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第四章「魔法書盗難事件」
【寝耳に水の話】
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季節は五月の下旬。運命の日が、一週間後にまで迫っていた。
私の命を狙っているあの魔物が、モンテ導師の研究で呼び出されていたのかは、結局わからずじまいだった。実験を止めたことが、私の運命を変える一助になったのかどうか。何もわからないまま、時だけが過ぎていた。
運命を揺るがす次の報告がもたらされたのは、そんな折だった。
バタバタと騒々しい足音を響かせて、エドが教室に駆け込んでくる。「大変なんだ!」と私に向かって大きい声を出した。
「そんなにでかい声を出さなくたって聞こえているよ。なんなのさ」
エドはこれで案外と女子にモテる。なんでこいつと? と言わんばかりの嫉妬の視線を周囲から感じて、ごまかすみたいに作り笑いを浮かべた。
場を和ますつもりだったが、エドはこれっぽっちも笑わなかった。
「シェルドが、査察部に拘束されたんだ!」
「なんで……!」
これには思わず立ち上がった。椅子が倒れるのも構わずに、私はエドに詰め寄った。
「どういうこと? なんでシェルドが査察部に拘束されなくちゃならないのよ!」
「……俺にもわからねえよ」
「わからないって……」
そんなはずはない。彼は何も悪いことをしていないはずだ。いったい彼が何をしたというのだろう。
* * *
寝耳に水の話だった。
シェルドがなぜ査察部に拘束されなければならなかったのか。
情報がもたらされたのは、リアンダー先生からだった。
「モンテ導師が禁断の魔法書で実験をしようと考えた背景に、何者かによる入れ知恵があったらしいんだ」
「入れ知恵……」
放課後。事務室でのことだ。私はデスクを囲んでリアンダー先生と話をしていた。
入れ知恵があったということは、今回の騒動はモンテ導師の考えのみで行われたわけではないことを意味する。じゃあ、いったい誰が……?
「誰が、そんなことを……?」
「シェルドだよ」
「……ッ! そんなはず、ないでしょう……!」
気持ちがたかぶって、大きな声が出てしまった。
入れ知恵をした人がいるなんて、信じられなかった。いや、少し違う。いたとしてもいい。けれど、それがシェルドだなんて、そんなわけはないのだ。よりによって、シェルドだなんて。私の命を狙う――かもしれない――魔族を呼び出した元凶となった人物がシェルドだなんて、そんなわけはないんだ。絶対に……!
「冗談は、休み休み言ってください!」
「落ち着くんだ。レイチェル……!」
気が付けば、リアンダー先生のむなぐらをつかみ上げていた。体格で一回りも二回りも違う私が、何を血迷ったのか。それでもリアンダー先生は、身じろぎひとつせずに私をなだめた。
「僕だってにわかには信じられない。だが、それが真実なんだ。モンテ導師が、禁断の魔法書の話をシェルドから聞いたと言っていて、実際に二人が密会していた現場を目撃していた人物もいるらしんだ」
「ありえないです。そんなの……」
襟首をつかんでいた手を離し、床に崩れ落ちた。
シェルドはそんな人間じゃない。それは私が一番よくわかっている。
シェルドの名前が出てきたのは、モンテ導師の口からだった。禁断の魔法書を用いて魔族を呼び出す実験をしようとした一連の事件について、モンテ導師への尋問が続いていく過程で、彼の名前がモンテ導師の口から語られたのだという。
禁断の魔法書を使えば、魔族を呼び出せる。
魔族を使役できれば、娘を蘇らせることができるかもしれないと、シェルドがそういった情報提供をしたというのだ。
これだけであれば、導師の虚言であると一笑に付される可能性もあった。
ところが、目撃情報があった。
談話室で、密会しているモンテ導師とシェルドを目撃したとの証言が生徒から出た。それも、一度や二度じゃない。一人や二人じゃない。複数の人間が、同じ証言をしているのだと。
シェルド自身はそれを否定している。しかし、アリバイがいっさいないので、彼の無実は証明されない。
犯罪教唆。罪に加担したとして、査察部に拘束されているのだった。
ついでに言うと、シェルドには経歴詐称の疑いもかけられていた。カレッジに申し出ている出身地の住所が、現実には存在しない場所だったというのだ。こちらは完全に言い逃れのしようがない。
本当に、どうなっているの……?
