94 / 128
さぁ、はじめようか
92
しおりを挟む
試験会場を後にしたオーレリーが誰もいない廊下でニヤリと笑う。
(やっとここまできた‥‥)
これでやっとレティシアとリディアの一騎打ちとなった。
リディアはきっとまた最低点を取りにくるだろう。
(逃がしませんよ)
「次の手はずは整っていますか?」
「はい」
助手を務めた聖職者がオーレリーに頷く。
レティシア側が太刀打ちできないように動く前に仕留めなくてはいけない。
(次で必ず仕留めてみせます)
「よろしい、次の試験、決して漏れないよう厳重注意するように」
「はい」
「ロドリゴ教皇にも、ですよ」
「はい」
(聖女リディア、絶対あなたを逃がさない)
レティシアは部屋に入るなり荒れていた。
「ひっ、お願いでございますっっもうご勘弁ください…」
「うるさい!!メイドの分際で口答えする気?」
「っっ…っ!!」
声にならない悲鳴を上げ血を流すメイドが床に転がる。
「このっこのっ あの女めっっ!!」
聖女を取り逃がした鬱憤を晴らすためメイドをヒールで怒りに任せ蹴り捲る。
「あの女が一位なんてっ、このっ!!やはり勝算があったのね!」
オズワルドを助ける宣言と共にキスをするド派手なパフォーマンスをしてみせ、その上このアナベルの娘に対し宣戦布告までしたのだ。
勝算や自信がなければあんな事はできまい。
当のリディアはこんな算段まるでなかったのだが、レティシアはそう思い気が狂いそうになるほどの怒りに身を震わせた。
「私が聖女を獲得する手はずだったのに!!」
「うっ‥‥」
メイドがレティシアの靴の下でくたっとなり動かなくなる。
リディアが1位取ることで自分と並んだ。
いや、並んだんじゃない。
MAX以上を叩き出し多くの加算点も獲得した事で、逆にレティシアが総合2位になってしまったのだ。
リディアは2つの重要試験をダントツトップになり大量得点を獲得してしまった。
フェリシーがいなければそれでもレティシアが1位となり聖女となれた。
だが、運悪くも自分と同等に張り合うフェリシーの登場に得点が分散してしまったのだ。
「デルフィーノ!次の聖女試験は何?」
次の試験を落とせばかなり危うい。
もし、リディアがまた1位だけでなく加算点を取るようなことがあれば、聖女降格だ。
もう後がない。
あのド派手なパフォーマンスをしたのだ。
次も必ずリディアは狙ってくるはず。
加算点を取る様な事を。
「それが、今探らせているのですが…」
ここからは試験内容は伏せられる。
そのため情報戦で優位に立つ必要がある。
「教会側も手強いわね…お母さまに相談しようかしら…」
「それがよろしいかと、ロドリゴ教皇はアナベル様贔屓ですし情報を得られるかもしれません」
「すぐに行きましょう、あの女勝算があるはずよ、次の試験で一気に勝負に打って出てくるやもしれないわ」
「ええ、‥‥」
デルフィーノは掌を握りしめる。
(もう後がない、…あの魔物めっ、警告を無視しやがってこの俺に楯突くとは…)
「何か気になる事でも?」
「いえ…」
レティシアがこちらをじっと見ていることに気づき我に返りいつものポーカーフェイスを取り戻す。
「大丈夫です、レティシア様が最後に勝利し、必ずや聖女に」
「当然ですわ!さっさとお母さまの所に行くわよ」
「はい」
オズワルドの横を通り過ぎ部屋を出て行く。
それをオズワルドの目だけが動き見送る。
(完全に試験の事で頭一杯だな、さてと…)
気配を消し佇んでいたオズワルドの目がギロリと様相を変える。
(あの女、どう動く?)
