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さぁ、はじめようか

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 イザークの手から回復薬を口元に宛がわれるとゴクリと喉元が動く。

「どうです?」

 サディアスの言葉に手を動かしてみる。

「動くわ」
「よかった、どうやら効いたようですね」

 オズワルドの腕から降り地に降り立つ。
 回復薬を持参していてくれたお陰で、身体が元の様に動く。
 やっと動けるようになった身体でうんっと伸びをする。

「やっと自由に動けるっ♪~」
「では、私はこれで失礼しますわ」

 皆がレティシアに振り返る。

「レティシア、ありがとう」

 帰ろうとするレティシアにリディアが礼を言う。

「ふん、借りを返しに来ただけですわ」
「借り?」

 そこでレティシアがリディアを睨み見る。

「私は貴方が嫌いだわ」
「嫌いなのにどうして‥‥?」
「だけど、貴方はこの国を救った、その借りを返しただけ」
「!」

 思いがけない言葉に驚く。

「それに癪だけど貴方が伝説の聖女なのでしょ?ならばこの国のプリンセスとしてやるべき事をしたまでよ」

 真っすぐな瞳。
 正しくそれはこの国のプリンセスだ。

「私もあなたが嫌いだった」

 リディアの言葉にまたキッと睨む。

「でも今は好きでもないけど、嫌いじゃないわ」
「!」
 
 そう言って深々と頭を下げた。

「助けてくださりありがとうございました、レティシア様」

 頭を上げニッコリ笑う。
 そんなリディアの前でバッと扇子を開く。


「私も今、あなたを好きでもないけど、嫌いではなくなりましたわ」


 そう言うと踵を返した。

「レティシア様」
「サディアス、私は逃げも隠れもしませんわ、安心なさい」

 そんなレティシアの隣にデルフィーノが並び立つ。

「それではごきけんよう」

 その場をプリンセスらしく優雅に去っていく後姿を見送る。

「まさかあのレティシアがあんな事を言うなんて…」

 皆が驚き唖然とする中、リオがリディアに飛びつき抱き着く。

「姉さま姉さま姉さま!!!」
「り、リオ、苦しい…」
「ご無事で…間に合ってよかった‥‥」

 イザークの目が潤んでいる。

「いやぁ、ホント、リディアがこんな事になってるなんてね、てっきり聖女として大事に大事に奥深くに隠されているのだと思ってたわ」
「私もてっきりそうなると思ってたわよ、まさかこんな事になるなんて、皆が来てくれなかったらヤバかったわ、ありがとう」
「礼はいい、礼をされるに値しない…そのなんだ、すぐに助けられなくて悪かったな」
「オーレリーの嘘を見抜けずこの様な思いをさせてしまい何と詫びればいいのか…聖女リディア、今度こそ、我々が貴方をお守りすると誓いましょう」
「あ、あ~‥‥」

 『それはちょっと』と言いかけて止める。

(そうだった、会いたいと思ったのは私だった…それに)

 最後に言い残したオーレリーの言葉が気に掛かる。
 流石に今回の事で一人は危険だと思考を改める。

(これは~仕方ないわね…)

「じゃ、そのよろしく…かしら?」
「そこは疑問形じゃないだろう?」
「まだ逃げようと思っているなどゆめ思っていないでしょうね?聖女リディア」

 皆の顔が怖い。

「あはは…、流石に、マズいかな~と今回は思っているわ」
「そうですか、それは良かった」
「さぁ、帰るぞ」
「リディア様」

 イザークが手を差し伸べる。
 この手も久しぶりだと思うと少し心が躍った。

「ええ」








 レティシアが兵に連れられ部屋を出る。
 初め決まっていた行き先が変更になったとサディアスから言い渡された修道院先に行く日が来たのだ。
 質素な馬車の前に立つと、扉が開いた。

