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第四章:桐原悠里のトラウマ
『桐原悠里のトラウマ④』
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花火の日。桐原が流した涙の意味をもう少し掘り下げて考えていれば、彼女の心に潜んでいた闇にもっと早く気づけたんじゃないのか?
彼女が時々、化粧で痣を隠していた事実に気づけていれば、最悪の事態は防げたんじゃないのか?
強い言葉を口にして、届きもしない理想を常日頃から掲げているわりに俺は臆病で、桐原の心が既にボロボロだとわかっていたのに、手を差し伸べることなくただ傍観し、こんな状況になるまで見過ごして、そのことに今更のように後悔して……
女の子一人すら守れない――とんだ、臆病者だ。
奥歯を強く噛み締める。歯が欠けてしまうんじゃないかと思うほど痛みが出る。いっそ欠けてしまえと、呪詛の言葉が零れ落ちる。
その時不意に、思考の中にある全ての情報が、線となり繋がった気がした。
桐原は、失恋のショックを抱え絶望していくなかで、それでも必死にあがき続けた。ジュリエットという役割を演じることで、慎吾への想いを体現していた。偽りの姿が最後のよりどころであり、逃げ道だったからこそ、ジュリエットという役割から一旦降りてしまうと、何も変えられない自分、絶望した自分の姿が浮き彫りになって、心が動かなくなっていたのだろう。
だが、不幸はこれで留まらない。続いて彼女を襲った性的暴行の恐怖。たび重なる精神的ショックから、遂に部屋から一歩も出られなくなった。
これは俺の憶測だ。登校する振りをして一旦家を出たあと、母親の出勤を確認してから家に戻り、施錠をして閉じこもっていたんだろう。
しかし、一日中膝を抱え、自室にこもり続ける毎日にも限界が訪れようとしている。
……閉ざされた心。積み重なっていく不幸。ジュリエットという偽りの自分を演じることもできなくなり、塞ぎこむ日々。このまま放っておけば、間違いなく桐原は最悪の決断を自身に下す。
実に危なかった。あと数日行動が遅れていたらと思うとぞっとする。
自殺志願者に対する誤解の一つに、『死にたがっている』という受け取り方がある。だがこれは間違いだ。死にたい人間などそもそもいない。
彼らは、『痛みを終わらせたいと願っている』。こちらが正しい。そして、常日頃からストレスに晒され、溜め続けている人間ほど、この思考に陥り易い。だから、障害を持っている桐原悠里は危険なんだ。
それでもアイツは、まだ、生きることへの執着を捨てていない。
だからこそ、閉ざした心のなかで一度だけLineでの返信を行った。わざわざ苦しくも恥ずかしい実情を明かした上で、遺書めいたメールを公開した。遺書を残すのは、未練がある証。これは桐原から発信された、本当の意味で”最後のSOS”だ。
くそったれ。辛かったら打ち明けてくれよな。苦しかったら頼ってくれよな。
……それともあれか? 俺、そんなに信用ないか?
確かに今年の夏頃までは、お前のこと、あんま好きじゃなかった。でも、今は違うんだ。
俺さ、お前に頼って欲しいんだよ。お前のことを考えると、なんだか胸のあたりがモヤモヤするんだよ。なんなんだよ、コレ? このモヤモヤの正体、誰か教えてくれよ?
堂々巡りの思考の中、目的地である歩道橋の姿を捉える。
はたしてそこに桐原はいた。歩道橋の上、そのど真ん中。あの日と同じように、虚ろな表情で真下の路上に視線を落としていた。彼女がいたことに一旦安堵したが、楽観した気持ちはすぐ追い払った。
悪い予測ほどよく当たるもので、痺れる両足を叱咤しながら走り続けるなか、桐原の両手が手すりの上に掛かるのが見えた。
【自殺】
それは、自分で自分を殺すことである。自害、自死、自決、自尽などとも言い、状況や方法で表現を使い分ける場合がある。世界保健機関 (WHO)によると、世界で毎年約八十万人が自殺している。自殺は、各国において死因の十位以内に入り、特に十五~二十九歳の年代では二位になっていると報告している。
辞書で見た言葉が、そのまま脳内で再生される。
死因で二位だって?
