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第五章「対峙するとき」
【娘】
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机を囲んで二人で座った。窓の外で稲光が走った。談話室の壁が、一瞬だけ白く染まった。ゴロゴロと、お腹の底まで揺さぶるみたいな音がして、それが止むと、雨の音だけが耳に届いた。
この談話室は狭いので、私たちだけしかいなかった。
「レイチェルが、ループしていると言い出したときは、本当に驚いちゃった」
「ごめんね。でも本当なんだよ」
「疑っているわけじゃないよ。むしろ、私は信じている。そういうことも、あるだろうなって」
「どういうこと?」
信じているはともかくとして、そういうこともあるだろうとは、どういう意味だろう。
まるで、こうなることを知っているみたいだ。
「レイチェル。右手の指輪を見せて」
「えっ、これ? ……別にいいけど」
プレアは私の手を取って、指輪をしげしげと眺める。かと思えばパッと目をそらした。
「私。これと同じものを持っているの」
「……?」
発言の意図が読めず、しばし考えてしまった。同じデザインの指輪を、確かシェルドも持っていた。彼のみならず、プレアまで持っているというの?
「ほら」と差し出されたプレアの右手には、私が付けているのとまったく同じデザインの指輪が嵌まっていた。緑色の石が鈍い輝きを放っていた。
「……どうして? いつから、持っていたの? どうして、同じものを持っているの?」
「贋作じゃないのかと、疑っているんでしょう?」
そうとしか思えなかった。同意の意味で頷くと、プレアは指輪を外してリングの内側を私に見せた。
「この内側に、術式が刻まれているの。これを唱えたら、どうなるのか知っているよね?」
リアンダー先生に指摘されるまで気づかなかったあの術式だ。やはり、同じ物なのだろうか?
「……もちろん、知っているけれど。……まさか?」
「そのまさかだよ」
プレアが一音節の術式を唱えると、辺りから音が消えた。
この部屋そのものが、世界から隔絶されたような感覚。この感覚は体験済みなので知っている。
「……檻」
「そうだよ。魔法と、人ならざるものの侵入を拒む術だね」
プレアが持っている指輪を手に取って矯めつ眇めつ眺めてみた。外見上は、まったく同じだ。シェルドが嵌めていたものは石に小さな傷があったけれども、これにはない。石の色も、シェルドが持っていたものは鮮やかな緑色だったのに比べて、こちらはじゃっかんくすんだ緑なのでむしろ私が持っているものに近い。……いや、まったく同じであるとしか思えない。
二つの指輪を並べて、そう判断した。
「どうして……。どうしてプレアが私と同じ指輪を持っているの?」
「簡単な理屈だよ。私は、レイチェルの娘だからね」
「……娘?」
プレアが私の娘? それは、いくらなんでも信じられない話だった。
「ごめんね、急にこんなことを言って。信じられないとは思うけれど、本当なんだよ。正確には、レイチェルの娘になるはずの魂って言い方が合っているかもしれないけれど。レイチェル……いや、母さんを助けたくて、神様に仮の体を作ってもらったんだよ」
「母さん……? 仮の体……? ごめん、よくわからないんだけれど」
「人は死ぬと、霊界という場所にいって、そこで次の転生を待つの。私は、このまま何もなければ、レイチェルの娘として生をうけるはずの魂なんだ」
「魂……?」
この世界には、次元の異なるいくつかの世界があると言われている。私たちが住んでいる人間界。神々が住むとされる神界。邪神や魔族たちが住んでいる魔界。そして、魂や半神たちの世界であるとされる霊界だ。
死んだ人間の魂は一度その霊界に行き、そこから違う肉体に転生をして再び人間界に戻ってくるのだと、そう考えられている。証明されていることではないので、わからないが。
プレアは、霊界にいる魂であり、仮初めの体をもらっているだけなのだと。未来で、私の娘として転生する予定なのだと、そう言っているのだ。
「私は、未来で転生する予定の体を今得ている。だから、この肉体で知っているであろう記憶は持っているの。レイチェルの未来に、何か暗い影が見えていることにもね」
「暗い影? ……それは、私が死んでしまうことと関係があるんだね?」
「そうだよ。ねえ、レイチェル。この話を信じてくれとは言わないけれど……。私はね、どうしてもレイチェル――いえ、母さんに死んでほしくないの」
涙目になって、プレアは私を母さんと呼んだ。そこに、彼女の決意の固さが見えているようだった。
「……でも。急にそんなことを言われても信じられないというか……」
「うん。それはしょうがないことだよね。けど、レイチェルと同じ指輪を私が持っていることが、何よりの証拠だから」
情報をうまく整理しきれない。では、シェルドが持っている指輪は偽物なのだろうか。いずれにしても、目に涙を浮かべてうったえているプレアが、嘘をついているとは思えなかった。
「……わかった。プレアの言うことを私は信じるよ」
彼女の顔に笑顔の花が咲いた。
「けれど、いくつか確認をさせてほしい」
「……うん、いいよ」
「魔族に襲われるとわかっていたのに、魔族避けになる『檻』の力をこれまで使ってこなかったのはどうして?」
これまでのことを思い返していく。ノイズだらけの死の間際の記憶ではあるが、プレアが指輪を見せたことも、檻の力を発動したこともなかった。少なくとも、私が見ている限りでは。
「その世界の私がどう考えていたかは知らないけれど、自分がどうやって死んでいるのか、わからなかったからかな」
「わからなかった……?」
「うん。私は、前の世界の記憶を持っていないからね。だから、レイチェルが言ってくれるまで、同じ世界をループしていることすら知らなかったの」
「そうなんだ……。うん、それはわかった」
少なくとも、プレアが何かをすることによって、私が死に戻りのループをしているわけではないんだ。じゃあ、いったいなぜ、私はループしているのだろう。
この談話室は狭いので、私たちだけしかいなかった。
「レイチェルが、ループしていると言い出したときは、本当に驚いちゃった」
「ごめんね。でも本当なんだよ」
「疑っているわけじゃないよ。むしろ、私は信じている。そういうことも、あるだろうなって」
「どういうこと?」
信じているはともかくとして、そういうこともあるだろうとは、どういう意味だろう。
まるで、こうなることを知っているみたいだ。
「レイチェル。右手の指輪を見せて」
「えっ、これ? ……別にいいけど」
プレアは私の手を取って、指輪をしげしげと眺める。かと思えばパッと目をそらした。
「私。これと同じものを持っているの」
「……?」
発言の意図が読めず、しばし考えてしまった。同じデザインの指輪を、確かシェルドも持っていた。彼のみならず、プレアまで持っているというの?