部屋を出た所で見知った顔が胸に飛び込んでくる。
「レティシア!お願い、話を聞いて!」
「あなた…」
涙で目を潤ませたフェリシーを見下ろす。
「私、リディアに誑かされたの!あの魔物執事に!」
必死に縋りつく、フェリシーを魔法で虫のように払い除ける。
「汚らわしいっ」
「痛っ…っ!? ‥‥・・・レティシア?」
床に転がったフェリシーは驚き何が起こったのか理解できずレティシアを見上げた。
「行きますわよ」
「はい」
「ま、待って!」
そのまま歩き出そうとするレティシアに縋りつこうと手を伸ばす。
「デルフィーノ」
「はい」
「きゃぁっっ」
今度はデルフィーノの魔法で吹き飛ばされ壁へと背中をぶつける。
「レ…レティシア?どうして…」
今まで沢山親切にしてくれて、ジークヴァルトの花嫁候補にも後押ししてくれた親友でライバルだと思っていたレティシアの振る舞いにフェリシーは頭の理解が追いつかず呆然とレティシアを見上げる。
「田舎の虫けら如きが私に近寄らないで、臭くて仕方がありませんわ」
「!」
レティシアの言葉に驚き瞠目する。
「やっと駆除出来てスッキリしましたわ、さ、行きましょう」
「はい」
何事も無かったように立ち去っていくレティシアに体がわなわなと震え出す。
そこでやっと自分はレティシアに鼻から相手にされていなかったことを理解する。
思わせぶりの態度を取っていただけで、内心では蔑んで見ていたのだと。
脳裏にはリディアを賞賛するサディアスや自分を馬鹿にするリディアが浮かぶ。
大粒の涙がボタボタと頬から伝う。
「皆…私を馬鹿にして‥‥」
(こんなの酷い…酷過ぎるわ…みんな…みんな‥‥)
レティシアの小さくなった背を潤み揺れる視界で見る。
聖女降格となった途端、去っていった友達達が、冷たく見下ろすサディアス軍師が、リディアを大事に抱え去っていくジークヴァルト殿下がリディアと共に自分を馬鹿にした目で見つめる映像が目の前に現れる。
(酷い、酷い、私が何をしたっていうの?私はみんなのためを思って頑張ってただけなのに!こんなにも優しく人を思って頑張っていたのに…可哀そうと思わないの?‥‥みんな酷い…)
ボタボタと止めどなく大粒の涙が零れ落ち床を濡らしていく。
(どうして…?どうしてこうなってしまったの…?何で…? あ‥‥)
脳裏にリディアがニヤつき笑っている姿が映る。
「これも全て‥‥」
「これがいいわね、だけどもう少し胸元に強調が欲しいわ」
「はい」
「あと、裾ももう少し長めに」
「畏まりました、すぐに直しに掛かります」
「お母さま」
「おや、レティシア」
アナベルの部屋は沢山の誕生祭用の試着ドレスが持ち込まれ埋もれていた。
「もういいわ、下がりなさい」
「はっ」
急いで収納魔法具を使いドレスが片付けられ、職人たちが下がる。
「あの女にしてやられたようね」
「ええ‥‥」
「あの阿呆な豚め、何度も注意したと言うのに…」
「ロドリゴ教皇に?」
「次の試験で『力』魔法にするようにと、強力な『力』を封じ込めた魔法石まで用意していたと言うのに…」
ギリっと手にしていた宝石を握りしめる。
「そうでしたの…」
(ロドリゴ教皇にお母さまは手を打っていらしたのね…)
「でもまぁお陰で、次の情報は手に入れ安くなったわ」
「その事でお伺いしたのですわ」
「安心なさい、既にロドリゴ教皇に情報をこちらに流す様仕向けてある」
「流石お母さま、もう手を回していらしているとは」
「当然、それに…」
「それに?」
「アナベル妃殿下、ナセル殿下の試着が終わりました」
「こちらへ」
「はい」
ナセルのメイドが返事を返すと隣の部屋に戻る。
「ナセルも来ているの?」
「誕生祭の本当の主役よ」
「?」
メイドに連れられ無の表情のナセルが登場する。
そのこの上なく上等で高貴な衣装にレティシアが目を見張る。
「素晴らしいわ!これなら誰しも次期国王はナセルと思うわね」
「お母さま…これは…」
「ロレシオを逃したけれど、次こそ一掃してやるわ」
「私が聖女…、そしてナセルが国王に…」
そうなればジーク派を一掃できる。
(でも、それだけじゃないわ‥‥)
もしも私が聖女を逃した時の布石。
国王は病に伏せている。
