Tantum Quintus

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1.Farewell to the Beginning

9:最悪の出会いと肉まんと

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 「ふぅ」

体育館を出ると春のさわやかな風が出迎えてくれた。
式での一幕もこの風が癒してくれる。
姉さんの挨拶の後、親父も出てくるかと思ったが流石にそれはなかった。
暗殺術の御当主様がおいそれと人目の付く場所に出られるわけもないしな。

ふと、遠くからの視線を感じ見ると姉さんがいた。
手招きしているが、その前に一緒にいる人物に目がいった。

金髪が目立つ、ソフトモヒカンのやつだった。
よりにもよってピックアップしたやつとは。知り合いか?
あまりかかわるつもりは無かったが、
姉さんの知り合いとなれば話は別だ。

「よう!」

近くに行くと金髪君は、
馴れ馴れしく声をかけてきた。

「どうも」

素っ気無い返しをしてしまったが、どうやら姉さんに夢中らしい。
ずっと胸元に釘付けだ。
凝視してるのがバレてないと思っているのか。
バレてようがお構いなしなのかはわからなかったが、
第一印象は『礼儀の知らないヤツ』になったのは言わずもがなだ。

「ムルト、この子のお父さんね、兄さんの一つ上の先輩なのよ」

へ~、親父の。わざわざ親父のとちらつかせるくらいだ。
この礼儀知らずの御父上はそっち方面の人間ってことかな。

「レオ・アリクアーマだ、よろしくなムルト」

そう言ってレオと名乗った礼儀知らずは、右手を出して俺に握手を求めてきた。
チラチラと視線を泳がせている。2つの張りのある肉まんが気になるようだ。

「ムルト・イシダだ」

断るわけにもいかないので礼儀知らずの右手を取り、
少し義手に力を入れてやった。
結構根に持つ性格だな、俺は。
力加減にビビったのか、
肉まんに視線を送る余裕は無くなったようだ。
手を放してやると、口元をヒクヒクさせている。
見すぎなんだよまったく。

しかし、アリクアーマといったか。
この辺じゃ珍しい苗字だな。それにどこかで・・・。

「前にちょっとだけ話したけど、
 レオ君のお父さんはテルミット陸軍のティグリス中佐よ」

ああ、あの。思い出した。
親父がまだ当主に着く前の話だ。
20年近く前の話だが当時は互角の力量で、
良い訓練相手だったと親父が嬉しそうに語っていた。
親父と互角と言うことは、まあそういうことだ。
その息子はどうだか知らないが。

「イシダ?コロメさんとはどういう関係なんだ?」

何故か威圧的な視線を飛ばされる。
親の七光りに頼った礼儀知らず君だな。
俺と姉さんがどんな関係か知ってどうするんだ?
肉まんの件といい、もう一度僕と握手してみるかい?

「レオ君。ムルトは兄さんの息子であり弟子よ」

俺の発声は姉さんに飲み込まれた。
姉さんの口調に少し怒気と殺気が含まれていた。
俺も姉さんにイタズラして怒られることはあったが、
殺気を混ぜてくる姉さんは初めて見た。
やっぱり底が知れないな。からかうのは程々にしておこう。

「す、すまねぇ、苗字が違ったから気になって。興味本位だったんだ」

言いながらこうべを垂れてきた。
レオの頬に脂汗が流れ、足が小刻みにリズムを刻んでいた。
チビってはいないと思うが、流石にビビリ過ぎだ。
こんな人込みで国の関係者の息子に手をかけるほど、姉さんは馬鹿じゃない。

「別に。気にしてないよ」

興味なさげに返すと姉さんは普段の姉さんに戻っていた。
しかし俺の目は節穴だったか?メンタルが弱すぎる。
確かにピックアップした3人のうちの一人だ。
同年代で比較すれば武術も高いレベルで習得してるんだろう。
だが親の威厳を借りたところで、お前が肉まんを凝視した罪は重い。
いや肉まんは関係ないけど。

「コ、コロメ様」

少し震えているが、澄んだよく通る声だ。
俺と姉さんが振り返ると、声の主は深く頭を下げた。
銀髪が揺れる。重ねた手の下には先程ピックアップした足が垣間見えた。
前にも言ったが別に脚フェチじゃない。
綺麗なものを愛でるのは人の性だ。