面会をさせてくださいと、私は査察部に申し出た。
シェルドと懇意にしていた人物だからと、面会の申し出は却下された。
絶望した。もう、何もする気は起きなかった。
気が付けば、運命の日まであと三日となっていた。
翌日は、カレッジを早退した。
登校したときからひどかった頭痛は、正午頃には限界を迎えた。吐き気がする。倒れそうだ。リアンダー先生に早退することを伝えてカレッジを出た。
覚束ない足取りで自宅に戻る。着替えもせずにベッドに倒れ込んで、泥のように眠った。何も手につかない。
次の日は、熱を出してカレッジを休んだ。あと一日しかないというのに、家に引きこもって時間を無駄にしてしまった。シェルドのことを気にしている場合じゃなかった。もう――ダメかもしれない。
私の命を狙っているあの魔物が、モンテ導師の研究で呼び出されていたのかは、結局わからずじまいだった。実験を止めたことが、私の運命を変える一助になったのかどうか。何もわからないまま、時だけが過ぎていた。
運命を揺るがす次の報告がもたらされたのは、そんな折だった。
バタバタと騒々しい足音を響かせて、エドが教室に駆け込んでくる。「大変なんだ!」と私に向かって大きい声を出した。
「そんなにでかい声を出さなくたって聞こえているよ。なんなのさ」
エドはこれで案外と女子にモテる。なんでこいつと? と言わんばかりの嫉妬の視線を周囲から感じて、ごまかすみたいに作り笑いを浮かべた。
場を和ますつもりだったが、エドはこれっぽっちも笑わなかった。
「シェルドが、査察部に拘束されたんだ!」
「なんで……!」
これには思わず立ち上がった。椅子が倒れるのも構わずに、私はエドに詰め寄った。
「どういうこと? なんでシェルドが査察部に拘束されなくちゃならないのよ!」
「……俺にもわからねえよ」
「わからないって……」
そんなはずはない。彼は何も悪いことをしていないはずだ。いったい彼が何をしたというのだろう。
* * *
寝耳に水の話だった。
シェルドがなぜ査察部に拘束されなければならなかったのか。
情報がもたらされたのは、リアンダー先生からだった。
「モンテ導師が禁断の魔法書で実験をしようと考えた背景に、何者かによる入れ知恵があったらしいんだ」
「入れ知恵……」
放課後。事務室でのことだ。私はデスクを囲んでリアンダー先生と話をしていた。
入れ知恵があったということは、今回の騒動はモンテ導師の考えのみで行われたわけではないことを意味する。じゃあ、いったい誰が……?
「誰が、そんなことを……?」
「シェルドだよ」
「……ッ! そんなはず、ないでしょう……!」
気持ちがたかぶって、大きな声が出てしまった。
入れ知恵をした人がいるなんて、信じられなかった。いや、少し違う。いたとしてもいい。けれど、それがシェルドだなんて、そんなわけはないのだ。よりによって、シェルドだなんて。私の命を狙う――かもしれない――魔族を呼び出した元凶となった人物がシェルドだなんて、そんなわけはないんだ。絶対に……!
「冗談は、休み休み言ってください!」
「落ち着くんだ。レイチェル……!」
気が付けば、リアンダー先生のむなぐらをつかみ上げていた。体格で一回りも二回りも違う私が、何を血迷ったのか。それでもリアンダー先生は、身じろぎひとつせずに私をなだめた。
「僕だってにわかには信じられない。だが、それが真実なんだ。モンテ導師が、禁断の魔法書の話をシェルドから聞いたと言っていて、実際に二人が密会していた現場を目撃していた人物もいるらしんだ」
「ありえないです。そんなの……」
襟首をつかんでいた手を離し、床に崩れ落ちた。
シェルドはそんな人間じゃない。それは私が一番よくわかっている。
シェルドの名前が出てきたのは、モンテ導師の口からだった。禁断の魔法書を用いて魔族を呼び出す実験をしようとした一連の事件について、モンテ導師への尋問が続いていく過程で、彼の名前がモンテ導師の口から語られたのだという。
禁断の魔法書を使えば、魔族を呼び出せる。
魔族を使役できれば、娘を蘇らせることができるかもしれないと、シェルドがそういった情報提供をしたというのだ。
これだけであれば、導師の虚言であると一笑に付される可能性もあった。
ところが、目撃情報があった。
談話室で、密会しているモンテ導師とシェルドを目撃したとの証言が生徒から出た。それも、一度や二度じゃない。一人や二人じゃない。複数の人間が、同じ証言をしているのだと。
シェルド自身はそれを否定している。しかし、アリバイがいっさいないので、彼の無実は証明されない。
犯罪教唆。罪に加担したとして、査察部に拘束されているのだった。
ついでに言うと、シェルドには経歴詐称の疑いもかけられていた。カレッジに申し出ている出身地の住所が、現実には存在しない場所だったというのだ。こちらは完全に言い逃れのしようがない。
本当に、どうなっているの……?
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シェルドと懇意にしていた人物だからと、面会の申し出は却下された。
絶望した。もう、何もする気は起きなかった。
気が付けば、運命の日まであと三日となっていた。
翌日は、カレッジを早退した。
登校したときからひどかった頭痛は、正午頃には限界を迎えた。吐き気がする。倒れそうだ。リアンダー先生に早退することを伝えてカレッジを出た。
覚束ない足取りで自宅に戻る。着替えもせずにベッドに倒れ込んで、泥のように眠った。何も手につかない。
次の日は、熱を出してカレッジを休んだ。あと一日しかないというのに、家に引きこもって時間を無駄にしてしまった。シェルドのことを気にしている場合じゃなかった。もう――ダメかもしれない。
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