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第五章「対峙するとき」
【ループをしていた理由】
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「私を助けたくて、とさっき言ったよね? ということは、私の身に何かが起こると知っていて、霊界からここに来たということなんだよね? 私を殺しているのは、誰なの……?」
「レイチェルが殺されている理由。それは、レイチェルの中に奈落の君の魂が宿っているからだと思うの」
「……奈落の君って、かつてこの島の東半分を恐怖のどん底に陥れたという、あの?」
背筋が一瞬にして冷え込んだ。情報が衝撃的でかつ重すぎて、すぐには実感がわかない。
奈落の君は、二十年前に四人の勇者によって滅ぼされた。不死の力を持っていて、容易に倒せなかったのだとそう伝え聞いている。それが、完全に滅ぼされることなく、魂の状態となって私の中に宿っているのだとしたら……。
不意に、さまざまなことがつながり始めた。
四人の勇者の名が伝わっていないわけ。不審だった母の死。そして何よりも、私がループしている理由について。これらがすべて無関係だとは思えない。
ループしているのが、不死の力を持っていた奈落の君の能力だとしたら、説明はつく。
「そう、その奈落の君だよ。……本来であれば抑えられるはずだった奈落の君の魂が、覚醒しようとしていることを私は霊界で神様から聞いた。レイチェルが奈落の君の魂に体を乗っ取られてしまえば、私はレイチェルの娘ではなくて別の人として生まれ変わることになるの。……そんなの、嫌だよ。レイチェルだって嫌でしょ?」
「それは……うん」
自分でも、びっくりするほどかすれた声が出た。あとで、この話を父から問いただす必要がある。
無事に、私が今日という一日を超えられたらだが。
「今は、レイチェルがしているその指輪が奈落の君の魂を抑えているんだけど……」
「この指輪が!?」
「そうだよ。指輪を、肌身離さず付けているようにと、誰かから言われたことはない?」
「言われた、かも」
母の形見であるからと、父から託された指輪だ。夜眠るとき以外は、大切に付けているようにと父から言われた。ルーチェからは、朝起きるたびに指輪を付けるようにと口ずっぱく言われる。
そういう、ことだったの……?
「その指輪の力を、失わせようとしている魔族がいるんだよ」
「そんな! いったい誰が……?」
「レイチェルの中にある奈落の君の魂は、普段は大人しく眠っている。これまでは、そうだった。けど、レイチェルの心が乱れると、大変なことになる。奈落の君の魂は、人の欲望に働きかけるの。何かが欲しい。誰かが憎いと心が乱れたとき、呼応してその力を高める。これまで何度か、危険な目にあったりとかしていない?」
心当たりは、いくつかあった。
頭上に落下してきた鉢植え。図書館で起こった火災。ガーゴイルの襲撃に、禁断の魔法書による事件。それらすべては、シェルドが現れてから起きた出来事だった。待って、だってそれじゃあ……。
「あるかも。今回の世界だけではなくて、これまで繰り返してきた世界の中でもあった。……あっ」
「何か気付いたことあった?」
「ある。もしかしたらだけど、プレアが殺されてしまうのも、私の心を乱すためなのかもしれない」
「……そうだと思う。それらの出来事に、必ず関わってきた人物がいない?」
「いるかも。シェルドが、そうだね……」
最後の、プレアが殺されてしまう場面では関わっていないという可能性はあった。けれど、これもあの魔族が=シェルドの正体だとしたら説明がついてしまう。
信じられない。信じたくない。これにはうなだれるしかなかった。
「レイチェルの心が多少乱されたとしても、負の感情を吸収して安定化させる力が、その指輪にはあった」
「これに?」
奈落の君の魂を抑えているというのは、そういうことか。私の心が乱れないように、あるいは、乱れたとしても制御する力がこの指輪にはあったんだ。自然ならざる者の侵入を拒む檻の力を発動できるのも、思えばそういった能力と方向性が合致している。