「レティシア様!」

 そんなレティシアの元へデルフィーノが駆け寄る。

「お待ちください!」

 駆けつける足音に振り返る。

「最後のお別れなどいらなくてよ?デルフィーノ」
「悲しい事を仰らないでください」
「悲しい?清々の間違いではなくて?」
「レティシア様っ」

 思いもしない言葉に焦る、そんな風なデルフィーノを見て少し笑みを零す。

「お前は変わっているわね」

 そう言うと馬車に一歩踏み出す。

「あの、一つ質問してもよろしいでしょうか?」
「?」

 足を止めもう一度振り返る。

「どうして、リディア嬢を助けたのです?」

 デルフィーノが自分の胸元に当てた手をぐっと握りしめる。

「…直接ではないにしろ、母上であらせられたアナベル様が死に追いやる原因を作ったのはリディア嬢です、憎くはないのですか?」

 リディアがあの時、手紙のありかを予言しなければ、リディアがあの時、リオやイザークを革命に加えなければ、あの処刑は成立しジークヴァルトは死に、母アナベルは今生きていたかもしれない。
 あの時、既にサディアスの革命軍の情報は得ていた。
 ジークヴァルトを生かしたのはリディアだ。
 そして、母アナベルが最も恐れたハーゼルゼットを蘇らせたのもリディアだ。
 直接ではないにしろ、母アナベルを死の運命へ導いた原因を作ったのは紛れもなくリディアだ。
 レティシアは母アナベルがいる天を見上げた。



「母は間違った、魔界の扉は開いてはいけなかった」



「!」

 レティシアの口から尊敬を抱いていた母アナベルを否定する言葉が出るとは思わず驚く。

「ジーク派を陥れたことを悪いとは思わないわ、派閥争いなら当然でしょ?だけど、魔界の扉を開くことは違う、国を亡ぼすなど王妃がしてはいけない」

 天を見上げていた瞳が真っすぐにデルフィーノを見る。





「母はこの国の王妃として失格だわ」





 ハッキリと言い切る。
 言葉を失くしレティシアを見る。

「では行くわ」
「お供します」

 もう一度馬車に向き直ったレティシアの背にデルフィーノが慌て口にする。

「没落した私についてきてもろくな人生を歩めなくてよ?」
「構いません、あなたの最後を見届けるまでお傍に居させてください」

 一瞬考えるように口を閉ざしたレティシアが顔を上げた。

「物好きね、好きになさい」
「ありがとうございます」

 レティシアに続きデルフィーノも馬車に乗り込む。

「デルフィーノ」
「はい、何でございましょう?」
「私は力でしか人と関わる事を知らない、だから教えなさい、力でない人との関わり方を」
「!」
「ジークヴァルトがこれから行く場所は力の必要ない世界だというの」
「…もちろんでございます、私の知識がお役に立つのでしたら幾らでも、全てはあなたのために…マイレディ」








 薄暗い地下の牢獄へと続く階段を誰かが降りる足音が響き渡る。
 その足音がある牢の前で止まる。
 鉄格子の中のやつれた女が、自分の牢の前で足音が止まった事に気づき顔を上げた。

「! ユーグ!!」

 女の顔がパーッと輝き縋りつくように鉄格子に駆け寄る。

「助けに来てくれたのね!ユーグ!」

 女の瞳から涙がぼたぼたと流れ落ちる。

「ユーグ!みんな騙されているの!私は世界を救ったのよ!それなのに誰も信じてくれなくて… 悲しくて悲しくて‥‥でもユーグ、貴方が来てくれて心から嬉しいわ、ああ、ユーグ」

 女のやせ細った手をユーグに伸ばす。
 そんな手の前でユーグは恭しく跪き首を垂れる。

「お可哀そうに、フェリシー嬢、あなたは何も悪くはありません、貴方はいつも人のために頑張ってこられた、心優しいお方です」
「ユーグ…っ、貴方なら解ってくれると思っていたわ!信じていた、いつか助けに来てくれると!」
「‥‥とでも言うと思いましたか?お花畑の聖女候補フェリシー嬢」
「え?」

 やれやれと言う様に膝の土埃を払いながら立ち上がるユーグに驚き唖然と見る。

「あーホント、あんたの面倒には頭抱えましたよ、あの凶悪犯逃がした時はヤバかった…嘘だろって心臓止まりそうでしたよ、俺に責任問われないようアリバイ作りが大変でした、もうねホント、残りの俺の任期の間に下手な事を起こさないかと冷や冷やしたっての、いやぁ~まさかこんな大それたこと起こすなんてね、俺の任期後でよかった~とホッとしましたよ」
「ユーグ…?」

