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第二章「神崎柚乃」
第四話【決戦の日は七月七日(1)】
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楓も記事の文章に目を通している。
「これが、どうかしたの?」
「制服を着ているのが、ピザの宅配員だと決めつけていた。まあ、普通に考えたらその通りだしね。でも、この前提から間違っていたとしたら、さて、どうかな?」
私の問いに、隣の楓が息を呑んだ。
「これは、たとえばの話だけど。ピザの宅配員が、制服を着た別の何者かで、その少し前に出入りした私服の人物こそが、本当の宅配員だったとしたら?」
「そうか。ピザの宅配員が事件を起こすはずがない、と思い込んでいたからこそ、そういった可能性をつぶしてしまっていたね。宅配員が誰かの変装だったとしたら、むしろ一気に怪しくなる」
「そういうこと」
この推理でなら、制服が一世代前の物だったとしてもなんの違和感もない。
問題は、仮にそうだったとして、なぜ宅配員に変装する必要があったかだ。
葉子さんが亡くなった時間帯、自分がマンションの中にいた事実を隠したかった。こう考えるのが自然だ。もしそうだとしたら、この人物はこの日ピザ店が『カジュアルデー』を実施していたのを知っていた人物になる。マンションにピザの宅配を自ら頼んで――いや、それは無理があるか。ピザが宅配されていたのは、葉子さんの部屋なのだから。
「ん、でもさ。ピザの宅配を頼んだのは、本当に葉子さんなのかな?」
「え?」
――仁平薫様。宅配先は510号室ですね。
楓の声に、ピザ店の店長の言葉がふわっと蘇ってくる。
「ああ、そうか。薫さんの名前を語って宅配させていたとしたら……誰かの工作が入り込む余地はある」
ピザの宅配が行われたのを確認してから、制服姿で素知らぬ顔でマンションに入る。なんらかの方法を用いて、葉子さんを殺害する。
「ところで、本物のピザの宅配員はどっちなんだろう?」
もう一度、映像を最初から再生する。
私服の女性がマンションに入って、次に私服の男性がマンションに入る。マンションから出るのは、順番が変わって男性、女性の順だ。ピザ店で聞き込みを行ったときに宅配員は男性だと聞いていたから、女性のほうはマンションの住人への来客だった、ということになる。
映像を停止して、今度はピザの宅配員の身長を画像から計測する。こうして見ると……宅配員の制服を着ている人物はさほど背が高くない。百六十と少しといったところか。
「そうか。女かもしれないね、この人物」
宅配員は男なのだと決めつけて、視野狭窄になっていたかもしれない。
女となると、と楓が思案する。
「この人物が葉子さんの知り合いである可能性があるかも。だとしたら、容易に部屋の中に踏み込むことができるじゃない? 葉子さんを部屋の窓から突き落としたあとで、ピザの宅配員を装ってマンションを出たとしたら」
「いや、それはおかしいよ」
楓の推理を否定した。
「部屋に侵入できたと仮定したとしても、犯行を行ったあとで施錠する方法がない」
「そうかあ」
二人で頭を抱えてしまった。
きっと、まだ何か見落としている。決定的な証拠が、絶対に何かあるはずなんだ。
どちらにしても、謎の鍵を握っているのは、ピザ店の制服を手に入れられる人物なんだ、
「よし。まずはこの間のピザ店に連絡して、去年の七月七日に、カジュアルデーが実施されていたか確認しないとね」
ここが否、だったなら、根底から全部崩れてしまう。
「それから楓、またちょいと調べものをしてくれないかな?」
「もちろん。お安い御用だよ」
*
パソコンのモニターをじっと睨んで、楓は考え事をしていた。口元が寂しく感じられて、ポケットに手を入れる。が、煙草の箱は空だったので舌打ちが落ちた。
ふう、とため息が漏れたとき、目の前に一本の煙草が差し出される。
「あれ? 高辻さん、今当直じゃないですよね? こんな時間まで署に残ってお仕事ですか。熱心ですねえ」
からかうように言ったのは、署に戻ってきた同僚の男性刑事だ。楓の隣のデスクに座って、自らも煙草に火を点ける。
「頑張るのは結構ですが、寝不足には気をつけてください。美容に悪い。嫁のもらい手がなくなります」
「そのときは、君が面倒見てくれよ」
「お断りです。俺はおしとやかな女の子がいいんです」
「見た目に難があるか、性格に難があるか、どっちかしかいないんだよ、女なんて」
「夢がない話はやめてくださいよ」
八王子署の刑事部に残っているのは、彼と楓と、当直の刑事の三人だけだった。
「何を観ているんですか? ……ああ。最近高辻さんが、ご執心のあの事件ですか」
モニターに流れているのは、筧葉子が亡くなった日の監視カメラの映像だ。
「うん。ようやく、謎が解けてきたんだ」
「マンションに出入りしているこの人物が、怪しいと睨んでいたあの男なんですかい?」
「いや、それはないだろうね。彼のアリバイは完璧だし、そもそも映像の人物とは身長がまるで合わない」
二人の視線が、マンションから出てくる制服姿の人物に着目する。
「じゃあ……」
「うん。この人物、間違いなく女性だね」
「なるほど。じゃあ、犯人はやっぱり『彼女』なんですかね?」
「ええ、たぶん。……と言いたいが、証拠がないんだよねえ」
