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私はいま、恋をしている。(現代・青春ドラマ)

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お題⇒ アイドル、歌、ライブ
 内輪ネタあります。失礼なところあったらごめんなさい(苦笑)

◇◇◇

 暗い印象を見る者に与える、重い黒色のショートボブ。化粧を施してなお、はっきりとしない目鼻立ち。鏡を覗き込むたびに、冴えない自分の姿に溜め息を落としそうになる。

「雪菜、まだ化粧終わらないのかしら?」

 皮肉めいた声が背中の方から聞こえ振り返ると、白を基調としたステージ衣装に身を包んだかなんさんが立っていた。

「すいません、私、要領が悪いもので」

 私の名前は雪菜ゆきな。六人組の地下アイドルグループ『サマー・ライド・ガールズ』のメンバーである。場所はステージ裏にある控え室。後三十分でライブが始まるというのに、いつも私はこんな感じだ。

「いつも言っているでしょう? 時間は三分割にして上手く使いなさいと? 最初の三分で下地塗り。次の三分で、化粧仕上げ。最後の三分で衣装と歌の調整よ? 分かっているのかしら?」

 かなんさんの三分割理論が、また始まった。もう正直耳に胼胝たこができる程聞かされているのだが、気弱な私は当然そんなこと言えるはずもない。
 結局、殊勝な態度ですいません、と頭を下げるに留めた。

「まあまあ、かなん。雪菜じゃどうしようもなくてよ、オホホ。こんな大きいステージに立つのも久しぶりなので、おおかたビビッているんでしょう? お漏らしでもしなければ良いのですが」

 高飛車な態度で口を挟んできたのは、オレンジの衣装ドレスに身を包んだイカさん。
 むしろお漏らしをしたのはあなたでしょう? 私聞いたことありますよ。昔、ステージの上でお漏らしした事あるって、なんて皮肉は言わずに飲み込んでおく。

「ほんとだ~。雪菜ったら、緊張で脇汗が滲んでる! 汚いわねえ!」

 赤がイメージカラーのいちごさんが横槍を入れてくる。驚いて自分の脇の下を確認したけれど、なんでもなかった。驚かせないでくださいよ。脇汗を常に気にしてるのはあなたの方でしょう。

「ほら、あと十分。無駄話してないで、自分の立ち位置とか歌の反芻と確認でもしてなさい」

 リーダーである黒那くろなさんが彼女らを窘めると、はーい、と口々に気のない返事をしながら、三人は控え室を出ていった。

「それはそうと、雪菜。あなたも急ぎなさい」
「は、はい」
「ん……ところで香菜かなは?」
「香菜さんなら、今日は地方巡業ですよ。なんでも、ひらがなかたかな、とかいう着ぐるみをきて営業らしいです」

 黒那さんが天井を見上げる。

「ああ、そうだっけ? すっかり忘れてたわ」

 彼女は時々こんなことがある。なんでもメンバーが多くなり過ぎて、スケジュールを把握できなくなってるらしい。六人が多すぎるのかどうかについては、私もよくわかんないけれど。

「兎に角、急ぎなさい」
「はい──」

* * *

 ステージ袖。
 イメージカラーである黄色のステージ衣装を着た私は、緊張気味に裾や襟の状態を整えていた。
 さっきは茜さんに内心で強がってみせたけれど、緊張しているのは本当だ。

『では、お呼びしましょう! サマー・ライド・ガールズのメンバーです!』

 マイクパフォーマンスの声に応じて、私達は次々とステージの上に躍り出る。
 目を瞑ったまま飛び出して、ステージの中央まで進んだ辺りで恐る恐る目を開ける。
 会場は中堅都市なのだから、そこまで大きいステージではない。それでも観客席は超満員だった。赤。黒。オレンジ。白。緑──本日欠席の香菜さんのイメージカラー──の団扇が左右に揺れる。
 また今日も黄色はなかった。欠席の香菜さんのファンだっているのに。
 思わず唇を噛み締めたその時、観客席の端。視界の隅に揺れる黄色の団扇がひとつ。

「雪菜さん!」

 懸命に声を絞り出して、団扇を振る女子高生の姿が見えた。
 彼女と出会ったのは、丁度半年ほど前だったろうか。雪の降る寒い日だった。
 今日も自分のファンは居なかったと俯いて会場を後にした私に声を掛けてくれたのが彼女。黄色の団扇を抱き、「雪菜さんのファンなんです」と顔を赤らめて手を差し出してきた姿を見た時の衝撃は今でも忘れられない。
 不貞腐れていた自分が恥ずかしかった。
 一つだけ揺れていたであろう、黄色の団扇を見逃していた自分が情けなかった。

 ──ありがとう。

 滲んだ視界の中、震える声で、震える指先で、私は彼女の握手に応じた。

 あれから、私は変われた。
 確かに私は歌もダンスも得意じゃない。見た目だってたぶんメンバーの中で一番地味だ。ステージでの立ち位置だって常に後方なのだから。

 それでも、私は踊る。
 たった一人。私のために声を張ってくれる彼女のために。

「今日は、宜しくお願いします。最後まで盛り上がっていきましょう!」

 両手を大きく広げて、ボルテージが上がる会場の声に応える。
 スポットライトの中心に居るのはきっと私じゃない。けれど、誰よりも一番輝いているのは私。
 だって私は──



 今、恋をしているのだから。
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