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第一章「仁平薫」
第四話【連鎖する悲劇(1)】
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時々鍋を底からよくかき混ぜ、ルウが焦げないようにして十分ほど煮込んでっと。まあ、こんなもんかな。
ジャガイモを摘まんで一口かじり、よく火が通っているのを確認する。よし、いい頃合いだ。
キッチンダイニングが香ばしいカレーの匂いで満たされた頃、玄関の扉が騒々しく開いてこれまた騒々しい声が響いた。
「ちーす! 差し入れでビール持ってきたぞー」
コンビニの袋をぶら下げて、ひょっこり顔を出したのは浅野だ。夕飯はカレーにするので一緒にどうですか? と柚乃が声をかけたのだ。いや、調理担当は全部俺なんですけどね。勝手に進んでいく話に不満を覚えていたが、ビール買ってきたなら許すわ。
「やったー! って私ビール飲めないんですけどー!?」
準備万端、リビングのテーブルに陣取っている柚乃が叫んだ。
赤のトレーナーを着て、ボトムはデニムのショートパンツ。ラフな格好でくつろいでいることからわかるように、今日、彼女は何もしていない。ここ最近はずっと柚乃に家事を負担させてしまっていたので、たまには俺が料理をしようとそう申し出たのだ。そうしたら、彼女は「じゃあカレーがいい!」と、月並みなリクエストをしてきたのだ。
まあ、俺的には楽だからいいんだけどさ……。
「大丈夫。ちゃんとチューハイも買ってきたから。ほい」
「グレープフルーツ味ですか……」
「あれ? 好きそうだと思ったんだけど。好きでしょ?」
「好きそうってなんですか。柑橘系は確かに好きですけど、どっちかというとオレンジが良かったなあ……」
「あ、あれ? もしかして僕何か失敗しちゃった?」
「はいはいお二人さんどいたどいた。カレーが通る」
おおー、と浅野が小さく拍手をした。柚乃って未成年なんじゃ? と突っ込みかけたがとりあえず流しておいた。
「いや。カレー鍋をテーブルの真ん中に置く必要なくね?
「うちのテーブル広いし。何度も立って歩くの面倒だし。それに、どうせお代わりするでしょ?」
「まあ、するけど」
「ほんと、遠慮のない奴だなー」
その間に、柚乃が人数分のカレーを皿に盛りつけていた。福神漬けまでばっちり準備している。さり気ないところで、彼女の細やかな気配りが冴える。記憶を失っていて、なおこれなのだから感心する。記憶を失う前の彼女がどうだったのかは知らないが。
「いただきます」
三人で唱和して、ささやかな団欒が始まる。
「んー。美味しいですねえ」
「だろう? 悔しいが、こいつの作るカレーは辛さがちょうど良くて絶品だ」
当然柚乃には内緒だが、店の顧客リストに柚乃の名前がないか今浅野に調べてもらっている。
リストを見るだけなら簡単だろう、と思われそうだが、決してそんなことはない。
個人情報は、利用目的を明確にして、その範囲内で利用しなくてはならない。また、契約担当者と顧客とのやり取りのすべてが、管理者側の専用端末にて管理されている。担当外の者が、顧客の情報を調べてはいけないことになっている。もし、本来の利用目的を逸脱した個人情報の扱い方があった場合、管理者によって罰せられてしまう。
話は、簡単ではないのだ。
「で? そっちの首尾はどうなんだ?」
そっちの、という単語に反応して柚乃が瞳をぱちくりさせる。失言だぞ、と隣の浅野を小突くと、『すまん』と言わんばかりに肩をすくめた。
「今、一件一件絞り込んでいるところだ。たぶん、今週いっぱいで全部まとめ終わると思う」
八十一件あった、全焼火災のあった場所のリストを、現在柚乃にまとめてもらっているところだった。
はたして、何ヵ所まわることになるのか。まわった先に、柚乃の記憶に出てくる光景と合致する場所はあるのか。あったとしても、柚乃がその場所を見て、記憶の中にある光景と一緒だと気づけなかったら一巻の終わりだ。
