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第一章「四周目の世界」
【繰り返される世界】
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なぜ、私が死んでいるのかわからないのには理由がある。
殺されるときの記憶はひどいノイズだらけで、何も覚えていない。死の間際の記憶が、おそらく――十分から十五分ほどだと思うが――削がれてしまうのだ。もしかしたら、他にもなくなっている記憶があるのかもしれないが、それは些末な問題だ。
死の間際の出来事がわからない。これが一番問題だった。
私が最初に死んだのは、一周目の世界の六月一日だった。
親友であるプレア・オルディスが殺されて、それからほどなくして私も殺された。
この日、プレアが誰になぜ殺されたのか、私は知らない。
気が付いたら、プレアは死んでいた。
この日は、エルストリン・カレッジの一大イベントである、『寮対抗魔法合戦』が開催された日でもあった。朝から激しい雷雨が続いていて、屋外で予定されていた行事が軒並み中止になった。そのため学校が予定より早く終わり、私はプレアと談話室で待ち合わせをしていたのだ。
エルストリン・カレッジの校舎の中に、何ヵ所か設置されている談話室。生徒同士の語らいや憩いの場として、自習に使う場所として、あるいはサークル活動のミーティングで。誰でも自由に出入りができて、生徒の権限で好きに使うことができる。
私が待ち合わせをしていたのは、西棟の最奥にある小さな談話室だった。カレッジの敷地内には西棟、東棟、中央棟の三つの建物があり、中央棟にはカレッジの受付、事務室、教員室、学長室などがある。生徒たちの教室があるのは東棟だ。西棟はその大半が特殊教室となっているため、放課後になると極端に人通りが少なくなる。
物静かな、隠れ家的なその雰囲気が私は好きだった。
この日私は、リアンダー先生に頼まれた用事を済ませていたため、待ち合わせをしていた談話室に着くのが少しだけ遅くなった。
「ごめん。待たせちゃったかな?」
談話室に入ると、プレアは窓の外を見ながら椅子に座っていた。談話室の中には小さな書棚がひとつあって、それが壁際に置かれている。部屋の中央にあるテーブルの上には、紅茶の入ったティーカップがふたつ置かれていた。
私の分まで、プレアが淹れておいてくれたのだろう。
私は向かいの椅子に腰を下ろす。プレアと同じように窓の外を見た。
外はまだ雨が降っていて、空はどんよりとした鈍色の雲で覆われていた。
「すごい雨だよね。雷もまだ鳴っているみたいだし」
プレアは瞳を閉じて、穏やかな顔をしている。しかし、彼女からの返事はなかった。
「プレア?」
どうしたのだろう、と彼女の顔を覗き込んで、私はぎょっとした。
プレアは死んでいた。頬に涙の跡を残したまま、目をつむって。
死んでいるようにはとても見えなかった。まるで眠っているかのようで、今にも目を開きそうだったから。あるいは、今からでも目覚めて、「どうしたの?」と訊いてきそうなくらいには生々しい姿だったから。
だけど彼女は確かに死んでいた。息をしていなくて、ゆすっても何の反応も示さなくて。
「どうして?」
とたんに全身を悪寒が駆け巡る。
誰がプレアを殺したの? なんのために?
どれだけ考えても答えなんて出なくて、私は途方に暮れてしまう。
椅子に座ったまま、こと切れているプレアの前にひざまずく。背中から出血した跡があった。おそらく、鋭利な刃物か何かで刺されたのが直接の死因だ。それ以外に外傷はなかった。口元に垂れた血を拭ったあとがある。どこか違う場所で殺されたあとで、ここに運び込まれたのかもしれない。
冷たくなったプレアの手を握った。
敵なら、私が討つよ。
誓ったそのとき、殺気を感じて私は振り返る。
――そこで、私の意識は途切れた。
傷みを、もしかしたら感じたのかもしれない。しかし、何が起きたのか、そこで意識が途切れていて何も覚えていなかった。
気が付けば、私は自分の家の自室のベッドの上にいた。それから、同じことが何度か繰り返されている。
二度目の世界では、プレアとの待ち合わせ場所を変えてみた。それでも結果は変わらなくて、プレアは何者かに殺されてしまった。
三度目の世界では、プレアを独りにしないよう、ずっと彼女の側にいた。けれど、そんな私の努力を嘲笑うみたいに、彼女は結局殺されてしまう。二人で帰宅していたときのことだ。ひと気のない住宅街の真ん中に突然異形の魔物が現れて、そいつに私とプレアは殺されてしまったのだ。
全身が真っ黒で、それ以上に黒くて虚ろな瞳が印象的で、四肢があって人型ではあるが明らかに人ではない。そんな魔物が突然現れて、私たちに襲いかかってきたのだ。
私はプレアを庇って、背中を爪で大きく切り裂かれてしまった。
そうか、私たちを殺していたのはこいつなのか……!?
