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夢に繋がる架け橋~雨上がりの通学路~(現代・青春ドラマ)

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 お題⇒長靴、蛙、虹

※ ※ ※

 今朝からずっと降り続いていた雨は、下校時になってようやく止んだ。部活動休養日の今日、私は雨が止んだことで不要になった傘と、自主練習をするため学校から持ち帰ってきたトランペットのケースとを両脇に抱えて、晴れ間の見えた空を恨めしそうに眺めた。
 所々にできた、空色を映しこんだ水溜まりを避けながら歩いて行く。
 視線を外した瞬間水溜りを踏んでしまい、飛沫がぴしゃりと跳ねる。泥水が付いた制服のスカートを見て、あちゃあと眉をひそめた。
 汚れた場所を確認しようと屈むと、背中から数枚の楽譜が舞って水溜まりにぱしゃりと落ちる。どうやら鞄の蓋が開いていたらしい。

「ドジだなあ……」

 ため息混じりにしゃがんだとき、楽譜を拾い集める小さい手が視界に入った。私に先んじて楽譜を拾ってくれたのは、小学校一年生くらいの男の子だった。長靴を履いて、傘を持っている。

「はい。おねえちゃん」
「あ、ありがとう」

 彼は私に楽譜を渡そうとして、手元に視線を注いだまま動きが止まる。縫い止められたかのように、瞳が一点を凝視している。

「おたまじゃくし」
 とその男の子は言った。
「え?」
「おたまじゃくし知らない? 蛙の子どもなんだよ」
「いや、それは知っているよ。でも」

 まさかな、と思い足元の水溜まりを覗き込んだが、もちろんおたまじゃくしなんていない。

「どこにもいないよ」
「違うよ。おたまじゃくしっていうのは、これ」

 私の言葉を遮って、男の子が楽譜を眼前に突き出してくる。しっとりと濡れてしまった紙の上に並んでいるのは、いくつもの音符だ。

「ああ。それがおたまじゃくしに見えるって話ね」

 男の子いわく。お母さんが楽譜を見せながら、おたまじゃくし、と教えたんだそうだ。なるほど、わかり易いたとえかも。

「ママのこと好き?」
 楽譜を受け取ってそう訊ねると、
「好き」と男の子は頷いた。「でも、ママにはもう会えないんだ」
「会えない?」
 
 アマチュアのトランペット奏者だった男の子の母親は、昨年末に病気で死んでしまったのだという。病名が彼の口から語られることはなかったが、発症から亡くなるまでの経過を聞くとおそらくは癌か。プロ転向を目指していた母親の夢は、志半ばで絶たれた、ということらしい。沈痛な面持ちの男の子を見て、聞かなきゃ良かった、と少し後悔した。

「そうなんだ。辛いこと聞いちゃってごめんね」
「ううん、平気」
「ねえ、君」
「なに、おねえちゃん」
「私の中学、そこの丘の上にあるんだけど、来週の日曜日に来られない? お姉ちゃんたちね、文化祭でコンサートをやるんだよ」
 そう言って、左肩に提げていたトランペットのケースをぽんぽんと叩く。
「私、こう見えて上手いんだから」
「うーん」

 男の子はしばらくの間唸っていたが、しばしして、「パパに聞いてみるね」と笑顔になった。

「ボク。大きくなったら、ママみたいな音楽家になりたいんだ。だからおねえちゃんの演奏興味あるよ」
「そっか、素敵な夢だね」

 別れ際に、もう一度だけ男の子を呼び止める。

「ママが好きだった歌の名前。なにか覚えていない?」

 子どもだから記憶にないかな、とダメ元で尋ねてみると、彼は意外にも淀みなく答えた。

 ──『夢』だよ、と。

「そっか、夢か。いい曲だね」

 男の子と別れたあと、住宅街を歩きながら考える。うん、過去に演奏したことのある曲で良かった。来週までに文化祭の演奏曲を一個増やしたいんだ、なんて言ったら部長は怒るだろうな。でも、なんだかんだで先生に掛け合ってくれるはず。
 私には、男の子の母親の夢を継ぐことは到底できそうにない。けれど、叶わなかった夢は、きっと男の子かれが引き継いでくれるはず。

 だから私にできることは、そっと彼の背中を押すことだけだ。

 見上げた雨上がりの空に、大きく弧線を描く虹が見えた。

 それはまるで、男の子を夢に向かっていざなう架け橋のようだった。
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