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終章:そして別れの春がくる
【玲の気持ち】
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立花玲がこの世を去ってから三日後の二月十七日に、彼女の葬儀は行われた。
朝から冷たい雨が降っている日で、卒業を間近にして他界した彼女の無念を、空が代弁しているかのようだった。葬儀には晃君や律はもちろん、早百合と瑠衣も参列していた。
玲の名前や顔もよく知らないであろう同級生達が、次々と焼香を済ませて行く。儀礼的に繰り返されてる動作にリアリティを感じなかったのだろうか。不思議と涙は出なかった。
祭壇の前に進み遺族に頭を下げると、焼香をしてから、玲の遺影にも頭を下げる。
遺影の中の彼女は初めて会った日と同じように、薄い笑みを口元に湛えていた。会場の外で降り続く雨とは対照的に、暖かい表情をしているようだ、とあたしは思う。
葬儀場を出ると、傘を差して、一人佇む悠里が居た。
『立花さんが、泣いてるみたい』
雨のカーテンに遮られた街の景色に目を向け、彼女が手話を刻む。そうだね、という意思をこめて頷いてみせると、『病気のこと知ってたの?』と彼女が続けた。
『うん、知ってた』
『そっか……』
『あたしが、悪いの』
『恭子が? どうして?』
不思議そうに首を傾げた悠里に、バレンタインデーにあった出来事を包み隠さず伝えていった。
『だからきっと、あたしが悪いの。あたしが自分の気持ちを秘めたままにしておけば、二人はちゃんと両想いになれた』
ようやく、苦しい胸の内を吐き出せた気がした。ずっと、誰かに聞いてほしかった。誰かに許してほしかった。ただ「ゴメンネ」って言葉を、玲に届けたかった。
あたしの告白に、悠里はなにも言葉を返さなかった。とたん、傘が全天のスピーカーとなって、雨脚がより強くなったことを、反響する音で伝えてくる。
『恭子は、何も悪くないよ』と悠里は言った。『むしろもっとズルくなって、自分を曝け出したらいいのに』と空を見上げて、差し出した手のひらで雨粒を受け止めた。『ほら、恭子が不甲斐ないから、立花さんさっきよりも強く泣いてる』
『玲が……泣いてる?』
彼女に釣られて見上げた空は、みんなの悲しみを投影したかの如く重苦しい鉛色。冷たい雨は、今も変わることなく降り続いていた。
翌日、クラスでも玲のことを話してる人は殆どいなかった。数日間が経過した頃には、学校の中も、彼女が亡くなる前と同じ空気に戻っていた。もはや、玲を想って涙を流す生徒は誰もいない。
あたかも、彼女など最初から居なかったかのように。そうして皆辛い記憶を忘れ、喪失に慣れていくんだ。もっとも、葬儀に参列していた生徒達の何割までが、本当の意味での喪失感を感じていたのか。それは知る由もないし、知ろうとも思わないが。
晃君とは葬儀のとき二言三言言葉を交わしたのみで、以降まったく会話をしていない。もちろん、話をしたいという気持ちもあるにはあったが、顔を合わせる気まずさから避けるように行動していると、向こうからも接触は無かった。
一度二人の気持ちが離れ始めると、昔と同じ余所余所しい関係に戻るまで、大した時間も要さなかった。
所詮、その程度の関係だったと自分に言い聞かせると、今日も強く唇を噛んだ。
更にひと月ほどの時間が流れ、卒業の日を迎える。
在校生代表の贈る言葉。卒業生代表の答辞。体育館に居並ぶ卒業生とすすり泣くクラスメイトを横目に見ながら、それでも尚、あたしは泣けないままだ。
――涙が枯れてしまったから?
