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さぁ、はじめようか

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 あれからどれぐらい経っただろう。
 知らせの者がやって来て、会場の近くの控室へと移動となった。
 キャサドラと幾人かの兵に囲まれながら廊下を歩く。
 そんなリディア一行とは違う廊下を通る一行を目にする。

「あれは、アナベル様のご子息、ナセル様の御一行です」

 イザークが耳打ちする。

(てことはレティシアの弟か…)

 ナセル一行が通る廊下が見えなくなろうとした時だった。

「!」



――― ゾッ




 一瞬見えた豪華な衣装を身に纏った少年。
 その表情に背筋が凍る。
 それは何の感情もない目に何も映していない完全なる無表情無感情だった。

(な…人形じゃないわよ…ね…?)

 人形と言えばとイザークを見る。
 イザークが少し傾げる。

(イザークの方が端正な顔で人形っぽいけど、生きている感じがちゃんとするわ…)

 でもさっきのナセルの表情はと思い出すとぶるっと身震いする。

「大丈夫ですか?少しお顔の色が悪いようですが…」

 心配そうに顔を伺うイザークに軽く首を振る。

「大丈夫、ありがとう」
「こちらです」

 そんなリディア達の前で控室のドアが開かれる。

「それではこちらで少々お待ちください」

 案内された部屋にリディアとイザーク、そしてキャサドラが入るとドアを閉めた。
 他の兵は廊下で警備の配置に付く。
 部屋に入ったリディアがイザークの引かれた椅子に座ろうとした時だった。
 サディアスが足早に部屋へと入って来たかと思うときょろきょろと室内を見渡した。

「ジーク様はいらっしゃらないようですね」
「会場に居らっしゃらないのですか?」
「ええ、もうすぐ時間だと言うのに何処に行ったのやら…」
「ああ、それなら俺見ましたよ」
「マーカス!」

 そこにひょっこり顔を覗かした兵に振り返る。

「なぜここに?」

 キャサドラがマーカスに問う。

「いや、俺も聖女様を拝見致したいなぁ~とキャサドラが居るのを良い事にちょいと覗きに」
「そんな事はどうでもよろしい、ジーク様をどこで?」
「ああ、それならさっき廊下を足早に歩いていく所を見ましたよ、あの方向だと王室かな?」
「王室に?」
「陛下に挨拶なさりに行ったのかしら?」
「ディアは聞いてないの?」
「ええ、おかしいですね…伝達も寄こさないとは…」
「さっさと済ませて戻るつもりだったのでは?」
「あり得ますね、あの方なら」

 やれやれと肩を上げる。

「そう言えば、陛下の体調はまだ戻りそうにないの?」

 リディアが何気なく聞いた質問に皆が渋い顔をする。

「え…、そんなに悪いの?」

 サディアスが周りを確認すると小声で口にした。

「ええ、不謹慎ですが聖女が決まるまでお持ちになってくれて助かったと言ったところです」
「!」
「今ここに居るモノ以外には決して口外しないように」

 国のトップの問題だ。そりゃ当然だよねとリディアは頷く。
 そんな状態ならさっさと王位継承すればいいのにと思うも、すぐにアナベルに阻止されているんだろうなと口にするのを止める。

(そう言えば、陛下ってどっち派なんだろう?)

 ジークヴァルトに実権まで渡しているからジーク派なのかと思うが、それならアナベルを自分の口で退ければいい話だ。
 それができないということは…

(アナベルが傍で陛下を操っている?)

 何も言わないという事はその可能性が高いんじゃないだろうか。

「ねぇ、陛下っていつ頃から体調が悪くなったの?」
「…確か、ジーク様の母が亡くなられて暫くしてだったかと…」
「やっぱり…」
「何がやっぱりだい?」
「アナベルが王妃になる頃からって事でしょ?」
「ああ、あなたの言いたいことは大体解りましたが、それは違います」