それがどうかしたか?
関係ないね?
俺が死なせない。俺が桐原を死なせない!
歩道橋の階段を、勢いを緩めることなく駆け登る。
桐原。お前さ、何気に凄い奴だよ。聴覚障害というハンディキャップを抱えているのに、俺より全然頭が良いじゃねーか。俺みたいに好き、という感情をフワつかせることもなく、一途に慎吾の奴だけを想っているじゃねーか。台本を見て台詞をなぞらえるだけの俺と違って、あんなにも情熱的な演技ができるじゃねーか。
やっぱり、お前凄いよ。
だからさ……死んじゃダメだって……
歩道橋の上まで到達すると、手すりに片足を乗せようとしている桐原の姿が目に飛び込んできた。だが、彼女の動きはかなり緩慢に見える。
確信した。やはりアイツは、まだ未練を引き摺っている。このまま死んでいいのかと悩んでいる。絶望の淵で桐原をギリギリ押し留めているもの。たぶんそれは、慎吾への恋心。
くそ、こんなときにまでお前に嫉妬しちまうなんてな。もうちょっとだけ彼女を繋ぎ止めてくれよ慎吾!
「きりはらああああ!!!」
彼女の耳に届かないと知りつつも、心の声が叫びとなってそのまま漏れる。そっか……ようやくわかったよ。俺の心中に広がっているモヤモヤの正体。俺さ、お前のこと。
「まだ死んじゃダメだ! オレのために生きてくれ桐原!」
──好きなんだよ。
叫び声を上げながら走っていく、みっともない俺。
滲んだ視界のなか、俺の気配に気づいた桐原が振り返る。しかし今は、細かい事情を伝える暇も答える暇もない。まずは、手すりの上から彼女を下ろすのが最優先。
「変なトコに触られたとか、あとで文句言うんじゃねーぞ!」
ガバっと背中から桐原を抱きすくめると、手すりに膝まで乗っていた体を無理やり引きずり下ろした。体重を支え切れずにバランスを崩すと、背中から倒れ込むようにして歩道橋の上に二人で転がった。
下敷きになっている俺に気づいた桐原が、声にならない悲鳴を上げて飛び退いた。
一方で俺は、右手に何やら柔らかい感触があったな、とバカみたいな感想を抱いていた。いや、そんな甘美な余韻に浸っている場合じゃない。
むくりと上半身だけを起こすと、彼女に語りかける。
覚えたての、手話で。
『間に合って、良かった。桐原、早まっちゃダメだ』
彼女は捲くれ上がっていたスカートの裾を直すと、瞠目してこう返した。
『どうして、手話を?』
『最近、覚えた。桐原と、ちゃんと話がしたかったから』
ごくり、と彼女が喉を鳴らした。その瞳は潤んでいて、今にも泣き出しそうだ。
『本気で死のうなんて、考えていたのか?』
『毎日、考えてた』
『そうか。辛かったな桐原。でもダメだ。死んじゃったら、ダメだ。それと、文芸部のパソコンに届いていたメールも見た。それで、心配になって、捜しにきたんだ』
膝を正して座り直すと、桐原がこくんと頷いた。そんな彼女の真正面に移動し、正座してしっかり目を合わせた。
『ええと。凄く訊きにくいんだけど、乱暴された内容も、全部見た。結局、母親に相談したのか?』
こちらを軽く睨んだのち、桐原が首を横に振る。
『教えていない』
『どうして? 相談しないとダメだ』
絶対に言わないとダメだと思った。特に、家族や顔見知り (正確に言えば、これから家族になる可能性のある人間だが)による性犯罪は、他のあらゆるケースよりも再犯率が高い。
『ママにも危害が及ぶの、怖い。それに、これ以上迷惑、かけたくない』
『それはわかる。けれど、お前一人で抱え込んじゃダメだ』
『それに』と彼女が険しい顔で再び俺を睨んだ。『私の存在が、ママの重荷になっている』
『それは、違う』
『違わないよ! 阿久津君に何がわかるの? 私の存在そのものが疎ましかったから、パパとママは毎日喧嘩を繰り返して、それが原因となって離婚したんだよ?』
『違う。それは断じて違うぞ、桐原』
桐原が向けてくる負の感情を、真向から否定した。