そんな物理的な理由でも、センチメンタルな理由でもない気がする。悲しみは既に、臨界点を超えてしまってた。
春休みに入ると、慌ただしく引っ越しの手配に追われ始める。新生活に向けての準備、段取りも滞りなく終わった頃には、いよいよ晃君とは疎遠になっていた。二月の中旬から途絶えたチャットアプリのメッセージを、ただ、物憂げに眺めるだけの日々が続く。
危ういバランスの上に成り立っていた三人の関係は、玲が欠ける事によって完全に終わりを告げ、もはや修復できる見込みは失われていた。
それでも毎日は、驚くほど円滑に穏やかに流れていく。玲の葬儀から一ヶ月ほどが過ぎ去ったころ、あたしはようやくやり残していた事をひとつ思い出した。
卒業アルバムを引っ張り出して住所を確認すると、電車に揺られて隣のさくら市に向かう。
地図アプリの情報と、紙に書いた住所を突き合わせて辿り着いた家の表札には、『立花』と記載されていた。
立花玲の家は、淡い茶色の塀に囲まれた、真新しい印象を与える建物だった。玄関前に備えられた鉄柵の隙間からは、よく手入れされた人工芝で覆われた庭と、小さな池の存在が窺える。比較的、裕福そうな家だと感じた。
表札の前に立つと、脇に設置されたインターホンを押した。ピンポーンという月並みな音が響いた後に、『どちら様ですか?』と訊ねる女性の声が聞こえてきた。どう答えるべきか暫し悩んだ末に、「玲さんの友人です。焼香をさせて頂きたいのですが」と口にする。
そのまま待たされること数分。玄関口の扉が開くと、長い髪を背中まで垂らした長身の中年女性が姿を現す。葬儀の日以来となる、玲の母親の姿。「どうぞ、はいってください」優しい笑みを浮かべて話した彼女の顔と声には、薄っすらと玲の面影が感じられた。
リビングに通されると仏壇の前で膝を折り、玲の遺影と向き合った。
葬儀の時と違い小さな額縁に変わってこそいたものの、写真の中の彼女はあの日と同じように正面を見据え、力強い表情の中にも穏やかな笑みを混ぜていた。
焼香を済ませ、そっと手を合わせる。
彼女の無念を悼み、自分の不甲斐なさを謝罪した。玲が安らかな気持ちで旅立つことが出来ますようにと、ただ、それだけを祈った。
合わせていた手を下ろし、母親の方に向き直ると一礼をした。「それでは、失礼します」用件を終えた事を告げ、立ち上がろうとした矢先、母親に呼び止められる。
「もしかしてあなたが、楠恭子さんかしら?」
「はい、そうですけれども」
一度崩しかけてた膝を、元に戻した。
「昨年末に玲が緊急入院した時にも、駆け付けてくれた人よね。ごめんなさい、今まで失念していたわ」母親は自分の非礼を侘びた後、こう言って立ち上がった「もう少しだけ、待ってもらえるかしら」
「はい、構いませんけれども」
あたしの返答を受け取ると、もう一度「ごめんなさいね」と告げて、母親は一旦リビングを出ていった。座布団の上に正座をして待つこと数分。戻って来た母親は、一通の封筒を差し出してくる。
封筒を受け取って視線を落とすと、力強くも丁寧な文字で、『楠恭子様』と宛名が書かれてあった。心臓が、どくんと跳ねる。
「この手紙は……?」
「玲に頼まれていたのよ。私が死んでから間もなく、全体的にふんわりと心地良い雰囲気を漂わせた女の子がきっと訪ねてくると思うから、来たら、この手紙を渡して欲しいって」
あらためて確認した玲の宛名書きは、黒のボールペンを用いて行書体で書かれていた。自分の気持ちを真っ直ぐ言葉にし続けた、玲に相応しい綺麗な文字。
「あれは昨年の、初夏の辺りだったかしら」
と母親は感慨深げに天井を見上げた。
「玲が突然、嬉しそうに報告をしてきたの。今日、高校に入ってから初めて、新しい友達ができたって。あの子、高校に入学してから何度も長期の欠席をしてたから、中学時代からの友達しかいなかったのよね。だから、本当に嬉しかったんでしょうね」
きっと、六月の話だろうと判断し、「はい」と頷いた。
「でも、きっとその友達は、私にとって恋のライバルになる。本当は正々堂々と勝負したいけど、私はそんなに長くは生きられない。だから彼女には、私の分まで幸せになって欲しいってね。その友達が──」
母親が、あたしの顔を正面から見据えた。
「楠恭子さん。あなたのことなのよ」
睫毛の長い瞳。切れ長で、力強い瞳。玲の面影混じりの眼差しが、あたしの顔を真っ直ぐに捉える。まるで玲に見られてるようで、ちょっとだけ落ち着かない。そして母親の姿と今は亡き親友の姿がオーバーラップした瞬間、様々な記憶がフラッシュバックしてきた。
直後、思い出したように鞄の中から日記帳を取り出すと、震えの治まらない指先でページを捲っていった。
『七月二十二日。お盆前の週末は、家族で旅行に行く計画を立ててるの』
「ひとつだけ、質問いいですか?」
「ええ、私で答えられる範囲ならば」
「昨年の七月下旬、若しくは八月の初旬ころ、家族旅行に行きましたか?」
母親は、天井を見上げて数秒思案したのち、こう答えた。
