嘘つきな私のニューゲーム~自分を偽ってきた彼と、親友を欺いた彼女の物語~

木立 花音

文字の大きさ
上 下
29 / 36
第三章「嘘つきな私のニューゲーム」

【初めてのデート(前編)】

しおりを挟む
「じゃあね」

 会話を終えて窓ガラスを閉めたとたん、張り詰めていた糸が切れたみたいに身体が弛緩した。今しがたした会話も、現実味が薄くまるで夢みたい。

「痛い」

 頬をつねっている私が、なんだかバカみたいで。
 デートか。服装か、と自分のクローゼットの中を漁ってみるが、悪い意味で中学生らしい幼い服しか入っていない。デートなんてこの頃は未体験だし、意図的に女らしさを捨てていた時期だから当然なのだが。
 どうしようかな……と悩んだ末に選んだのは、ギンガムチェックのチョーカートップスと吊りスカートの組み合わせ。
 というか、これしかない。
 試着して、(自分の服なのに試着とはこれ如何に)姿見に映った自分の姿は、現在とは比較にならないとしても、幼いなりに可愛らしいのでは、と及第点。
 景と初めてデートをした日。こんな風に私の心は弾んでいただろうか。今となっては記憶も曖昧だが、服装に悩んだり、会話を繋ぐためのネタを準備したりと、大変だったけれど、前日からそわそわとして気ぜわしかったのは覚えている。それなのに、付き合いが長くなるにつれてそうした高揚感は失われ、同棲を始めてからは身だしなみすら適当だ。無造作に伸ばした髪をブラッシングもせず、ジャージにスウェットというだらしない姿で部屋中を徘徊する始末。
 景は私に女らしさを求めない。だからといって、女らしさを捨てているのは怠慢でしかないが。意図的に女らしさを捨てている『今』とは違う。
 景と一緒になると、私は不幸になるのか。
 蓮と一緒になれたら、私は幸せになれるのか。
 二つの未来を天秤にかけて思い悩んでいる私は、中身は二十一でも心は子どものままだった。

 その日の夜、景の夢を見た。
 パリっとアイロンの効いたワイシャツを着て、バルコニーで闇夜をバックに彼は煙草をくゆらせていた。
 部屋の窓が少し開いていることに気づいた彼が、こちらにふっと笑みを向けて、『寒い?』と私に問いかける。
 季節は冬なのか。
 私は寒いのか。
 まるで明晰夢めいせきむのようだな、と俯瞰していると、夢の中にいた私が、何事か彼に言葉を返した。
 開いている窓の隙間から寒々しい風が吹き込んで、私の長い髪がかすかに揺れる。思い出のなかの彼の笑顔も、少しだけ揺れた。
 揺らいだのは未来か。それとも私の心か。
 ついこの間まで見ていた光景のはずなのに、なぜだか酷く懐かしい感じがした。

   ※

「暑い」

 目が覚めると同時に呟きが落ちた。
 朝になったら元の時代に戻っていた、なんてことはなく、この世界に留まったまま数日が経過していた。
 私の感覚でいうと秋から夏に戻ったことになるので、寒暖の差にまだ体が上手く順応していない。カーテンの隙間から落ちてくる日差しは強く、息苦しさから布団を一枚はだけた。タオルケットだけにくるまって、惰眠を貪る。

「朝から暑すぎ」
「姉ちゃん。待ち合わせの時間、大丈夫なの?」

 私の不満と、心配そうな妹の声が重なる。いつの間に部屋ん中入った。不法侵入だぞ、とぼやいた私の脳内で、『待ち合わせ』という単語が浮き彫りになる。
 待ち合わせ。そう、今日は待ちに待った蓮とのデートだ。でも、大丈夫って何が?

「はっ?」

 そこから連想された答えに慄き跳ね起きる。枕元の間覚ましを掴んで時刻を確認し、そして驚愕した。

「なんで起こしてくれなかったの!?」
「いや、起こしたじゃん。今」
「そうだけどッ」

 端的に言って、あと十分しかない。

   ※

 バスの車内は混雑していて、空いている席はひとつしかなかった。
 仕方ないね、なんて言いながら、二人並んで腰かける。動き出したバスの中、無言でバスの振動に身を委ねた。
 さっきまであたふたとしていたはずなのに、とても穏やかな気持ちになれるのは、隣に蓮がいるからか。はたまた、心地よい振動をバスが与えてくれるからか。
 バスは順調に走っているかと思うと、時々停留所で止まる。何人か乗り込んできて、さらに混雑して、立ち乗りの客が足を踏ん張っている姿が見える。

「天気が良くてよかったなあ」

 通路側の座席にいた蓮が、前傾姿勢になって窓の外を指さした。近い! 距離が近い!
 それは独り言なのか。私への問いかけなのか。おさまりの悪い思考のなか固まっていると、「なあ、霧島」と再度話を振られて弾かれるように私は頷いた。

「うん、うん」
「頷きすぎ」と言って彼がくくく、と笑う。

 バスの窓に映りこんだ私の姿のその先に、雲ひとつない爽快な青空が広がっていた。眩しい太陽が、雑居ビルの陰に隠れたりまた見えたり。

「俺、青が一番好きな色なんだよね。霧島の好きな色って、なに?」
「私の好きな色? うーん……」

『桜の木の下には、死体が埋まっているんだってよ』
 その時不意に、成人式のあとで蓮が言った台詞を思い出して、気がつけば「ピンク」と答えていた。

「へー、ピンク。なんか意外にも女の子らしいね」
「女の子らしいってどういう意味よ。女の子だしッ」

 そういえば、景の好きな色は赤なんだよ、と余計な情報を付け加えそうになって、そっと言葉を飲み干した。
「違いない」と笑いながら、ピンク、ピンクね、と彼は復唱した。

 今朝。寝ぐせのついた髪を強引に撫でつけて、忙しなく着替えを済ませ、朝食のパンをかじりながら家を飛び出すと、すでに蓮はお待ちかねだった。
『ご、ごめん! 待った?』なんて、当たり前でしょと脳内で突っ込みながら謝罪すると、『平気。俺が誘ったんだし時間守らないわけにいかないでしょ』と彼は事もなげに答えた。
 ネイビーのサマーニットに、黒のセミワイドパンツ。さほど目立つ服装でもないが、着こなしが自然でお洒落に見える。
 そういえば、景の奴は遅刻常習者だった。待ち合わせ場所に着いても姿がなく、どうなってんのと電話をすると、『ごめん、今起きたとこ』なんて言われたこともあった。最初のころは怒った。そりゃ、もちろん。でも、それが彼の性格だって気づくと、段々私もズルくなった。遅れてくることを見越して、時間を潰せる場所を待ち合わせ場所にしたり、どうせ遅れるんだろうと悪態ついでに電話をしたり、時には私も遅刻してみたり。
 今朝の例を挙げるまでもなく、私は朝が苦手だ。そういった景のルーズさが、なんとなく自分と波長が合う気すらしたものだ。

「ふふッ」
「どうしたの急に」
「あ、ごめん。なんでもない」

 不思議そうな顔で、蓮がこっちを見てる。
 逃げるように顔を逸らした。
 バスが到着したとき、蓮は私に先に乗るよう促した。空いている席を見つけたときも、ごく自然に窓際に私をエスコートした。
 こういった紳士然とした対応を、十四歳にして彼はやってのける。今でこそぶっきらぼうで女癖が悪く見える彼だが――いや、実際悪いらしいが――元来、性格は細やかだ。それを知っているのは私だけ、なんて思うと、ちょっとした優越感に浸る。
 景はあまりそういうことはしない。本当に私が困っているときだけだ。彼は日々、自由気ままに生きている人だったし。
 無計画に生きていると、時々不安になるだろう、と私などは思うのだが、どうして景はああも落ち着いていられるのか。しかもそんなルーズさを、周囲も許容している空気があった。達観か。それともどっしり構えて動じないその態度が、まわりに安心感を与えているのか。
 このまま進んだ先の未来で、私と景は結ばれないのかもしれない。
 それでも『ごめんね』という感傷はわかなかった。きっと彼なら、一人でもやっていけるから。
 今はただ、蓮とのデートを楽しむだけ。
 それなのに、なぜ私は二人を比べているのか。
 なぜ、私の胸は痛むのか――。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

僕たちの中から一人『消えた』、あの夏の日

木立 花音
青春
【第2回Solispia文学賞で佳作を受賞しました。ありがとうございました!】  病気で父親を亡くした少年、高橋都(たかはしいち)は、四年ぶりに故郷である神無し島に戻ってきた。  島根県の沖にあるこの島は、守り神がいるという言い伝えがある反面、神の姿を見た者は誰もいない。そんな状況を揶揄してついた名が、「神無し島」なのであった。  花咲神社の巫女である、花咲夏南(はなさきかな)と向かった川で、仲良しグループの面々と川遊びをしていた都。そんなおり、人数が一人増えているのに気が付いた。  しかし、全員が知っている顔で?  誰が、何の目的で紛れ込んだのか、まったくわからないのだった。  ――増えたのは誰か?  真相を知りたければ、御神木がある時超山(ときごえやま)に向かうといいよ、と夏南に聞かされた鮫島真人(さめじままさと)は、新條光莉(しんじょうひかり)、南涼子(みなみりょうこ)、に都を加えた四人で山の中腹を目指すことに。  その道中。『同じ道筋を誰かがたどっていた』痕跡をいくつか見つけていくことで、増えた人物の『正体』が、段々と浮き彫りになっていくのであった。  増えたのは誰だ?  増えた者はいずれ消えるのか?  恋愛×青春ミステリー、ここに開幕。  ※この作品は、小説家になろう、カクヨム、ノベルアッププラス、Solispiaでも連載しています。  ※表紙画像は、SKIMAを通じて知様に描いて頂きました。  ※【これは、僕が贈る無償の愛だ】に、幽八花あかね様から頂いたFAを。【十年後。舞台は再び神無し島】に、知様から頂いたFAを追加しました。  ありがとうございました。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

独身寮のふるさとごはん まかないさんの美味しい献立

水縞しま
ライト文芸
旧題:独身寮のまかないさん ~おいしい故郷の味こしらえます~ 第7回ライト文芸大賞【料理・グルメ賞】作品です。 ◇◇◇◇ 飛騨高山に本社を置く株式会社ワカミヤの独身寮『杉野館』。まかない担当として働く有村千影(ありむらちかげ)は、決まった予算の中で献立を考え、食材を調達し、調理してと日々奮闘していた。そんなある日、社員のひとりが失恋して落ち込んでしまう。食欲もないらしい。千影は彼の出身地、富山の郷土料理「ほたるいかの酢味噌和え」をこしらえて励まそうとする。 仕事に追われる社員には、熱々がおいしい「味噌煮込みうどん(愛知)」。 退職しようか思い悩む社員には、じんわりと出汁が沁みる「聖護院かぶと鯛の煮物(京都)」。 他にも飛騨高山の「赤かぶ漬け」「みだらしだんご」、大阪の「モダン焼き」など、故郷の味が盛りだくさん。 おいしい故郷の味に励まされたり、癒されたり、背中を押されたりするお話です。 

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

俺は彼女に養われたい

のあはむら
恋愛
働かずに楽して生きる――それが主人公・桐崎霧の昔からの夢。幼い頃から貧しい家庭で育った霧は、「将来はお金持ちの女性と結婚してヒモになる」という不純極まりない目標を胸に抱いていた。だが、その夢を実現するためには、まず金持ちの女性と出会わなければならない。 そこで霧が目をつけたのは、大金持ちしか通えない超名門校「桜華院学園」。家庭の経済状況では到底通えないはずだったが、死に物狂いで勉強を重ね、特待生として入学を勝ち取った。 ところが、いざ入学してみるとそこはセレブだらけの異世界。性格のクセが強く一筋縄ではいかない相手ばかりだ。おまけに霧を敵視する女子も出現し、霧の前途は波乱だらけ! 「ヒモになるのも楽じゃない……!」 果たして桐崎はお金持ち女子と付き合い、夢のヒモライフを手に入れられるのか? ※他のサイトでも掲載しています。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

少女と三人の男の子

浅野浩二
現代文学
一人の少女が三人の男の子にいじめられる小説です。

処理中です...