正しくいえば、障害を持っている娘の存在が負担になっていたのは確かだろう。だが、娘の存在を疎ましく感じたり、ましてや迷惑だなんてそんなのありえない。そのこと自体は、先日父親と話をしたことでわかっている。
『昨日、桐原の親父さんと会って、話をしたんだ』
桐原の顔が驚きの色に染まる。口がわなわなと動いている。何か、言いたそうだ。
『父親に、文化祭の話を教えた。なんて言ってたと思う? 娘の演技を見にくるのが、楽しみだとそう言ったんだ』
『そんなの嘘だ』
『嘘じゃない。それに、親父さん言ってた。今でもお前のことを愛しているって』
『それこそ嘘だよ。だってパパは、もうずっと私に会いに来てくれてない』
桐原は再び否定した。だが、過敏過ぎるその反応は、むしろ、彼女がどれだけ父親の愛に飢えていたのかを、暗に示していた。
『仕事の都合で、海外に赴任していたらしい。だが、今年の春頃こっちに戻ってきたそうだから、ちゃんと文化祭にも来てくれるよ。だからさ、そのとき暴行された件、父親にも相談してみよう』
家族みんなで過ごしていた平穏な日々の記憶が蘇っているのだろうか。感傷とか、動揺とか、複雑な感情を滲ませて彼女の顔が歪んだ。
『でも……。私がいるとみんなが不幸になる。私は不幸を呼び込む子だから。それに、私一人いなくなったところで、誰も悲しまない』
頭をかきむしるようにして、桐原は自分の全てを否定した。
『それこそ、間違い (思い違いだ)だ!』
昂ぶった感情を自制できず、身を乗り出してしまう。
『お前がいなくなっても、恭子や律が、涙一つ流さないとでも思っているのか? 慎吾と美也が、後悔の言葉一つ、漏らさないとでも思っているのか?』
『それは』強い非難の色を湛えていた瞳が、悲しみの色に変化してゆく。彼女の頬を、一筋の涙が伝い落ちた。『……でも、私がいなくなっても誰も困らない。ジュリエットだって、誰かが代わりに演じる』
拒絶の言葉を並べつつも、涙で滲んだ瞳を逸らした。遂に桐原は、俺の目を直視できなくなった。自身の選択が間違いだったと気づき、後悔し始めている。あと一押しで、彼女の心は開くはず。
『そりゃそうだ』と俺は言った。『あらゆる事態を想定するのは、当たり前のこと。桐原が欠席することも考えて、優花里がジュリエットの演技を練習している。けど、そんなもん優花里の本心じゃない』
桐原は首を横に振った。『嘘だよ――』
『嘘じゃない!』と俺は即座に否定する。
『恭子と律、言ってた。私たち親友だったのに、気持ち、気づいてやれなくてゴメンねと。優花里は先ほども言ったように、お前の代役を務めるべく、必死になって台詞を覚えている。でも、本当は毎日、お前が登校してくるのを待ってる。優花里が毎朝、窓の外を眺めているのを俺は知ってる。美也は最初、お前のこと嫌っていたらしい。けど、今日誰よりもお前のことを心配し、涙を流してくれたのも彼女だ。これから良い友人になれると思うから、心、開いてやって欲しい。もちろん、二階堂も、太田も、果恋も、みんなお前が来るの、待ってる。当然慎吾だって、今、お前のこと必死で捜しているんだ。最初に見つけたのが、アイツじゃなくて俺だったの、なんて言うか、ゴメン』
覚えたての、たどたどしい俺の手話で、ここまで正確に伝えられたかは甚だ疑問だ。それでも構わず、声と手話で同時に訴えた。みんなの気持ちと、俺の気持ちが届くように。
そうさ、美也や慎吾ばかりじゃない。あともう一人――お前が学校に来てくれることを俺が待っている。誰よりも強く。
桐原は既に泣いていた。止め処なく頬を伝い落ち、肩口を濡らし続ける涙を拭おうともせず、泣き続けていた。
やがて彼女は、ふう……と一つ息を吐いてから手話を刻んだ。
『私、勘違いしていたのかな?』
『ああ、そうだな』
『私が、悪かったのかな?』
『別に、お前は悪くないさ』
俺こそ、今まで気づいてやれなくて、ゴメンな。
