嘘つきな私のニューゲーム~自分を偽ってきた彼と、親友を欺いた彼女の物語~

木立 花音

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第三章「嘘つきな私のニューゲーム」

【それは、持っている人間なりの苦悩】

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 周辺を、広瀬川ひろせがわ青葉山あおばやまを始めとした豊かな自然に囲まれ、また、都心部にも街路樹などの緑が多いことからついた愛称が、「もりの都、仙台」。中国では、魯迅ろじんが留学した都市としても有名なのだという。
 そんな仙台市で暮らした小学生時代を通して、私は学校一の美少女という評価を獲得し、その高評価が皮肉にも、総じて私を不幸にした。
 霧島さんの見た目って、『非現実的』だよね。
 霧島さんってなんか、『造り物』めいて見えるよね。
 そういった、遠まわしなやっかみの言葉を、同級生からも、周囲の大人たちからもかけられた。
 学校で行われる文化祭や運動会など、自分と他の子どもたちとの差が浮き彫りになるイベントが、とにかく苦痛だった。
 私は望んでいないのに、まわりの空気が変わってしまう。男の子たちはチラチラとこちらをうかがってくるし、大人たちはそわそわとし気もそぞろ。身体測定や文化祭などでは、女の子の大半が不機嫌になって私の陰口を叩いた。
 集合写真で比較するとよくわかるのだが、私の顔はクラスメイトの誰よりも小さく、手足は誰よりも細く色白で、睫毛まつげの長い瞳は切れ長。パーツのすべてが完璧な形状と比率で構成されていた。
 ランドセルを背負い、ただ歩くだけでも様になる。道行く男子高校生や大人たちが、みな驚いた顔で振り返る。イタズラに注目を集めることで、私の心はむしろ傷ついた。
 容姿が変われば解決するだろうかと、日焼けをして真っ黒になってみた。暴飲暴食を繰り返し、太ってみようと画策したこともあった。
 ところが、そういった試みはすべて失敗に終わる。
 日焼けをしても肌は赤黒くなるばかりで、適正量を超えた飲食は、強い吐き気となり自分に返ってきた。結局体重は、さらに落ちるという悪循環。日焼けした黒い肌ですらも、『個性』として、より好意的に受け止められる始末だった。
 もしもこの世界に、持っている者と持たざる者と、二つの人種がいるとするならば、私は明白に『持っている』側の人間だった。
 整い過ぎた容姿をもって、私は眩い光のごとく存在感を放ち続けた。クラスメイト全員が、まるで腫れ物を扱うかのように、慎重に私と接した。
 そのため私は、様々なものを持っている女の子でありながら、意外にもクラスでは孤立していた。友人関係の大半は、上辺だけの薄っぺらい付き合いだった。
 見た目で評価されることを、私は誰よりも嫌い、見た目以外の何かでわかりやすく評価されることを、人一倍強く望んだ。
 自分の悩みを理解して欲しいとは思わないし、求めない。きっとそれは多くの人たちにとって、『贅沢な悩みだ』と断罪されるべき内容なのだろうから。小学六年生にして私は、そんな結論にまで達していた。

 しかし、私のことを色眼鏡で見ない『例外』が、三人だけ存在していた。
 ひとりめ。
 家が隣同士の同級生、三嶋蓮。
 幼馴染と呼んで差し支えない彼とは、実に様々なことをして遊んだ。
 女の子同士のコミュニティでは決して体験できないであろう遊び。たとえば、スカートをまくり上げての川遊びであったりとか、裸足で木に登って行う虫取りやアケビ取りなどだ。
 普段は、スケッチブックに絵を描いているのを好む物静かな彼も、私といるときばかりは、禁欲的に遊んでくれた。
 これは、小学校三年生の頃の話。
 川遊びをしていて転んだ私たちは、全身ずぶ濡れになってしまう。彼の母親に薦められるまま二人でお風呂に入ったことは、今では完全に黒歴史だ。
 その時ばかりではない。彼は、決して私を『特別な異性』として扱わなかった。
 二人で過ごす時間は実に心地よく。私が彼に惹かれていったのも必然だといえる。

 ふたりめ。
 四年生から五年生にかけて担任だった、女性教師。
 教師のすべてが好きだったわけじゃない。むしろ、男性教師は概ね苦手だった。
 授業中に指名されると、答えの成否に関係なく私は絵になってしまうようで、授業参観があると自ずと指名される機会が増えた。そしてそのたびに、羨望と嫉妬の双方を集めることになるのだ。
 男性教師の大半は、色眼鏡をかけて私のことを見る。ゆえに、どうしても好きになれなかった。
 だがしかし、その女教師だけは違った。特別、綺麗な先生ではなかったが、非常に親しみやすい容姿を持ち、場の空気を和ませるのが上手かった。まわりに対して、どこか壁を作る癖があった私を、時には厳しく叱り、時には優しくフォローした。
 私の存在が際立つことで、場の空気が変わり居心地が悪くなり始めると、先生が巧みに緩和してくれるのだ。目立ちたくない、という私の気持ちをおもんぱかって、さりげなく別の話題を場に提供してくれる。
 決して私を特別扱いしない先生の一挙一動を手本として、クラスメイトたちが、私の扱い方を学習していくようですらあった。先生の言動が、差し詰め私の取扱説明書となって。
 先生が担任になってから、学校生活で息苦しさを覚えることが減った。ごく自然に私は、先生に対して、恋焦がれる感情にも似た憧れを抱いた。
 将来の夢が『教師』になるまで、それほど多くの時間を要さなかったのだ。