 今までの優しいユーグの欠片もないその変貌に訳が分からないと体を震わせ顔を見上げる。

「あんたに決まった時はハズレ引いたと思いましたが、案の定、骨が折れました、ああ、そうだ、俺がここに来たのは宣告を言い渡すためです」
「宣告…?」
「ええ、死刑宣告を」
「!!」

 驚きのあまり目を大きく見開く。

「何を意外そうな顔してるんです?当然でしょう?伝説の聖女を殺したんですから、まぁ生き返ったから良かったけれど、殺したことは間違いないのですからね」
「生き返った‥‥?」
「ええ、国中、いや世界中が今やその話題で沸騰中です」

 信じられないとよろめくフェリシーがハッとして鉄格子に縋りついた。

「それこそ証拠だわ!あの女は変な術を使うのよ!!この国が危ないわ!!」
「まだそんな事を言っているんです?目の前でこの国を救ったのを見たくせに」
「あれもリディアがやったのよ!魔物をばらまいたのも全て!!あの魔物執事を使って!!」
「はぁ~、本当に頭悪いね、あんた」
「本当なのよ!信じてユーグ!」

 言い募るフェリシーに盛大なため息をつく。

「大体、イザークと出会う前から魔物はいたでしょう?」
「それは…どこかで…」
「イザークはローズ家で誰にも会えないように監禁されていて出会えるはずもない」
「でもサディアス様もロレシオ様も急におかしくなりましたわ!」
「ああ、そう言えば誑かされたと騒いでいましたね、あんた」
「だって本当だもの!サディアス様の手伝いをしたとか皆が解るような嘘までついたのよ!!」
「本当ですよ」
「え?」
「あの時期、総務は大変でね、寝る間もなかったのがリディア嬢のお陰で仕事が大変捗り仕官も感謝しまくっていましたよ、未だにリディア嬢がまた来てくれればと願うほどに」
「嘘よ…あの子はいつも筆記試験は最下位で」
「そんなの知ってて最下位狙ってたに決まっているだろう?」
「嘘っ、そんなことある筈ないわ…」
「だっておかしいだろ?あのジークヴァルト陛下が連れて来たお方だ、しかも自分の名を使ってまで聖女施設に閉じ込めた、そんな人物が何もない人物のはずはないだろう?」
「閉じ込めた?」
「まぁ大概はジークヴァルト陛下のお戯れと思っていたようだけど、それだとしても、ジークヴァルト陛下の人を見る目は確かだ、意味もない人物をあの聖女施設に入れると思うかい?」
「それは…」
「ちなみに、リディア嬢は毎日王宮図書に通いつめ勉強熱心であられた、そこでロレシオ様と出会い仲良くなった、突然おかしくなったわけではない、リディア嬢の事をロレシオ様は十分ご存じだった」
「! 嘘… そんなこと知らないわ」
「ええ、あなたは知ろうとしなかった、ご自身で調べようともしなかった」
「教えてくれてたら私はっ」
「教えてくれてたら?また人のせい…か、ほんと呆れるね」
「人のせいとかそんなつもりでは…」
「リディア嬢だけでしたよ、貴方に本当の忠告をしたのは」
「?」

 ユーグが哀れともとれる蔑んだ瞳で見下ろす。


「唯一、貴方に救いの手を差し伸べた人を手に掛けるなんてね」


 信じられないと首を振る。

「‥‥そんな一度もないわ、いつ手を差し伸べたというの?!」
「オズワルド様の時です、―――と言っても、貴方には理解できないでしょうが」
「あの時リディアは私の手を払ったのよ!」
「全体を見れば、そうしたことで貴方だけでない、貴方の一族も守られたというのに」
「そんなはずない!!私は助けを求めたのにあの子はっ酷いのっ他にもね、リディアは――――」
「ああ、可哀そう可哀そう可哀そう!そう言えば満足ですか!」
「っ」

 ユーグが面倒くさいという様に声を上げる。

「じゃぁ、可哀そうであの世に行ってください、馬鹿な女フェリシー嬢」
「ユーグ!待って!」

 踵を返しその場を去ろうとするユーグに慌てて手を伸ばす。

「残念ながら、これから新しい主の元へ参らねばなりません」
「え?」
「次の主はアタリだといいな~♪」
「ユーグ!」

 そう言ってまた歩き出す。



「ではごきげんよう、もう二度とお会いすることもないでしょうが」







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