『ありがとう。こんな私に手を差し伸べてくれて。私が学校に行ったら、みんな待っていてくれるかな』
『ああ、もちろん待っている』
桐原が伝え終わるよりも早く、俺は彼女の細い体を正面から抱きしめた。それこそ、反射的に。そして、また、やってしまった、と大いに狼狽えた。自分の行動に驚いて両手を離したが、桐原の体は密着したまま離れない。あろうことか、彼女も俺の背中に手を回して抱きついていた。
どうすればいいんだこの状況? 俺はアテもなく彷徨わせていた両腕を、恐る恐る彼女の背中に回した。
俺の胸に顔を埋め、桐原が咽び泣きを始めた。彼女の涙が乾くまで、今は存分に泣かせてやろうと思った。
こんな俺の胸でいいのなら、安いもんだ。
暫くして、桐原の嗚咽も治まってくる。呼吸も、穏やかなリズムを刻み始めた。俺は、鮮やかなアッシュグレイの頭髪を、愛しげに指ですいた。
『誰も、桐原のことを嫌ってなんかいない。障害を持っていることで、両親がお前を責めたことだって一度もないだろう?』
『うん、わかってる。何でも悪い方向に考えて、自分の存在を疎ましく感じていただけなのも。勝手に悲観して、塞ぎこんで、色々なことを諦める癖がついていたことも』
寄せていた体を一旦離して、彼女は言った。
『だから、やめる。自分の存在を嫌いだと思うのも。他人の顔色ばかり窺って生きていくことも。だから、学校……行くよ』
人が一番脆くなる瞬間。それは、自分に対して嫌悪感を抱いてしまったとき。他人からの視線に怯え、自身を矮小で守る価値のない存在だと決定付けてしまったとき、ふと、自傷行為に走ったり、全ての事柄を諦めてしまうのだ。
だから桐原の発言は、良い兆候だと思った。
『うん、頑張ろう。俺も手伝う』
手話でそう伝えたあと、そうさ、二人で頑張ろう、と心中で一人誓う。二人でという単語に特別な意味を見出して、何やら面映ゆい。
そのとき、桐原が俺の胸元をくいと引っ張った。何、と思いながら視線を落とすと、彼女の潤んだ瞳が眼前にあった。
この段階まで俺は、桐原と抱き合っていたのを失念していた。心臓が大きく飛びはねる。彼女の頬がみるみるうちに朱に染まる。桐原は照れくさそうに伏し目になると、『お願いします』と手話で伝えてくる。その反応にまた居た堪れなくなって、視線を逸らしながら答えた。『当然だ』と。
『二人で演劇やろう。お前が演じて、俺が台詞を乗せるジュリエットは世界でただ一つ。二人で完成させよう』
『うん』と桐原は笑顔になった。『私、もう一度演劇の練習をするよ。ジュリエットも、ちゃんと演じきるから』
そうだな、と同意したのち、俺は追加でこう提案した。
『それからもう一つだけ、桐原に頑張って欲しいことがある』
『なに……?』
『お前の気持ち、ちゃんと慎吾に伝えよう。美也には少し悪いけど、正々堂々と勝負するべきだ』
『……でも』
桐原が首を横に振って逡巡する。
『確かに、勝算は薄いかもしれない。けれどお前の気持ち、このまま心の奥底に隠したままで良いのか?』
桐原の顔が、再び真っ赤になる。落ち着きなく、視線を彷徨わせる。地面を見つめ考え込む。諦めたように空を見上げる。ころころと変化する表情。面白い。
やがて観念したように、桐原はこう告げた。
『わかった……』
うんヤバい、最高に可愛い。
思わず笑うと、彼女はちょっとだけ拗ねた顔をした。それから、『告白するとき、協力してくれる?』と訊ねてきた。煽ったのは俺だし乗りかかった舟だ、やむを得まい。複雑な心境を胸の内に秘めたまま『もちろん』と頷いた。
そうして二人、歩道橋の上。作戦会議に移る。
桐原が提案してきたプランは思いの外大胆なもので、驚いてしまう。こりゃあ委員長の二階堂に、後で大目玉を喰らうのは確定だ。けど、すげー面白そう。慎吾の驚く顔が目に浮かぶ。『よし。じゃあそれで行こう』と同意して、細かい調整に入った。
