嘘つきな私のニューゲーム~自分を偽ってきた彼と、親友を欺いた彼女の物語~

木立 花音

文字の大きさ
上 下
17 / 36
第二章「霧島七瀬」

【もう、全てが限界だった】

しおりを挟む
 自宅アパートから学校までの距離は約五キロ。
 歩くには遠く、かといって車だと近すぎるという微妙な距離。そのため移動手段は、買い物が多いとき以外は基本的に自転車だ。もっとも、車なんて持ってないが。自動車ローンを組む余裕だってないし。
 学校を出ると、自宅の方角に自転車を向け漕ぎ始めた。直線状に伸びてくる暮れかけの夕陽が目に染みる。

「そういえば景の奴、今日は飲み会なんだっけ」

 昨晩、彼が言った台詞を、ふと思い出した。
 一人きりの寂しい夕食なら、コンビニ弁当でも構わないな。たまには手抜きも良かろうて。いや、たまにどころじゃないでしょここ最近は、なんて、自分に突っ込んだところで気がついた。
 財布の中身が心もとない。銀行、寄っていかなくちゃ。

 銀行に着いてお金を下ろす。通帳記入をして何気なく見ると、心当たりのない支払い記録が目に留まった。なんだろう、これ? と疑問に感じ、ネットショッピングの購入履歴を調べてみた。
『小紋柄プリントワンピース5990円』
『パンプス3980円』

「え……、なんなのこれ」

 トップに表示されたのは、身に覚えのない二点の購入履歴。こんな物、私は買った記憶なんてない。
 このアカウントは、私と景の二人で使っているもの。必然的に、購入したのは景だということになるのだが、どう考えてもこれは女物だ。もちろん私は、彼にプレゼントなどされてない。
 女物の衣服。同級生と行く飲み会。
 考えたくは無かったが、二つの情報が繋がった瞬間、良くない想像が頭の中をスッと過った。


「ただいまあ」
「お帰り」

 自宅玄関の扉を開けると、パソコンから流れている流麗な音楽とともに、着替え途中の景がひょっこり顔を覗かせる。自分に用事があるときだけは、時間通りに行動するんだよな。

「ねえ」
「ん?」
「今日ってさ、何時くらいに帰ってくんの?」
「あー、どうかな。二次会があるかどうかもわかんねーし。まあ、適当に?」

 景はいつだってこんな感じだ。計画性というのがまったくなくて、行き当たりばったりで行動した挙句、都合が悪くなると平気で約束をすっぽかす。
 端的に言って、ルーズなんだ。もっともそれ自体は、付き合い始めた当初からわかっている。今更四の五の言っても始まらないし、彼が自分の態度を改める気がないのも知っている。

「まあ、別にいいけど……。明日の朝は早く出るから、日付が変わるまでには帰って来てね」
「え、なんで? 明日の朝早いの?」

 ドライヤーを握っていた手を休めると、キョトンとした表情で景が訊ねてくる。そのリアクションに、今度はこっちが目を丸くする番だ。
 なんでって……。

「明日日曜日だし、それ以前に、私たちの交際記念日でしょ? 朝早く出かけてショッピングしたあとで、美味しいフランス料理でも食べに行こうかって約束してたじゃない」
「あー。そうだったっけ?」

 それは、完全に忘れてました、というリアクションで。
 それでも『ごめん』という一言があれば、私も許す気になったのかもしれない。けど、その後に続いた景の言葉に、堪忍袋の緒が切れてしまう。

「明日は俺も、用事あるんだよね。午前九時には家を出ないと間に合わない」
「な、に、それ……! いっつもそうやって勝手に決めちゃうから、前もって伝えておいたのに」

 視線に怒気をこめて睨むと、「わりーわりー」と言いながら景が肩をすくめた。いかにも面倒だな、という顔で。
 そうだよね、知ってるよ。男は女と違って記念日を大切にしない人が多いってことも。その中でも景は、特に『おざなり』にする性格だってことも。

