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第三章「嘘つきな私のニューゲーム」
【そして今日。私はあなたに、二度目の恋をした】
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辺りは喧噪に満ちていた。
夜空に花火がひとつあがるたび、見上げている人たちの顔にも笑顔の花が咲く。花火大会の会場となっている『西公園』の園内は、家族連れやカップルなど、練り歩く人々で混雑していた。
私は、百合の花をあしらった紺色の浴衣。
菫は、赤い金魚の柄が刺繍された水色の浴衣。
ちょっとクールな彼らしく、殺風景なデザインの甚平を着て困った表情を浮かべている蓮を真ん中に挟み、三人並んで屋台を梯子する。
恋の勝負も駆け引きも、いよいよ今日がクライマックス。
時々菫と顔を見合わせて、イタズラ心にも花が咲く。
再びタクシーに乗って公園に着くと、案内板の前で菫が待っていた。「菫ー!」と彼女の姿が見えたことで肩の荷が降りた私はたまらず抱きついた。妙なことを散々言ってしまったのではぐらかすのに苦心したが、浴衣が似合ってると褒めたら上手いこと誤魔化されてくれた。
蓮と合流してからの彼女は本当に上機嫌。
楽しそうな笑顔を横目に見て、これまでの日々を振り返った。
臨海学校も滞りなく終わり、平穏無事に今日という日を迎えている。
変化があったといえば一つだけ。あれから美登里やえっちゃんとは遊ばなくなって、菫といる時間がそのぶん増えた。もちろん夏美ともさっぱりで、早い話が私だけあのグループから除外されたってこと。
あーあ、こりゃクラスでも浮いちゃうかな、と思いきや、逆に話しかけてくる女友達が増えた。彼女らいわく、美登里が怖くて近寄りがたかったとのこと。何がきっかけで好転するかわからない。人間関係って、ほんと難しい。
そんなわけで、私はいま結構幸せだ。
以前景に言われたことを、ふと思い出した。
『環境を変えたければ、先ずは自分から』
とってもシンプルなそのアドバイスは、時間をかけて私の胸に染み込んでいった。彼の意外な優しさが、水のように浸透してくるようだった。
ほんとだね。痛烈に今、思い知っているよ。
ドーンという大きな音が頭上で炸裂し、辺りが一瞬明るくなった。
同じ角度で花火を見上げている蓮と菫の輪郭線が、夜空をバックに浮き彫りになった。
艶やかな唇が動いて発せられた、「たーまやー」という菫の声は、とても弾んでいて楽しそう。「ねえ、蓮」と、隣の顔に声をかけた。
「ん、どした」
「なんか、トイレ行きたくなっちゃった」
「あー……。この先トイレないぞ? 少し戻らなくちゃ」
「だね。ちょっと遠いけどしょうがない。ドリンク飲み過ぎたかも」
「だから言ったじゃん、ブルーハワイだけにしとけって。欲張ってシェイクまで飲むからだぞ」
「あはは、そだね。ごめーん、ちょっくら行ってくる」
「気をつけてね」
「うん」
連と菫の声が後ろから追いかけてきて、人混みに紛れてから、駆け足だったのを緩やかな歩調に変えた。
ドーン、ぱらぱらぱら。
花火の炸裂音が私の背中を叩くと、温かい涙が一筋頬を伝った。
どうして、失恋した気持ちになってんだろう、私。
予定調和のうち、というか、本来望まれていた未来じゃないのか。これが。
ひとつ深呼吸をしてから、ポーチから携帯電話を取り出して菫に電話をかけた。二コールののち菫が応対した。『もしもし』
「なんかめっちゃお腹痛くてさ、治まりそうにないんだよね。そんで申し訳ないんだけど、先に帰るね」
『え、大丈夫? 七瀬ちゃん』
「あー、うん。だいじょうぶだいじょうぶ。一人で帰れるから、蓮にも宜しく言っといて。んじゃ、告白頑張って」
『え!? あっ、ちょっと待ってよ!』
どうなってんのと、半ば裏返った菫の声が聞こえてきた。酷く戸惑っているのは明白だったが、聞こえない振りをして電話を切った。
皮肉なもんね。元の世界で嘘をついた私は、二度めの世界でも結局嘘をつくんだ。明日顔を合わせたら――まあ、明日がくるのかわかんないけど――約束が違うって菫に怒られるんだろうか。でもごめんね。この一か月間色々悩んで考えて、そんで気がついたんだ。