相談を終え、最後に『両親にも、乱暴された件ちゃんと報告してね』と念押ししたあとで、一番言いにくかったことを訊ねてみる。
『なあ、乱暴されたとき。その、最後までされたのか?』
気まずさのあまり、主語も述語もメチャクチャな質問になってしまったが、桐原は察してくれたようで、顔を俯かせたまま首を横に振って否定した。
強張っていた全身の力がようやく抜けて、その場にへたり込んだ。それで充分だった。おそらくは、行為に及ぶ直前に、タイミングよく母親が帰って来てくれたのだろう。いや、全然良くはないが、それでも、どこの馬の骨かわからん男に、桐原の純潔が穢されていなかったことに安堵した。万が一そんな事態になってでもいたら、彼女の代わりに俺が歩道橋の上からダイブするところだった。
『じゃあ、帰ろうか。家まで送るよ』
躊躇いがちに手を差し出すと、桐原が俺の指先をぎゅっと握る。
恥ずかしそうに逡巡する姿を想像していた俺の心が、彼女の笑顔に射抜かれる。
……なんなのその顔、反則。
不覚にも俺の方が狼狽えてしまい、頭の中が真っ白になる。そのまま終始無言で、彼女の家までの道を歩いた。
思考を放棄していた俺の脳みそが、『桐原が見つかった報告を、慎吾にしていなかった』と思い出すのは、もう暫く先の話。
めっちゃ怒られたのは、言うまでも──ない。
彼女が時々、化粧で痣を隠していた事実に気づけていれば、最悪の事態は防げたんじゃないのか?
強い言葉を口にして、届きもしない理想を常日頃から掲げているわりに俺は臆病で、桐原の心が既にボロボロだとわかっていたのに、手を差し伸べることなくただ傍観し、こんな状況になるまで見過ごして、そのことに今更のように後悔して……
女の子一人すら守れない――とんだ、臆病者だ。
奥歯を強く噛み締める。歯が欠けてしまうんじゃないかと思うほど痛みが出る。いっそ欠けてしまえと、呪詛の言葉が零れ落ちる。
その時不意に、思考の中にある全ての情報が、線となり繋がった気がした。
桐原は、失恋のショックを抱え絶望していくなかで、それでも必死にあがき続けた。ジュリエットという役割を演じることで、慎吾への想いを体現していた。偽りの姿が最後のよりどころであり、逃げ道だったからこそ、ジュリエットという役割から一旦降りてしまうと、何も変えられない自分、絶望した自分の姿が浮き彫りになって、心が動かなくなっていたのだろう。
だが、不幸はこれで留まらない。続いて彼女を襲った性的暴行の恐怖。たび重なる精神的ショックから、遂に部屋から一歩も出られなくなった。
これは俺の憶測だ。登校する振りをして一旦家を出たあと、母親の出勤を確認してから家に戻り、施錠をして閉じこもっていたんだろう。
しかし、一日中膝を抱え、自室にこもり続ける毎日にも限界が訪れようとしている。
……閉ざされた心。積み重なっていく不幸。ジュリエットという偽りの自分を演じることもできなくなり、塞ぎこむ日々。このまま放っておけば、間違いなく桐原は最悪の決断を自身に下す。
実に危なかった。あと数日行動が遅れていたらと思うとぞっとする。
自殺志願者に対する誤解の一つに、『死にたがっている』という受け取り方がある。だがこれは間違いだ。死にたい人間などそもそもいない。
彼らは、『痛みを終わらせたいと願っている』。こちらが正しい。そして、常日頃からストレスに晒され、溜め続けている人間ほど、この思考に陥り易い。だから、障害を持っている桐原悠里は危険なんだ。
それでもアイツは、まだ、生きることへの執着を捨てていない。
だからこそ、閉ざした心のなかで一度だけLineでの返信を行った。わざわざ苦しくも恥ずかしい実情を明かした上で、遺書めいたメールを公開した。遺書を残すのは、未練がある証。これは桐原から発信された、本当の意味で”最後のSOS”だ。
くそったれ。辛かったら打ち明けてくれよな。苦しかったら頼ってくれよな。
……それともあれか? 俺、そんなに信用ないか?