弱っている国王にお母さまならば次期国王をナセルにと確約を取らせることも可能。
誰もがまだ見た目にも幼いナセルが国王とは考えていまい。
だからこそ敵の裏をかき新たな期待や希望をこの時期に見せる事で救世主が現れたと幼さが神聖さに見える皆の心を揺れ動かす効果的手法。
(流石はお母さま、ずっと前から周到に何重にも策を巡らせているとは…)
次期国王らしい恰好をしたナセルを見る。
その姿に胸が少しざわつく。
(本当は…私が王女となりたかった…)
徴が出た事で聖女になる事にしたが、それまでは自分こそは王女に相応しいと思っていた。
ジークヴァルトを倒し、私が王女となり、この国のトップに君臨したかった。
(とはいえ目的は同じ、ジークヴァルトを倒す事…)
そしてジーク派を一掃する事。
(でもナセルが生まれなければ…)
私は聖女だけでなく王女も狙っていただろう。
両方を手にしたかった。
そしてジークヴァルトを、ジーク派の全てを嘲笑い踏み潰してやりたかった。
お母さまよりも凄いと、全てを蹂躙し、この国最強となりたかった。
(私はまだまだね…、お母さまの考えにも及ばない…、もっともっと賢くならなくては…)
少し嫉妬に満ちた眼差しでナセルを見る。
母アナベルがナセルを賞賛するのを黙って聞く。
(母の期待は次期国王となるナセルのみ…、私がもっと賢く振舞い母の期待に応えなくては‥私は本当に見捨てられてしまう)
母アナベルにとって必要なのは男として生まれたナセルだ。
時折母アナベル自身が自ら訪れる場所がある。
この世界でとても大切な存在がいるという組織の元へとナセルと共に行く。
レティシアは一度も連れて行ってもらったことがなかい。
それだけ母アナベルにとって大切なのはナセルであり、レティシアではなかった。
(私も連れて行ってもらえるような存在にならなくては・・・)
女として生まれた以上、それ以上のモノを見せなくては認めてはもらえない。
それにそうならなくてはこの国を君臨するには値しない。
(お母さま以上のレベルにならなければ‥‥)
「あなたは必ずや聖女におなりなさい」
「はい、お母さま」
(情報を仕入れればこちらのもの)
権力も金もこちらが優位。
情報さえ入れば、リディアを抑えられる。
(見ていなさい、目にものを言わしてやるわ!)
「ジーク様、これを」
「!」
サディアスから手に渡された書類に目を見張る。
「オーレリーめ、手を打って出たな」
「そのようですね」
本来の試験予定日よりも随分早い。
「試験内容を『量』にしたことで、もしやと思いましたが確信が持てました」
「リディアを聖女に、オーレリーもそう思っているという事だな、…」
「どうかなさいましたか?」
「いや…、だが、この分だと俺達が動かなくともリディアを聖女に仕立てる事が可能かもしれないと思ってな」
「ええ、これだけ予定日を早められれば、アナベルも情報を得たとして先手を打てません」
「なかなかにやるな、あの男」
(あの男もやはりリディアを伝説の聖女と思っている、という事はもしやアレを知っている?)
ジークヴァルトが思案するように口元に手を当てる。
「あの枢機卿、考えが読めません、今回の事だって『量』にした時には少々焦りましたが、前回彼女を庇った事で何か策があるとは思いましたが…」
(リディアが『量』にして勝てるという自信があったのだろう…、やはりあの男知っている…)
「次の試験も時期を早め先手打っただけとは考えにくいかと…」
「他にも策を?」
「はい、可能性はあるかと」
「ならば、今は動かず様子見か…」
「ええ、次の試験を落としたとて、まだリディアの方が優位」
「ふむ…、下手に動いてアナベル優位に持っていかれても困るしな…、では、今は様子見とする」
「はっ」
「リディアには厳重警護を」
「畏まりました」
サディアスが軽く頭を下げ去っていく。
「あと…ドラにも逃亡の見張りを強化させおくか…」
顎に手を置き擦りながら宙を見上げる。
(時間がない…早く手に入れたいが…くそっ どこにある…)
父親の部屋に忍び込んだ時にちらりと見たもの。
それは二度と目にすることはなかった。
今もあちこち探っているがそれが何処にもみつからない。
「狙うは誕生祭…か…」