「あら、フロス?大きくなったわねぇ」

なんだ、また姉さんの知り合いか。
顔の広い暗殺術の使い手ってどうなんだ。
・・・そこから得られる情報も少なくないって事か。

「ご無沙汰しております。コロメ様。お元気そうで何よりですわ」

緊張気味の面持ちだったが、柔らかな笑顔が周りを魅了する。
気品あふれる立ち振る舞いだ、どこぞのご令嬢なんだろう。
整った顔立ちは100人いたら100人がふつくしいと答えるであろう。
細い首と襟から覗く鎖骨が妖艶に誘ってくる。
姉さんほどではないが中々の肉まんも装備していた。
ちょっとした本能だ。チラ見だし許してくれ。

「コロメ様、そちらの方は?」

「ああ、紹介するわね。甥のムルトよ」

姉さんとは違い俺に向けられた笑顔は、緊張の色は感じられなかった。
頑張って視線が下がらないように気を付けなければ。

「ムルト・イシダです、よろしく。
 ええと、フロスさんとお呼びすれば?」

レオの時よりは社交的な態度で俺は義手を差し出す。
相応の態度には相応の態度で返す。
俺を睨むな七光り、自分の態度を先に何とかしろ。

「フロスでいいわ。上の名前はその、あまり好きじゃなくてね。
 それに同級生でしょ?敬語は必要ないわ」

そう言ってフロス少し困った顔をしていた。
名字で呼ばれたくない。
上流階級ならではの御家のお悩みと言ったところか。
まあ深入りする気はないが。
俺の右手を取った彼女は、一瞬右手をみて握り返してきた。
人肌に調整されてる俺の右手を義手だと悟ったらしい。
多分気づいてないであろうレオとは雲泥の差だ。

「私はイシダ君て呼んだほうがでいいかしら?ムルト君」

中々したたかでイタズラ好きのご令嬢様のようだ。
上目遣いで覗くんじゃない!何も買わないから!

「はあ、ムルトでいいよ、フロス」

参った参ったと、白旗を上げて苦笑した俺を見て、クスクスと笑っている。
元気で活発なお嬢さん、なのだろうか。
明るくふるまって入るが、どこか闇を抱えてる気がした。
先程から放置気味のレオはというと、
4つに増えた肉まんをチラチラ見ていた。
男としてその気持ちは痛いほどわかる、わかるが。
度が過ぎるなこの礼儀知らずは。

しばらく4人で軽く談笑したのち、

「他にも挨拶回りしないといけないのよ~」

と苦笑いで姉さんが言っていたので、ついでに俺も会場を後にした。
レオとフロスは顔見知りらしい。
俺と姉さんが後にしたその場で、2人で話しているようだった。

さて俺のやらねばならないこと。
そう、新居の荷解きである。
体育館の前を出発して歩いて10分。まだ学園の敷地内である。
その敷地内で1,2を争う大きさの建物の前に来ていた。
今日から俺の城となる男子寮だ。
セーシン男子寮Cと書かれたその建物は10階建てで1フロア40室。
全て1人用のワンルームだった。
玄関横の受付窓口には眼鏡をかけた男性がひっそりと座っていた。
頭はスキンヘッド(剃ってはいなさそうだが)。
年齢は80~90と言ったところか。
体中の皺に生きた年月を感じさせる。

「すみません、本日からお世話になる予定のムルト・イシダです」

「ほう?少々待たれよ」

と言って俺の顔を見ると名簿に目を通し始める。
待たれよ?随分と古風な。
ふと傍で投射されているディスプレイには、かなり昔の時代劇が映っていた。
横のマイクロスピーカーからは『――この紋所が――』とか『――一件落着』とか聞こえてくる。
きっと無意識のうちに影響されたのだろう。
年齢的に 第1世代ファーストでもないだろうし。 先人セネクスか。
 先人セネクスとは50年以上生きている人の事である。
厳密には50年以上のチップ非移植者を 先人セネクス
50年以内且つチップ非移植者を 持たざる者アンタッチャブル
チップを持っていないことには変わりないが、
年月と共に移植者は100%に限りなく近くなっている昨今。
 持たざる者アンタッチャブルは非常に少ない。

「ムルトと言ったか。お主の部屋は10階の1020号室じゃ。
 荷物も届いてるようじゃの」

爺さん最後までそのスタイル貫くようだ。
こんなところにまで首尾一貫を見れたのは、
学園の成果と言っていいのだろうか。

しかし一番上か。管理人の爺さんに一礼してエレベーターに乗る。
そういえば名前を聞いてなかった。
今後もお世話になるんだろうし今度聞いておくか。

フロアに降りると目の前に1005号室、順に部屋番号を追っていく。
1017、1018・・・あと二部屋の所で、俺はお足を止めた。
いや、止めざるを得なかった。

手前の1019号室の前には、大男がドアにもたれて寝ていた。
入学式の最中に俺がピックアップしたうちの一人である。
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