと説明も上手いな。

 併せ持つ者ジェミネイター
それは2つのチップを持つ人の事を指すらしい。
聞いたこともなかった。
当然と言えば当然だ。
チップの性能を同時に引き出すことが、人間にはできないからだ。

そもそも生まれてすぐチップを移植しているのが、当たり前の現代。
2つ目のチップを移植したところで、シングルタスクしかできない人間に、
それは扱いきれない。ただの持ち腐れ。

俺はマルチタスクができる!
と豪語する奴はそれが単にスイッチタスク、
交互にシングルタスクをこなしているだけ、
という事を理解していない。
チップも同様に2つ所持していても、結局は片方の処理能力しか活かせない。

しかしペイディは違った。
2つのチップを100%には満たないものの、
同時にチップを使いこなす。

「一応人間の構造に限りなく近いので、
 私もシングルタスクには違いありません。
 残念ながらマルチタスクについての種明かしは出来ませんが、
 ツーハンドは 併せ持つ者ジェミネイターだから制御できています」

シングルタスクと言いながら、マルチタスクができる。
まだ何か隠してるのか。
ただ彼のツーハンドを見れば納得もいく。
両方のチップの処理能力を使っているからこそ維持もできる。

「とすると黄金の 擬人装甲マプスも 併せ持つ者ジェミネイターなのか?」

首を横に振るペイディに代わり親父が講義を続ける。

「それはねーな。ペイディ君の存在は唯一だ。
 黄金の 擬人装甲マプス。奴はペイディ君と同じ存在じゃねえ。
 マルチタスクの人間なんていねーのよ。」

親父の言葉は、
ペイディを完全に疑ってない事の確証にはなった。
それと共に疑問は生まれる。

「なんでそう言い切れるんだ?」

「それは、私と同じような存在を、もう作れないということです」

マリ・ソフォス。彼女の存在が色々なところでネックになる。
彼女の話になるとペイディもだんまりだ。
ただ騙している感じはしなかった。

「じゃあ親父と戦った 擬人装甲マプスはなんなんだ?」

全員が黙ってしまった。
そうそうわかるわけもないか。
親父の存在を知っていたペイディにもわからない。
戦闘力の高さから相当な実力者なのに輪郭さえも掴めない。

「今日はこの辺して休もうや。お相手さんについてわからねーこともある。
 だが、わからねーことがわかったって事で」

そう言って親父は 接続解除ディスコネクトして行った。

謎は残ったままだししっくりこないがしょうがないか。
謎と言えば一つ思い出した。

「そういえば姉さん、お使いって?」

「ん?ああ。教えて欲しい?ど~しよっかなあ♪」

「・・・よし、ペイディ。 接続解除ディスコネクトしてお茶でも飲もう」

「あ、はい」

 接続解除ディスコネクト中に牛の鳴き声が聞こえた気がしたが。
気のせいだろう。








 現実リアルに戻った俺は夕食を済ませ、
月見酒ならぬ月見牛乳を堪能していた。

「く~っ」

桶の中にはキンキンに冷えた氷と牛乳。
湯につかりながら一杯は格別だ。

しかしペンションに露天風呂が付いてるとはなあ。
あるならもっと早く教えてくれれば、
毎年ここで過ごすってのも良かったのに。

ガラガラと戸が音を立てている。
親父も入ってくるんだったら酒の一杯でも用意してやればよかった。

あれ。ペイディ!?
それはさすがに不味いのでは?
いや、付いてるから女湯も問題がある、ようなないような。
とにかくこのままでは最悪の展開になる。
先手を打たねば。

「ちょ、ちょっとまった!ペイディ!?」

「ふぇ?」

俺に気づいたペイディは変な声を上げる。

小動物かよ。可愛い声上げやがって。

「びっくりしたー。いるならもうちょっと早く声かけてくださいよ」

「いやー悪いな。じゃなくてなんで平然としてんだよ。ここ男湯だぜ?」

腰を落としたペイディは、
シャワーを浴びながら、体を洗おうとしている。

「何言ってるんです。私だって付いてるんですから。
 女湯に行くほうが問題でしょう?」

いや、まあ付いてるのは知ってるんだが。
逆に言えば男に付いてないものが付いてるのも知ってるんだ。

何言ってんだ俺は。

「いや、まあペイディが気にしないならいいんだけどさ。
 念の為だよ念の為。
 これで悲鳴上げられたら、俺が加害者みたいじゃんか」

「そういうもんですかねえ」

「そういうもんだよ」

他愛ない会話をしつつ牛乳に手を伸ばす。
ペイディは生まれてからまだ1年くらいとのことだった。
ある程度の常識は教えられていたようだが、
稀に突拍子もないことをしてくる。

「ムルト先輩」

体を洗い終わったペイディも湯に入ってきた。
別に変な気はこれっぽちも起きない。
幼児体型だからどうのとかそういうのとは違う。
親戚の甥っ子とか弟のような感じだ。

「その・・・何があっても先輩は私が守りますから」

急にどうしたペイディ。
そんなこと言ったら立っちゃうじゃないか。



決して如何わしい意味ではない。



「何それ。フラグかなんか?」

「ま、真面目に話してるんですけど」

頬を膨らますペイディは姉さんを連想させる。
姉さんといえば、あれからずっと牛だったな。
家族で囲う久しぶりの夕食。
その頃には機嫌は良くなってたが。

「どうした、急に。なんかあった」

親父辺りがなんか言ったんだろうか。
風呂上がりに、説教タイムを設ける必要があるかもしれない。

「まだ全てを話せてないけど、私の使命に変わりはないので。
 じ、自分なりの決意表明と言う意味でも、言っておきたいなと」

まだ3ヶ月と短い付き合いだけど、ペイディがどういう奴なのか。
少なからずわかってきたところもある。
普段は誠実、努力家、ピュア、そして時折ドジっ子。
戦闘になれば冷静な策略家。
智謀に長け、遠距離火力のあるサポーターと言ったところか。

何かを隠しているのは、それなりの理由がある。
そしてペイディが隠すことは、
俺にとってデメリットにはなってないのだと思う。
大抵の質問には答えてくれてるしな。
まあ感でしかないが。

「言えない事は別に気にすんなって。そのうち話してくれるんだろ?」

「それはもちろんです」

「 第5世代フィフスがどんなものなのか。
 俺には未だにわからねーけど、それを守らなきゃいけないって、
 ペイディの決意はなんとなく感じてるからさ」

「まあ 第5世代フィフスもそうなんですけど・・・」

風呂のせいかペイディの顔が赤く見えるが。
まだのぼせる程長く浸かってないよな。
しかし”も”ってなんだ。
それもおいおい話してくれるか。

「あとペイディが自身をどう思ってるか知らねーけど。
 ”命大事に”これを第一に考えてくれ。
 俺を庇って自分が死ぬような事は―――」

最後まで言わなくてもわかるだろ。
俺だって大切な仲間が、目の前で死なれたらやりきれない。
庇われてその結末だったらなおさらだ。

「出来る限り」

ペイディは小さく返事を返した。
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