上 下
26 / 128
さぁ、はじめようか

25

しおりを挟む
(これは‥‥)

 リディアが固まったままイザークを見る。

「お嫌かもしれませんが、メイドが居ないためご辛抱ください」

 本来、貴族の女性はメイドが体を洗う。
 また平民扱いとはいえ、城に聖女試験として招いた一応客人なのだ。
 城が用意した執事だということは、身体を自分で洗わせるようなことは失礼にあたるわけで…。
 主人であるリディアの体を洗うためにお風呂まで入ってきたイザークが申し訳ない表情を作る。
 流石のリディアもシチュエーションを楽しむ前に、羞恥心の方が勝つ。
 固まり立つリディアにイザークが胸に誓いを立てるように手を置く。

「大丈夫です、体には触れません」
「え?」

 そう言うなり指をパチンと鳴らす。
 あっという間にリディアの体が泡にまみれる。

「おおおっっ」
「そろそろ、流しますね」

 こくこくと頷くリディアにまた指をパチンと鳴らす。
 すると体の周りにお湯が流れ出す。

「おおおおっっ」

 水の生活魔法は何度か見たことはあるが、お湯を出したり、こんなに精密に使っているのは見たこともない。
 それに泡の魔法はそうお目にかかるものではない。
 高級貴族の間ぐらいしか使われていないだろう。
 一般の貴族は普通に石鹸を使って洗う。
 それを難なく熟してしまうイザークはやはり城が用意した執事なのだと実感する。

「次に髪ですが…」
「?」

 そこで言い淀むイザーク。

「髪がその…大変失礼な発言とは思いますが…、少々痛んでいる様にお見受けられます、頭皮マッサージも兼ねて頭と髪に触れて洗いたいのですが…お許しいただけますか?」

 この時点で面倒くさがりなリディアはあっさり状況を受け入れ、女としてそれでいいのかと突っ込みたくなるぐらい見事スッキリ女の羞恥を捨て去った。

「構わないわ、どうすればいいの?」
「!」

 了承を得れると思っていなかったのか、今度はイザークの方が驚き固まる。

「どうしたの?」
「いえ、ではリディア様はお湯にお浸かり下さい」

 我に返ったイザークに言われた通りお湯に入る。

「では失礼いたします」

 頭をイザークの膝に乗せる。

「そう言えば‥」

 髪に触れようとした長い指がビクッとし動きを止める。

「どうかなさいましたか?」
「ああ、いえ、その服を着たままでいいの?」

 イザークはリディアに気を使ってか執事服を着たままだ。

「問題ありません、すぐに乾かせますので」
「!」

(魔法は便利ねぇ~)

 やっぱり魔法を早く使えるようになりたいと心で思いながら、改めて前を向き目を瞑る。

「では始めますね」

 イザークの長い指がマッサージするようにリディアの髪を洗っていく。

(はぁ~、これいいわ~、ヘッドスパだわヘッドスパ~)

 美容室でやってもらうと高いのよねーと、すっかり羞恥心の欠片さえも捨てたリディアは至れり尽くせりの入浴を楽しんだ。








「ふぅ~‥‥美味しい」

 イザークの入れてくれたお茶を飲む。

(はぁあぁあ、いいわ~最っ高だわぁあ~~~)

 起きてから丸一日、至れり尽くせりの生活にリディアはとてもご機嫌に酔い痴れていた。

「リディア様、クッキーが焼き上がりました、こちらもどうぞお召し上がりください」

 美味しそうなクッキーが差し出される。
 丸一日イザークと共にいて、彼の有能ぶりに舌を巻きまくりだった。
 執事本来の仕事である主人の身の回りの世話はもちろん、食事にしても掃除にしても、また身のこなしや魔法も何もかも全てが一流。
 ただただ感心するばかりだ。

(はぁあ~一家に一人欲しいわ~~~)

 そんな邪な考えに浸っていると身体がドンっと何かに体当たりされたと思ったら、腰をギューッとその何かに抱き込まれた。

「姉さま!!会いたかった!!!」

 その声にすぐにリオだと気づく。

「目を覚ましたんだね!!良かったぁっっ姉さまっっ」

 感無量でリディアに抱き着くリオ。

(いや~すっかりリオの事忘れてたわー)

 非情なリディアはリオの存在をすっかり見事に忘れていた。

「姉さま!!こんな所早く出よう?僕こんな所嫌だっっ」

 ぐりぐりと顔をお腹に押し付けてくるリオを、安定のリセットを施す。
 そしてクッキーを一つ摘まみ、サクサクといい音を立てて食す。

(はぁ~~~、破格クッキーとは段違いね…)

