殺意の二重奏

木立 花音

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第四章「語られた、犯行動機」

【自首】

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 しかし、涼花や越智の焦りとは裏腹に、捜査はこの数日後に一気に進展する。
 入沢龍人が「犯行は自分がやった」と自首してきたのだ。  
「龍人が自首してきたって、どういうこと?」
 千葉中央署の廊下を歩きながら、涼花は隣の越智に問いかけた。聞き込みから戻った直後に告げられたこの急展開に、彼女の声には戸惑いがにじんでいた。  
「いやあ、僕にもさっぱりわからないですよ」
 越智は肩をすくめて答えた。  
「毒の混入経路について、彼はどう証言してるの?」
「事件の一週間前、つまり七月二十五日に、自宅で毒入りの氷を作ったと供述しています。その日、弟の蓮音と一週間後の入れ替わりについて相談した後、そのまま行動に移った、と」  
 時系列に矛盾はない。  
「その話、裏付けは取れてる?」
「蓮音との通話履歴は確認できています。ただ、そこで何が話されたのかまでは、さすがにわかりませんけど」  
「なるほど。つまり、毒のある場所に蓮音をおびき寄せた可能性もあるわけね。ロックアイスの件については訊いた? 氷を増やしたら、目当ての氷を使わせるのが難しくなるでしょ?」
「それについては、『自分用の買い置きだから絶対に手を付けるなと言った』と証言しているそうです」  
 冷蔵庫の氷は元々数が少なく、そのままでは不自然に映る可能性があった。そこで、ロックアイスを買い足して補充しつつ、「自分用だから使うな」と釘を刺すことで、毒入りの氷を確実に使わせるよう仕向けた——龍人はそう説明しているらしい。論理的には辻褄が合うものの、確実性に欠ける方法なので涼花は納得できない。
「ワインに氷を入れると、美味しいと教えたのは自分だと主張しています」
 先日、龍人から聞いたばかりの話だった。
「ブランデーの買い置きもありましたからね。どちらを彼が飲んでも良いと考えていたのでしょう」
 そこも話の筋は通っている。それでも涼花はどこか釈然としない。
 そうかもしれない。でも、それならブランデーだけでいいんじゃないのか? ワインよりもむしろ確実だ。なんのためにワインを買い足したのか。
「それで? 動機についてはどう語っているの?」
 いずれにしても、ここが一番の問題だ。
「これがまた、ちょっと複雑でして」
 困惑気味に越智は話した。まるで、自分の考えをうまくまとめられない子どものように。
 涼花の目から見ても、越智は有能だ。その彼がこれほど困惑しているのだから、よほど難解なのだろう。
 越智が語ってくれた、龍人の供述内容はこうだった。

 俺が毒入りの氷を用意した。弟を殺すためにやったんだ。
 きっかけは、俺と千歳が婚約したことにある。蓮音は昔から俺を恨んでいた。理由は簡単だ。あいつも千歳に想いを寄せていたからだ。そこで、俺を殺す計画を密かに進めていたらしい。
 蓮音の計画に気付いたのは、一年くらい前の話になる。その頃から、蓮音は俺の言葉遣いやちょっとした仕草なんかを真似るようになった。俺が身に付けているアクセサリーや服、本や映画などの趣味、チェックしているテレビ番組等々。とにかく、俺のすべてを模倣し出した。正直、気持ち悪いと思ったよ。けれど、同時に少し誇らしくもあったんだ。
 こんなことを言うと、頭がおかしいと思われるだろうな。強く否定はしないよ。俺も蓮音も、普通の人とはどこかズレてたんだろう。
 俺は蓮音に劣等感を抱いていた。あいつが持つ才能が、俺にはなかったからだ。でも、きっとあいつも俺に同じ気持ちを抱いていたはずだ。劣等感ってのは、裏を返せば憧れでもある。
 俺は蓮音が羨ましかった。逆に、あいつが俺の真似をするのは嬉しかったんだ。あいつが俺に憧れてるってことは、俺を認めてくれてるってことだろ? あの優れた生き物が、俺を全肯定してくれているってことだろ? 自分の人としての価値が、一段上がったような気すらした。
 でも、その好意が度を超えた結果がこれだ。
 ある日、俺は見てしまったんだ。蓮音と千歳が密会してる現場を。
 場所は千歳の家のすぐ近くのカフェ。二人は楽しそうに笑い合っていて、そのままどこかへ消えた。最初は見間違いだと思ったさ。でも、その後も二人は何度も会うようになった。それを知っていながら、俺はただ、陰から見ているしかできなかった。
 ある日、千歳が俺にこう言った。「今日、蓮音くんと食事してきたの。すっごく楽しかったよ」。隠す気もないのか、と俺は苦笑した。そのときの彼女の表情は、俺といるときにはあまり見せない、明るく弾んだものだった。嫉妬がチクリと胸を刺したけど、咎めることはできなかった。俺だって、千歳に対してひどいことをしてきたから。
 それが悲劇の始まりだった。それから二人の関係はどんどん深まり、千歳の中で俺が占めてた場所は少しずつ蓮音に奪われていった。頭の良さも知識も、あいつは俺を上回ってる。俺の行動や外見を真似されたら、あっさり俺の上位互換になっちまう。
 冬が来る頃には、立場は完全に逆転していた。千歳の口から出るのは蓮音のことばかり。
 そのとき、俺はあいつの計画に気付いた。俺を殺して、生活ごと乗っ取るつもりなんだってな。
 俺は蓮音に千歳との関係を問いただした。するとあいつは平然と「恋人だよ」と答えた。さらに、「兄貴より俺のほうが愛されてる」と畳み掛けてきた。
 その言葉で悟ったよ。蓮音は俺に復讐する気なんだ、と。俺は「俺の真似をやめろ」と言った。あいつはやめなかった。それどころか、「兄貴さえいなけりゃ」と吐き捨てた。もう、殺す以外にあいつを止める方法はないと腹を決めた。
 だから俺は、蓮音を殺すことにした。
 千歳との婚約は、彼女が望んだからでもあるし、俺も「まあいいか」と軽く流しただけだった。それだけなのに、蓮音がここまで俺を恨んでるとは思わなかった。考えてみれば、あの時点で俺と蓮音の関係はもう終わっていたのかもしれない。
 なあ、刑事さん。俺たちはどこで間違えたんだろうな? 俺はどうすれば良かったんだろうな?

「千歳は、蓮音とはしばらく会っていないと話していたけど、やはり密会はあったということなんだね」
「そうでしょうね。入沢龍人が二人の密会を目撃したという店は、森岡さんらが裏を取っていた店とも同じでしたし。疑う要素がありません」
「じゃあ、千歳が嘘を付いていたことになるのかな」
「そうなんじゃないですかね。入沢蓮音はもう亡くなっているので、これ以上調べようがないですが」
 龍人が自供した時点で、千歳と蓮音の関係については、調べられる範囲で全て洗い出されていた。彼の話に大きな矛盾は見当たらない。毒入りの氷を作った手順も、警察が把握している情報と一致している。
「動機について、理解はできるんですが、納得はしがたいですね……」
 越智の言葉に涼花も同感だった。動機について、完全に納得できてはいなかった。
「盗聴器については?」
「知らないと言っています」
「そう」
 黙秘されると、証拠がないので何も言えない。
 もし盗聴器が仕掛けられていたら――龍人は弟の死を迅速に察知できたことになる。千沙と共謀して、自殺であると見せかける工作をしたのかもしれない。だとしても――。
「ずさんなんだよな」
 現状、警察としては彼の証言を疑う理由がない。新たな証拠が、何か出てこない限りは。
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