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13話
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「ねこもり、や、やなぎ?」
僕はそこで呆気にとられて、少し思考が停止してしまった。なぜ、彼女が猫守柳の事を知っているのか、分かるはずがない事なのに。しかも柳が馬鹿とは一体全体どういう事なんだ?
「君の彼女——あ、元彼女か。君が馬鹿なのはその子が馬鹿だから」
「馬鹿って、一体どこが!」
「だから、その子の説明責任の無さ、というか責任感が無いっていうことだよ」
彼女は、そう言ってトランクに入った石を指した。
「その石、ちょっと抱き抱えてみてよ。トランクを椅子代わりにしちゃっていいからさ。抱っこして、撫でてみて」
応答するまでもないと思って、その石をなんとかかんとか持ち上げて、開いたままのトランクに腰掛けて、撫でてみた。
「こう、ですか?」
「そうそう、もっと、気持ちを込めて」
僕は石を言われるがままに、ひたすらに撫でた。撫でるとやっぱり微かに温かい。僕が抱いているからなのかなんなのか、擦るように、石の表面に掌を滑らせると、ぽかぽかとした暖かさが伝わってくる。
「うーん、まだかなあ、」
彼女は僕が石を撫でている間そんな事を言い、エアコン取り付け工事を見る子供のような目で僕、いや、石を見ていた。
石を撫でてから二分ぐらいが経った、その時だった。
掌に、ふさっと、毛のような感触が広がった。そして続けざまにその毛のような、毛皮の様な感触が石のあちこちに広がった。
本当に、不思議な光景だった。一度毛皮の様な感触が感触を感じると、その毛皮の感触がした所に毛が発生した。
僕が撫でるごとに、どんどん毛は増えていく。どんどんどんどん、どんどんどんどんもさもさになっていき——最終的に、僕の目の前に現れたのは小汚い猫。
レイだった。
思わず、撫でる手を止めてしまう。
「あーだめだめ。もっとちゃんと撫でて。無理やり起こしちゃってるんだからさ。もっと愛情を持って撫でてあげなきゃ、かわいそうでしょ」
完全に彼女の言葉も、状況も今の僕には理解不能だった。僕の前で僕の常識を飛び出たことが、起こっている。
僕は彼女に言われて、でも呆気にとられながら、唖然とその石、レイを見て、さらに撫でた。まだ身体に石の部分を残していたレイはみるみるうちに、見ているうちに毛の一本一本までクリアに現れた。
ふわふわと、でも汚れていて少し手に土がつく感覚。それは完全に——レイだった。
「その子に付いてた血とか、そういうのは拭いておいたから。安心してよ?」
「こ——これは」
「うーん……彼女、本当になんにも君に教えてあげてないんだね」
彼女はまた混乱するような事を言った。一体全体彼女が何をしたいのか、ましてや僕に何をするのかさえも判じ得ない。
そんなように、僕が呆気にとられている内にレイは腕からするりと抜け出し、背中の方へ回り込み、背中に乗った。
「えっと、まあ君も色々混乱してる所悪いんだけれど、歌舞伎って見る?」
「見ませんけど……」
「そうだよね、僕も見ないし。でも今からする話を理解する上で知っておいてほしい歌舞伎が一つあって、まあその歌舞伎は僕が人生で初めて見た歌舞伎でさ。記憶に残ってるんだ」
「はあ」
「んー、それでその歌舞伎の題名が『独道中五十三駅』ってやつで……まあ僕も歌舞伎としてはよく知らないし、ストーリーとかもあんまり知らないんだけれど——」
そこで彼女は僕から猫に視線を移す。
「まあ兎に角、その歌舞伎は他の作品よりも早く、化け猫を取り入れた作品って言われてるんだよね」
「化け猫?」
「そう。まあ要するに、君の背中に乗ってるその子のことなんだけれど。んで、その独道中五十三駅に出てくる化け猫は人を食ったり散々なんだけれどその子は比較的大人しい子だよね。えらいえらい」
いよいよ話についていけなくなった。いきなり歌舞伎の話をされて、しかもそれに出てくる猫がレイだと言われてもピンとこないどころか、置いてけぼりにされている。
「ま、まって。つまりレイがその歌舞伎に出てくる猫だと?」
「うん」
即答である。
「まあ正確に言うと出てくる猫の一族、というか、そんなところかな。その歌舞伎の舞台は愛知県岡崎。後にここで起こった化け猫騒動は猫騒動と言われることになる。まあ人を食い殺しちゃうレベルなんだから『騒動』なんて物騒な付いてもしょうがないんだけど」
彼女は続ける。
「その岡崎で暴れた化け猫。その猫は散々暴れまわった後、君はどうなったと思う?」
「どうなったって……まあ退治されたとか?」
「うーん、まあ正解。その暴れまわった猫はある武士によって切られ、弱体化し、五つの猫に分割される。ちなみにこの話は岡崎、その他四つの地域の特定の一族しか知らないから他言無用ね」
「なんだ、岡崎の一族じゃないのか」
「そりゃそうだよ。だって五つに分割された猫は五つの地域にそれぞれ一体づつ預けられたからね。その地域は愛知の岡崎、静岡の藤枝、長野の下諏訪、福島の南会津郡、和歌山の松阪」
僕は、彼女の県と地名の、一見無意味にも聞こえる言葉の羅列の中に引っかかるものを感じた。と、いうかもうそれは明らかだった。
静岡県藤枝市。
それは僕が今日行った所、彼女をストーキングした場所。
全身に、四肢に、背中に、不愉快な粟立ちを感じた。彼女は一体何に関係している?