オーレリーが動いた。
リディアはおそらく次の試験で聖女に決まる。
そうなれば問題はないのだが、相手はアナベルだ。
徴が偽物だと騒ぎだす可能性もある。
(そうなる前に、何としてでも手に入れたいのだが…)
そうすれば丸く収まる。
一番良い方法だ。
だが見つからない可能性も高い。
(オーレリーに掛けるしかないか)
ロドリコ教皇はアナベル派だ。
だがオーレリーはリディアを聖女だと知っている。
頭のキレる男だ、策は練っているだろう。
(だが、引っかかるな、あれは危険だ…)
今までの経験からの勘が危険だと言っている。
あのオーレリーにリディアをやってはならないと。
出来ればオーレリーの手を借りずに終わりたい。
(‥‥くそ、どこにある?もう一度、探るか・・・)
(やっとここまできた‥‥)
これでやっとレティシアとリディアの一騎打ちとなった。
リディアはきっとまた最低点を取りにくるだろう。
(逃がしませんよ)
「次の手はずは整っていますか?」
「はい」
助手を務めた聖職者がオーレリーに頷く。
レティシア側が太刀打ちできないように動く前に仕留めなくてはいけない。
(次で必ず仕留めてみせます)
「よろしい、次の試験、決して漏れないよう厳重注意するように」
「はい」
「ロドリゴ教皇にも、ですよ」
「はい」
(聖女リディア、絶対あなたを逃がさない)
レティシアは部屋に入るなり荒れていた。
「ひっ、お願いでございますっっもうご勘弁ください…」
「うるさい!!メイドの分際で口答えする気?」
「っっ…っ!!」
声にならない悲鳴を上げ血を流すメイドが床に転がる。
「このっこのっ あの女めっっ!!」
聖女を取り逃がした鬱憤を晴らすためメイドをヒールで怒りに任せ蹴り捲る。
「あの女が一位なんてっ、このっ!!やはり勝算があったのね!」
オズワルドを助ける宣言と共にキスをするド派手なパフォーマンスをしてみせ、その上このアナベルの娘に対し宣戦布告までしたのだ。
勝算や自信がなければあんな事はできまい。
当のリディアはこんな算段まるでなかったのだが、レティシアはそう思い気が狂いそうになるほどの怒りに身を震わせた。
「私が聖女を獲得する手はずだったのに!!」
「うっ‥‥」
メイドがレティシアの靴の下でくたっとなり動かなくなる。
リディアが1位取ることで自分と並んだ。
いや、並んだんじゃない。
MAX以上を叩き出し多くの加算点も獲得した事で、逆にレティシアが総合2位になってしまったのだ。
リディアは2つの重要試験をダントツトップになり大量得点を獲得してしまった。
フェリシーがいなければそれでもレティシアが1位となり聖女となれた。
だが、運悪くも自分と同等に張り合うフェリシーの登場に得点が分散してしまったのだ。
「デルフィーノ!次の聖女試験は何?」
次の試験を落とせばかなり危うい。
もし、リディアがまた1位だけでなく加算点を取るようなことがあれば、聖女降格だ。
もう後がない。
あのド派手なパフォーマンスをしたのだ。
次も必ずリディアは狙ってくるはず。
加算点を取る様な事を。
「それが、今探らせているのですが…」
ここからは試験内容は伏せられる。
そのため情報戦で優位に立つ必要がある。
「教会側も手強いわね…お母さまに相談しようかしら…」
「それがよろしいかと、ロドリゴ教皇はアナベル様贔屓ですし情報を得られるかもしれません」
「すぐに行きましょう、あの女勝算があるはずよ、次の試験で一気に勝負に打って出てくるやもしれないわ」
「ええ、‥‥」
デルフィーノは掌を握りしめる。
(もう後がない、…あの魔物めっ、警告を無視しやがってこの俺に楯突くとは…)
「何か気になる事でも?」
「いえ…」
レティシアがこちらをじっと見ていることに気づき我に返りいつものポーカーフェイスを取り戻す。
「大丈夫です、レティシア様が最後に勝利し、必ずや聖女に」
「当然ですわ!さっさとお母さまの所に行くわよ」
「はい」
オズワルドの横を通り過ぎ部屋を出て行く。
それをオズワルドの目だけが動き見送る。
(完全に試験の事で頭一杯だな、さてと…)
気配を消し佇んでいたオズワルドの目がギロリと様相を変える。
(あの女、どう動く?)