自分の本当の気持ちに。
私、好きな人がいるんだ。
この日、あったんだ。あったんだよ、菫。
私にとって、大切なイベントが――。
公園の入り口付近にある屋台に向かうと、私の大好きなりんご飴は既に売り切れていた。
「ごめんな嬢ちゃん。いまさっき、最後の一本が売れちまったんだ」という屋台の親父さんの声が、どこかくぐもって聞こえる。
気もそぞろ、というか。集中できてないのが自分でもわかる。
そろそろだ。きっと、そろそろだ。
私の肩を『彼』がぽん、と叩く。
ほらね――。
振り返ると、私の頬っぺたに彼の人差し指がプスリと刺さる。してやったり、という顔で後ろに立っていたのは、月輪景だ。
「ちょっと、酷いなー。なにその子どもみたいなイタズラ」
まあ、今の私から見たら、中学生のあなたは子どもみたいなもんだけどね。
「ははは、わりーわりー。なんかさ、随分シケた面してんなって思ってさ」
知ってる。ぶっきらぼうなその言い方が、あなたなりの照れ隠しだってことも。
「なに、もしかして、ほんとに落ち込んでた?」
私の口数が少ないので不安になったんだろう。右の耳たぶを弄りながら、私の顔を覗き込んでくる。
これは、困ったときの彼の癖。思えば、私がシンクの中にコップを投げつけたあの時も、彼は右耳を触っていた。
「うん。ちょっとね」
「そっか」と顔を逸らしながら景が言う。そこは何があった? と聞いてくる場面でしょう? やっぱり、女の子の扱いがあんま上手くない。
そのとき私の眼前に、りんご飴が差し出された。
「食べる?」
「え、いいの?」
「おう。たまたま通りかかったら、最後の一個だったからさ。買っておいて良かったよ。りんご飴、好きでしょ?」
「うん、大好き」
たまたま、ね。また右耳触ってるよ、景。それはあなたが、嘘をつくときの癖でもあるんだよね。
「もしかして。りんご飴が買えなくて、私が拗ねてた、なんて思ってんじゃないでしょうね?」
「え、違うの?」
「違うよ。やっぱ酷い。でも、美味しいから許す。それになんか元気出た」
貰った飴を口に含んでみると、とても甘かった。甘くて切ない、青春の味――。
「そっか。良かった」
りんご飴が好き、と私が言ったのは、直近では夏休み前の一度だけだったはず。それを彼は、律儀に覚えてくれていたわけだ。
「もしかしてさ、なんか吹っ切れた?」
しばらく考え込んだあとで、景がそう言った。
「そうだよ。ようやく気がついた?」
景は確かに鈍感だ。蓮と比べたら全然気が利かないし、女の子の扱いだって下手。でもそれは、彼が冷たいからでは決してなくて、ただあるがままを受け入れ生きているだけのこと。こちらが拒絶したらそれ以上は訊いてこないし。
過干渉されることを何よりも嫌うけれども、他人の心に土足で踏みこむこともない。それでも、自分が大切に思っている誰かが塞ぎ込んだときは、全力で心配してくれる優しさだってちゃんとある。
景が、こんなにも私のことを見てくれていたことを、これまでの私は知らなかった。素っ気ないようでいて、彼はずっと私のことを見守ってくれていた。今の私があるのは、景と過ごしてきた長い時間があるからなんだ。
「ああ、わかった。森川と仲直りできたんだな」
「そだよ。偉いでしょ。でもね、代わりに失ったものもあるんだ」
「え、なにそれ」
「ナイショ。月輪君は、知らないほうがいいと思う」
蓮のことは今でも好き。
でもこの初恋の思い出は、墓場まで持って行こうとそう思う。
「なんだそりゃ」
意味がわからない、とばかりに渋い顔で、「ふうん」と景が言う。
「あ、もうこんな時間。私行かなくちゃ」
「なんか用事あんの?」
「うーん。用事じゃないけど、そろそろお父さんが車で迎えに来るんだ」
「そっか」
もちろんこれも大嘘だ。今日は嘘の大盤振る舞い。だってさ――。
「じゃあ、気いつけて行けよ」
「うん」
これ以上一緒にいたら、なんか泣いちゃいそうなんだもん。
歩きながら振り返ると、花火の光に照らされた景の顔は、ほんのりと朱に染まってた。
