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*:.。.:*゜夏季休暇と図書館の君゜*:.。.:*

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  episode02

       夏季休暇と図書館の君

           * .。○・*.

 真っ白な日光が入りこむ窓辺で、一人椅子に腰掛け微睡んでいた。日差しは少々強すぎるが、静謐とした空気もあいまって、瞼が段々重くなる。

 前回行われた模擬戦から、二週間あまりが経過していた。
 季節は夏真っ盛り。傭兵訓練所も、三週間ほどの間、夏季休暇に入る。長い休みだ。この機会に帰郷したり、旅行に出かける者も多い。それは教官たちとて例外ではない。家族とゆったりとした余暇でも過ごすのだろうか、その多くがこの期間は不在となる。
 残っているのは、帰る場所のない者や、宿直の教官たちのみだ。
 そのなかの一人である私は、この時期決まって憂鬱になる。帰るべき故郷もなければ、取り立ててやるべきこともないのだから。
 もっとも、一人で居る時間を好む私のこと。張り合いがないことに多少の寂しさもあるが、気兼ねなく過ごせることに不満はない。それでも気落ちしてしまうのは、何の目標も持っていない、薄っぺらい自分の姿がどこか浮き彫りになってしまうことにあった。

 特にすることのない手持ち無沙汰な時間、私は図書館で、物憂げに過ごすことが多かった。
 図書館の中は、本棚が三列置いてある。長テーブルも二列配置されているなど、訓練所内にある施設としては、蔵書も環境も充実している方だ。
 とはいえ、そこは武術を教える学校のこと。私が興味を引かれるような、恋愛小説や純文学はさして多くない。あったとしても、既に読み終えたものが多いのだし。
 しょうがないなあ、と図書館の中をうろつき歩き、机に運んだのは、目についた古典文学だった。
 本を読むことはわりと好き。
 日当たりのよい窓際の席は、閑散としているこの時期、私にとってお気に入りの指定席となる。
 目を閉じて、ささやかな優越感に浸ってみる。
 離れた場所に座っている、男女のひそひそ話が聞こえてくる。会話の中身は聞き取れないが、どうせ私の陰口だろう。
 一瞥するように冷めた視線を注ぐと、彼らは逃げるように顔を逸らした。
 いつもひねくれた言動ばかりの私は、この訓練所の中で浮いている存在だった。
 リア充なんて、爆発しちゃえばいいのに――。
 心中で、呪いの言葉を呟く。二人の体が風船のように膨らんでいき、限界を超え破裂してしまう様を想像する。

「ふふ」

 妄想のなかでのみ復讐を達成し、スッと溜飲が下がる。再び本に目を落としたそのときのこと。

「なに一人でニヤニヤしてるんだ。……ちょっとばかり気持ち悪いぞ」
「ふえ!?」

 背中から突然響いた声に、思わず変な声が出る。
 読み止しの本を閉じて顔を上げると、私を見下ろすように立っているレオニスと目が合った。

「またアンタなの……。もうちょっと普通に声を掛けられんの?」

 何度目かもわからない、ため息がもれる。

「悪い悪い。驚かせるつもりはなかったんだ」
「……ねえ。いつから私のこと見てたのよ?」
「ん~そうだなあ……。本棚から君がその本を抜き出して、その席に座ったあたりからかな?」
「ちょっと待ってよ。それじゃわりと最初の方からじゃない」

 信じられない、と眉間にしわが寄る。

「私だって女の子なんです。盗み見するなんて、感心しません」
「ああ、そうだったね。ごめんごめん」

 気遣いを微塵も感じさせない横柄なその態度に、流石に憤慨してしまう。不機嫌であることを示すため、少々大袈裟に顔を背けた。
 しかし、私の気持ちを知ってか知らずか、隣の席に彼が座る。パーソナルスペースを侵されギョっとした私を他所に、手に持っていた筒状に丸めた紙を、机の上に彼が置いた。

「こんなに空席があるのに、どうしてわざわざ隣に座るのよ?」
「それこそ、僕の自由だろ?」
「そりゃそうだけど」

 あー苛々する。意図して大き目の音を立て、自分の椅子を少し遠ざけた。

「……っていうかさ。夏季休暇中なのに、どうしてアンタが残ってるのよ? 実家とか、帰らなくてもいいの?」
「そんなもんどうでもいいよ。僕はね、自分の実家も、家族も、大嫌いなんだ」
「家族が嫌い……?」

 その言葉に、少なからず興味がわいた。どこか、私と共通点があるのでは? と思えた。しかし、こっちから訊ねたのでは興味を抱いていると思われ癪なので、触れることなく聞き流したが。
 ほんと、素直じゃないよね。私も。

「休暇を利用して、やり遂げたいことが僕にはあるからね」
「やり遂げたいこと?」

 首を傾げた。「そう」と頷き同意したうえで、彼はこう話を切り出した。

「僕の仕事を手伝う気はないか?」
「はあ? どうして私が」
「だって、暇だろ?」

 なぜ、誘う相手が私なのか。と感じた疑問に対する答えがそれだったことには少々釈然としない。
 だがすぐに、暇であること自体は事実と気が付いて、諦めにも似た笑みがでる。

