自作小説主人公のクズ婚約者(被ざまぁ予定)に転生したようなので速攻土下座して許しを乞う俺

大根

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 屋敷内の誰もが寝静まる夜。
 ベッドに潜ったはずの俺は、真っ暗な空間の中に立っていた。
 これは夢だろうか? 睡眠中、脳が記憶を整理する時間こそが夢なのだと言う。
 俺は過去の記憶を遡って見ているようだ。
 黒の靄の中を、泳ぐように進んでいる。するとその向こうから、遠い声がした。

「アラン様ってやっぱやべぇな~」
「初恋の相手と結婚するために、相手の家脅したらしいよ」
「こっわ~! 人は見かけによらねえな」

 え? 脅されてんの、俺の家?
 どういうこと、と聞きに行こうとするが、身体の自由が効かない。声がする方はスルーして、どんどん俺は進んでしまう。

「でも、これでフェルナンド様はレオナール様と引き裂かれた訳か……」
「可哀想に」
「レオナール様も婿入りする気満々だったろうになぁ」

 聞き慣れぬ青年達の声がした。料理人や庭師といった使用人、もしくは他の令息か。失礼な奴らも居るものだな、とむかついていたところで、そこの記憶は途切れる。




 場所が変わった。
 今度は靄の中ではなく、はっきりと視界が開けた場所に居た。
 俺の視線が随分と低い位置にある。恐らく幼少の頃の記憶に違いない……5歳かそこらの頃だろうか。
 儚いけど、優しく清々しい匂いだ。春の庭には花が咲き乱れていた。
 うちの屋敷についた庭園は、こぢんまりとした小さな庭だが、優秀かつ丁寧な庭師のおかげでとても美しく保たれている。確か、俺は庭師に誘われて、そこで花の水やりを手伝っていたのだ。
 空になってしまった如雨露を手にうろうろしていると、ザク、と足音が聞こえてきた。驚いて顔を向けると、アラン・ベスティーが立っていた。
 子供の頃から、彼は美少年だった。どこか浮かない顔の彼に、俺はてくてく近寄って礼をした。

「どうしてアラン様がこちらに?」
「……フェルナンド、調子はどう?」
「元気ですよ」

 そうだ。これは6歳ぐらいの時の記憶。
 突然俺は熱で倒れたんだ。確か流行病か何かを貰って、何ヶ月もベッドで寝たきりだったと聞いた。あまりにも熱が酷かったせいか、寝込んでいた時期の記憶はすっぽり抜けているのだけど、でも病み上がりの時期に、こうしてアランが訪ねてきたのはちゃんと覚えている。あまりにも強烈な記憶だからだ。
 アランは、ほっとした様子で息を吐いていた。そして後ろ手に隠していた黄色い缶を俺に差し出す。

「これ、あげる」
「お菓子ですか? ありがとうございます。あ、アーモンドクッキーだ!」

 焼菓子全般に目が無い俺は、舞い上がりながらその箱を受け取る。
 その後、衝撃的なニュースが飛び込んでくるとは知らずに。

「フェル。あのね、大事な話があるんだ」
「大事な話?」
「君と僕は、婚約するんだ。将来僕たちは夫婦になるんだよ。これは決まった事で、もう覆せないんだ」

 ────え?
 ガシャ、と足元から音が鳴る。缶のお菓子箱が庭に落ちた。
 頭が真っ白になった俺は、黙ってアランの顔を見上げている。アランは切なげに微笑んでいたけど、決して「冗談だよ」とは言わなかった。

「……俺はレオとじゃなくて、アラン様と結婚するんですか?」

 当時の俺は、自分は幼馴染のレオナールと結婚するのだと思っていた。
 これは俺が決めたことではない。周囲が噂していたことだ。学者肌の天才ながら厭世家のきらいがあるレオナールと、彼の数少ない、もしくは唯一の友人である俺。もしレオナールが婚約者を探すなら、現段階ではフェルナンドが唯一の候補だろう、と言われたことがあったからだ。俺とレオナールが想いあっている、というよりは、レオナールが俺以外の人間に興味がなさすぎる、という理由である。
 俺は自分の家がそこまで裕福では無いということに気づいていたから、自分の結婚相手が誰だろうと従うつもりだった。家のために身を切るのが貴族。だから多分お互い恋愛感情の無い結婚になるけれど、レオナールと結婚するならそれで良いだろうと。
 しかし、今日突然アランがその椅子に座ってきた。
 予想外の出来事に、少なからず狼狽していた。アランとはまだ数回顔を合わせた程度で、知人以上友人未満といった関係性だったからだ。いや、貴族なら全く顔もしらない他人に嫁ぐこともザラなのだが、ただレオナールと結婚すると思っていた自分にとっては様々な点で意外だったのだ。
 だからつまり、驚いただけ。そんな思いで呟かれたフェルナンドの言葉。でも、アランはそうは受け取らなかったらしい。
 フェルナンドが幼馴染の愛称を口にした途端に、彼は切なげに目を伏せる。