「けーい」
声も限りに私が叫ぶと、彼の瞳がまんまるくなった。
「なんだよ」
これは後から聞いた話。
この日彼は、私に恋をしたのだという。
「未来で、待ってる」
そして今日。私はあなたに――二度目の恋をした。
「大袈裟だな。未来で、じゃなくて、明日学校で、だろ?」
「ふふ、かもね。じゃね」
かつての私は、叶わなかった初恋の思い出を引きずり、ずっと後ろを向いてばかりいた。間違いもたくさんした。でも、それと変わらないくらい、大切な恋をこの数年間でしてきたんだ。
景が私を好きになってくれたから、なんとなく同棲するようになったとばかり思ってた。けどそうじゃない。後悔した過去があったからこそ、ちゃんと悩んで考えて、私なりにだした答えだった。
私はあの未来を失いたくない。あなたと過ごしてきた時間がなくなってしまうのは、やっぱり嫌だから。もっともっと私は、景と一緒に過ごしたい。
もう一度君と出会えてよかった。
私の本当の気持ち、もう、見失わないから。
忘れていた大切な想いに気づくため、私はここに来たんじゃないかな、とそう思う。
この先の世界がどう変わるのかはわからない。きっと、蓮と菫は二人で幸せになって、私は景とまた恋に落ちるのだろう。気が強くて口の悪い私に彼はたびたびうんざりしたり、気の利かない景に私も何度か幻滅するのだろう。
でも、それでいいと思う。私は景と一緒に歩きたい。二十一になった、そのまた先の世界も。
もう、振り返ることはなかった。
振り返る必要は、なかった。
その日の夜。私はびっくりするほどよく眠れた。
今日一日ほんとに楽しかったなーって、余韻に浸りながら眠りについた。
さようなら、菫。
さようなら、蓮。
それから、中学生の景と私。
なんとなくだけど、私がこの世界にいられるのは、今夜が最後って気がしてた。
だからだろうか。この日私は、景の夢を見た。
バルコニーに出て紫煙をくゆらせていた彼は、いつもと同じくどこか冷めた目をしていたが、部屋の中にいた私と目が合うと、ほんの僅か唇が弧を描いた。
声に出すことはなかったけれど、『よく頑張ったな』と、そう言われた気がした。
夜空に花火がひとつあがるたび、見上げている人たちの顔にも笑顔の花が咲く。花火大会の会場となっている『西公園』の園内は、家族連れやカップルなど、練り歩く人々で混雑していた。
私は、百合の花をあしらった紺色の浴衣。
菫は、赤い金魚の柄が刺繍された水色の浴衣。
ちょっとクールな彼らしく、殺風景なデザインの甚平を着て困った表情を浮かべている蓮を真ん中に挟み、三人並んで屋台を梯子する。
恋の勝負も駆け引きも、いよいよ今日がクライマックス。
時々菫と顔を見合わせて、イタズラ心にも花が咲く。
再びタクシーに乗って公園に着くと、案内板の前で菫が待っていた。「菫ー!」と彼女の姿が見えたことで肩の荷が降りた私はたまらず抱きついた。妙なことを散々言ってしまったのではぐらかすのに苦心したが、浴衣が似合ってると褒めたら上手いこと誤魔化されてくれた。
蓮と合流してからの彼女は本当に上機嫌。
楽しそうな笑顔を横目に見て、これまでの日々を振り返った。
臨海学校も滞りなく終わり、平穏無事に今日という日を迎えている。
変化があったといえば一つだけ。あれから美登里やえっちゃんとは遊ばなくなって、菫といる時間がそのぶん増えた。もちろん夏美ともさっぱりで、早い話が私だけあのグループから除外されたってこと。
あーあ、こりゃクラスでも浮いちゃうかな、と思いきや、逆に話しかけてくる女友達が増えた。彼女らいわく、美登里が怖くて近寄りがたかったとのこと。何がきっかけで好転するかわからない。人間関係って、ほんと難しい。
そんなわけで、私はいま結構幸せだ。
以前景に言われたことを、ふと思い出した。
『環境を変えたければ、先ずは自分から』
とってもシンプルなそのアドバイスは、時間をかけて私の胸に染み込んでいった。彼の意外な優しさが、水のように浸透してくるようだった。
ほんとだね。痛烈に今、思い知っているよ。
ドーンという大きな音が頭上で炸裂し、辺りが一瞬明るくなった。