部屋を出た所で見知った顔が胸に飛び込んでくる。
「レティシア!お願い、話を聞いて!」
「あなた…」
涙で目を潤ませたフェリシーを見下ろす。
「私、リディアに誑かされたの!あの魔物執事に!」
必死に縋りつく、フェリシーを魔法で虫のように払い除ける。
「汚らわしいっ」
「痛っ…っ!? ‥‥・・・レティシア?」
床に転がったフェリシーは驚き何が起こったのか理解できずレティシアを見上げた。
「行きますわよ」
「はい」
「ま、待って!」
そのまま歩き出そうとするレティシアに縋りつこうと手を伸ばす。
「デルフィーノ」
「はい」
「きゃぁっっ」
今度はデルフィーノの魔法で吹き飛ばされ壁へと背中をぶつける。
「レ…レティシア?どうして…」
今まで沢山親切にしてくれて、ジークヴァルトの花嫁候補にも後押ししてくれた親友でライバルだと思っていたレティシアの振る舞いにフェリシーは頭の理解が追いつかず呆然とレティシアを見上げる。
「田舎の虫けら如きが私に近寄らないで、臭くて仕方がありませんわ」
「!」
レティシアの言葉に驚き瞠目する。
「やっと駆除出来てスッキリしましたわ、さ、行きましょう」
「はい」
何事も無かったように立ち去っていくレティシアに体がわなわなと震え出す。
そこでやっと自分はレティシアに鼻から相手にされていなかったことを理解する。
思わせぶりの態度を取っていただけで、内心では蔑んで見ていたのだと。
脳裏にはリディアを賞賛するサディアスや自分を馬鹿にするリディアが浮かぶ。
大粒の涙がボタボタと頬から伝う。
「皆…私を馬鹿にして‥‥」
(こんなの酷い…酷過ぎるわ…みんな…みんな‥‥)
レティシアの小さくなった背を潤み揺れる視界で見る。
聖女降格となった途端、去っていった友達達が、冷たく見下ろすサディアス軍師が、リディアを大事に抱え去っていくジークヴァルト殿下がリディアと共に自分を馬鹿にした目で見つめる映像が目の前に現れる。
(酷い、酷い、私が何をしたっていうの?私はみんなのためを思って頑張ってただけなのに!こんなにも優しく人を思って頑張っていたのに…可哀そうと思わないの?‥‥みんな酷い…)
ボタボタと止めどなく大粒の涙が零れ落ち床を濡らしていく。
(どうして…?どうしてこうなってしまったの…?何で…? あ‥‥)
脳裏にリディアがニヤつき笑っている姿が映る。
「これも全て‥‥」
「これがいいわね、だけどもう少し胸元に強調が欲しいわ」
「はい」
「あと、裾ももう少し長めに」
「畏まりました、すぐに直しに掛かります」
「お母さま」
「おや、レティシア」
アナベルの部屋は沢山の誕生祭用の試着ドレスが持ち込まれ埋もれていた。
「もういいわ、下がりなさい」
「はっ」
急いで収納魔法具を使いドレスが片付けられ、職人たちが下がる。
「あの女にしてやられたようね」
「ええ‥‥」
「あの阿呆な豚め、何度も注意したと言うのに…」
「ロドリゴ教皇に?」
「次の試験で『力』魔法にするようにと、強力な『力』を封じ込めた魔法石まで用意していたと言うのに…」
ギリっと手にしていた宝石を握りしめる。
「そうでしたの…」
(ロドリゴ教皇にお母さまは手を打っていらしたのね…)
「でもまぁお陰で、次の情報は手に入れ安くなったわ」
「その事でお伺いしたのですわ」
「安心なさい、既にロドリゴ教皇に情報をこちらに流す様仕向けてある」
「流石お母さま、もう手を回していらしているとは」
「当然、それに…」
「それに?」
「アナベル妃殿下、ナセル殿下の試着が終わりました」
「こちらへ」
「はい」
ナセルのメイドが返事を返すと隣の部屋に戻る。
