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俺だけが人間の街。(文芸・コメディ)
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お題⇒ おもちゃ、十字架、文豪
◇◇◇
『事実は小説より奇なり』という言葉を唱えたのは誰であったのか。
イギリスの詩人かそれとも文豪か。
そんなことはどちらでもいいが、現実に起こる出来事は、作られた物語の中で起こることよりも不思議で興味深いものだ、というこの言葉の意味を、俺はいま痛切に思い知っている。
俺が朝起きると、両親が人形になっていた。
何を言っているのかわからないと思うが安心してくれ。俺にもさっぱり意味がわからない。
ただひとつハッキリと言えるのは、夏休み明けの初日である今日、俺の親は人形になった。
何の前触れもなく、唐突に、だ。
◇
朝。眠い目をこすりながら俺がリビングに入ると、人形になった母親と、目が合った。いや、これ目が合ったっていえるのかな? だって、目も口も、まったく動いていないわけで。
どこからどう見ても、某有名メーカーの着せ替え人形の姿をしたソレに「母さん?」と恐る恐る問いかけると、「あら、おはよう、タカシ」と、そう答えた。どうやらこの母親は喋れるらしい
「マジカルかりんちゃん」と見たまんまで呼んでみた。
「あら、この子ったら頭でもオカしくなったのかしら? かりんちゃんじゃなくてお母ちゃんでしょ」
お母ちゃん? 俺、母親のことをそんな呼び方したことないぞ。ただの一度も。
「母さん、なんで人形になってんの?」
「なに言ってるの? 母ちゃん前から人形だったでしょ?」
キッチンに立っている母親は、ピンク色のドレスの上から白いエプロンを巻いている。正直絵面がキツい。
そうか。今見ているのが夢なのか、それとも、これまで見てきたのが夢なのか。取り敢えず頬っぺたをつねってみたが痛い。
思いのほか冷静な自分に自分で驚きながらテレビのニュース映像に目を向けるが、キャスターも女子アナも全て人形だった。マジか! 本当にこれは現実なのか?
「タカシ。今日は随分と早いじゃないか。いつもこのくらい早起きだと母さんも助かるんだがな」
はっはっはと笑う親父の声に嫌な予感がして顔を向けると、やはりというべきかそこにいたのは、マジカルかりんちゃんのボーイフレンド役であるイサムくんだった。ですよね、夫婦ですしね。
椅子に座り、両手で新聞を広げて文字を目で追って……。いや、追っているのかなアレ? やっぱり瞳は動いてないんだよな。
親父? は右手でコーヒーカップを掴むと、厳かな雰囲気で口に運び、「熱っつ」とスーツの胸元に盛大にコーヒーをこぼした。
「あれ? おかしいな。上手く飲めないみたいだ」
ですよね! 口開きませんしね!
「あらあらあなた、何やってるの」と母親? が心配そうにイサムくんをのぞき込んだ。「出かける前に着せ替えしましょうね」
そこ、着せ替えって言っちゃうんだ!
あかん、なんか頭痛くなってきた。悪い夢ならいつか覚めるんだろうか。
テーブルに座って食パンをかじっていると、妹の結の声が聞こえてくる。
「あー! お兄ちゃんもう起きてるー! 起こしにいく前に起きてるなんて、今日は嵐になるんじゃないかな、ねーお母さーん! 今日の天気なに? どうせ雨でしょ?」
「ブーーーー!!!!」
リビングに姿を現した妹を見て、飲みかけのミルクティーを盛大にふき出した。「あらあら、タカシも一緒に着せ替えしなくちゃね」という母親の声を右から左に受け流す。着せ替えじゃなくて着替えだよ。
「お前、なんで俺の部屋から抱き枕持ってきてんの!? じゃなくて、お前が抱き枕なのか」
「え、抱き枕?」と言いながら、抱き枕が首をかしげた。
抱き枕って、人形なのか?
「というか、頼むからパンツは履いて」
「なに言ってんの。パンツどころか、ほぼ全身タイツ着ているようなものなんだけど。これ以上重ね着したら、暑くてぶっ倒れちゃうわよ」
ああ、なるほど。それはあくまで模様なのね? じゃあ中に入っている枕がお前の本体であり、抱き枕カバーの表に描かれている裸の女の子は、服の模様みたいなもんだと。いや、ほんとかよ。
お前その格好で中学校行くの? 逮捕されちゃうよ? というか、俺の抱き枕カバー公衆の面前に晒すのやめようね?