同じ角度で花火を見上げている蓮と菫の輪郭線が、夜空をバックに浮き彫りになった。
艶やかな唇が動いて発せられた、「たーまやー」という菫の声は、とても弾んでいて楽しそう。「ねえ、蓮」と、隣の顔に声をかけた。
「ん、どした」
「なんか、トイレ行きたくなっちゃった」
「あー……。この先トイレないぞ? 少し戻らなくちゃ」
「だね。ちょっと遠いけどしょうがない。ドリンク飲み過ぎたかも」
「だから言ったじゃん、ブルーハワイだけにしとけって。欲張ってシェイクまで飲むからだぞ」
「あはは、そだね。ごめーん、ちょっくら行ってくる」
「気をつけてね」
「うん」
連と菫の声が後ろから追いかけてきて、人混みに紛れてから、駆け足だったのを緩やかな歩調に変えた。
ドーン、ぱらぱらぱら。
花火の炸裂音が私の背中を叩くと、温かい涙が一筋頬を伝った。
どうして、失恋した気持ちになってんだろう、私。
予定調和のうち、というか、本来望まれていた未来じゃないのか。これが。
ひとつ深呼吸をしてから、ポーチから携帯電話を取り出して菫に電話をかけた。二コールののち菫が応対した。『もしもし』
「なんかめっちゃお腹痛くてさ、治まりそうにないんだよね。そんで申し訳ないんだけど、先に帰るね」
『え、大丈夫? 七瀬ちゃん』
「あー、うん。だいじょうぶだいじょうぶ。一人で帰れるから、蓮にも宜しく言っといて。んじゃ、告白頑張って」
『え!? あっ、ちょっと待ってよ!』
どうなってんのと、半ば裏返った菫の声が聞こえてきた。酷く戸惑っているのは明白だったが、聞こえない振りをして電話を切った。
皮肉なもんね。元の世界で嘘をついた私は、二度めの世界でも結局嘘をつくんだ。明日顔を合わせたら――まあ、明日がくるのかわかんないけど――約束が違うって菫に怒られるんだろうか。でもごめんね。この一か月間色々悩んで考えて、そんで気がついたんだ。
自分の本当の気持ちに。
私、好きな人がいるんだ。
この日、あったんだ。あったんだよ、菫。
私にとって、大切なイベントが――。
公園の入り口付近にある屋台に向かうと、私の大好きなりんご飴は既に売り切れていた。
「ごめんな嬢ちゃん。いまさっき、最後の一本が売れちまったんだ」という屋台の親父さんの声が、どこかくぐもって聞こえる。
気もそぞろ、というか。集中できてないのが自分でもわかる。
そろそろだ。きっと、そろそろだ。
私の肩を『彼』がぽん、と叩く。
ほらね――。
振り返ると、私の頬っぺたに彼の人差し指がプスリと刺さる。してやったり、という顔で後ろに立っていたのは、月輪景だ。
「ちょっと、酷いなー。なにその子どもみたいなイタズラ」
まあ、今の私から見たら、中学生のあなたは子どもみたいなもんだけどね。
「ははは、わりーわりー。なんかさ、随分シケた面してんなって思ってさ」
知ってる。ぶっきらぼうなその言い方が、あなたなりの照れ隠しだってことも。
「なに、もしかして、ほんとに落ち込んでた?」
私の口数が少ないので不安になったんだろう。右の耳たぶを弄りながら、私の顔を覗き込んでくる。
これは、困ったときの彼の癖。思えば、私がシンクの中にコップを投げつけたあの時も、彼は右耳を触っていた。
「うん。ちょっとね」
「そっか」と顔を逸らしながら景が言う。そこは何があった? と聞いてくる場面でしょう? やっぱり、女の子の扱いがあんま上手くない。
そのとき私の眼前に、りんご飴が差し出された。
「食べる?」
「え、いいの?」
「おう。たまたま通りかかったら、最後の一個だったからさ。買っておいて良かったよ。りんご飴、好きでしょ?」
「うん、大好き」
たまたま、ね。また右耳触ってるよ、景。それはあなたが、嘘をつくときの癖でもあるんだよね。
「もしかして。りんご飴が買えなくて、私が拗ねてた、なんて思ってんじゃないでしょうね?」
「え、違うの?」
「違うよ。やっぱ酷い。でも、美味しいから許す。それになんか元気出た」
貰った飴を口に含んでみると、とても甘かった。甘くて切ない、青春の味――。
「そっか。良かった」