「いいえ、行っていないわ……。七月の末といえば、玲も余命宣告をされた頃だったから、そんなことには露ほども頭が回ってなかったわね。そうね……今思えば、最後になるかもしれなかったのだし、玲と一緒に、旅行にでも出かければよかったのかもしれないわね」
「余命宣告……?」
予想外の言葉がでてきたことに、思わず声が大きくなる。でも、よく考えたら有り得ない話でもない。
「あら、その事は伝えてなかったのね」と母親は驚いた顔で口元を隠した。「玲は、七月末の時点で、余命半年と告げられていたの。だから、二月の中旬まで生きられたのは、むしろ頑張った方かもね。一分一秒でも長く生きたいからって、年末から抗癌剤を使った延命治療をしていたの。治るわけでもないのに、治療費ばかりかさんでゴメンね、って謝りながら」
そんな事、心配しなくていいのにね、と言いながら、母親は目元を拭った。
『私は癌にも打ち勝って、必ず恭子のところに戻ってくるわよ』
この時にはもう、自分が病に勝てない体だと知っていたんだ。
違和感は、あった。むしろ色々と。玲が嘘をついていることも、何らかの隠し事をしている可能性も、薄々と感じてた。でも、彼女がついていた嘘の数は、あたしが思っていたよりも、ずっとずっと多かったんだ。
そうだ。きっと、あの時ばかりじゃない。
『そういえば、玲は?』
『さっきまで一緒だったのにな。何処いったんだ、アイツ』
東関東吹奏楽コンクールがあった、あの日も。
『玲にもさ、たまには一緒に帰るかって誘ってるんだけど、色々と理由付けては逃げられてる』
雨の日。傘を差して帰ったあの日も。
あたしと玲は親友なんでしょ? ちゃんと言ってくれなくちゃヤダよ。玲が癌で余命宣告されてると知ってたら、あたしだって晃君に──……ああ。むしろ、だからか。
だからこそ玲は、自分の気持ちをひたすらに隠し、押し殺して、告白のチャンスをことごとくあたしに譲ってきたんだ。
理由はただひとつ。
自分が病気で死ぬ人間だと知っていたから。病気のことをあたしに伝えたら、怖気づいて足を止めてしまうって知っていたから。
「バカだよ玲は……そんなこと気にしないで、一緒に、花火大会に来たら良かったじゃん。あたしだって玲と一緒に、思い出を作りたかったよ……」
初めてあたしは、彼女のことをバカだと思った。あたしよりずっとスタイルも顔も良くて、要領も良くて、何ひとつ不自由なく生きているんだと初めて出会った時に思った。でも、全部勘違いだった。むしろ──。
──あたしは、なんにも分かっていなかった。
彼女は誰よりも弱くて嘘吐きで、誰よりも不自由だった。
玲から送られた手紙の封を剥がしながら、断りを入れる。「今、開けて見ても良いですか?」母親は微笑を湛えながら、「どうぞ」と簡潔に答えた。
封筒のシールを丁寧に剥がすと、中から便箋を取り出した。彼女らしく達筆な文字で書かれていた紙は、全部で三枚入っていた。
* * *
親愛なる恭子へ。
あなたがこの手紙を読んでいる頃には、私はもう、その世界にはいないのでしょう。
もう余命宣告の件も聞いたでしょうか? 本当は、包み隠さず伝えるべきだと思ってたのですが、私の事情を知ったら、きっと恭子は告白する勇気を失くして立ち止まると思ったので、どうしても言えませんでした。
隠していたことが、迷惑になっていたらごめんなさい。
最初に恭子と出会った日。本当に可愛い女の子だなって思いました。私に著しく欠けている要素であったり、持ってない魅力を恭子は全部持っていたので、正直羨ましいと感じて嫉妬しました。
お世辞じゃない、本当ですよ?
それから、可笑しかった。
だってさ。晃のことを好きだって気持ち、全然隠せてないんだもの。
あの日から恭子は私の親友であると同時に、恋のライバルとなりました。結構色々と、複雑だったよ。
恭子が晃に気持ちを伝えるって聞いたとき、おめでとう、頑張れって思う裏で……やっぱり羨ましいなって嫉妬しました。恭子みたいな手作りはちょっと無理だったけど、母親に頼み込んで、こっそりとチョコレート準備しました。未練がましく最後に試みる、私のささやかな抵抗です。
ごめんね。
きっと、間違いなく、恭子の邪魔をして迷惑を掛けてしまいます。ずっと晃から距離を置いて逃げ続けてたのに、最後だけやる事がブレまくってるよね。
でも……このまま何もしないで彼と別れてしまうのは、絶対に嫌だと感じてしまったから。ごめんね、最後だけ、私のワガママ許してね。
私がいなくなった後、晃のことよろしくね。彼を支えてあげられるのは、絶対に恭子だけだと思うから。
ついでみたいで気が引けるけど、律と悠里さんにも、宜しく伝えておいてね。
それでは、非常に唐突ではありますが、恭子の良い所と悪い所を発表していきたいと思います。玲は何を言ってんのくらいの、軽い気持ちで読んでください。
先ず最初に、良いところです。
(1)可愛いところ
以前、早百合なんかよりよっぽど可愛いと伝えましたが、お世辞ではなく本心です。ふんわりと柔らかい雰囲気を持った恭子の容姿は、私の憧れでした。
もっと自分に、自信を持っても良いと思うよ?