「ナセルも来ているの?」
「誕生祭の本当の主役よ」
「?」
メイドに連れられ無の表情のナセルが登場する。
そのこの上なく上等で高貴な衣装にレティシアが目を見張る。
「素晴らしいわ!これなら誰しも次期国王はナセルと思うわね」
「お母さま…これは…」
「ロレシオを逃したけれど、次こそ一掃してやるわ」
「私が聖女…、そしてナセルが国王に…」
そうなればジーク派を一掃できる。
(でも、それだけじゃないわ‥‥)
もしも私が聖女を逃した時の布石。
国王は病に伏せている。
弱っている国王にお母さまならば次期国王をナセルにと確約を取らせることも可能。
誰もがまだ見た目にも幼いナセルが国王とは考えていまい。
だからこそ敵の裏をかき新たな期待や希望をこの時期に見せる事で救世主が現れたと幼さが神聖さに見える皆の心を揺れ動かす効果的手法。
(流石はお母さま、ずっと前から周到に何重にも策を巡らせているとは…)
次期国王らしい恰好をしたナセルを見る。
その姿に胸が少しざわつく。
(本当は…私が王女となりたかった…)
徴が出た事で聖女になる事にしたが、それまでは自分こそは王女に相応しいと思っていた。
ジークヴァルトを倒し、私が王女となり、この国のトップに君臨したかった。
(とはいえ目的は同じ、ジークヴァルトを倒す事…)
そしてジーク派を一掃する事。
(でもナセルが生まれなければ…)
私は聖女だけでなく王女も狙っていただろう。
両方を手にしたかった。
そしてジークヴァルトを、ジーク派の全てを嘲笑い踏み潰してやりたかった。
お母さまよりも凄いと、全てを蹂躙し、この国最強となりたかった。
(私はまだまだね…、お母さまの考えにも及ばない…、もっともっと賢くならなくては…)
少し嫉妬に満ちた眼差しでナセルを見る。
母アナベルがナセルを賞賛するのを黙って聞く。
(母の期待は次期国王となるナセルのみ…、私がもっと賢く振舞い母の期待に応えなくては‥私は本当に見捨てられてしまう)
母アナベルにとって必要なのは男として生まれたナセルだ。
時折母アナベル自身が自ら訪れる場所がある。
この世界でとても大切な存在がいるという組織の元へとナセルと共に行く。
レティシアは一度も連れて行ってもらったことがなかい。
それだけ母アナベルにとって大切なのはナセルであり、レティシアではなかった。
(私も連れて行ってもらえるような存在にならなくては・・・)
女として生まれた以上、それ以上のモノを見せなくては認めてはもらえない。
それにそうならなくてはこの国を君臨するには値しない。
(お母さま以上のレベルにならなければ‥‥)
「あなたは必ずや聖女におなりなさい」
「はい、お母さま」
(情報を仕入れればこちらのもの)
権力も金もこちらが優位。
情報さえ入れば、リディアを抑えられる。
(見ていなさい、目にものを言わしてやるわ!)
「ジーク様、これを」
「!」
サディアスから手に渡された書類に目を見張る。
「オーレリーめ、手を打って出たな」
「そのようですね」
本来の試験予定日よりも随分早い。
「試験内容を『量』にしたことで、もしやと思いましたが確信が持てました」
「リディアを聖女に、オーレリーもそう思っているという事だな、…」
「どうかなさいましたか?」
「いや…、だが、この分だと俺達が動かなくともリディアを聖女に仕立てる事が可能かもしれないと思ってな」
「ええ、これだけ予定日を早められれば、アナベルも情報を得たとして先手を打てません」
「なかなかにやるな、あの男」
(あの男もやはりリディアを伝説の聖女と思っている、という事はもしやアレを知っている?)