 クッキーを堪能するリディア。

「あの…、こちらの方は…、もしかして一緒に連れてこられたというリディア様の義理の弟、リオ様でよろしいでしょうか?」
「っ!」

 誰だこいつという様に、グルルルっと威嚇を始めるリオ。

「姉さま一人じゃないの?!‥‥他に気配がない、もしかしてこいつとずっと二人きりで…」

 真っ青になるリオを他所にリディアはもう一枚クッキーを手に取る。

サクッサクッサクッ

「はぁ~、これならいくらでも食べられるわ…」
「姉さまっすぐに出よ!今すぐここからっっ」

バタンッッ

 そこで派手な音を鳴らしてドアが開く。

「みーつーけーたーーー、ぜぇぜぇぜぇ」

 ドアには息を切らしたミドルなガタイのしっかりした男が立っていた。

「まぁた、抜け出しやがってぇ…、今回どうしても見つからねぇからもしかしたらと来てみりゃ、やはりここだったか‥‥」

 肩で息をしながらズカズカと部屋に入ってくる。

「どうかなさいましたか?」

 スッと男の前にイザークが立つ。

「おおっとすまない、えーと、俺の名はゲラルト、こいつをサディアス様にしつけてくれと頼まれたんだが隙あらば逃亡しやがって、今もまた逃亡しやがったんだが見つからくてな、この施設に入りたがっているのは解っていたから念のためにサディアス様の許可を頂いて見に来たというわけさ」
「そうでしたか…」

 サディアスの許可が下りているなら何も言えないとイザークが下がる。

「すまないな、こいつを捕らえたらすぐに出て行くよ」
「!」

 そう言ったかと思えば、ミドルダンディなおっさんの姿が消えた。

「チッ」

 リオが居た場所で舌打ちする。

「姉さま、このまま出て行こうよ、僕、どこにでも連れて行ってあげるよ」

 リディアを抱いて窓の近くに姿を現すリオ。

「はぁ~、このクッキーにこのお茶、流石一流はセンス抜群ね~」

 完全リオをリセットしているリディアは、イザークのお茶とクッキーを楽しみ続ける。

「ほぉう?これがお前の大好きな姉さまってのは…」

 ミドルダンディがここで改めてマジマジとリオの腕の中にいるリディアを見る。
 そんな男の目線から見えないように自分の背を向け、威嚇する。

「姉さま、ねぇ、命令してよっ、あの時みたいに「外に連れ出して」って!」

 潤んだ瞳でリディアを見るも、リセット完了しているリディアの目に映るはクッキーとお茶のみだ。
 
「そいつぁ、辞めといた方がいいぞ?坊主」

 お前は黙れと言う様に睨むリオにやれやれと頭お掻く。

「確か、その嬢ちゃんをここに入れたのは殿下だったよな?」
「はい、ジークヴァルト様に間違いございません」

 イザークが頷く。

「いいか坊主、今殿下は現国王が倒れて国王代理だ、てことはだ、その嬢ちゃんが出て行くという事は国王に反旗を翻るという事になる、そうなると国中どこにいても追われ続け、あげく男爵程度なら始末される可能性が大いにある」
「!」

 リオが驚いてミドルダンディに振り返る。
 そんな二人の会話にリディアはお茶を一口啜る。

(なるほど、そういう事…)

 よく考えてみると、別にジークヴァルトが連れてきたと言わなくても良かったのだ。
 「徴が出たものが見つかった」だけでいい。
 それをわざわざジークヴァルト直々に連れてきたとする事で、リディアを逃げないように囲ったのだと理解する。

(お陰で平民待遇ね、別にイザーク有能だからいいけれど…)

「そんな…」

 リオが真っ青になり呆然と突っ立つ。
 そんなリオの自分を掴む腕をちらりと見る。

(少し肉が付いた?)

 痩せ細っていた腕が少しがっしりとしてきているように感じる。
 ここで栄養ある物を食べさせてもらっているのだろう。

(いい感じね‥‥)

 いずれここからは出て行く予定である。
 その時にリオを利用する可能性だってある。
 そんな事を考えながらもう一度お茶を飲もうとしてふと思いつく。

(あ…、イザークでもいいかも‥‥)

 至れり尽くせりのイザーク、リオも似た所はあるが纏わりつかれるのと下手するとヤンデレになるのは困りものだ。
 前にも言ったが、既にリオはヤンデレを発症している。時すでに遅しだ。
 しかもリオの隣にいる筈のリディアが今イザークに取って代わられたことで更にヤンデレを開花さしていることにリディアは全く気づいていない。

(このゲームの攻略男子チョロい筈だから、上手くいけばお持ち帰りできる?)