(2)一生懸命なところ
これもどうやら無自覚みたいで困るんだけど……勉強でも部活動でも、やると決めたらとことん全力で向かっていく恭子は凄いです。
一方で私は、強い言葉だけ並べ立てても肝心の中身はカラッポなので、見習わないといけないですね。これからも全力少女で頑張りなさいよ、恋する乙女!
(3)優しいところ
十二月に私が倒れて緊急入院したとき、真っ先に駆けつけてくれたこと、本当に嬉しかったです。
今だから本音を吐露するけど、あの時心が折れかけていたので、凄く救われました。恭子が支えてくれたからこそ、残された人生も、前を向いて過ごすことが出来ました。本当に……ありがとうね。
反対に、ダメなところです。
こちらも結構あるので、怒らないで読んでください。
(1)物事をハッキリ言えないところ
これは自覚してるみたいだけど、やっぱり直した方が良いですよ?
悪いことや厳しい言葉は伝えにくいものですが、それでもちゃんと伝えないとダメな時はあります。それがどういう時なのか、頭の良い恭子にはわかってると思いますが。
足りないのは、ほんのちょっとの勇気だけです。頑張ってね恭子。
(2)鈍感なところ
たぶん恭子は気付いてないと思うけど、何度か晃からのサインが出てたんだよ。
まあ……これに関しては、晩熟な晃にも原因があるんだけど……ほんと、肝心なところでヘタレるんだから……。
なんとなく、彼の気持ちに気付いてしまったので、ちょっとだけ複雑でした。
(3)なかなか告白しないところ
これが本当に、恭子の罪深いところです。
私はそのうち居なくなる人間。それが分かってるからこそ、なるべく早い段階で恭子と晃をくっつけて諦める算段だったのですが。晃はあの調子だし? 恭子もなかなか告白してくれないものだから、墓場まで持っていく予定だった自分の気持ちを、勢いで恭子に伝えてしまいました。
でも、逆に良かったのかな。悔いもなく、優しく穏やかな気持ちのまま、最後の時を迎えられそうです。これも恭子の優しさなのかしら?
私の人生は十八年と短かったかもしれないけれど、心配しないで。そんなに後悔はないのだから。
最後の高校生活。
最後の文化祭。
最後に出来た、最高の親友。
最後に伝えられた、好きな人への気持ち。
一生の中で一度きりしかない、たくさんの『最後』の中を私は走りぬけたのだから。
それではこれが、本当に最後の言葉です。
恭子。
あなたのことが、大好きでした。
私の分まで幸せになって下さい。
ずっと……ずっと……いつまでも、恭子のことを愛しています。
──親愛なる、楠恭子様。 【立花 玲】
* * *
──玲……
「ごめんなさい……少しだけ、泣いてもいいですか」
玲の母親が答えるよりも早く、あたしの頬を大粒の涙が伝い落ちる。必死に堪えていた涙が堰を切ったように溢れ出すと、止めることが出来なくなった。
やっぱり玲は身勝手だ。短絡的で嘘つきで、残される人のことなんにも分かってない。でも、だからこそ、底知れぬほど、暖かくて優しい。ズルいなって思う。敵わないなって思う。
たくさんの『最後』を経験できたのだから悔いはない、と手紙の中の玲は語っていたけれど、そんなのは強がりでしかないとあたしは思う。あたしが何度も涙を流したその裏で。病室で、たった一度だけ彼女が泣いたその裏で。いったい何度、彼女は涙を流したのだろう。
最後の夏休み?
最後の文化祭?
最高の友達に彼への告白?
そんなものが、いったいなんの気休めになると言うのか。
「一番大事な、晃君の返答を受け取ってないじゃん。玲」
人には遠慮しないで、なんて言っておいて、自分が一番遠慮してるじゃない。死んでいく人が周りに気遣ってどうするの? あたしなんか気にせず、もっと早くから気持ち伝えればよかったじゃん。思い出作ればよかったじゃん。人生は一度きりなんだから、一言相談してくれれば、もう少し早く本当のことを教えてくれれば、きっと未来は変わってたはずなのに。それなのにあたしは……玲が作ってくれたチャンスを全て台無しにして、こうして泣いてるのか。