ジークヴァルトが思案するように口元に手を当てる。
「あの枢機卿、考えが読めません、今回の事だって『量』にした時には少々焦りましたが、前回彼女を庇った事で何か策があるとは思いましたが…」
(リディアが『量』にして勝てるという自信があったのだろう…、やはりあの男知っている…)
「次の試験も時期を早め先手打っただけとは考えにくいかと…」
「他にも策を?」
「はい、可能性はあるかと」
「ならば、今は動かず様子見か…」
「ええ、次の試験を落としたとて、まだリディアの方が優位」
「ふむ…、下手に動いてアナベル優位に持っていかれても困るしな…、では、今は様子見とする」
「はっ」
「リディアには厳重警護を」
「畏まりました」
サディアスが軽く頭を下げ去っていく。
「あと…ドラにも逃亡の見張りを強化させおくか…」
顎に手を置き擦りながら宙を見上げる。
(時間がない…早く手に入れたいが…くそっ どこにある…)
父親の部屋に忍び込んだ時にちらりと見たもの。
それは二度と目にすることはなかった。
今もあちこち探っているがそれが何処にもみつからない。
「狙うは誕生祭…か…」
オーレリーが動いた。
リディアはおそらく次の試験で聖女に決まる。
そうなれば問題はないのだが、相手はアナベルだ。
徴が偽物だと騒ぎだす可能性もある。
(そうなる前に、何としてでも手に入れたいのだが…)
そうすれば丸く収まる。
一番良い方法だ。
だが見つからない可能性も高い。
(オーレリーに掛けるしかないか)
ロドリコ教皇はアナベル派だ。
だがオーレリーはリディアを聖女だと知っている。
頭のキレる男だ、策は練っているだろう。
(だが、引っかかるな、あれは危険だ…)
今までの経験からの勘が危険だと言っている。
あのオーレリーにリディアをやってはならないと。
出来ればオーレリーの手を借りずに終わりたい。
(‥‥くそ、どこにある?もう一度、探るか・・・)
0
お気に入りに追加
298
あなたにおすすめの小説
前世で八十年。今世で二十年。合わせて百年分の人生経験を基に二週目の人生を頑張ります
京衛武百十
ファンタジー
俺の名前は阿久津安斗仁王(あくつあんとにお)。いわゆるキラキラした名前のおかげで散々苦労もしたが、それでも人並みに幸せな家庭を築こうと仕事に精を出して精を出して精を出して頑張ってまあそんなに経済的に困るようなことはなかったはずだった。なのに、女房も娘も俺のことなんかちっとも敬ってくれなくて、俺が出張中に娘は結婚式を上げるわ、定年を迎えたら離婚を切り出されれるわで、一人寂しく老後を過ごし、2086年4月、俺は施設で職員だけに看取られながら人生を終えた。本当に空しい人生だった。
なのに俺は、気付いたら五歳の子供になっていた。いや、正確に言うと、五歳の時に危うく死に掛けて、その弾みで思い出したんだ。<前世の記憶>ってやつを。
今世の名前も<アントニオ>だったものの、幸い、そこは中世ヨーロッパ風の世界だったこともあって、アントニオという名もそんなに突拍子もないものじゃなかったことで、俺は今度こそ<普通の幸せ>を掴もうと心に決めたんだ。
しかし、二週目の人生も取り敢えず平穏無事に二十歳になるまで過ごせたものの、何の因果か俺の暮らしていた村が戦争に巻き込まれて家族とは離れ離れ。俺は難民として流浪の身に。しかも、俺と同じ難民として戦火を逃れてきた八歳の女の子<リーネ>と行動を共にすることに。
今世では結婚はまだだったものの、一応、前世では結婚もして子供もいたから何とかなるかと思ったら、俺は育児を女房に任せっきりでほとんど何も知らなかったことに愕然とする。
とは言え、前世で八十年。今世で二十年。合わせて百年分の人生経験を基に、何とかしようと思ったのだった。
【完結】神から貰ったスキルが強すぎなので、異世界で楽しく生活します!
桜もふ
恋愛
神の『ある行動』のせいで死んだらしい。私の人生を奪った神様に便利なスキルを貰い、転生した異世界で使えるチートの魔法が強すぎて楽しくて便利なの。でもね、ここは異世界。地球のように安全で自由な世界ではない、魔物やモンスターが襲って来る危険な世界……。
「生きたければ魔物やモンスターを倒せ!!」倒さなければ自分が死ぬ世界だからだ。
異世界で過ごす中で仲間ができ、時には可愛がられながら魔物を倒し、食料確保をし、この世界での生活を楽しく生き抜いて行こうと思います。
初めはファンタジー要素が多いが、中盤あたりから恋愛に入ります!!
破滅ルートを全力で回避したら、攻略対象に溺愛されました
平山和人
恋愛
転生したと気付いた時から、乙女ゲームの世界で破滅ルートを回避するために、攻略対象者との接点を全力で避けていた。
王太子の求婚を全力で辞退し、宰相の息子の売り込みを全力で拒否し、騎士団長の威圧を全力で受け流し、攻略対象に顔さえ見せず、隣国に留学した。
ヒロインと王太子が婚約したと聞いた私はすぐさま帰国し、隠居生活を送ろうと心に決めていた。
しかし、そんな私に転生者だったヒロインが接触してくる。逆ハールートを送るためには私が悪役令嬢である必要があるらしい。
ヒロインはあの手この手で私を陥れようとしてくるが、私はそのたびに回避し続ける。私は無事平穏な生活を送れるのだろうか?