 さんにんめ。
 私にとって唯一無二ともいえた親友──森川菫。
 今にして思うと意外なのだが、当初、私と菫の接点は非常に薄かった。二人の家はわりと遠かったし、性格だって、ほぼ真逆だったから。
 菫は、大人しいを通り越してやや暗い性格で、私のほかに友だちがほぼいなかった。彼女と一緒に過ごす時間、どんな話題で会話を弾ませていたのか、今ひとつ思い出せないほどには。それが薄っぺらい仮初の友人だとしても、それなりの数友だちがいた私と比べ、何から何まで、彼女は正反対だったように思う。それなのに、なぜか不思議なもので、私に欠損しているパーツをごく自然に埋めてくれるように、菫の存在そのものが、隙間だらけだった私の心にカチンと嵌った。
 これまで述べてきた、大切な存在すべてに共通していることなのだが、彼女も私のことを特別視しなかった。
 もしかすると、元来、他人と過干渉しない性格なだけかもしれないが。とにかく、他の女子達とは全然違った。
 私がどれだけ周囲の注目を集めても、嫉妬したり、からかってくることはなかった。露骨な陰口に私が苛立ち、刺々しさを滲ませたとしても、彼女は決して私の側を離れることはなかった。
 常に自然体である彼女といる時間は、得も言われぬ心地よさがあった。彼女が多少積極性を欠いていたとしても。それでも。
 また菫は、どこか私と似た要素を持っていた。
 艶のある髪。ぱっちりとした丸い瞳。整った容姿を持つ菫は、男子の目をよく惹いた。その事実を決して鼻にかけなかったし、奇異の眼差しを向けられるのを嫌っていた。
 お互いに正反対でありながら、どこか似た者同士。それが、二人の関係性を示す言葉としてたぶん最適だった。
 それなのに、私は菫に嘘をついた。
 一生かけても償いきれない裏切り行為だ。
 あの日から、蓮とはより一層余所余所しくなった。私のほうも彼をゆるりと避け続けていたので気まずくもあったし、菫が引っ越したのをこれ幸いと、彼にアプローチするほど私だって人でなしじゃないし。
 会いたい。本音を言えば、今からでも菫に謝りたいし、蓮を交えて三人で楽しく会話がしたい。
 でも、やっぱりそれは怖い。
 私は二人に対して、本当に酷いことをした。今さらどの面を下げて、私はこんな告白を二人にしたらいい? 謝りたい。けれど、謝るのは怖い。相反する二つの感情で心はぐちゃぐちゃで、ちっとも纏まりがつかない。
 それに、謝ったところで、菫が失った人生は戻ってこない。
 それこそ、中学時代からやり直す以外に、どうしようもないじゃないか。

 次第に、大人への階段を登りつつあった中学時代。新しい環境に馴染もうと、私は必死に生きていた。
 休み時間になると、喧噪で満たされる教室。四季とりどりの姿を見せる、櫻野学園の校舎。開いている窓から満開の桜が見え、春の匂いが漂っていた。
 夏。教室の窓から爽快な夏空を望み、秋は校庭の片隅が落ち葉で黄金色に染まった。滅多に積もらない雪で校庭が銀世界になると、窓から身を乗り出してみんなが歓声を上げた。
 楽しいことも辛いことも色々あったはずなのに、結果として中学時代の三年間は、くすんだ灰色になってしまう。それもすべて自業自得だ。
 それでも気持ちを切り替え、私は必死に生きてきた。絶望の淵に立たされモノクロに染まった未来も、教師になるため奔走し、景と恋をしているうちに薄れていった。
 それなのに、どうして今、こんなに胸が痛むのか。
 素っ気ない景の態度を見るたびに、身勝手な彼の振る舞いに憤るたびに、『彼が蓮だったら』なんて思ってしまう。
 あの時もっと素直になれていれば。別の選択肢を通せていれば。今とは違う未来があったかもしれない。
 間違いなくそれは、今よりももっと素敵で楽しい未来だったに違いない。
 景と交際をして、やがて同棲を始めることも。教師になる夢を叶えたのに『霧島先生の彼氏って、紐なの?』と囁かれて心がささくれだつことも。仕事をしない景に憤ってケンカをする事も。浮気をされる事だってなかっただろうに。
 私の恋人は蓮で、菫は変わることなく私の親友で、楽しい毎日を過ごしていたのかもしれないのに。
 あの頃に戻れたら、なんて、ありもしない妄想をしてしまう自分が――たまらなく嫌だ。
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