晃君はずっと、玲のことしか見てなかったのに。……本当に馬鹿だよ玲は。
たぶん……あたしたち三人は、それぞれが互いを思いやるうちに、一番大切な言葉を伝えないまま終わってしまったのだろう。どんなに悔やんでも、もうやり直せない。
もう、遅いんだ。
トライアングルの一辺は、すでに欠けてしまった後なのだから。
「ごめんなさい……やっぱり、迷惑だったかしら」
玲の母親が、気遣うように声を掛けてくる。
「大丈夫です、迷惑、なんてことないです……。迷惑だったとしたら、こんなにも人の心には響きませんから」
涙はいつまでも、止めどなく溢れた。心の奥底にずっと隠し続けていた悲しみが溶け出してくるように、あたしは泣き続けた。あ、絨毯が濡れてしまうな、と気付いて目元を拭おうとしたその時、玲の母親がそっとハンカチを差し出してくれた。
朝から冷たい雨が降っている日で、卒業を間近にして他界した彼女の無念を、空が代弁しているかのようだった。葬儀には晃君や律はもちろん、早百合と瑠衣も参列していた。
玲の名前や顔もよく知らないであろう同級生達が、次々と焼香を済ませて行く。儀礼的に繰り返されてる動作にリアリティを感じなかったのだろうか。不思議と涙は出なかった。
祭壇の前に進み遺族に頭を下げると、焼香をしてから、玲の遺影にも頭を下げる。
遺影の中の彼女は初めて会った日と同じように、薄い笑みを口元に湛えていた。会場の外で降り続く雨とは対照的に、暖かい表情をしているようだ、とあたしは思う。
葬儀場を出ると、傘を差して、一人佇む悠里が居た。
『立花さんが、泣いてるみたい』
雨のカーテンに遮られた街の景色に目を向け、彼女が手話を刻む。そうだね、という意思をこめて頷いてみせると、『病気のこと知ってたの?』と彼女が続けた。
『うん、知ってた』
『そっか……』
『あたしが、悪いの』
『恭子が? どうして?』
不思議そうに首を傾げた悠里に、バレンタインデーにあった出来事を包み隠さず伝えていった。
『だからきっと、あたしが悪いの。あたしが自分の気持ちを秘めたままにしておけば、二人はちゃんと両想いになれた』
ようやく、苦しい胸の内を吐き出せた気がした。ずっと、誰かに聞いてほしかった。誰かに許してほしかった。ただ「ゴメンネ」って言葉を、玲に届けたかった。
あたしの告白に、悠里はなにも言葉を返さなかった。とたん、傘が全天のスピーカーとなって、雨脚がより強くなったことを、反響する音で伝えてくる。
『恭子は、何も悪くないよ』と悠里は言った。『むしろもっとズルくなって、自分を曝け出したらいいのに』と空を見上げて、差し出した手のひらで雨粒を受け止めた。『ほら、恭子が不甲斐ないから、立花さんさっきよりも強く泣いてる』
『玲が……泣いてる?』
彼女に釣られて見上げた空は、みんなの悲しみを投影したかの如く重苦しい鉛色。冷たい雨は、今も変わることなく降り続いていた。
翌日、クラスでも玲のことを話してる人は殆どいなかった。数日間が経過した頃には、学校の中も、彼女が亡くなる前と同じ空気に戻っていた。もはや、玲を想って涙を流す生徒は誰もいない。
あたかも、彼女など最初から居なかったかのように。そうして皆辛い記憶を忘れ、喪失に慣れていくんだ。もっとも、葬儀に参列していた生徒達の何割までが、本当の意味での喪失感を感じていたのか。それは知る由もないし、知ろうとも思わないが。
晃君とは葬儀のとき二言三言言葉を交わしたのみで、以降まったく会話をしていない。もちろん、話をしたいという気持ちもあるにはあったが、顔を合わせる気まずさから避けるように行動していると、向こうからも接触は無かった。
一度二人の気持ちが離れ始めると、昔と同じ余所余所しい関係に戻るまで、大した時間も要さなかった。
所詮、その程度の関係だったと自分に言い聞かせると、今日も強く唇を噛んだ。
更にひと月ほどの時間が流れ、卒業の日を迎える。
在校生代表の贈る言葉。卒業生代表の答辞。体育館に居並ぶ卒業生とすすり泣くクラスメイトを横目に見ながら、それでも尚、あたしは泣けないままだ。
――涙が枯れてしまったから?