また、半径一キロ圏内に、コンビニが二ヵ所ある場所もあった。こうなってくると、どちらのコンビニが正解なのかわからないので、両方のルートを確認する必要がある。嵌めどころが見つからない、難解なパズルみたいな仕事で頭が痛くなってくる。
それでも、やるしかない。
なるべく早く調査を終えて、柚乃を元いた場所に戻してやりたい。
そうすれば、このうるさい小娘から解放されるのだし。
そう、解放されるのだ。
「あー! 浅野さん、なんで私のチューハイ飲むんですか! それあとで飲もうと思って取っておいたのに!」
「いや、だって、グレープフルーツ嫌いだって言ってたじゃん!」
「言ってません! オレンジのほうが好きだと言っただけですよ。勝手に決めつけないでくださいよ!」
「そうだっけ? でもさあ、これ元々僕が買ってきたものだよ」
ギャーギャー大騒ぎしている二人を見ながら、柚乃がいなくなったあとのことを考える。せいせいする、とそう思っていた。ところが、平穏な日々が戻ってくるのを待ち望んでいる気持ちの隣に、寂しさとよく似た感情がある。なんなのだろう、これは。
寂しいのか? と自問してみる。即座に答えが見つからない自分に自嘲の念がわいた。
「どうした。あんまり食欲ないのか?」
浅野が、心配そうな顔でこっちを見ていた。
「自分が作ったものだからさ、そんなに美味しく感じられないっていうか」
「そうかあ? こんなに旨いのに」
でっち上げの嘘だった。
これもすべて、住宅火災について調べているせいかもしれない。
調べていく過程で、とある人物の名前を見つけてしまったから。どうしても、そこから葉子のことを少しだけ思い出してしまうから。
調査はそれからとんとん拍子で進んだ。
火災があった現場から、半径一キロ圏内にセブンスマートがあったのは全部で十件。目的の場所が東京都内でなかったとしたら調査はまた振り出しに戻ってしまうが、今はそれを気にしていてもしょうがない。まずは順番にだ。
週末。まずは近い場所からと、八王子市に近いエリアから調査を始める。セブンスマートの店舗前に最初に向かい、そこから火災のあった場所まで実際に歩いてみる。これで記憶と合致する光景が見つからなければハズレ。次のポイントへ。そういった手法だ。
ある意味しらみつぶし。お世辞にも効率が良いとは言えない。やはりそうそううまくはいかなかった。
第一週目は二ヵ所周ってどちらもハズレ。二週目も、二ヵ所周ってこちらもハズレ。そうこうしているうちに、季節は巡って二月になった。当初十ヵ所あったチェックポイントは残すところみっつだ。もしかしたら、本命はここじゃないかと目算をつけていた場所に今日は向かう。
「というわけで、今日は車で行くぞ」
マンションを出がけに言うと、柚乃が瞳をぱちぱちと瞬かせる。瞬きのタイミングが、早朝の鳥の囀りとシンクロする。
「薫さん。車なんて持っていたんですか」
「注文していた新車が、この間納車されたんだ。このマンションから駅までは徒歩十分だし、通勤は電車で事足りるしで持っていなかったんだけどな。せっかく持っている運転免許証を腐らせておくのももったいないので去年の秋に買ったんだ。今日の行先はだいぶ郊外なのだから、車で行ったほうが早い」
なるほど、と納得したように柚乃が呟く。駐車場に着くと、車を見て開口一番柚乃が言った。
「狭そうな車ですね……」
「そこは、かっこいい車ですねと、嘘でもお世辞を言うべきところじゃないのか?」
「カッコイイ、クルマデスネ」
「こもってねえ。ちっとも心がこもってねえ……」
購入した車はタルガトップ式のオープンカーだ。狭いのは間違いないが。
わかんないかなあ? この艶のある赤いボディが男のロマンだろうが?
「どうしてこんな車を買ったんですか。婚約者がいたのなら、もっと広い車にすべきでしょう?」
忖度タイムはもう終わりか?