 サディアスが察して首を横に振る。

「んー、ああそうか、アナベルが陛下を薬かなんかで弱らせたって事かい?それはないでしょ」

 そんなサディアスの隣でやっと理解したというようにキャサドラが口にする。

「どうして違うと言い切れるの?」
「アナベルにとって陛下は自分の懐の中よ?殺してしまえばジーク殿下に王位継承が渡ってしまう、陛下は生きてくれている方が都合がいいでしょ」
「それに弱らせるとしたら薬ぐらいしかありません、寝室は花すら置くことを陛下自身が禁じられるほどに警戒なさっていますから、信頼できるもの以外の物を口には致しません、そしてその肝心の薬も王家に代々仕える薬師が担当しております」
「薬師!」

 不意に小さく叫んだリディアを皆が見る。

「どうか致しましたか?」
「いや、こういう時の定番って薬師が買収されているパターンが多いなと…」
「定番?」
「あ、あー、よく読む物語がそういうの多いかなと…」
「物騒なもん読んでるんだな、聖女様って」

 マーカスの言葉にリディアが苦笑いを零す。

「でもそれもないんじゃないか?王家代々仕える薬師がそんな大それたこと、それやっちまったら自身が家系もろとも滅ぼしちまうことになっちまうし」
「代々王家にってのが矜持になった者がするとは思えないな、その線はないんじゃないか?」

 そんな中、サディアスが考え込む様に口に手を当てる。

「どうした?ディア」
「‥‥いえ、いや、‥‥あり得るかもしれない」
「え?」
「陛下は安心だとばかり思っていましたが、後がないアナベルが陛下暗殺を謀ったとしてもおかしくない」
「そんな、大それたことをまさか…、アナベル自身も立場が危うくなるかもしれない、見つかれば完全終わってしまうようなこと、あのアナベルがやるとは思えないわ」
「それにいいかた悪いかもですが、契約結婚と言え自分の旦那ですよ?しかも第一王妃の座にいるのにですか?」
「彼女は自分の年若き息子ナセルを無理矢理皇帝の座に置こうとしたことを考えるとどうです?」
「!」

 驚きサディアスを見るもキャサドラが首を横に振る。

「それこそあり得ないわ、まだあの幼いナセルをなんて…、王位継承させたいだけなら解るけど、だから今の王に死なれては困るのはアナベルの方だと思うけど」
「ナセルを?」
「ああ、リディアは知らなかったわね、この式典で不安煽って自分の息子ナセルが次の王に相応しいという風に持っていこうとしていたんだ、だからこそ王に今死なれては困るはず、もう少しナセル様が大きくなられるまで‥その不安をあおる噂も阻止できたからもう問題ないのでは?」
「! いけない!」

 そこで突然サディアスがハッと頭を上げる。

「ジーク様が危ない!」
「!」
「どういう事?」

 皆がサディアスを見る。

「狙いは聖女リディアだと思っていました、それを利用してジーク様を呼び出し罠に嵌めるつもりかもしれません」
「罠って?」
「陛下殺しの罪を被せようとしているのかもしれません、そしてナセル王子を王と仕立て上げ自分が裏で政権を握るつもりなのかもしれない」
「!」
「まさかっ…まだそんな事言って… ん?でも本当だとしたら…」

 その言葉に息を飲む。
 流石に自分の旦那である王を殺すなんて考えにくいが、もしそれが本当だとしたらと考えると今ジークヴァルトが王の所へ向かうのは罠で、それに掛かってしまえばジークヴァルトの命どころかジーク派が完全に終わってしまう。

「すぐに、陛下の元に行きます、あなた達はここで待機を」
「はっ」
「ゲラルト、ルーサーに知らせ兵を寄こしなさい」

 天井に向かって言葉を投げかけると、コトッと返事するように音が鳴る。

「マーカス」
「はっ」

 サディアスの後を追う様にマーカスも飛び出していく。

(このままではマズいわ…、大団円不成立になってしまう!)