そんな物理的な理由でも、センチメンタルな理由でもない気がする。悲しみは既に、臨界点を超えてしまってた。
春休みに入ると、慌ただしく引っ越しの手配に追われ始める。新生活に向けての準備、段取りも滞りなく終わった頃には、いよいよ晃君とは疎遠になっていた。二月の中旬から途絶えたチャットアプリのメッセージを、ただ、物憂げに眺めるだけの日々が続く。
危ういバランスの上に成り立っていた三人の関係は、玲が欠ける事によって完全に終わりを告げ、もはや修復できる見込みは失われていた。
それでも毎日は、驚くほど円滑に穏やかに流れていく。玲の葬儀から一ヶ月ほどが過ぎ去ったころ、あたしはようやくやり残していた事をひとつ思い出した。
卒業アルバムを引っ張り出して住所を確認すると、電車に揺られて隣のさくら市に向かう。
地図アプリの情報と、紙に書いた住所を突き合わせて辿り着いた家の表札には、『立花』と記載されていた。
立花玲の家は、淡い茶色の塀に囲まれた、真新しい印象を与える建物だった。玄関前に備えられた鉄柵の隙間からは、よく手入れされた人工芝で覆われた庭と、小さな池の存在が窺える。比較的、裕福そうな家だと感じた。
表札の前に立つと、脇に設置されたインターホンを押した。ピンポーンという月並みな音が響いた後に、『どちら様ですか?』と訊ねる女性の声が聞こえてきた。どう答えるべきか暫し悩んだ末に、「玲さんの友人です。焼香をさせて頂きたいのですが」と口にする。
そのまま待たされること数分。玄関口の扉が開くと、長い髪を背中まで垂らした長身の中年女性が姿を現す。葬儀の日以来となる、玲の母親の姿。「どうぞ、はいってください」優しい笑みを浮かべて話した彼女の顔と声には、薄っすらと玲の面影が感じられた。
リビングに通されると仏壇の前で膝を折り、玲の遺影と向き合った。
葬儀の時と違い小さな額縁に変わってこそいたものの、写真の中の彼女はあの日と同じように正面を見据え、力強い表情の中にも穏やかな笑みを混ぜていた。
焼香を済ませ、そっと手を合わせる。
彼女の無念を悼み、自分の不甲斐なさを謝罪した。玲が安らかな気持ちで旅立つことが出来ますようにと、ただ、それだけを祈った。
合わせていた手を下ろし、母親の方に向き直ると一礼をした。「それでは、失礼します」用件を終えた事を告げ、立ち上がろうとした矢先、母親に呼び止められる。
「もしかしてあなたが、楠恭子さんかしら?」
「はい、そうですけれども」
一度崩しかけてた膝を、元に戻した。
「昨年末に玲が緊急入院した時にも、駆け付けてくれた人よね。ごめんなさい、今まで失念していたわ」母親は自分の非礼を侘びた後、こう言って立ち上がった「もう少しだけ、待ってもらえるかしら」
「はい、構いませんけれども」
あたしの返答を受け取ると、もう一度「ごめんなさいね」と告げて、母親は一旦リビングを出ていった。座布団の上に正座をして待つこと数分。戻って来た母親は、一通の封筒を差し出してくる。
封筒を受け取って視線を落とすと、力強くも丁寧な文字で、『楠恭子様』と宛名が書かれてあった。心臓が、どくんと跳ねる。
「この手紙は……?」
「玲に頼まれていたのよ。私が死んでから間もなく、全体的にふんわりと心地良い雰囲気を漂わせた女の子がきっと訪ねてくると思うから、来たら、この手紙を渡して欲しいって」
あらためて確認した玲の宛名書きは、黒のボールペンを用いて行書体で書かれていた。自分の気持ちを真っ直ぐ言葉にし続けた、玲に相応しい綺麗な文字。
「あれは昨年の、初夏の辺りだったかしら」
と母親は感慨深げに天井を見上げた。
「玲が突然、嬉しそうに報告をしてきたの。今日、高校に入ってから初めて、新しい友達ができたって。あの子、高校に入学してから何度も長期の欠席をしてたから、中学時代からの友達しかいなかったのよね。だから、本当に嬉しかったんでしょうね」
きっと、六月の話だろうと判断し、「はい」と頷いた。
「でも、きっとその友達は、私にとって恋のライバルになる。本当は正々堂々と勝負したいけど、私はそんなに長くは生きられない。だから彼女には、私の分まで幸せになって欲しいってね。その友達が──」
母親が、あたしの顔を正面から見据えた。
「楠恭子さん。あなたのことなのよ」
睫毛の長い瞳。切れ長で、力強い瞳。玲の面影混じりの眼差しが、あたしの顔を真っ直ぐに捉える。まるで玲に見られてるようで、ちょっとだけ落ち着かない。そして母親の姿と今は亡き親友の姿がオーバーラップした瞬間、様々な記憶がフラッシュバックしてきた。
直後、思い出したように鞄の中から日記帳を取り出すと、震えの治まらない指先でページを捲っていった。
『七月二十二日。お盆前の週末は、家族で旅行に行く計画を立ててるの』
「ひとつだけ、質問いいですか?」
「ええ、私で答えられる範囲ならば」
「昨年の七月下旬、若しくは八月の初旬ころ、家族旅行に行きましたか?」
母親は、天井を見上げて数秒思案したのち、こう答えた。
「いいえ、行っていないわ……。七月の末といえば、玲も余命宣告をされた頃だったから、そんなことには露ほども頭が回ってなかったわね。そうね……今思えば、最後になるかもしれなかったのだし、玲と一緒に、旅行にでも出かければよかったのかもしれないわね」