「さっきも言ったが、この車を発注したのは去年の秋。葉子が死んだあとなんだよ」
「あっ……そうか。そうですよね、すみません」
失言だと思ったのか、柚乃が殊勝な態度で頭を下げた。
「なあに、いいさ。気にしていない」
じゃあ行こうか、と車に乗って出発した。目的地は埼玉との県境付近であり、多少遠いが一時間ほどで着くだろう。
沈黙を紛らわすために、車載オーディオで音楽を流した。
流れてきたのは失恋ソング。片想いをしている幼馴染の男の子に、気持ちを伝えられない女の子のもどかしさを歌った曲だ。
葉子と出会うまでは、まともな恋をしたことすらなかった。あの当時はこういった曲を聴いても特に感慨深く思うことはなかったが、今は違う。切ない詞が心に染み込んでくる。気持ちを伝えられないのは、やはり苦しいものだ。
曲の中に出てくる二人は幼馴染だ。距離が近すぎることで、うまく気持ちを伝えられないのはありがちだ。SNSでよくやり取りはするものの、踏み込んだ話題はやはりしにくい。それでも、今の子たちはSNSという手段があるだけマシだよな、と老外じみたことを考えてから気がついた。
そうか。SNSか。
高速道路を走らせていた車を、目についたパーキングエリアに入れる。
「トイレ休憩ですか?」と柚乃が首を傾げた。
「そろそろそういう頃合いだと察した。遠慮なく行ってくるといい」
「いえ、別に行きたくないんですけど。食事のことといい、生理現象絡みで人をからかうのが好きなんですか?」
「悪い。今のは冗談だ。いや、柚乃の写真をSNSで拡散してみたら、何かしら情報が得られるんじゃないかなってそう思って」
あ~なるほど、と納得顔で柚乃が頷いた。
「薫さんにしては名案じゃないですか」
「俺にしては、は余計だ」
スマホのカメラを向けてみると、満面の笑みを浮かべて柚乃がピースサインをした。能天気なものだな当事者少女よ。
『年齢はおそらく十八歳前後』
『名前は柚乃の可能性有り』
『当該者、記憶喪失』
撮影した写真に、出会った当時に着ていた制服の写真と、人探しをしている旨とをそえ、SNSで情報提供を呼びかけた。
もっと早く気づけばよかった。どれだけの効果が見込めるかはわからないが、やらないよりはきっとマシだ。
ジャガイモを摘まんで一口かじり、よく火が通っているのを確認する。よし、いい頃合いだ。
キッチンダイニングが香ばしいカレーの匂いで満たされた頃、玄関の扉が騒々しく開いてこれまた騒々しい声が響いた。
「ちーす! 差し入れでビール持ってきたぞー」
コンビニの袋をぶら下げて、ひょっこり顔を出したのは浅野だ。夕飯はカレーにするので一緒にどうですか? と柚乃が声をかけたのだ。いや、調理担当は全部俺なんですけどね。勝手に進んでいく話に不満を覚えていたが、ビール買ってきたなら許すわ。
「やったー! って私ビール飲めないんですけどー!?」
準備万端、リビングのテーブルに陣取っている柚乃が叫んだ。
赤のトレーナーを着て、ボトムはデニムのショートパンツ。ラフな格好でくつろいでいることからわかるように、今日、彼女は何もしていない。ここ最近はずっと柚乃に家事を負担させてしまっていたので、たまには俺が料理をしようとそう申し出たのだ。そうしたら、彼女は「じゃあカレーがいい!」と、月並みなリクエストをしてきたのだ。
まあ、俺的には楽だからいいんだけどさ……。
「大丈夫。ちゃんとチューハイも買ってきたから。ほい」
「グレープフルーツ味ですか……」
「あれ? 好きそうだと思ったんだけど。好きでしょ?」
「好きそうってなんですか。柑橘系は確かに好きですけど、どっちかというとオレンジが良かったなあ……」
「あ、あれ? もしかして僕何か失敗しちゃった?」
「はいはいお二人さんどいたどいた。カレーが通る」
おおー、と浅野が小さく拍手をした。柚乃って未成年なんじゃ? と突っ込みかけたがとりあえず流しておいた。
「いや。カレー鍋をテーブルの真ん中に置く必要なくね?