 相変わらず邪な考えに没頭するリディア。

「それにな、あの殿下が連れてきたお前のその姉さまは、聖女になる可能性も高い、という事はだ」

 さっきまで離れた所にいた筈のミドルダンディが不意に目の前に現れリオに顔を近づける。

「お前の姉さまはこれから沢山の危険が伴う、姉さまを守りたきゃもっと強くならねえと無理だ、いいか?姉さまとずっと一緒にいたいなら俺の特訓でもっと強くなれ」
「‥‥」

 押し黙るリオ。
 真剣に考えこむリオとは裏腹に呑気にお茶を楽しむ。
 危険を伴う前にさっさとここをおさらばする予定のリディアには全く興味のない話だった。
 まずはこの場所で情報や技術習得の目的が出来たのでジークヴァルトやサディアスの目論見の囲まれていても今は全く問題ない。

「‥‥強く…」

 リオがスッとその場から移動すると、そっとリディアを元の椅子へと座らす。

「姉さま、僕、強くなるよ、もっともっと強く、いつでも姉さまと一緒にどこにでも行けるように、僕頑張るよ!」

 そのままリディアに抱き着く。

「待っててね、姉さま」

 こうしてリオもまたここに居ることを決めた。
 男と名残惜しそうな表情を見せながらリオが去っていく。
 また部屋に静けさが戻ってくる。
 最後のカップに残ったお茶を飲み干す。

「さて…と」

(これからが大変ね、少し頑張るとしましょうか)

「イザーク」
「はい、何でございましょう?」
「一つ頼みがあるの」

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうやら私(オタク)は乙女ゲームの主人公の親友令嬢に転生したらしい

海亜
恋愛
大交通事故が起きその犠牲者の1人となった私(オタク)。 その後、私は赤ちゃんー璃杏ーに転生する。 赤ちゃんライフを満喫する私だが生まれた場所は公爵家。 だから、礼儀作法・音楽レッスン・ダンスレッスン・勉強・魔法講座!?と様々な習い事がもっさりある。 私のHPは限界です!! なのになのに!!5歳の誕生日パーティの日あることがきっかけで、大人気乙女ゲーム『恋は泡のように』通称『恋泡』の主人公の親友令嬢に転生したことが判明する。 しかも、親友令嬢には小さい頃からいろんな悲劇にあっているなんとも言えないキャラなのだ! でも、そんな未来私(オタクでかなりの人見知りと口下手)が変えてみせる!! そして、あわよくば最後までできなかった乙女ゲームを鑑賞したい!!・・・・うへへ だけど・・・・・・主人公・悪役令嬢・攻略対象の性格が少し違うような? ♔♕♖♗♘♙♚♛♜♝♞♟ 皆さんに楽しんでいただけるように頑張りたいと思います! この作品をよろしくお願いします!m(_ _)m

【完結】神から貰ったスキルが強すぎなので、異世界で楽しく生活します!

桜もふ
恋愛
神の『ある行動』のせいで死んだらしい。私の人生を奪った神様に便利なスキルを貰い、転生した異世界で使えるチートの魔法が強すぎて楽しくて便利なの。でもね、ここは異世界。地球のように安全で自由な世界ではない、魔物やモンスターが襲って来る危険な世界……。 「生きたければ魔物やモンスターを倒せ!!」倒さなければ自分が死ぬ世界だからだ。 異世界で過ごす中で仲間ができ、時には可愛がられながら魔物を倒し、食料確保をし、この世界での生活を楽しく生き抜いて行こうと思います。 初めはファンタジー要素が多いが、中盤あたりから恋愛に入ります!!

悪役令嬢は二度も断罪されたくない!~あのー、私に平穏な暮らしをさせてくれませんか?~

イトカワジンカイ
恋愛
(あれって…もしや断罪イベントだった?) グランディアス王国の貴族令嬢で王子の婚約者だったアドリアーヌは、国外追放になり敵国に送られる馬車の中で不意に前世の記憶を思い出した。 「あー、小説とかでよく似たパターンがあったような」 そう、これは前世でプレイした乙女ゲームの世界。だが、元社畜だった社畜パワーを活かしアドリアーヌは逆にこの世界を満喫することを決意する。 (これで憧れのスローライフが楽しめる。ターシャ・デューダのような自給自足ののんびり生活をするぞ!) と公爵令嬢という貴族社会から離れた”平穏な暮らし”を夢見ながら敵国での生活をはじめるのだが、そこはアドリアーヌが断罪されたゲームの続編の世界だった。 続編の世界でも断罪されることを思い出したアドリアーヌだったが、悲しいかな攻略対象たちと必然のように関わることになってしまう。 さぁ…アドリアーヌは2度目の断罪イベントを受けることなく、平穏な暮らしを取り戻すことができるのか!? 「あのー、私に平穏な暮らしをさせてくれませんか?」 ※ファンタジーなので細かいご都合設定は多めに見てください(´・ω・`) ※小説家になろう、ノベルバにも掲載

転生少女の溺愛異世界旅

優羅
ファンタジー
転生した少女(見た目…6歳 中身…15歳)が溺愛されまくるお話です ⚠超亀更新 ⚠ちょっと溺愛すぎかも…? ⚠R15は保険です ⚠これから⚠が増えていくかも知れません 問題有りだと思った方、Uターンをお勧め致します ばっちこいと思ってくださった方、是非とも覗いてって下さい!