「余命宣告……?」
予想外の言葉がでてきたことに、思わず声が大きくなる。でも、よく考えたら有り得ない話でもない。
「あら、その事は伝えてなかったのね」と母親は驚いた顔で口元を隠した。「玲は、七月末の時点で、余命半年と告げられていたの。だから、二月の中旬まで生きられたのは、むしろ頑張った方かもね。一分一秒でも長く生きたいからって、年末から抗癌剤を使った延命治療をしていたの。治るわけでもないのに、治療費ばかりかさんでゴメンね、って謝りながら」
そんな事、心配しなくていいのにね、と言いながら、母親は目元を拭った。
『私は癌にも打ち勝って、必ず恭子のところに戻ってくるわよ』
この時にはもう、自分が病に勝てない体だと知っていたんだ。
違和感は、あった。むしろ色々と。玲が嘘をついていることも、何らかの隠し事をしている可能性も、薄々と感じてた。でも、彼女がついていた嘘の数は、あたしが思っていたよりも、ずっとずっと多かったんだ。
そうだ。きっと、あの時ばかりじゃない。
『そういえば、玲は?』
『さっきまで一緒だったのにな。何処いったんだ、アイツ』
東関東吹奏楽コンクールがあった、あの日も。
『玲にもさ、たまには一緒に帰るかって誘ってるんだけど、色々と理由付けては逃げられてる』
雨の日。傘を差して帰ったあの日も。
あたしと玲は親友なんでしょ? ちゃんと言ってくれなくちゃヤダよ。玲が癌で余命宣告されてると知ってたら、あたしだって晃君に──……ああ。むしろ、だからか。
だからこそ玲は、自分の気持ちをひたすらに隠し、押し殺して、告白のチャンスをことごとくあたしに譲ってきたんだ。
理由はただひとつ。
自分が病気で死ぬ人間だと知っていたから。病気のことをあたしに伝えたら、怖気づいて足を止めてしまうって知っていたから。
「バカだよ玲は……そんなこと気にしないで、一緒に、花火大会に来たら良かったじゃん。あたしだって玲と一緒に、思い出を作りたかったよ……」
初めてあたしは、彼女のことをバカだと思った。あたしよりずっとスタイルも顔も良くて、要領も良くて、何ひとつ不自由なく生きているんだと初めて出会った時に思った。でも、全部勘違いだった。むしろ──。
──あたしは、なんにも分かっていなかった。
彼女は誰よりも弱くて嘘吐きで、誰よりも不自由だった。
玲から送られた手紙の封を剥がしながら、断りを入れる。「今、開けて見ても良いですか?」母親は微笑を湛えながら、「どうぞ」と簡潔に答えた。
封筒のシールを丁寧に剥がすと、中から便箋を取り出した。彼女らしく達筆な文字で書かれていた紙は、全部で三枚入っていた。
* * *
親愛なる恭子へ。
あなたがこの手紙を読んでいる頃には、私はもう、その世界にはいないのでしょう。
もう余命宣告の件も聞いたでしょうか? 本当は、包み隠さず伝えるべきだと思ってたのですが、私の事情を知ったら、きっと恭子は告白する勇気を失くして立ち止まると思ったので、どうしても言えませんでした。
隠していたことが、迷惑になっていたらごめんなさい。
最初に恭子と出会った日。本当に可愛い女の子だなって思いました。私に著しく欠けている要素であったり、持ってない魅力を恭子は全部持っていたので、正直羨ましいと感じて嫉妬しました。
お世辞じゃない、本当ですよ?
それから、可笑しかった。
だってさ。晃のことを好きだって気持ち、全然隠せてないんだもの。
あの日から恭子は私の親友であると同時に、恋のライバルとなりました。結構色々と、複雑だったよ。
恭子が晃に気持ちを伝えるって聞いたとき、おめでとう、頑張れって思う裏で……やっぱり羨ましいなって嫉妬しました。恭子みたいな手作りはちょっと無理だったけど、母親に頼み込んで、こっそりとチョコレート準備しました。未練がましく最後に試みる、私のささやかな抵抗です。
ごめんね。
きっと、間違いなく、恭子の邪魔をして迷惑を掛けてしまいます。ずっと晃から距離を置いて逃げ続けてたのに、最後だけやる事がブレまくってるよね。
でも……このまま何もしないで彼と別れてしまうのは、絶対に嫌だと感じてしまったから。ごめんね、最後だけ、私のワガママ許してね。
私がいなくなった後、晃のことよろしくね。彼を支えてあげられるのは、絶対に恭子だけだと思うから。
ついでみたいで気が引けるけど、律と悠里さんにも、宜しく伝えておいてね。
それでは、非常に唐突ではありますが、恭子の良い所と悪い所を発表していきたいと思います。玲は何を言ってんのくらいの、軽い気持ちで読んでください。
先ず最初に、良いところです。
(1)可愛いところ
以前、早百合なんかよりよっぽど可愛いと伝えましたが、お世辞ではなく本心です。ふんわりと柔らかい雰囲気を持った恭子の容姿は、私の憧れでした。
もっと自分に、自信を持っても良いと思うよ?
(2)一生懸命なところ
これもどうやら無自覚みたいで困るんだけど……勉強でも部活動でも、やると決めたらとことん全力で向かっていく恭子は凄いです。
一方で私は、強い言葉だけ並べ立てても肝心の中身はカラッポなので、見習わないといけないですね。これからも全力少女で頑張りなさいよ、恋する乙女!