「ほら、フランス料理だったらさ、来週また行こうよ」

 一緒に住んでるんだから、どうとでもなるでしょ? とでも言いたげな、楽観的な口調。そりゃそうだけどさ。フランス料理だったら、確かに今週末じゃなくても食えるけどさ。
 でも──記念日は、明日だけなんだよ?
 今回についていえば、私が一方的に予定を決めた面もある。それに関しては勝手だったという反省もある。
 これまでは、本当に時間が合わなかった。景がアルバイトをしていた時は、殆ど外出する余裕がなかった。
 だが、景がアルバイトを辞めてから、忙しいのは自分だけになっていた。それでも、これ幸いとばかりに予定を詰め込んだりはしなかった。過度な束縛はしなかった。彼には、別の仕事を探して欲しいと思っていたから。
 だからこそ、事前に話を通したんだ。彼だって、スケジュールを立てられないだろうと気づかっていたから。なのに――。

「そりゃあ景はいつだっていいよね。だって、仕事してないんだもん」
「……なんだよ、その言い方」

 次の瞬間、彼の表情が強張った。言ってはいけないことを口にしたと、即座に後悔した。それなのに、ため込んでいた鬱憤は既に臨界点を超えていて、自制心による歯止めが効かない。次から次へと叩きつけるような不満の言葉が機関銃のように出た

「でも、事実でしょ」
「いや、そうだけどさ。俺だって、ずっとこのままでいいなんて思ってない。いくらなんでもその言い方は、酷いんじゃないの?」
「そうだね、酷いかもしれない。でも、そう感じるのは、自分にも非があるってことを、自覚しているからでしょ? 他にもさ、色々思い当たるフシがあるんじゃないの!?」
「色々ってなんだよ……。全然わかんねえよ、ハッキリ言えよ」

 ここで認めてくれたなら、許すつもりだった。なのに。惚けたような彼の表情と声に、益々苛々が募っていく。

「そもそもの話。最近、小説書いてんの? 自分の夢、諦めちゃったわけじゃないんでしょ?」
「なっ、当たり前だろ。ちゃんと書いてるよ」
「いつ? 今日は何文字書いたの?」
「…………」

 ちょっと突っ込んだら、黙り込んでしまった。嘘でもいいから、何か言い返して欲しかった。男のプライドとかそういうの、見せてほしかった。

「どうして、そういうすぐわかる嘘なんてつくの? 景が小説を書いているところなんてもうずっと見たことないし、当然読ませて貰ったこともない。毎日毎日、ゲームしてる暇があるんだったらさ、ちょっとずつでもいいから書いたらいいじゃん。なんかネタとか考えたらいいじゃん!!」
「そんな簡単に言うなよ」

 うん、知っている。そんなに簡単じゃないってことは。小説を書くのが簡単だったら、とっくに何らかの賞が取れているだろうってことも。でもね。それだけじゃないんだよ。

「ねえ、景。話は変わるんだけどさ。最近、女物のパンプス、買った?」
「え、何のこと?」
「フザけないでよ! 買ったでしょ? ちゃんと知ってるんだから!」
「いや、それは──」

 耳たぶを弄りながら、おろおろしている景。もう、限界だった。
 内服薬を飲むため持っていたコップを、激情に任せてシンクの中に投げつけた。甲高い破砕音と、「ちょ、待てよ!」という景の声が背中から追いかけてくるが、勢いもそのままに玄関から飛び出した。待てよと言われても、足を止める気にはなれなかった。
 約束を忘れられてたこと。
 生活態度を改めようという気がないこと。
 女物の靴とワンピース。
 もう、すべてが限界だった。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

独身寮のふるさとごはん まかないさんの美味しい献立

水縞しま
ライト文芸
旧題:独身寮のまかないさん ~おいしい故郷の味こしらえます~ 第7回ライト文芸大賞【料理・グルメ賞】作品です。 ◇◇◇◇ 飛騨高山に本社を置く株式会社ワカミヤの独身寮『杉野館』。まかない担当として働く有村千影(ありむらちかげ)は、決まった予算の中で献立を考え、食材を調達し、調理してと日々奮闘していた。そんなある日、社員のひとりが失恋して落ち込んでしまう。食欲もないらしい。千影は彼の出身地、富山の郷土料理「ほたるいかの酢味噌和え」をこしらえて励まそうとする。 仕事に追われる社員には、熱々がおいしい「味噌煮込みうどん(愛知)」。 退職しようか思い悩む社員には、じんわりと出汁が沁みる「聖護院かぶと鯛の煮物(京都)」。 他にも飛騨高山の「赤かぶ漬け」「みだらしだんご」、大阪の「モダン焼き」など、故郷の味が盛りだくさん。 おいしい故郷の味に励まされたり、癒されたり、背中を押されたりするお話です。 

処理中です...