「イザーク、すぐにあなたも陛下の元へ」
「それは出来ません、私はあなたの―――」
「リオ!」

 リオがリディアに抱き着く。

「やった!姉さまに呼ばれた♪」
「私はリオと一緒に後を追うから、そして」

 イザークに耳打ちする。

「! 解りました」
「お願い」
「では行って参ります」
「ちょ、ちょっと勝手に動き回っちゃ…」

 キャサドラが慌てふためく。
 そんな目の前でイザークの周りに黒い霧がかかる。

「これはっ‥‥」

 ”黒魔法”の言葉を飲み込む。
 そんなキャサドラの目の前でイザークの身体が消えたかと思うと黒い霧のようなモノが天井へシュルルンと吸い込まれるように消えていく。

「キャサドラ、あなたはここで待機してて」
「はぁ?」

 さらに目を真ん丸に開けて声を上げると、ハッと我に返る。

「そんなわけにいかない、リディア、あなたも狙われているのよ」
「リオが居るから大丈夫、それよりオズが戻ってきたら陛下の元に来るように伝えて」
「いや、リディアがここで待機を―――」
「時間がないの、多分、リオの方が使える、そしてリオを使えるのは私だけだから」
「どういう意味かさっぱり解らないんだが…」
「説明している間がないわ!オズと落ち合う人がいるからお願い」
「ぅ―――っはぁっ、ああもう解った!」

 頭を掻きむしりキャサドラがあきらめたように叫ぶ。

「ありがとう!」
「気を付けて」

 肩をしっかりつかまれ真剣な眼差しのキャサドラにうんと頷く。

「リオ、行くわよ」
「姉さま、捕まって」

 そのままリオに抱かれると、部屋を後にした。






(この忙しい時になぜ?)

 ジークヴァルトが考えながら廊下を足早に歩く。
 誰にも気づかれないようにとの陛下からの伝達にひとり王室に向かい急ぐ。

(もしや…ご容態が?)

 主役のアナベルが会場に居る今、自分だけが呼び出された。
 としたらご容態が悪化し、今後についての話なのかもしれないと足を急がせる。

(だとしたら、急がねば)

 時間がない。
 少しでも話す時間が欲しい。

「参りました」

 大きな頑丈なドアをノックする。

「入れ」

 陛下の返事に重いドアを開く。

「!」

 入ったところで瞠目する。
 目に入ってきたのは会場に居るはずのアナベルだった。

(チッ… 罠か…)

 すぐにアナベルの罠だと理解する。
 でなければ主役のアナベルが会場でなく、ここに居るはずがない。

(先に会場を確認しておくべきだったか…)

 アナベルが主役だったこと、父王の容態がかなり危険な状態であった事、また急であり時間が余りなかったことで焦り、まんまと罠に引っかかってしまった。

(くそっ)

「何をそこで突っ立っているのです?さぁ、陛下のお傍へ」
「‥‥」

 陛下が横になられているベールの掛かったベッドを見る。

「あなたこそどうしてここに?」
「わたくしの誕生日ですのよ?愛する夫の傍にいて何かおかしくて?」
「‥‥」

(一体、どういった罠だ?狙いは俺なのは解るが…)

 王位継承をなくすにしても今の王のご容態なら無理な話だ。

「これは失礼、義理母上、この度はお誕生日おめでとうございます」
「やめて気持ちの悪い、売国奴女の息子に言われると祝いが汚れてしまうわ」
「‥‥」

 蔑む様に見るアナベルに睨み返す。

「そう虐めるでない、アナベル」
「あらあなた、これはしつけでしてよ」
「お前は少し黙――― ゴホゴホッ」
「父上!」

 急いで駆け寄る。

「大丈夫ですか?」

 陛下のベッドの傍に膝まづく。

「ああ、大丈夫だ‥‥」

 その言葉にホッと胸を撫で下ろすジークヴァルト。

「お前たちに話しておきたいことがある」
「はい、何でしょう」
「王位継承について」
「!」

(やはりか‥‥)

 ご容態が悪化しているのが見ても解る。
 やせ細った体。
 か細い声。
 すでに起き上がることも出来なくなったその姿に微かに眉を歪める。
 もう時間の問題だろう。

「ジークヴァルト、手を」
「はい」

 陛下に言われた通り手を差し出すと、その手を握りしめた。

「!」

(これは…?)

「うっ―――― ゴホゴホッ」
「父上?!」

 また体を動かした事で激しく咳き込む陛下に慌てる。

「だ―――」

 『誰か医者を呼べ』と叫ぼうとした時だった。

「きゃぁあああああああっっ」
「!」

(アナベル?!)