(3)優しいところ
十二月に私が倒れて緊急入院したとき、真っ先に駆けつけてくれたこと、本当に嬉しかったです。
今だから本音を吐露するけど、あの時心が折れかけていたので、凄く救われました。恭子が支えてくれたからこそ、残された人生も、前を向いて過ごすことが出来ました。本当に……ありがとうね。
反対に、ダメなところです。
こちらも結構あるので、怒らないで読んでください。
(1)物事をハッキリ言えないところ
これは自覚してるみたいだけど、やっぱり直した方が良いですよ?
悪いことや厳しい言葉は伝えにくいものですが、それでもちゃんと伝えないとダメな時はあります。それがどういう時なのか、頭の良い恭子にはわかってると思いますが。
足りないのは、ほんのちょっとの勇気だけです。頑張ってね恭子。
(2)鈍感なところ
たぶん恭子は気付いてないと思うけど、何度か晃からのサインが出てたんだよ。
まあ……これに関しては、晩熟な晃にも原因があるんだけど……ほんと、肝心なところでヘタレるんだから……。
なんとなく、彼の気持ちに気付いてしまったので、ちょっとだけ複雑でした。
(3)なかなか告白しないところ
これが本当に、恭子の罪深いところです。
私はそのうち居なくなる人間。それが分かってるからこそ、なるべく早い段階で恭子と晃をくっつけて諦める算段だったのですが。晃はあの調子だし? 恭子もなかなか告白してくれないものだから、墓場まで持っていく予定だった自分の気持ちを、勢いで恭子に伝えてしまいました。
でも、逆に良かったのかな。悔いもなく、優しく穏やかな気持ちのまま、最後の時を迎えられそうです。これも恭子の優しさなのかしら?
私の人生は十八年と短かったかもしれないけれど、心配しないで。そんなに後悔はないのだから。
最後の高校生活。
最後の文化祭。
最後に出来た、最高の親友。
最後に伝えられた、好きな人への気持ち。
一生の中で一度きりしかない、たくさんの『最後』の中を私は走りぬけたのだから。
それではこれが、本当に最後の言葉です。
恭子。
あなたのことが、大好きでした。
私の分まで幸せになって下さい。
ずっと……ずっと……いつまでも、恭子のことを愛しています。
──親愛なる、楠恭子様。 【立花 玲】
* * *
──玲……
「ごめんなさい……少しだけ、泣いてもいいですか」
玲の母親が答えるよりも早く、あたしの頬を大粒の涙が伝い落ちる。必死に堪えていた涙が堰を切ったように溢れ出すと、止めることが出来なくなった。
やっぱり玲は身勝手だ。短絡的で嘘つきで、残される人のことなんにも分かってない。でも、だからこそ、底知れぬほど、暖かくて優しい。ズルいなって思う。敵わないなって思う。
たくさんの『最後』を経験できたのだから悔いはない、と手紙の中の玲は語っていたけれど、そんなのは強がりでしかないとあたしは思う。あたしが何度も涙を流したその裏で。病室で、たった一度だけ彼女が泣いたその裏で。いったい何度、彼女は涙を流したのだろう。
最後の夏休み?
最後の文化祭?
最高の友達に彼への告白?
そんなものが、いったいなんの気休めになると言うのか。
「一番大事な、晃君の返答を受け取ってないじゃん。玲」
人には遠慮しないで、なんて言っておいて、自分が一番遠慮してるじゃない。死んでいく人が周りに気遣ってどうするの? あたしなんか気にせず、もっと早くから気持ち伝えればよかったじゃん。思い出作ればよかったじゃん。人生は一度きりなんだから、一言相談してくれれば、もう少し早く本当のことを教えてくれれば、きっと未来は変わってたはずなのに。それなのにあたしは……玲が作ってくれたチャンスを全て台無しにして、こうして泣いてるのか。
晃君はずっと、玲のことしか見てなかったのに。……本当に馬鹿だよ玲は。
たぶん……あたしたち三人は、それぞれが互いを思いやるうちに、一番大切な言葉を伝えないまま終わってしまったのだろう。どんなに悔やんでも、もうやり直せない。
もう、遅いんだ。
トライアングルの一辺は、すでに欠けてしまった後なのだから。
「ごめんなさい……やっぱり、迷惑だったかしら」
玲の母親が、気遣うように声を掛けてくる。
「大丈夫です、迷惑、なんてことないです……。迷惑だったとしたら、こんなにも人の心には響きませんから」
涙はいつまでも、止めどなく溢れた。心の奥底にずっと隠し続けていた悲しみが溶け出してくるように、あたしは泣き続けた。あ、絨毯が濡れてしまうな、と気付いて目元を拭おうとしたその時、玲の母親がそっとハンカチを差し出してくれた。
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