虐げられ続け、名前さえ無い少女は王太子に拾われる

黒ハット
ファンタジー
 【完結しました】以前の小説をリメイクして新しい小説として投稿しています。  名前も付けられずに公爵家の屋敷の埃の被った図書室の中で育った元聖国の王女は虐待で傷だらけで魔物の居る森に捨てられ、王太子に拾われて宰相の養女となり、王国の聖女と呼ばれ、波乱万丈の人生をおくるが王太子妃になり幸せになる。

チートスキルを貰って転生したけどこんな状況は望んでない

カナデ
ファンタジー
大事故に巻き込まれ、死んだな、と思った時には真っ白な空間にいた佐藤乃蒼(のあ)、普通のOL27歳は、「これから異世界へ転生して貰いますーー!」と言われた。 一つだけ能力をくれるという言葉に、せっかくだから、と流行りの小説を思い出しつつ、どんなチート能力を貰おうか、とドキドキしながら考えていた。 そう、考えていただけで能力を決定したつもりは無かったのに、気づいた時には異世界で子供に転生しており、そうして両親は襲撃されただろう荷馬車の傍で、自分を守るかのように亡くなっていた。 ーーーこんなつもりじゃなかった。なんで、どうしてこんなことに!! その両親の死は、もしかしたら転生の時に考えていたことが原因かもしれなくてーーーー。 自分を転生させた神に何度も繰り返し問いかけても、嘆いても自分の状況は変わることはなく。 彼女が手にしたチート能力はーー中途半端な通販スキル。これからどう生きたらいいのだろう? ちょっと最初は暗めで、ちょっとシリアス風味(はあまりなくなります)な異世界転生のお話となります。 (R15 は残酷描写です。戦闘シーンはそれ程ありませんが流血、人の死がでますので苦手な方は自己責任でお願いします) どんどんのんびりほのぼのな感じになって行きます。(思い出したようにシリアスさんが出たり) チート能力?はありますが、無双ものではありませんので、ご了承ください。 今回はいつもとはちょっと違った風味の話となります。 ストックがいつもより多めにありますので、毎日更新予定です。 力尽きたらのんびり更新となりますが、お付き合いいただけたらうれしいです。 5/2 HOT女性12位になってました!ありがとうございます! 5/3 HOT女性8位(午前9時)表紙入りしてました!ありがとうございます! 5/3 HOT女性4位(午後9時)まで上がりました!ありがとうございます<(_ _)> 5/4 HOT女性2位に起きたらなってました!!ありがとうございます!!頑張ります! 5/5 HOT女性1位に!(12時)寝ようと思ってみたら驚きました!ありがとうございます!!

異世界に来ちゃったよ!?

いがむり
ファンタジー
235番……それが彼女の名前。記憶喪失の17歳で沢山の子どもたちと共にファクトリーと呼ばれるところで楽しく暮らしていた。 しかし、現在森の中。 「とにきゃく、こころこぉ?」 から始まる異世界ストーリー 。 主人公は可愛いです! もふもふだってあります!! 語彙力は………………無いかもしれない…。 とにかく、異世界ファンタジー開幕です! ※不定期投稿です…本当に。 ※誤字・脱字があればお知らせ下さい (※印は鬱表現ありです)

転生幼女具現化スキルでハードな異世界生活

高梨
ファンタジー
ストレス社会、労働社会、希薄な社会、それに揉まれ石化した心で唯一の親友を守って私は死んだ……のだけれども、死後に閻魔に下されたのは願ってもない異世界転生の判決だった。 黒髪ロングのアメジストの眼をもつ美少女転生して、 接客業後遺症の無表情と接客業の武器営業スマイルと、勝手に進んで行く周りにゲンナリしながら彼女は異世界でくらします。考えてるのに最終的にめんどくさくなって突拍子もないことをしでかして周りに振り回されると同じくらい周りを振り回します。  中性パッツン氷帝と黒の『ナンでも?』できる少女の恋愛ファンタジー。平穏は遙か彼方の代物……この物語をどうぞ見届けてくださいませ。  無表情中性おかっぱ王子?、純粋培養王女、オカマ、下働き大好き系国王、考え過ぎて首を落としたまま過ごす医者、女装メイド男の娘。 猫耳獣人なんでもござれ……。  ほの暗い恋愛ありファンタジーの始まります。 R15タグのように15に収まる範囲の描写がありますご注意ください。 そして『ほの暗いです』

処理中です...