「ほら」と差し出されたプレアの右手には、私が付けているのとまったく同じデザインの指輪が嵌まっていた。緑色の石が鈍い輝きを放っていた。
「……どうして? いつから、持っていたの? どうして、同じものを持っているの?」
「贋作じゃないのかと、疑っているんでしょう?」
そうとしか思えなかった。同意の意味で頷くと、プレアは指輪を外してリングの内側を私に見せた。
「この内側に、術式が刻まれているの。これを唱えたら、どうなるのか知っているよね?」
リアンダー先生に指摘されるまで気づかなかったあの術式だ。やはり、同じ物なのだろうか?
「……もちろん、知っているけれど。……まさか?」
「そのまさかだよ」
プレアが一音節の術式を唱えると、辺りから音が消えた。
この部屋そのものが、世界から隔絶されたような感覚。この感覚は体験済みなので知っている。
「……檻」
「そうだよ。魔法と、人ならざるものの侵入を拒む術だね」
プレアが持っている指輪を手に取って矯めつ眇めつ眺めてみた。外見上は、まったく同じだ。シェルドが嵌めていたものは石に小さな傷があったけれども、これにはない。石の色も、シェルドが持っていたものは鮮やかな緑色だったのに比べて、こちらはじゃっかんくすんだ緑なのでむしろ私が持っているものに近い。……いや、まったく同じであるとしか思えない。
二つの指輪を並べて、そう判断した。
「どうして……。どうしてプレアが私と同じ指輪を持っているの?」
「簡単な理屈だよ。私は、レイチェルの娘だからね」
「……娘?」
プレアが私の娘? それは、いくらなんでも信じられない話だった。
「ごめんね、急にこんなことを言って。信じられないとは思うけれど、本当なんだよ。正確には、レイチェルの娘になるはずの魂って言い方が合っているかもしれないけれど。レイチェル……いや、母さんを助けたくて、神様に仮の体を作ってもらったんだよ」
「母さん……? 仮の体……? ごめん、よくわからないんだけれど」
「人は死ぬと、霊界という場所にいって、そこで次の転生を待つの。私は、このまま何もなければ、レイチェルの娘として生をうけるはずの魂なんだ」
「魂……?」
この世界には、次元の異なるいくつかの世界があると言われている。私たちが住んでいる人間界。神々が住むとされる神界。邪神や魔族たちが住んでいる魔界。そして、魂や半神たちの世界であるとされる霊界だ。
死んだ人間の魂は一度その霊界に行き、そこから違う肉体に転生をして再び人間界に戻ってくるのだと、そう考えられている。証明されていることではないので、わからないが。
プレアは、霊界にいる魂であり、仮初めの体をもらっているだけなのだと。未来で、私の娘として転生する予定なのだと、そう言っているのだ。
「私は、未来で転生する予定の体を今得ている。だから、この肉体で知っているであろう記憶は持っているの。レイチェルの未来に、何か暗い影が見えていることにもね」
「暗い影? ……それは、私が死んでしまうことと関係があるんだね?」
「そうだよ。ねえ、レイチェル。この話を信じてくれとは言わないけれど……。私はね、どうしてもレイチェル――いえ、母さんに死んでほしくないの」
涙目になって、プレアは私を母さんと呼んだ。そこに、彼女の決意の固さが見えているようだった。
「……でも。急にそんなことを言われても信じられないというか……」
「うん。それはしょうがないことだよね。けど、レイチェルと同じ指輪を私が持っていることが、何よりの証拠だから」
情報をうまく整理しきれない。では、シェルドが持っている指輪は偽物なのだろうか。いずれにしても、目に涙を浮かべてうったえているプレアが、嘘をついているとは思えなかった。
「……わかった。プレアの言うことを私は信じるよ」
彼女の顔に笑顔の花が咲いた。
「けれど、いくつか確認をさせてほしい」
「……うん、いいよ」
「魔族に襲われるとわかっていたのに、魔族避けになる『檻』の力をこれまで使ってこなかったのはどうして?」
これまでのことを思い返していく。ノイズだらけの死の間際の記憶ではあるが、プレアが指輪を見せたことも、檻の力を発動したこともなかった。少なくとも、私が見ている限りでは。
「その世界の私がどう考えていたかは知らないけれど、自分がどうやって死んでいるのか、わからなかったからかな」
「わからなかった……?」
「うん。私は、前の世界の記憶を持っていないからね。だから、レイチェルが言ってくれるまで、同じ世界をループしていることすら知らなかったの」
「そうなんだ……。うん、それはわかった」
少なくとも、プレアが何かをすることによって、私が死に戻りのループをしているわけではないんだ。じゃあ、いったいなぜ、私はループしているのだろう。
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