「うちのテーブル広いし。何度も立って歩くの面倒だし。それに、どうせお代わりするでしょ?」
「まあ、するけど」
「ほんと、遠慮のない奴だなー」
その間に、柚乃が人数分のカレーを皿に盛りつけていた。福神漬けまでばっちり準備している。さり気ないところで、彼女の細やかな気配りが冴える。記憶を失っていて、なおこれなのだから感心する。記憶を失う前の彼女がどうだったのかは知らないが。
「いただきます」
三人で唱和して、ささやかな団欒が始まる。
「んー。美味しいですねえ」
「だろう? 悔しいが、こいつの作るカレーは辛さがちょうど良くて絶品だ」
当然柚乃には内緒だが、店の顧客リストに柚乃の名前がないか今浅野に調べてもらっている。
リストを見るだけなら簡単だろう、と思われそうだが、決してそんなことはない。
個人情報は、利用目的を明確にして、その範囲内で利用しなくてはならない。また、契約担当者と顧客とのやり取りのすべてが、管理者側の専用端末にて管理されている。担当外の者が、顧客の情報を調べてはいけないことになっている。もし、本来の利用目的を逸脱した個人情報の扱い方があった場合、管理者によって罰せられてしまう。
話は、簡単ではないのだ。
「で? そっちの首尾はどうなんだ?」
そっちの、という単語に反応して柚乃が瞳をぱちくりさせる。失言だぞ、と隣の浅野を小突くと、『すまん』と言わんばかりに肩をすくめた。
「今、一件一件絞り込んでいるところだ。たぶん、今週いっぱいで全部まとめ終わると思う」
八十一件あった、全焼火災のあった場所のリストを、現在柚乃にまとめてもらっているところだった。
はたして、何ヵ所まわることになるのか。まわった先に、柚乃の記憶に出てくる光景と合致する場所はあるのか。あったとしても、柚乃がその場所を見て、記憶の中にある光景と一緒だと気づけなかったら一巻の終わりだ。
また、半径一キロ圏内に、コンビニが二ヵ所ある場所もあった。こうなってくると、どちらのコンビニが正解なのかわからないので、両方のルートを確認する必要がある。嵌めどころが見つからない、難解なパズルみたいな仕事で頭が痛くなってくる。
それでも、やるしかない。
なるべく早く調査を終えて、柚乃を元いた場所に戻してやりたい。
そうすれば、このうるさい小娘から解放されるのだし。
そう、解放されるのだ。
「あー! 浅野さん、なんで私のチューハイ飲むんですか! それあとで飲もうと思って取っておいたのに!」
「いや、だって、グレープフルーツ嫌いだって言ってたじゃん!」
「言ってません! オレンジのほうが好きだと言っただけですよ。勝手に決めつけないでくださいよ!」
「そうだっけ? でもさあ、これ元々僕が買ってきたものだよ」
ギャーギャー大騒ぎしている二人を見ながら、柚乃がいなくなったあとのことを考える。せいせいする、とそう思っていた。ところが、平穏な日々が戻ってくるのを待ち望んでいる気持ちの隣に、寂しさとよく似た感情がある。なんなのだろう、これは。
寂しいのか? と自問してみる。即座に答えが見つからない自分に自嘲の念がわいた。
「どうした。あんまり食欲ないのか?」
浅野が、心配そうな顔でこっちを見ていた。
「自分が作ったものだからさ、そんなに美味しく感じられないっていうか」
「そうかあ? こんなに旨いのに」
でっち上げの嘘だった。
これもすべて、住宅火災について調べているせいかもしれない。
調べていく過程で、とある人物の名前を見つけてしまったから。どうしても、そこから葉子のことを少しだけ思い出してしまうから。
調査はそれからとんとん拍子で進んだ。
火災があった現場から、半径一キロ圏内にセブンスマートがあったのは全部で十件。目的の場所が東京都内でなかったとしたら調査はまた振り出しに戻ってしまうが、今はそれを気にしていてもしょうがない。まずは順番にだ。