確かに今年の夏頃までは、お前のこと、あんま好きじゃなかった。でも、今は違うんだ。
俺さ、お前に頼って欲しいんだよ。お前のことを考えると、なんだか胸のあたりがモヤモヤするんだよ。なんなんだよ、コレ? このモヤモヤの正体、誰か教えてくれよ?
堂々巡りの思考の中、目的地である歩道橋の姿を捉える。
はたしてそこに桐原はいた。歩道橋の上、そのど真ん中。あの日と同じように、虚ろな表情で真下の路上に視線を落としていた。彼女がいたことに一旦安堵したが、楽観した気持ちはすぐ追い払った。
悪い予測ほどよく当たるもので、痺れる両足を叱咤しながら走り続けるなか、桐原の両手が手すりの上に掛かるのが見えた。
【自殺】
それは、自分で自分を殺すことである。自害、自死、自決、自尽などとも言い、状況や方法で表現を使い分ける場合がある。世界保健機関 (WHO)によると、世界で毎年約八十万人が自殺している。自殺は、各国において死因の十位以内に入り、特に十五~二十九歳の年代では二位になっていると報告している。
辞書で見た言葉が、そのまま脳内で再生される。
死因で二位だって?
それがどうかしたか?
関係ないね?
俺が死なせない。俺が桐原を死なせない!
歩道橋の階段を、勢いを緩めることなく駆け登る。
桐原。お前さ、何気に凄い奴だよ。聴覚障害というハンディキャップを抱えているのに、俺より全然頭が良いじゃねーか。俺みたいに好き、という感情をフワつかせることもなく、一途に慎吾の奴だけを想っているじゃねーか。台本を見て台詞をなぞらえるだけの俺と違って、あんなにも情熱的な演技ができるじゃねーか。
やっぱり、お前凄いよ。
だからさ……死んじゃダメだって……
歩道橋の上まで到達すると、手すりに片足を乗せようとしている桐原の姿が目に飛び込んできた。だが、彼女の動きはかなり緩慢に見える。
確信した。やはりアイツは、まだ未練を引き摺っている。このまま死んでいいのかと悩んでいる。絶望の淵で桐原をギリギリ押し留めているもの。たぶんそれは、慎吾への恋心。
くそ、こんなときにまでお前に嫉妬しちまうなんてな。もうちょっとだけ彼女を繋ぎ止めてくれよ慎吾!