「もし、世界中の女の子がみんな枕になっていたら、俺ちょっと泣いちゃうかも」
彼女がいないから抱き枕で我慢しているのであって、抱き枕が好きなわけじゃないからね!
「でも、抱き心地はいいわよ?」
「でしょうね」
なんか、突っ込むの疲れてきた。
昨日の夜、寝るまえに何か変なもの食べたっけ? もしかして俺、寝てるうちに死んで異世界転生でもしちゃったのかな?
状況把握に努めながら高校の制服に着替えを済ませると、ピンポーン、と家の呼び鈴が鳴った。「タカシー、和田くんが迎えに来たわよ」
「へいへーい」
和田もやっぱり人形になってんだろうなーと思いながら階段を下っていくと、想定の斜め上のその姿にもう一度ふき出した。
「汚いなあタカシ。朝からなんだよ」
「だってさ、お前わら人形になってんぞ」
和田の奴はなんとわら人形になっていた。もはや目も鼻も口もないし、怒ってるのか笑ってるのかすらわからない。
「何言ってんだ。俺の名前は和田だよ」
「これがほんとの、和田人形、なんてな」
「アハハ、朝から上手いじゃん」
「なぜだろう。すごくクギを打ち込みたい気分です」
平常心。平常心。
和田を見ていると頭がおかしくなりそうなので、あまり目を合わせずに外に出ることにした。
玄関を開けて空を見上げると、太陽はちゃんと太陽だった。
クソ構文みたいになってる。
なんだか当たり前のことにひどくほっとしてしまう。
だが、見渡した世界はやはりどこかおかしい。
リードでつないだ犬のぬいぐるみを人形が散歩させてるし、走っている車は全てミニカーだ。いや、大きさだけはリアルなんだけどね!
うーんと悩みながら隣の和田家を見上げて目が点になる。
「なあ、和田。お前の家、レゴブロックになってんだけど」
「なに言ってんの。今時の家は大抵レゴブロックでしょ」
「マジか。初耳だよ!?」
まさかと思って自分の家を振り返ると、案の定レゴブロックでできていた。色と形の再現度が無駄に高い。いや、中からだと普通の家だったんですけど。
人形にレゴブロックにミニカー。つまり? 世界の全てが造り物、いや、玩具になってしまったと?
わからない……元の世界に帰りたい。
気を取り直して、和田? と一緒に学校を目指して歩きはじめる。
すれ違うのは当然みんな人形だ。どう見ても着ぐるみですよねそれ? というのから、まるで変身ヒーローみたいな人まで居ていちいち突っ込みたくなるが、無駄に体力を消耗しそうなのでやめておく。
隣の和田がふってくる話題が『最近見たテレビ』とか、『クラスの気になる女の子』とか、普段通りなのが逆にシュールで反応に困る。
否が応でも相槌を打つだけになってしまう。
街並みがまるで精巧なジオラマセットのように見えてきて、どんどんリアリティが薄くなってきたような気がする。
「もしかして、タカシ具合わるい?」とわら人形、もとい、和田人形が心配してくるが、ええ、頭が痛いです。
「いや、なんでもね」
もしかして、気がついてないだけで俺も人形になってんの? と不安になって、洋服店のショールームに映った自分の姿を見たが、ちゃんと人間だった。
良かった。
いや、待てよ。この世界じゃ、人間のままである俺の方が異端なんじゃ?
頭を抱えそうになったそのとき、「タカシくーん」というハイトーンボイスが聞こえてくる。
これは! 俺の憧れの同級生、童夢ちゃんの声だ!
遠くの方から手を振りながら滑るように――文字通り滑るように向かってくる彼女は、十字架のような瞳を光らせ、鉛色のスカートをひるがえして……いや、ひるがえらないな。これ、鉛色っていうかほぼ鉛だからね!
スカートはスカートでも、これスカート付きだよ!
このネタ何人がわかるの?