りんご飴が好き、と私が言ったのは、直近では夏休み前の一度だけだったはず。それを彼は、律儀に覚えてくれていたわけだ。
「もしかしてさ、なんか吹っ切れた?」
しばらく考え込んだあとで、景がそう言った。
「そうだよ。ようやく気がついた?」
景は確かに鈍感だ。蓮と比べたら全然気が利かないし、女の子の扱いだって下手。でもそれは、彼が冷たいからでは決してなくて、ただあるがままを受け入れ生きているだけのこと。こちらが拒絶したらそれ以上は訊いてこないし。
過干渉されることを何よりも嫌うけれども、他人の心に土足で踏みこむこともない。それでも、自分が大切に思っている誰かが塞ぎ込んだときは、全力で心配してくれる優しさだってちゃんとある。
景が、こんなにも私のことを見てくれていたことを、これまでの私は知らなかった。素っ気ないようでいて、彼はずっと私のことを見守ってくれていた。今の私があるのは、景と過ごしてきた長い時間があるからなんだ。
「ああ、わかった。森川と仲直りできたんだな」
「そだよ。偉いでしょ。でもね、代わりに失ったものもあるんだ」
「え、なにそれ」
「ナイショ。月輪君は、知らないほうがいいと思う」
蓮のことは今でも好き。
でもこの初恋の思い出は、墓場まで持って行こうとそう思う。
「なんだそりゃ」
意味がわからない、とばかりに渋い顔で、「ふうん」と景が言う。
「あ、もうこんな時間。私行かなくちゃ」
「なんか用事あんの?」
「うーん。用事じゃないけど、そろそろお父さんが車で迎えに来るんだ」
「そっか」
もちろんこれも大嘘だ。今日は嘘の大盤振る舞い。だってさ――。
「じゃあ、気いつけて行けよ」
「うん」
これ以上一緒にいたら、なんか泣いちゃいそうなんだもん。
歩きながら振り返ると、花火の光に照らされた景の顔は、ほんのりと朱に染まってた。
「けーい」
声も限りに私が叫ぶと、彼の瞳がまんまるくなった。
「なんだよ」
これは後から聞いた話。
この日彼は、私に恋をしたのだという。
「未来で、待ってる」
そして今日。私はあなたに――二度目の恋をした。
「大袈裟だな。未来で、じゃなくて、明日学校で、だろ?」
「ふふ、かもね。じゃね」
かつての私は、叶わなかった初恋の思い出を引きずり、ずっと後ろを向いてばかりいた。間違いもたくさんした。でも、それと変わらないくらい、大切な恋をこの数年間でしてきたんだ。
景が私を好きになってくれたから、なんとなく同棲するようになったとばかり思ってた。けどそうじゃない。後悔した過去があったからこそ、ちゃんと悩んで考えて、私なりにだした答えだった。
私はあの未来を失いたくない。あなたと過ごしてきた時間がなくなってしまうのは、やっぱり嫌だから。もっともっと私は、景と一緒に過ごしたい。
もう一度君と出会えてよかった。
私の本当の気持ち、もう、見失わないから。
忘れていた大切な想いに気づくため、私はここに来たんじゃないかな、とそう思う。
この先の世界がどう変わるのかはわからない。きっと、蓮と菫は二人で幸せになって、私は景とまた恋に落ちるのだろう。気が強くて口の悪い私に彼はたびたびうんざりしたり、気の利かない景に私も何度か幻滅するのだろう。
でも、それでいいと思う。私は景と一緒に歩きたい。二十一になった、そのまた先の世界も。
もう、振り返ることはなかった。
振り返る必要は、なかった。
その日の夜。私はびっくりするほどよく眠れた。
今日一日ほんとに楽しかったなーって、余韻に浸りながら眠りについた。
さようなら、菫。
さようなら、蓮。
それから、中学生の景と私。
なんとなくだけど、私がこの世界にいられるのは、今夜が最後って気がしてた。
だからだろうか。この日私は、景の夢を見た。
バルコニーに出て紫煙をくゆらせていた彼は、いつもと同じくどこか冷めた目をしていたが、部屋の中にいた私と目が合うと、ほんの僅か唇が弧を描いた。
声に出すことはなかったけれど、『よく頑張ったな』と、そう言われた気がした。
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