「フェルは、レオナールと結婚したかったんだね」

 自嘲気味に揺れる瞳で、アランは俺を見下ろしていた。
 そう言われて、さらに狼狽する。
 ────俺はレオナールと結婚したかったのだろうか? ……俯いて、考え込む。別に彼のことを特別好きだったわけじゃなく、周囲からそう言われて育ったというだけなので、別にどっちだって良いのだが。
 なかなか答えを出せぬまま、視線を泳がせている俺を前に、アランは傅いた。まるで絵本の王子のように、俺の手を取る。

「でも、ごめん。大好きだよ、フェル。君のことは絶対に幸せにするから。僕と結婚して」

 こくり、と頷くと、アランは安心するような、と同時に苦悶するような、曖昧な表情を見せた。
 その後彼は、恭しいほどに丁寧に俺に許可を取って、俺の指先にキスを落とした。そして翌日────大量の衣服と装飾品と支度金を俺の家に送りつけてきた。ついでにめっちゃぶっとい封筒に入った手紙もある。

『レオナールとはこれからも仲良くしてくれて良い。フェルは自由にしてほしい』

 手紙に書かれているのは、そんな文章だった。自由にしてほしいって、どういうことなんだ? と俺は疑問に思ったが、結局答えは見つからなかった。





 夢の中で最後に映った場面は、自分の屋敷の中だった。
 母上が俺の肩を抱きしめている。これは……俺が忘れていた記憶だろうか? 最初は全く分からなかったが、徐々に状況を思い出した。確か、アランと庭で話して少し経った後。俺は両親から今回の婚約に関する説明を受けた。

「フェル。ホットミルクを淹れたわ。大丈夫だからね。リラックスして聞いてね」
「フェル。すまん、本当にすまない……」
「…………おにいさま、大丈夫?」

 うちの家族は、元々結束が強く過保護だ。
 うちは貴族として最低限の生活をなんとか維持している貧乏子爵家。懐は寒いが、その分絆は強い。だからか、俺が嫁に行くことが余程ショックだったらしく、皆萎れた表情をしていた。格上の侯爵家との婚約だというのに、驚くくらい誰も喜んでいなかった。

 俺の目の前には束になって置かれた書類と、1枚の釣書。
 そこには「アラン・ベスティー」の名前が記されていた。頭に浮かぶのは、あの銀髪と丸くて可愛い藍の瞳。


 うちの家がアランの家から融資を受けるために、この婚約は締結されたのだと聞いた。
 本当ならば嫡男として家督を継ぐはずの俺を娶るという、こちらにとって厳しい条件での婚約だったが、ルイーズ家はそれを飲んだ。幸い、弟のレイモンドが当時から優秀だったので今から領主教育を始めても間に合いそうだったのもあるのだろう。厳しい条件だが不可能ではない。そうして、我が家は泣く泣く長子を差し出すような形になったらしい。
 らしい、というのは、この婚約は俺が熱を出して伏せっていた間に全て取り決められたために、当の本人である俺は全部事後報告として聞かされる形になったからだ。
 俺は当然困惑したが、家のためになるなら、と最終的にはこれを受け入れた。両親が俺を軽んじているわけでは無い、というのは理解していたし、望まぬ結婚も貴族の仕事の1つだと分かっていたからだ。むしろ家のためならやったるぜ! くらいの気持ちに切り替えて、俺はちょっとお気楽な子爵令息を演じてこの婚約に乗り込んだ。
 幸いにも、嫁ぎ先の侯爵家の人々は皆優しかったし、周囲から悪意を向けられる機会も予想よりかなり少なかった。特にアランの母上にあたる侯爵夫人は、俺を気遣いつつも高位貴族として求められる礼節や教養に関するレッスンをしてくれて、おかげで侯爵家に嫁ぐ不安を少しは解消できた。最初は「釣り合っていない」「身の程知らず」と面と向かって言われたこともあるが、それも半年と経たない間に俺の耳には入らなくなった。
 きっと侯爵夫人とアランが俺にとても優しくしてくれたから、彼らも表立って批判することはできなくなったのだろう。

 婚約が結ばれて1年も経たない内に、俺はアランに惹かれていた。情熱に燃えるような愛ではなく、普通に綺麗な人を普通に好きになった感じだ。それくらいが貴族同士の結婚には丁度良いだろう。


 ふわり、と靄の向こうに誰かが見える。
 幼いアランだ。10歳かそこらだろうか、まだ細くあどけない印象のアランは、何かの紙を持って、叫んでいる。

「────アラン・ベスティーはフェルナンド・ルイーズとこんやくして……かれを夫として支えていくことをちかいます」

 子供時代のアランのものらしき柔らかな声が、最後に脳裏に響いた。幼少期の彼とこんな誓いを立てた覚えはない。つまりこれは俺の妄想ということになる。変な夢だな、とふふっと笑ったところで瞼が開いた。
 見慣れた天井の木目が視界に飛び込む。
 夢の余韻を感じながら起き上がると、窓の外ではまた小雨が降っていた。
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