「ヒート・サーベルにする? 拡散ビーム砲にする? それとも、ジャイアント・バ・ズ?」
「どれも嫌なんだけど!?」
◇
「わあっ!?」
直後ガバっと目覚めた場所は自分の部屋。カーテンの隙間から朝日が差しこんでいる。
なんだ夢か。だよな。そうだよな。どう考えても有り得なさすぎる。俺以外の全員が、人形とか抱き枕になっている世界なんて。
「まったく、驚かせやがって」
眠い目をこすりながら、俺はパジャマ姿で階下を目指した。
◆
パタン、と部屋の扉が閉じられたあと、棚に飾ってあったプラモデルのひとつがククク、と忍び笑いを漏らした。
本当の恐怖は、身近にひそんでいるのかもしれません。ほら、もしかすると、君のすぐ後ろに。
◇◇◇
『事実は小説より奇なり』という言葉を唱えたのは誰であったのか。
イギリスの詩人かそれとも文豪か。
そんなことはどちらでもいいが、現実に起こる出来事は、作られた物語の中で起こることよりも不思議で興味深いものだ、というこの言葉の意味を、俺はいま痛切に思い知っている。
俺が朝起きると、両親が人形になっていた。
何を言っているのかわからないと思うが安心してくれ。俺にもさっぱり意味がわからない。
ただひとつハッキリと言えるのは、夏休み明けの初日である今日、俺の親は人形になった。
何の前触れもなく、唐突に、だ。
◇
朝。眠い目をこすりながら俺がリビングに入ると、人形になった母親と、目が合った。いや、これ目が合ったっていえるのかな? だって、目も口も、まったく動いていないわけで。
どこからどう見ても、某有名メーカーの着せ替え人形の姿をしたソレに「母さん?」と恐る恐る問いかけると、「あら、おはよう、タカシ」と、そう答えた。どうやらこの母親は喋れるらしい
「マジカルかりんちゃん」と見たまんまで呼んでみた。
「あら、この子ったら頭でもオカしくなったのかしら? かりんちゃんじゃなくてお母ちゃんでしょ」
お母ちゃん? 俺、母親のことをそんな呼び方したことないぞ。ただの一度も。
「母さん、なんで人形になってんの?」
「なに言ってるの? 母ちゃん前から人形だったでしょ?」
キッチンに立っている母親は、ピンク色のドレスの上から白いエプロンを巻いている。正直絵面がキツい。
そうか。今見ているのが夢なのか、それとも、これまで見てきたのが夢なのか。取り敢えず頬っぺたをつねってみたが痛い。
思いのほか冷静な自分に自分で驚きながらテレビのニュース映像に目を向けるが、キャスターも女子アナも全て人形だった。マジか! 本当にこれは現実なのか?
「タカシ。今日は随分と早いじゃないか。いつもこのくらい早起きだと母さんも助かるんだがな」
はっはっはと笑う親父の声に嫌な予感がして顔を向けると、やはりというべきかそこにいたのは、マジカルかりんちゃんのボーイフレンド役であるイサムくんだった。ですよね、夫婦ですしね。
椅子に座り、両手で新聞を広げて文字を目で追って……。いや、追っているのかなアレ? やっぱり瞳は動いてないんだよな。
親父? は右手でコーヒーカップを掴むと、厳かな雰囲気で口に運び、「熱っつ」とスーツの胸元に盛大にコーヒーをこぼした。
「あれ? おかしいな。上手く飲めないみたいだ」
ですよね! 口開きませんしね!
「あらあらあなた、何やってるの」と母親? が心配そうにイサムくんをのぞき込んだ。「出かける前に着せ替えしましょうね」
そこ、着せ替えって言っちゃうんだ!
あかん、なんか頭痛くなってきた。悪い夢ならいつか覚めるんだろうか。
テーブルに座って食パンをかじっていると、妹の結の声が聞こえてくる。
「あー! お兄ちゃんもう起きてるー! 起こしにいく前に起きてるなんて、今日は嵐になるんじゃないかな、ねーお母さーん! 今日の天気なに? どうせ雨でしょ?」
「ブーーーー!!!!」
リビングに姿を現した妹を見て、飲みかけのミルクティーを盛大にふき出した。「あらあら、タカシも一緒に着せ替えしなくちゃね」という母親の声を右から左に受け流す。着せ替えじゃなくて着替えだよ。
「お前、なんで俺の部屋から抱き枕持ってきてんの!? じゃなくて、お前が抱き枕なのか」
「え、抱き枕?」と言いながら、抱き枕が首をかしげた。
抱き枕って、人形なのか?
「というか、頼むからパンツは履いて」
「なに言ってんの。パンツどころか、ほぼ全身タイツ着ているようなものなんだけど。これ以上重ね着したら、暑くてぶっ倒れちゃうわよ」
ああ、なるほど。それはあくまで模様なのね? じゃあ中に入っている枕がお前の本体であり、抱き枕カバーの表に描かれている裸の女の子は、服の模様みたいなもんだと。いや、ほんとかよ。
お前その格好で中学校行くの? 逮捕されちゃうよ? というか、俺の抱き枕カバー公衆の面前に晒すのやめようね?