週末。まずは近い場所からと、八王子市に近いエリアから調査を始める。セブンスマートの店舗前に最初に向かい、そこから火災のあった場所まで実際に歩いてみる。これで記憶と合致する光景が見つからなければハズレ。次のポイントへ。そういった手法だ。
ある意味しらみつぶし。お世辞にも効率が良いとは言えない。やはりそうそううまくはいかなかった。
第一週目は二ヵ所周ってどちらもハズレ。二週目も、二ヵ所周ってこちらもハズレ。そうこうしているうちに、季節は巡って二月になった。当初十ヵ所あったチェックポイントは残すところみっつだ。もしかしたら、本命はここじゃないかと目算をつけていた場所に今日は向かう。
「というわけで、今日は車で行くぞ」
マンションを出がけに言うと、柚乃が瞳をぱちぱちと瞬かせる。瞬きのタイミングが、早朝の鳥の囀りとシンクロする。
「薫さん。車なんて持っていたんですか」
「注文していた新車が、この間納車されたんだ。このマンションから駅までは徒歩十分だし、通勤は電車で事足りるしで持っていなかったんだけどな。せっかく持っている運転免許証を腐らせておくのももったいないので去年の秋に買ったんだ。今日の行先はだいぶ郊外なのだから、車で行ったほうが早い」
なるほど、と納得したように柚乃が呟く。駐車場に着くと、車を見て開口一番柚乃が言った。
「狭そうな車ですね……」
「そこは、かっこいい車ですねと、嘘でもお世辞を言うべきところじゃないのか?」
「カッコイイ、クルマデスネ」
「こもってねえ。ちっとも心がこもってねえ……」
購入した車はタルガトップ式のオープンカーだ。狭いのは間違いないが。
わかんないかなあ? この艶のある赤いボディが男のロマンだろうが?
「どうしてこんな車を買ったんですか。婚約者がいたのなら、もっと広い車にすべきでしょう?」
忖度タイムはもう終わりか?
「さっきも言ったが、この車を発注したのは去年の秋。葉子が死んだあとなんだよ」
「あっ……そうか。そうですよね、すみません」
失言だと思ったのか、柚乃が殊勝な態度で頭を下げた。
「なあに、いいさ。気にしていない」
じゃあ行こうか、と車に乗って出発した。目的地は埼玉との県境付近であり、多少遠いが一時間ほどで着くだろう。
沈黙を紛らわすために、車載オーディオで音楽を流した。
流れてきたのは失恋ソング。片想いをしている幼馴染の男の子に、気持ちを伝えられない女の子のもどかしさを歌った曲だ。
葉子と出会うまでは、まともな恋をしたことすらなかった。あの当時はこういった曲を聴いても特に感慨深く思うことはなかったが、今は違う。切ない詞が心に染み込んでくる。気持ちを伝えられないのは、やはり苦しいものだ。
曲の中に出てくる二人は幼馴染だ。距離が近すぎることで、うまく気持ちを伝えられないのはありがちだ。SNSでよくやり取りはするものの、踏み込んだ話題はやはりしにくい。それでも、今の子たちはSNSという手段があるだけマシだよな、と老外じみたことを考えてから気がついた。
そうか。SNSか。
高速道路を走らせていた車を、目についたパーキングエリアに入れる。
「トイレ休憩ですか?」と柚乃が首を傾げた。
「そろそろそういう頃合いだと察した。遠慮なく行ってくるといい」
「いえ、別に行きたくないんですけど。食事のことといい、生理現象絡みで人をからかうのが好きなんですか?」
「悪い。今のは冗談だ。いや、柚乃の写真をSNSで拡散してみたら、何かしら情報が得られるんじゃないかなってそう思って」
あ~なるほど、と納得顔で柚乃が頷いた。
「薫さんにしては名案じゃないですか」
「俺にしては、は余計だ」
スマホのカメラを向けてみると、満面の笑みを浮かべて柚乃がピースサインをした。能天気なものだな当事者少女よ。
『年齢はおそらく十八歳前後』
『名前は柚乃の可能性有り』
『当該者、記憶喪失』
撮影した写真に、出会った当時に着ていた制服の写真と、人探しをしている旨とをそえ、SNSで情報提供を呼びかけた。
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