「まあ、そうだけど。取り敢えず、言うだけ言ってみなさいよ」

 聞くだけならば、タダなのだし。脳内で理由付けをしている自分がひどく惨めだ。
 仕事の内容を一言で表すならば、『遺跡の探索』だった。
 今からちょうど、ひと月ほど前の話。国境付近にある古代遺跡で、これまで知られていなかった、新しい区画が発見されたらしい。
 その遺跡は、正方形に近い四角形の通路で構成されていたのだが、南北に繋がる側道が、新たに見つかったのだ。
 実のところ、その通路に何かがあったわけでもない。だが、枯れた遺跡と結論づけられていたその場所に、いまだ未発見の区画が残されていたことには、一定の反響があるのだという。

「これが、遺跡の見取り図なんだが」

 言いながら彼が、丸めていた紙を机の上に広げていく。
 それは、手書きの簡素な地図だった。お世辞にも線の引き方は綺麗じゃないが、分かり易く幾つかの説明書きが添えられていた。
 遺跡の基本構造は、話に聞いた通りの正方形。
 新区画となる側道が、縦に貫く形で存在していた。彼いわく、東西方向に結ぶ側道もあるのではないかと疑っているのだと。ようは、『田』の字になるのが、本来の構造ではないか? という話。言われてみると確かに、側道の左右には不自然なほどに何もないスペースがある。彼の推論も、ありえない話ではない。

「んー……。確かに、可能性としてはあるかな。でもこの場所って、結構遠いんでしょ?」

 私が難色を示すと、目的地までの距離と大まかな所用時間。道中、夜営する候補地などを、順序立てて彼が説明してくれた。
 ふーん……。思いの外、きっちり準備を進めているのね、と少し感心する。感心はするが、そこまで気乗りするわけでもない。
 さっきも話に出た通り、探索されつくした『枯れた遺跡』だ。もし、首尾よく新区画を発見できたとしても、そこで価値のある発見を得られるかは未知数だ。それこそ、徒労に終わる可能性の方が高いだろう。

「うーん……」

 どうしたものかと悩む私に、続けて彼が説明する。

「どうだろう。誰も発見できなかった通路を僕たちが見つけたら、ちょっとしたニュースになると思わないかい?」
「そりゃあ、まあね。でも、本当に見つかったとして、それがどんな功績になるの? 噂になったとしても、もっと分かり易い『何か』がなければ、たいした功績にならないんじゃ? そもそも、あるかどうかも、怪しいものなのに」
「意外と、現実主義者なんだね」

 懸念をそのまま口にすると、困惑したように彼が後頭部をかいた。

「そりゃそうだよ。遺跡である以上、危険も予想されるんだし、発見があるかないかわからないんじゃ、そりゃ慎重にもなります」

 段々と退屈になり始めたことで、頬杖をつきながら話をしていた。
 枯れた遺跡なのだから、危険な魔物が巣くっている可能性は実のところ低いだろう。だが、街の外に一歩出たなら、常に危険と隣り合わせ。獣に山賊と、脅威は魔物だけとは限らないのだし。慎重になるのは当然だった。

「確かに、何の発見も得られないかもしれない。だが、言い方を変えると、最初から『無い』と決めつけるのもつまらないじゃないか? これはある意味浪漫なんだよ」

 どこか開き直った声でレオニスが言う。浪漫ねえ、と冷めた考えの私を他所に、一転明るい声を彼がだした。

「だが! その場所に学術的に価値ある宝物や文献があったとしたらどうだ? 僕らは名声のみならず、労せずして大金まで手に入れることになるんだぞ? チャンスをみすみす逃す手もあるまい?」
「チャンス、ねえ」

 ……なるほどね。結局は金だった。
 事前の調査は十分だと思うし、確かに金さえあれば、私がいま抱えている陰鬱な問題も、幾つか解決できるだろう。
 実際のところ──ね。

「言っておくけど」と私は念を押した。「私はここでの戦績以上に、戦えるという自信はあるの。とはいえそれは、マニュアル通りの剣技でしかない。実践経験がまったくないのだから、どこまで役に立てるかは保証できないよ?」

 大丈夫、と彼が自慢げに胸をはる。

「君はあまり知らないだろうが、僕だって見た目以上に戦える。山賊や獣ごときに遅れを取ったりはしないよ」
「それが、虚勢でなければいいけどね」

 どうするべきか。身の振り方を考えてみる。
 正直、そこまで大きいメリットなんて感じない。贔屓目に見ても、手に入るものは、僅かばかり金と名声といったところが関の山か。それでも、なんの目的もなく時間を浪費する日々よりは、幾分か魅力的に思えた。
 なにせ私は――時間も暇も、有り余っているのだから。実に物悲しいことではあるが。

「そうね。まあ、手伝って上げても良いよ。……どうせ、暇なんだし」
「本当か!」と彼が破顔する。「よし。じゃあ出発は、二日後の早朝にしよう。善は急げだ。道中で必要になる装備などは、こちらで揃えておくから心配しなくてもいい」

 私の返答を受け取ると、満足した顔で彼が立ち上がる。来たときとは対照的に騒々しい足音をたて、鼻息も荒く図書室を出て行った。

「ほんと、うるさい男……」

 彼の姿が見えなくなったあとで、思わず本音が零れ落ちる。その直後、重大な問題点に気が付いた。
 遺跡までは、少なく見積もっても二昼夜は掛かるだろう。その間は二人きりで昼夜を共にし、同じ場所で床につくことになるのだ。

 ──……失念してた。なんてことだ!
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