「そう。でも、指輪が吸収できる負の感情の量には限界があるの。限界を超えたとき、指輪はいっさいの効果を失い、奈落の君の魂の覚醒を抑える術がなくなってしまう。だから、いろいろと不幸事を起こしたり、私を殺そうとしていきたんだと思うよ。……それを行っているのが、シェルドかどうかまでは私には断言できないけれどね」
「でも、それだったらさ、すぐにでも魔族としての正体を現して、私やプレアを絶望の淵に叩き落してしまえばいいんじゃないの?」
なぜ、いつも私が死ぬのは六月一日なのか。それが不思議だった。
「そうできない理由があるんだと思う。魔界や霊界など、異なる次元世界の住人たちは、月の満ち欠けの影響を強く受けるらしいの。そのせいじゃないかな? ……今日は、ちょうど満月の日でしょ?」
外で雷鳴が轟いた。
ひどい天候で今日は月が見えないから失念していたが、今日は確かに満月だ。それで今日なのか。積年の謎が解けた気がした。
「……そうか。じゃあ、私の心がかき乱されて、奈落の君の魂が目覚めたことで、私は死んでいるのかな。……でも、それだったらどうしてループするのだろう?」
「それは私にもわからない。覚醒が、不完全になっている理由が何かあるのかもしれない」
「とりあえずやるべきことは、指輪の力を無力化されないように守ることか」
「うん。今は指輪の力が働いているから、奈落の君はまだ完全に覚醒していない。でも、この状態も長く続かないと思う。……だから、例の魔物を何とかしないと」
「……わかった。もし、奈落の君が完全に目覚めてしまったらどうなるの?」
「奈落の君の魂がレイチェルの体を乗っ取る。乗っ取られたら、もう誰も止められないと思う」
「……やだ。そんなの絶対に嫌!」
「うん。だから、そうなる前に何とかしないと!」
プレアが声を荒らげて言った。私も同じ気持ちだった。こんな理不尽な話はない。私は死にたくないし、ましてや誰かに体を乗っ取られて第二の人生を送りたくなんてない!
「大丈夫。今日を乗り切ることができたら、きっとどうにかなるよ。誰が怪しいのかも、こうしてわかったんだしね。あとは私に任せて」
私の命を狙っているのがシェルドだなんて、そんなの信じたくはなかった。それでも時は止まらない。私の気持ちなどお構いなしに、脅威は今日やってくるんだ。確実に。
* * *
「レイチェルが殺されている理由。それは、レイチェルの中に奈落の君の魂が宿っているからだと思うの」
「……奈落の君って、かつてこの島の東半分を恐怖のどん底に陥れたという、あの?」
背筋が一瞬にして冷え込んだ。情報が衝撃的でかつ重すぎて、すぐには実感がわかない。
奈落の君は、二十年前に四人の勇者によって滅ぼされた。不死の力を持っていて、容易に倒せなかったのだとそう伝え聞いている。それが、完全に滅ぼされることなく、魂の状態となって私の中に宿っているのだとしたら……。
不意に、さまざまなことがつながり始めた。
四人の勇者の名が伝わっていないわけ。不審だった母の死。そして何よりも、私がループしている理由について。これらがすべて無関係だとは思えない。
ループしているのが、不死の力を持っていた奈落の君の能力だとしたら、説明はつく。
「そう、その奈落の君だよ。……本来であれば抑えられるはずだった奈落の君の魂が、覚醒しようとしていることを私は霊界で神様から聞いた。レイチェルが奈落の君の魂に体を乗っ取られてしまえば、私はレイチェルの娘ではなくて別の人として生まれ変わることになるの。……そんなの、嫌だよ。レイチェルだって嫌でしょ?」
「それは……うん」
自分でも、びっくりするほどかすれた声が出た。あとで、この話を父から問いただす必要がある。
無事に、私が今日という一日を超えられたらだが。
「今は、レイチェルがしているその指輪が奈落の君の魂を抑えているんだけど……」
「この指輪が!?」
「そうだよ。指輪を、肌身離さず付けているようにと、誰かから言われたことはない?」
「言われた、かも」
母の形見であるからと、父から託された指輪だ。夜眠るとき以外は、大切に付けているようにと父から言われた。ルーチェからは、朝起きるたびに指輪を付けるようにと口ずっぱく言われる。
そういう、ことだったの……?