僕はそこで呆気にとられて、少し思考が停止してしまった。なぜ、彼女が猫守柳の事を知っているのか、分かるはずがない事なのに。しかも柳が馬鹿とは一体全体どういう事なんだ?
「君の彼女——あ、元彼女か。君が馬鹿なのはその子が馬鹿だから」
「馬鹿って、一体どこが!」
「だから、その子の説明責任の無さ、というか責任感が無いっていうことだよ」
彼女は、そう言ってトランクに入った石を指した。
「その石、ちょっと抱き抱えてみてよ。トランクを椅子代わりにしちゃっていいからさ。抱っこして、撫でてみて」
応答するまでもないと思って、その石をなんとかかんとか持ち上げて、開いたままのトランクに腰掛けて、撫でてみた。
「こう、ですか?」
「そうそう、もっと、気持ちを込めて」
僕は石を言われるがままに、ひたすらに撫でた。撫でるとやっぱり微かに温かい。僕が抱いているからなのかなんなのか、擦るように、石の表面に掌を滑らせると、ぽかぽかとした暖かさが伝わってくる。
「うーん、まだかなあ、」
彼女は僕が石を撫でている間そんな事を言い、エアコン取り付け工事を見る子供のような目で僕、いや、石を見ていた。
石を撫でてから二分ぐらいが経った、その時だった。
掌に、ふさっと、毛のような感触が広がった。そして続けざまにその毛のような、毛皮の様な感触が石のあちこちに広がった。
本当に、不思議な光景だった。一度毛皮の様な感触が感触を感じると、その毛皮の感触がした所に毛が発生した。
僕が撫でるごとに、どんどん毛は増えていく。どんどんどんどん、どんどんどんどんもさもさになっていき——最終的に、僕の目の前に現れたのは小汚い猫。
レイだった。
思わず、撫でる手を止めてしまう。
「あーだめだめ。もっとちゃんと撫でて。無理やり起こしちゃってるんだからさ。もっと愛情を持って撫でてあげなきゃ、かわいそうでしょ」
完全に彼女の言葉も、状況も今の僕には理解不能だった。僕の前で僕の常識を飛び出たことが、起こっている。
僕は彼女に言われて、でも呆気にとられながら、唖然とその石、レイを見て、さらに撫でた。まだ身体に石の部分を残していたレイはみるみるうちに、見ているうちに毛の一本一本までクリアに現れた。
ふわふわと、でも汚れていて少し手に土がつく感覚。それは完全に——レイだった。
「その子に付いてた血とか、そういうのは拭いておいたから。安心してよ?」
「こ——これは」
「うーん……彼女、本当になんにも君に教えてあげてないんだね」
彼女はまた混乱するような事を言った。一体全体彼女が何をしたいのか、ましてや僕に何をするのかさえも判じ得ない。
そんなように、僕が呆気にとられている内にレイは腕からするりと抜け出し、背中の方へ回り込み、背中に乗った。
「えっと、まあ君も色々混乱してる所悪いんだけれど、歌舞伎って見る?」
「見ませんけど……」
「そうだよね、僕も見ないし。でも今からする話を理解する上で知っておいてほしい歌舞伎が一つあって、まあその歌舞伎は僕が人生で初めて見た歌舞伎でさ。記憶に残ってるんだ」
「はあ」
「んー、それでその歌舞伎の題名が『独道中五十三駅』ってやつで……まあ僕も歌舞伎としてはよく知らないし、ストーリーとかもあんまり知らないんだけれど——」
そこで彼女は僕から猫に視線を移す。
「まあ兎に角、その歌舞伎は他の作品よりも早く、化け猫を取り入れた作品って言われてるんだよね」
「化け猫?」
「そう。まあ要するに、君の背中に乗ってるその子のことなんだけれど。んで、その独道中五十三駅に出てくる化け猫は人を食ったり散々なんだけれどその子は比較的大人しい子だよね。えらいえらい」
いよいよ話についていけなくなった。いきなり歌舞伎の話をされて、しかもそれに出てくる猫がレイだと言われてもピンとこないどころか、置いてけぼりにされている。
「ま、まって。つまりレイがその歌舞伎に出てくる猫だと?」
「うん」
即答である。
「まあ正確に言うと出てくる猫の一族、というか、そんなところかな。その歌舞伎の舞台は愛知県岡崎。後にここで起こった化け猫騒動は猫騒動と言われることになる。まあ人を食い殺しちゃうレベルなんだから『騒動』なんて物騒な付いてもしょうがないんだけど」
彼女は続ける。
「その岡崎で暴れた化け猫。その猫は散々暴れまわった後、君はどうなったと思う?」
「どうなったって……まあ退治されたとか?」
「うーん、まあ正解。その暴れまわった猫はある武士によって切られ、弱体化し、五つの猫に分割される。ちなみにこの話は岡崎、その他四つの地域の特定の一族しか知らないから他言無用ね」
「なんだ、岡崎の一族じゃないのか」
「そりゃそうだよ。だって五つに分割された猫は五つの地域にそれぞれ一体づつ預けられたからね。その地域は愛知の岡崎、静岡の藤枝、長野の下諏訪、福島の南会津郡、和歌山の松阪」
僕は、彼女の県と地名の、一見無意味にも聞こえる言葉の羅列の中に引っかかるものを感じた。と、いうかもうそれは明らかだった。
静岡県藤枝市。
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