 一瞬、気を取られた瞬間、陛下の首に刃を持った手が伸びる。

「っ―――!」

(しまった‥‥っっ)

 ジークヴァルトが剣を引き抜くも微かに刺客の腕をかすめた程度だった。

「父上っっ」

 搔っ切られた陛下の首から血がだくだくと流れ落ちる。

「誰かぁあああっっ誰かあああぁああっっ」
 
 そんなジークヴァルトの背でアナベルが大袈裟に叫ぶ。
 バタバタと兵達が雪崩れ込む。

「どうかされましたか?! へ、陛下?!」
「陛下が陛下がっ」
「アナベル様、一体何が?」

 そこへサディアス達も駆け込む。

「これはっっ」

 遅かったかとサディアスの表情が強張る。

「すぐに陛下の確認を!」

 駆け寄った兵が陛下の安否を確認し首を振る。

「ジークヴァルトが…この男が陛下の首を‥‥」

 アナベルの言葉に一斉に振り返った兵達の目がジークヴァルトの血の付いた剣で止まった。

「ジークヴァルト殿下が…」
「そんな‥‥」

(くっ…やられたっ)

 兵達が動揺する。

「私が…私が式典の前に陛下に挨拶に参ったら…この男が‥‥ああぁああ…」
「アナベル様っ、お気をしっかりお持ちください!」
「この男をこの男を捕らえよっ!!早くっ!!」

 ザッと兵達の剣の矛先がジークヴァルトを囲む。

「売国だけにとどまらず、陛下を殺すとは許せませんわ!」

 その言葉に兵達の脳裏に国を裏切ったジークヴァルトの母である元王妃を思い出す。
 元王妃の裏切りにより、苦戦を強いられた戦、あの戦で命を落としたものは多く、友を失い致命傷を負ってしまった者達が沢山いた。
 このジークヴァルトの行為により、アナベルの言葉にその怒りが蘇る。
 一気に兵達の不信感が沸き起こる。

「この男を殺しなさい!今すぐに!」

 王の近衛兵がジークヴァルトに剣を向ける。

「ジークヴァルト様、残念です」
「やはりあなたも…血は争えないのですね」

 兵達の刃がジークヴァルトに向かう。

「待ちなさい!」

 王室に響き渡るサディアスの声で兵の動きが止まる。

「検証がまだです!立証されていない今、殺してはなりません!」
「ジークの犬のあなたの検証など信用できませんわ、どうせ王を殺したように私をこの座から引き釣り降ろそうとしているのでしょう?」

 アナベルの言葉に怒りが込み上げ兵達はまた自分の持つ武器を強く握りしめた。

「アナベル様の言う通りです、サディアス様はジークヴァルト殿下に忠実、我らが王を殺したことも隠蔽されてしまうかもしれません」
「そうだ…、前王妃は我らが戦で命を懸け国を守っていると言うのに、その戦を企て国をも売ろうとした!」
「あの戦で我が親友を失った!!我らが命を何とも思っていないあの王妃の息子だ!絶対王を殺したのはこの男だ!!」

 疑心暗鬼に陥った兵士たちが怒り、刃が完全にジークヴァルトを狙う。

「やめなさ―――っっ離しなさい!!」

 サディアスも兵達が抑え込む。

「お前が殿下に入れ知恵をしたのだろう!」
「お前も同罪だ!!」

 兵達の目の色が殺気に満ちた瞳へと変わる。

(これはマズい…)

「さぁ、今すぐ殺しなさない!」

 サディアスが焦ってジークヴァルトを見る。

「マーカス!ジーク様を!」
「はっ―――ぐっっ」
「そうはいかねぇ!」

 他の兵達によりマーカスも取り押さえられる。

「殿下!」
「ジーク派の者をこの部屋に入れてはならぬ!」
「はっ!」

 ドアの所で駆け付けたルーサー率いる兵達も足止めを食らう。
 全員が兵に取り押さえられ、床へ平伏す。
 ジークヴァルトの前にアナベルの高いヒールが映る。

「いい様ね」

 にんまりと薄ら笑いを浮かべる。

「さぁ!この憎き男の首を切り落としなさい!」






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