「その指輪の力を、失わせようとしている魔族がいるんだよ」
「そんな! いったい誰が……?」
「レイチェルの中にある奈落の君の魂は、普段は大人しく眠っている。これまでは、そうだった。けど、レイチェルの心が乱れると、大変なことになる。奈落の君の魂は、人の欲望に働きかけるの。何かが欲しい。誰かが憎いと心が乱れたとき、呼応してその力を高める。これまで何度か、危険な目にあったりとかしていない?」
心当たりは、いくつかあった。
頭上に落下してきた鉢植え。図書館で起こった火災。ガーゴイルの襲撃に、禁断の魔法書による事件。それらすべては、シェルドが現れてから起きた出来事だった。待って、だってそれじゃあ……。
「あるかも。今回の世界だけではなくて、これまで繰り返してきた世界の中でもあった。……あっ」
「何か気付いたことあった?」
「ある。もしかしたらだけど、プレアが殺されてしまうのも、私の心を乱すためなのかもしれない」
「……そうだと思う。それらの出来事に、必ず関わってきた人物がいない?」
「いるかも。シェルドが、そうだね……」
最後の、プレアが殺されてしまう場面では関わっていないという可能性はあった。けれど、これもあの魔族が=シェルドの正体だとしたら説明がついてしまう。
信じられない。信じたくない。これにはうなだれるしかなかった。
「レイチェルの心が多少乱されたとしても、負の感情を吸収して安定化させる力が、その指輪にはあった」
「これに?」
奈落の君の魂を抑えているというのは、そういうことか。私の心が乱れないように、あるいは、乱れたとしても制御する力がこの指輪にはあったんだ。自然ならざる者の侵入を拒む檻の力を発動できるのも、思えばそういった能力と方向性が合致している。
「そう。でも、指輪が吸収できる負の感情の量には限界があるの。限界を超えたとき、指輪はいっさいの効果を失い、奈落の君の魂の覚醒を抑える術がなくなってしまう。だから、いろいろと不幸事を起こしたり、私を殺そうとしていきたんだと思うよ。……それを行っているのが、シェルドかどうかまでは私には断言できないけれどね」
「でも、それだったらさ、すぐにでも魔族としての正体を現して、私やプレアを絶望の淵に叩き落してしまえばいいんじゃないの?」
なぜ、いつも私が死ぬのは六月一日なのか。それが不思議だった。
「そうできない理由があるんだと思う。魔界や霊界など、異なる次元世界の住人たちは、月の満ち欠けの影響を強く受けるらしいの。そのせいじゃないかな? ……今日は、ちょうど満月の日でしょ?」
外で雷鳴が轟いた。
ひどい天候で今日は月が見えないから失念していたが、今日は確かに満月だ。それで今日なのか。積年の謎が解けた気がした。
「……そうか。じゃあ、私の心がかき乱されて、奈落の君の魂が目覚めたことで、私は死んでいるのかな。……でも、それだったらどうしてループするのだろう?」
「それは私にもわからない。覚醒が、不完全になっている理由が何かあるのかもしれない」
「とりあえずやるべきことは、指輪の力を無力化されないように守ることか」
「うん。今は指輪の力が働いているから、奈落の君はまだ完全に覚醒していない。でも、この状態も長く続かないと思う。……だから、例の魔物を何とかしないと」
「……わかった。もし、奈落の君が完全に目覚めてしまったらどうなるの?」
「奈落の君の魂がレイチェルの体を乗っ取る。乗っ取られたら、もう誰も止められないと思う」
「……やだ。そんなの絶対に嫌!」
「うん。だから、そうなる前に何とかしないと!」
プレアが声を荒らげて言った。私も同じ気持ちだった。こんな理不尽な話はない。私は死にたくないし、ましてや誰かに体を乗っ取られて第二の人生を送りたくなんてない!
「大丈夫。今日を乗り切ることができたら、きっとどうにかなるよ。誰が怪しいのかも、こうしてわかったんだしね。あとは私に任せて」
私の命を狙っているのがシェルドだなんて、そんなの信じたくはなかった。それでも時は止まらない。私の気持ちなどお構いなしに、脅威は今日やってくるんだ。確実に。
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