最強スキルで無双したからって、美女達によってこられても迷惑なだけなのだが……。冥府王は普通目指して今日も無双する
覧都
ファンタジー
男は四人の魔王を倒し力の回復と傷ついた体を治す為に魔法で眠りについた。
三十四年の後、完全回復をした男は、配下の大魔女マリーに眠りの世界から魔法により連れ戻される。
三十四年間ずっと見ていたの夢の中では、ノコと言う名前で貧相で虚弱体質のさえない日本人として生活していた。
目覚めた男はマリーに、このさえない男ノコに姿を変えてもらう。
それはノコに自分の世界で、人生を満喫してもらおうと思ったからだ。
この世界でノコは世界最強のスキルを持っていた。
同時に四人の魔王を倒せるほどのスキル<冥府の王>
このスキルはゾンビやゴーストを自由に使役するスキルであり、世界中をゾンビだらけに出来るスキルだ。
だがノコの目標はゾンビだらけにすることでは無い。
彼女いない歴イコール年齢のノコに普通の彼女を作ることであった。
だがノコに近づいて来るのは、大賢者やお姫様、ドラゴンなどの普通じゃない美女ばかりでした。
果たして普通の彼女など出来るのでしょうか。
普通で平凡な幸せな生活をしたいと思うノコに、そんな平凡な日々がやって来ないという物語です。
転生したら、実家が養鶏場から養コカトリス場にかわり、知らない牧場経営型乙女ゲームがはじまりました
空飛ぶひよこ
恋愛
実家の養鶏場を手伝いながら育ち、後継ぎになることを夢見ていていた梨花。
結局、できちゃった婚を果たした元ヤンの兄(改心済)が後を継ぐことになり、進路に迷っていた矢先、運悪く事故死してしまう。
転生した先は、ゲームのようなファンタジーな世界。
しかし、実家は養鶏場ならぬ、養コカトリス場だった……!
「やった! 今度こそ跡継ぎ……え? 姉さんが婿を取って、跡を継ぐ?」
農家の後継不足が心配される昨今。何故私の周りばかり、後継に恵まれているのか……。
「勤労意欲溢れる素敵なお嬢さん。そんな貴女に御朗報です。新規国営牧場のオーナーになってみませんか? ーー条件は、ただ一つ。牧場でドラゴンの卵も一緒に育てることです」
ーーそして謎の牧場経営型乙女ゲームが始まった。(解せない)
オバちゃんだからこそ ~45歳の異世界珍道中~
鉄 主水
ファンタジー
子育ても一段落した40過ぎの訳あり主婦、里子。
そんなオバちゃん主人公が、突然……異世界へ――。
そこで里子を待ち構えていたのは……今まで見たことのない奇抜な珍獣であった。
「何がどうして、なぜこうなった! でも……せっかくの異世界だ! 思いっ切り楽しんじゃうぞ!」
オバちゃんパワーとオタクパワーを武器に、オバちゃんは我が道を行く!
ラブはないけど……笑いあり、涙ありの異世界ドタバタ珍道中。
いざ……はじまり、はじまり……。
※この作品は、エブリスタ様、小説家になろう様でも投稿しています。
最強願望~二度目の人生ハードライフ〜
平涼
ファンタジー
異世界転生を果たした主人公は夢を叶えるため魔法剣士として、チートなしで異世界最強を目指す。
そんな中色んな困難があり、何度も挫折しそうになるが、それでも頑張る物語です。
男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。
カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。
今年のメインイベントは受験、
あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。
だがそんな彼は飛行機が苦手だった。
電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?!
あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな?
急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。
さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?!
変なレアスキルや神具、
八百万(やおよろず)の神の加護。
レアチート盛りだくさん?!
半ばあたりシリアス
後半ざまぁ。
訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前
お腹がすいた時に食べたい食べ物など
思いついた名前とかをもじり、
なんとか、名前決めてます。
***
お名前使用してもいいよ💕っていう
心優しい方、教えて下さい🥺
悪役には使わないようにします、たぶん。
ちょっとオネェだったり、
アレ…だったりする程度です😁
すでに、使用オッケーしてくださった心優しい
皆様ありがとうございます😘
読んでくださる方や応援してくださる全てに
めっちゃ感謝を込めて💕
ありがとうございます💞
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる