嘘つきな私のニューゲーム~自分を偽ってきた彼と、親友を欺いた彼女の物語~

木立 花音

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第三章「嘘つきな私のニューゲーム」

【未来を変えるための決断】

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 その日の夜の風呂あがり。白のキャミソールと下着のみというあられもない姿で、私は自室で涼を取っていた。
 デスクに座り、小学校の卒業アルバムの、クラス写真のページを捲っていく。こうして眺めているとよくわかる。小学校の同級生は顔と名前がほぼ一致するのに、中学時代の同級生は、今日、顔を合わせてなお、『どこかで見た気がする』という曖昧な感想しか抱けない。
 そんなに良い思い出がない小学校時代だが、それでもクラスの繋がりは密接だったのだろう。いや単に、中学時代が淡泊すぎただけかもだが。

「あはは、なんか良い目をしてる」

 当時クラス委員長だった男子の写真に、自然と笑みが零れる。
 野球部のエースピッチャーだった彼は、将来有望だと持て囃されていた。自分が成功すると信じて疑っていない、そんな瞳だ。
 それなのに――。
 今はもう、野球を止めている。それが自分の意思なら諦めもつくが、高校の時に遭遇した車との接触事故がもとで、高い位置まで肩が上がらなくなったのだ。
 神様って、本当に残酷だと思う。
 しかし、彼以上に酷いのが──菫だ。
 集合写真の真ん中で、はにかんだ笑みを咲かせた菫の姿が、私の心を深く抉った。
 自分の境遇を悲観している場合じゃない。このままじゃ、ダメなんだ。景に言われた台詞が、再び脳裏を過る。
 私の力で変えなくちゃ。
 その時、締め切ったカーテンの向こうから、コツン、という小さな音が聞こえた。小石か何かが、ぶつかったような音。
 これは、お隣さんである蓮と私との間で決まっていた合図。
 意味は、『今ちょっと話せる?』
 電話でもいいんじゃ、と苦笑してから、この段階ではまだ番号の交換していないのかも、と思い至る。
 立ち上がって、カーテンと窓を一緒に開けた。

「どうしたの蓮? なんか用事?」
「うわあ! 霧島、お前、なにやってんの!?」

 私の部屋と彼の部屋は、十メートル弱しか離れていない。視界の先に見えるのは、隣の家の窓から顔をひょっこり出して、慌てふためいている蓮の姿。

「なにって言うか……蓮が呼んだんでしょ──」

 とそこまで言いかけて、真っ赤になった彼の顔と、自分の姿を見下ろして気がついた。
 そういえば私、下着しか履いてない。

「ごごご、ごめんなさい。風呂上がりなの忘れて、うっかりしてた」

 急いでカーテンをシャっと閉じた。

「い、いや。俺は別にいいんだけど……」

 今度は私が顔を赤くする番だった。でも、相手は中学生だしうろたえている蓮がなんだか可愛いし、別にいいかな、とそこまで考えて、今は私も中学生だろ、と脳内で突っ込んだ。
 パジャマを拾って素早く着ると、もう一度カーテンを開けた。

「あはは、ごめんね。お待たせ。で、用事って?」

 声が震える。そういやこの世界ではファーストコンタクトになるんだな、と認識したら変に緊張してきた。あれ、でもなあ。この当時、彼のほうから合図してきたことあったっけ? こういったやり取りも、中学を卒業するころには完全に影を潜めてしまったんだ。

「いや、用事ってほどでもないんだけどさ。霧島元気にしてるかなーって」

 三嶋蓮。私の幼馴染で初恋の人。同時に――菫の好きな人。
 卒業アルバムに掲載されていた写真と寸分違わぬ姿の蓮が、目の前にいた。まるで、夢でも見ているようだ。七年ぶりに少女みたいな気持ちになって、胸のドキドキが加速していく。
 心の整理がつかなくて、頭の中はぐちゃぐちゃで。心臓が今までにない速さで伸縮して息苦しい。そんな私をよそに、蓮は身の上話を始めた。
 ずっと好きだった。いや、もしかしたら今も。家が隣同士という、あまりにも近すぎる距離と関係が元で、上手く気持ちを伝えられなかったけれど。素直になれない自分が嫌で、隠れて何度も涙した。彼の心の天秤が、次第に菫の側に傾いていくのがわかって、それが嫌であんな嘘をついた。

「なあ、霧島。俺の話聞いてる?」
「あ、うん。あ、ゴメン……聞いてなかった……」

 なんだよそれ、ひでーな、と笑う彼の声が、右から左に抜けていく。
 このまま――同じ結末をたどりたいのか私は、と自問してみる。
 答えは、『否』だ。

「ねえ、蓮」
「ん?」

 結末を変えられるのか。そんなことはわからない。それでも。
 同じ後悔や未練を残さないために、私は何をすればいい? どういった行いをすれば、世界の流れを変えられるのだろう。

「蓮ってさ、携帯電話持ってたよね?」
「ああ、持ってるけど、それがどうかした?」
「アドレス、教えてくんないかなーなんて」

 菫が蓮を見つめているとき、目尻が下がることとか。ほんのりと頬が桜色に染まることとか。よく、彼の話題を口にすることとか。

「え、別にいいけど」

 菫が蓮を好きだってことも。彼自身が、菫の気持ちに薄々勘づいていることも。
 全部全部気づいてた。私が、二人に対して醜い嫉妬をしている事実にももちろん。でも――。

「菫がさ、蓮のアドレス知りたいんだって」

 同じ選択を繰り返していくなら、辿り着く未来だって同じだ。私の人生はどう枝分かれしても続いていくが、今敷かれているレールの上をこのまま進むなら、菫の人生は確実に途切れてしまう。
 私は、高校生になった菫の姿を知らない。卒業後、どんな人生を歩むつもりだったかを知らない。同窓会に、どんな服を着て大人になった彼女が姿を見せるのかも。
 全部、私が壊してしまったから……!

「うん、ちょっと待って」

 彼の頬に薄っすらと朱が差して。彼の顔が引っ込んで、それから携帯電話を持った蓮がもう一度顔を出した。
 そんなの、やっぱりダメだから。卑怯だった過去の私とはここでさよなら。
 まずは菫に、ちゃんと正しい未来を。私が勝負をかけるのはそのあと。正々堂々勝負して、そのうえで菫に勝たなくちゃ。そうでしょ、霧島七瀬! だから――。

「じゃあ、言うよ」

 彼が大きな声で読み上げたアドレスを、紙にメモしていく。
 そう、これでいいんだ。
 世界を変えてしまうと、二十一歳まで過ごした日々が無かったことになるかもしれない。でも、罪を犯して悔んだ過去があるからこそ、私はここに戻って来たんじゃないかと思うんだ。
 明日目を覚ましたら、元の世界に戻っているのかもしれない。けど、たとえそうだしても、いま頑張らない理由にはならない。
 一瞬思い出したのは、バルコニーに出て煙草をくゆらせている景の姿だ。手料理を振る舞っても会話はなく、夜は寂しく一人で布団にくるまって、結婚記念日すら忘れられる。一つ屋根の下、ただ共に過ごしているだけの関係。
 このまま過ごしていたら、辿り着くのはこの未来だ。

「なあ、霧島。お前、今週の日曜って暇?」
「……え? 暇って言えば暇なんだけど。え?」
「そっか」

 納得したように頷いて、彼は黙り込んだ。先ほどから何度か彼が落とす沈黙──。

「んじゃさ、一日俺に付き合ってくれない?」
「へ?」

 予想外の展開に驚き顔を向けると、逃げるように蓮が視線を逸らした。逸らした瞳をなお忙しなく瞬かせ、耳たぶも苺みたいに赤くなっている。
 それって、どういう意味?
 相手は中学生の男子なのに、過剰に意識している自分がなんだか滑稽だ。
 嫌でも自覚させられた。今でも私は、蓮のことが好きなんだと。制御を失って暴れだした胸の高鳴りを抑えるように、パジャマの裾をぎゅっと握った。

「あ、いや。映画のチケットが丁度二枚あってさ。一緒にどうかなって」
「映画かあ。それってもしかして、デートのお誘い?」

 からかってみると、彼の顔はいよいよ真っ赤になった。可愛い。

「いや、そんなんじゃないよ! でもさ、捨てるのもったいないじゃん」
「ふーん。まあ、そうだね。いいよ。どうせ暇だし」

 聞いてみると、最近公開になった恋愛映画だった。嬉しいけど、同時に変だなって思う。
 前回こんなことはなかった。もしあったのなら、こんな嬉しいイベント忘れているはずがないから。やっぱり、世界はちょっとずつ変わり始めているってことなのかな。

「良かった。んじゃさ、日曜の八時に家の前で」
「わかった」

 何かがきっかけとなって世界の因果律が変わり、巡り巡って、こうなっているのかもしれない。もしかしたら、本来私以外の誰かと観に行った映画なのかもしれない。
 いずれにしても、こちらに吹いた風なら利用させてもらう。私がこの世界にやって来たのは、菫の運命を変えるためであると同時に、私の運命を変えるためでもあるんだから。そう何度も心に言い聞かせる。
 だからさ、今だけは私に譲ってよね。菫――。
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