プレアは私を助けようとして、異形の魔物と戦おうとしていた。だけど彼女はすぐにやられてしまった。私の目の前で、無惨にも殺されてしまったのだ。
プレアを殺したそのあとで、魔物は私に対して敵意を向けた。
このときわかった。奴が狙っているのは私なのだと。プレアはただ、巻き込まれているだけなんじゃないかと。
私は疫病神だから。
思えば今から十一年前。母さんを殺したのも私みたいなものなのだった。
繰り返されるこの世界は、生きながらにして捕らえられている牢獄みたいなものだ。
さながら、これは神様に与えられた罰だ。だから私は思ってしまう。母さんを殺した罪人である私の命に、価値なんてあるのだろうかと。周りに不幸をまくくらいなら、いっそ消えてしまったほうがいいんじゃないのかと。
悩みながら迎えたこの四度目の世界。
私はもう、プレアと一緒にいないほうがいいとすら思っている。
* * *
殺されるときの記憶はひどいノイズだらけで、何も覚えていない。死の間際の記憶が、おそらく――十分から十五分ほどだと思うが――削がれてしまうのだ。もしかしたら、他にもなくなっている記憶があるのかもしれないが、それは些末な問題だ。
死の間際の出来事がわからない。これが一番問題だった。
私が最初に死んだのは、一周目の世界の六月一日だった。
親友であるプレア・オルディスが殺されて、それからほどなくして私も殺された。
この日、プレアが誰になぜ殺されたのか、私は知らない。
気が付いたら、プレアは死んでいた。
この日は、エルストリン・カレッジの一大イベントである、『寮対抗魔法合戦』が開催された日でもあった。朝から激しい雷雨が続いていて、屋外で予定されていた行事が軒並み中止になった。そのため学校が予定より早く終わり、私はプレアと談話室で待ち合わせをしていたのだ。
エルストリン・カレッジの校舎の中に、何ヵ所か設置されている談話室。生徒同士の語らいや憩いの場として、自習に使う場所として、あるいはサークル活動のミーティングで。誰でも自由に出入りができて、生徒の権限で好きに使うことができる。
私が待ち合わせをしていたのは、西棟の最奥にある小さな談話室だった。カレッジの敷地内には西棟、東棟、中央棟の三つの建物があり、中央棟にはカレッジの受付、事務室、教員室、学長室などがある。生徒たちの教室があるのは東棟だ。西棟はその大半が特殊教室となっているため、放課後になると極端に人通りが少なくなる。
物静かな、隠れ家的なその雰囲気が私は好きだった。
この日私は、リアンダー先生に頼まれた用事を済ませていたため、待ち合わせをしていた談話室に着くのが少しだけ遅くなった。
「ごめん。待たせちゃったかな?」
談話室に入ると、プレアは窓の外を見ながら椅子に座っていた。談話室の中には小さな書棚がひとつあって、それが壁際に置かれている。部屋の中央にあるテーブルの上には、紅茶の入ったティーカップがふたつ置かれていた。
私の分まで、プレアが淹れておいてくれたのだろう。
私は向かいの椅子に腰を下ろす。プレアと同じように窓の外を見た。
外はまだ雨が降っていて、空はどんよりとした鈍色の雲で覆われていた。
「すごい雨だよね。雷もまだ鳴っているみたいだし」
プレアは瞳を閉じて、穏やかな顔をしている。しかし、彼女からの返事はなかった。
「プレア?」
どうしたのだろう、と彼女の顔を覗き込んで、私はぎょっとした。
プレアは死んでいた。頬に涙の跡を残したまま、目をつむって。
死んでいるようにはとても見えなかった。まるで眠っているかのようで、今にも目を開きそうだったから。あるいは、今からでも目覚めて、「どうしたの?」と訊いてきそうなくらいには生々しい姿だったから。
だけど彼女は確かに死んでいた。息をしていなくて、ゆすっても何の反応も示さなくて。
「どうして?」
とたんに全身を悪寒が駆け巡る。
誰がプレアを殺したの? なんのために?
どれだけ考えても答えなんて出なくて、私は途方に暮れてしまう。
椅子に座ったまま、こと切れているプレアの前にひざまずく。背中から出血した跡があった。おそらく、鋭利な刃物か何かで刺されたのが直接の死因だ。それ以外に外傷はなかった。口元に垂れた血を拭ったあとがある。どこか違う場所で殺されたあとで、ここに運び込まれたのかもしれない。
冷たくなったプレアの手を握った。
敵なら、私が討つよ。
誓ったそのとき、殺気を感じて私は振り返る。
――そこで、私の意識は途切れた。
傷みを、もしかしたら感じたのかもしれない。しかし、何が起きたのか、そこで意識が途切れていて何も覚えていなかった。
気が付けば、私は自分の家の自室のベッドの上にいた。それから、同じことが何度か繰り返されている。
二度目の世界では、プレアとの待ち合わせ場所を変えてみた。それでも結果は変わらなくて、プレアは何者かに殺されてしまった。
三度目の世界では、プレアを独りにしないよう、ずっと彼女の側にいた。けれど、そんな私の努力を嘲笑うみたいに、彼女は結局殺されてしまう。二人で帰宅していたときのことだ。ひと気のない住宅街の真ん中に突然異形の魔物が現れて、そいつに私とプレアは殺されてしまったのだ。
全身が真っ黒で、それ以上に黒くて虚ろな瞳が印象的で、四肢があって人型ではあるが明らかに人ではない。そんな魔物が突然現れて、私たちに襲いかかってきたのだ。
私はプレアを庇って、背中を爪で大きく切り裂かれてしまった。
そうか、私たちを殺していたのはこいつなのか……!?
プレアは私を助けようとして、異形の魔物と戦おうとしていた。だけど彼女はすぐにやられてしまった。私の目の前で、無惨にも殺されてしまったのだ。
プレアを殺したそのあとで、魔物は私に対して敵意を向けた。
このときわかった。奴が狙っているのは私なのだと。プレアはただ、巻き込まれているだけなんじゃないかと。
私は疫病神だから。
思えば今から十一年前。母さんを殺したのも私みたいなものなのだった。
繰り返されるこの世界は、生きながらにして捕らえられている牢獄みたいなものだ。
さながら、これは神様に与えられた罰だ。だから私は思ってしまう。母さんを殺した罪人である私の命に、価値なんてあるのだろうかと。周りに不幸をまくくらいなら、いっそ消えてしまったほうがいいんじゃないのかと。
悩みながら迎えたこの四度目の世界。
私はもう、プレアと一緒にいないほうがいいとすら思っている。
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