「もし、世界中の女の子がみんな枕になっていたら、俺ちょっと泣いちゃうかも」
彼女がいないから抱き枕で我慢しているのであって、抱き枕が好きなわけじゃないからね!
「でも、抱き心地はいいわよ?」
「でしょうね」
なんか、突っ込むの疲れてきた。
昨日の夜、寝るまえに何か変なもの食べたっけ? もしかして俺、寝てるうちに死んで異世界転生でもしちゃったのかな?
状況把握に努めながら高校の制服に着替えを済ませると、ピンポーン、と家の呼び鈴が鳴った。「タカシー、和田くんが迎えに来たわよ」
「へいへーい」
和田もやっぱり人形になってんだろうなーと思いながら階段を下っていくと、想定の斜め上のその姿にもう一度ふき出した。
「汚いなあタカシ。朝からなんだよ」
「だってさ、お前わら人形になってんぞ」
和田の奴はなんとわら人形になっていた。もはや目も鼻も口もないし、怒ってるのか笑ってるのかすらわからない。
「何言ってんだ。俺の名前は和田だよ」
「これがほんとの、和田人形、なんてな」
「アハハ、朝から上手いじゃん」
「なぜだろう。すごくクギを打ち込みたい気分です」
平常心。平常心。
和田を見ていると頭がおかしくなりそうなので、あまり目を合わせずに外に出ることにした。
玄関を開けて空を見上げると、太陽はちゃんと太陽だった。
クソ構文みたいになってる。
なんだか当たり前のことにひどくほっとしてしまう。
だが、見渡した世界はやはりどこかおかしい。
リードでつないだ犬のぬいぐるみを人形が散歩させてるし、走っている車は全てミニカーだ。いや、大きさだけはリアルなんだけどね!
うーんと悩みながら隣の和田家を見上げて目が点になる。
「なあ、和田。お前の家、レゴブロックになってんだけど」
「なに言ってんの。今時の家は大抵レゴブロックでしょ」
「マジか。初耳だよ!?」
まさかと思って自分の家を振り返ると、案の定レゴブロックでできていた。色と形の再現度が無駄に高い。いや、中からだと普通の家だったんですけど。
人形にレゴブロックにミニカー。つまり? 世界の全てが造り物、いや、玩具になってしまったと?
わからない……元の世界に帰りたい。
気を取り直して、和田? と一緒に学校を目指して歩きはじめる。
すれ違うのは当然みんな人形だ。どう見ても着ぐるみですよねそれ? というのから、まるで変身ヒーローみたいな人まで居ていちいち突っ込みたくなるが、無駄に体力を消耗しそうなのでやめておく。
隣の和田がふってくる話題が『最近見たテレビ』とか、『クラスの気になる女の子』とか、普段通りなのが逆にシュールで反応に困る。
否が応でも相槌を打つだけになってしまう。
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「もしかして、タカシ具合わるい?」とわら人形、もとい、和田人形が心配してくるが、ええ、頭が痛いです。
「いや、なんでもね」
もしかして、気がついてないだけで俺も人形になってんの? と不安になって、洋服店のショールームに映った自分の姿を見たが、ちゃんと人間だった。
良かった。
いや、待てよ。この世界じゃ、人間のままである俺の方が異端なんじゃ?
頭を抱えそうになったそのとき、「タカシくーん」というハイトーンボイスが聞こえてくる。
これは! 俺の憧れの同級生、童夢ちゃんの声だ!
遠くの方から手を振りながら滑るように――文字通り滑るように向かってくる彼女は、十字架のような瞳を光らせ、鉛色のスカートをひるがえして……いや、ひるがえらないな。これ、鉛色っていうかほぼ鉛だからね!
スカートはスカートでも、これスカート付きだよ!
このネタ何人がわかるの?
「ヒート・サーベルにする? 拡散ビーム砲にする? それとも、ジャイアント・バ・ズ?」
「どれも嫌なんだけど!?」
◇
「わあっ!?」
直後ガバっと目覚めた場所は自分の部屋。カーテンの隙間から朝日が差しこんでいる。
なんだ夢か。だよな。そうだよな。どう考えても有り得なさすぎる。俺以外の全員が、人形とか抱き枕になっている世界なんて。
「まったく、驚かせやがって」
眠い目をこすりながら、俺はパジャマ姿で階下を目指した。
◆
パタン、と部屋の扉が閉じられたあと、棚に飾ってあったプラモデルのひとつがククク、と忍び笑いを漏らした。
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