思い悩んだ目で、楓は窓の外を見た。
*
「これが、どうかしたの?」
「制服を着ているのが、ピザの宅配員だと決めつけていた。まあ、普通に考えたらその通りだしね。でも、この前提から間違っていたとしたら、さて、どうかな?」
私の問いに、隣の楓が息を呑んだ。
「これは、たとえばの話だけど。ピザの宅配員が、制服を着た別の何者かで、その少し前に出入りした私服の人物こそが、本当の宅配員だったとしたら?」
「そうか。ピザの宅配員が事件を起こすはずがない、と思い込んでいたからこそ、そういった可能性をつぶしてしまっていたね。宅配員が誰かの変装だったとしたら、むしろ一気に怪しくなる」
「そういうこと」
この推理でなら、制服が一世代前の物だったとしてもなんの違和感もない。
問題は、仮にそうだったとして、なぜ宅配員に変装する必要があったかだ。
葉子さんが亡くなった時間帯、自分がマンションの中にいた事実を隠したかった。こう考えるのが自然だ。もしそうだとしたら、この人物はこの日ピザ店が『カジュアルデー』を実施していたのを知っていた人物になる。マンションにピザの宅配を自ら頼んで――いや、それは無理があるか。ピザが宅配されていたのは、葉子さんの部屋なのだから。
「ん、でもさ。ピザの宅配を頼んだのは、本当に葉子さんなのかな?」
「え?」
――仁平薫様。宅配先は510号室ですね。
楓の声に、ピザ店の店長の言葉がふわっと蘇ってくる。
「ああ、そうか。薫さんの名前を語って宅配させていたとしたら……誰かの工作が入り込む余地はある」
ピザの宅配が行われたのを確認してから、制服姿で素知らぬ顔でマンションに入る。なんらかの方法を用いて、葉子さんを殺害する。
「ところで、本物のピザの宅配員はどっちなんだろう?」
もう一度、映像を最初から再生する。
私服の女性がマンションに入って、次に私服の男性がマンションに入る。マンションから出るのは、順番が変わって男性、女性の順だ。ピザ店で聞き込みを行ったときに宅配員は男性だと聞いていたから、女性のほうはマンションの住人への来客だった、ということになる。
映像を停止して、今度はピザの宅配員の身長を画像から計測する。こうして見ると……宅配員の制服を着ている人物はさほど背が高くない。百六十と少しといったところか。
「そうか。女かもしれないね、この人物」
宅配員は男なのだと決めつけて、視野狭窄になっていたかもしれない。
女となると、と楓が思案する。
「この人物が葉子さんの知り合いである可能性があるかも。だとしたら、容易に部屋の中に踏み込むことができるじゃない? 葉子さんを部屋の窓から突き落としたあとで、ピザの宅配員を装ってマンションを出たとしたら」
「いや、それはおかしいよ」
楓の推理を否定した。
「部屋に侵入できたと仮定したとしても、犯行を行ったあとで施錠する方法がない」
「そうかあ」
二人で頭を抱えてしまった。
きっと、まだ何か見落としている。決定的な証拠が、絶対に何かあるはずなんだ。
どちらにしても、謎の鍵を握っているのは、ピザ店の制服を手に入れられる人物なんだ、
「よし。まずはこの間のピザ店に連絡して、去年の七月七日に、カジュアルデーが実施されていたか確認しないとね」
ここが否、だったなら、根底から全部崩れてしまう。
「それから楓、またちょいと調べものをしてくれないかな?」
「もちろん。お安い御用だよ」
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パソコンのモニターをじっと睨んで、楓は考え事をしていた。口元が寂しく感じられて、ポケットに手を入れる。が、煙草の箱は空だったので舌打ちが落ちた。
ふう、とため息が漏れたとき、目の前に一本の煙草が差し出される。
「あれ? 高辻さん、今当直じゃないですよね? こんな時間まで署に残ってお仕事ですか。熱心ですねえ」
からかうように言ったのは、署に戻ってきた同僚の男性刑事だ。楓の隣のデスクに座って、自らも煙草に火を点ける。
「頑張るのは結構ですが、寝不足には気をつけてください。美容に悪い。嫁のもらい手がなくなります」
「そのときは、君が面倒見てくれよ」
「お断りです。俺はおしとやかな女の子がいいんです」
「見た目に難があるか、性格に難があるか、どっちかしかいないんだよ、女なんて」
「夢がない話はやめてくださいよ」
八王子署の刑事部に残っているのは、彼と楓と、当直の刑事の三人だけだった。
「何を観ているんですか? ……ああ。最近高辻さんが、ご執心のあの事件ですか」
モニターに流れているのは、筧葉子が亡くなった日の監視カメラの映像だ。
「うん。ようやく、謎が解けてきたんだ」
「マンションに出入りしているこの人物が、怪しいと睨んでいたあの男なんですかい?」
「いや、それはないだろうね。彼のアリバイは完璧だし、そもそも映像の人物とは身長がまるで合わない」
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「じゃあ……」
「うん。この人物、間違いなく女性だね」
「なるほど。じゃあ、犯人はやっぱり『彼女』なんですかね?」
「ええ、たぶん。……と言いたいが、証拠がないんだよねえ」
思い悩んだ目で、楓は窓の外を見た。
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