「きりはらああああ!!!」
彼女の耳に届かないと知りつつも、心の声が叫びとなってそのまま漏れる。そっか……ようやくわかったよ。俺の心中に広がっているモヤモヤの正体。俺さ、お前のこと。
「まだ死んじゃダメだ! オレのために生きてくれ桐原!」
──好きなんだよ。
叫び声を上げながら走っていく、みっともない俺。
滲んだ視界のなか、俺の気配に気づいた桐原が振り返る。しかし今は、細かい事情を伝える暇も答える暇もない。まずは、手すりの上から彼女を下ろすのが最優先。
「変なトコに触られたとか、あとで文句言うんじゃねーぞ!」
ガバっと背中から桐原を抱きすくめると、手すりに膝まで乗っていた体を無理やり引きずり下ろした。体重を支え切れずにバランスを崩すと、背中から倒れ込むようにして歩道橋の上に二人で転がった。
下敷きになっている俺に気づいた桐原が、声にならない悲鳴を上げて飛び退いた。
一方で俺は、右手に何やら柔らかい感触があったな、とバカみたいな感想を抱いていた。いや、そんな甘美な余韻に浸っている場合じゃない。
むくりと上半身だけを起こすと、彼女に語りかける。
覚えたての、手話で。
『間に合って、良かった。桐原、早まっちゃダメだ』
彼女は捲くれ上がっていたスカートの裾を直すと、瞠目してこう返した。
『どうして、手話を?』
『最近、覚えた。桐原と、ちゃんと話がしたかったから』
ごくり、と彼女が喉を鳴らした。その瞳は潤んでいて、今にも泣き出しそうだ。
『本気で死のうなんて、考えていたのか?』
『毎日、考えてた』
『そうか。辛かったな桐原。でもダメだ。死んじゃったら、ダメだ。それと、文芸部のパソコンに届いていたメールも見た。それで、心配になって、捜しにきたんだ』
膝を正して座り直すと、桐原がこくんと頷いた。そんな彼女の真正面に移動し、正座してしっかり目を合わせた。
『ええと。凄く訊きにくいんだけど、乱暴された内容も、全部見た。結局、母親に相談したのか?』
こちらを軽く睨んだのち、桐原が首を横に振る。
『教えていない』
『どうして? 相談しないとダメだ』
絶対に言わないとダメだと思った。特に、家族や顔見知り (正確に言えば、これから家族になる可能性のある人間だが)による性犯罪は、他のあらゆるケースよりも再犯率が高い。
『ママにも危害が及ぶの、怖い。それに、これ以上迷惑、かけたくない』
『それはわかる。けれど、お前一人で抱え込んじゃダメだ』
『それに』と彼女が険しい顔で再び俺を睨んだ。『私の存在が、ママの重荷になっている』
『それは、違う』
『違わないよ! 阿久津君に何がわかるの? 私の存在そのものが疎ましかったから、パパとママは毎日喧嘩を繰り返して、それが原因となって離婚したんだよ?』
『違う。それは断じて違うぞ、桐原』
桐原が向けてくる負の感情を、真向から否定した。
正しくいえば、障害を持っている娘の存在が負担になっていたのは確かだろう。だが、娘の存在を疎ましく感じたり、ましてや迷惑だなんてそんなのありえない。そのこと自体は、先日父親と話をしたことでわかっている。
『昨日、桐原の親父さんと会って、話をしたんだ』
桐原の顔が驚きの色に染まる。口がわなわなと動いている。何か、言いたそうだ。
『父親に、文化祭の話を教えた。なんて言ってたと思う? 娘の演技を見にくるのが、楽しみだとそう言ったんだ』
『そんなの嘘だ』
『嘘じゃない。それに、親父さん言ってた。今でもお前のことを愛しているって』
『それこそ嘘だよ。だってパパは、もうずっと私に会いに来てくれてない』
桐原は再び否定した。だが、過敏過ぎるその反応は、むしろ、彼女がどれだけ父親の愛に飢えていたのかを、暗に示していた。
『仕事の都合で、海外に赴任していたらしい。だが、今年の春頃こっちに戻ってきたそうだから、ちゃんと文化祭にも来てくれるよ。だからさ、そのとき暴行された件、父親にも相談してみよう』
家族みんなで過ごしていた平穏な日々の記憶が蘇っているのだろうか。感傷とか、動揺とか、複雑な感情を滲ませて彼女の顔が歪んだ。
『でも……。私がいるとみんなが不幸になる。私は不幸を呼び込む子だから。それに、私一人いなくなったところで、誰も悲しまない』
頭をかきむしるようにして、桐原は自分の全てを否定した。
『それこそ、間違い (思い違いだ)だ!』
昂ぶった感情を自制できず、身を乗り出してしまう。
『お前がいなくなっても、恭子や律が、涙一つ流さないとでも思っているのか? 慎吾と美也が、後悔の言葉一つ、漏らさないとでも思っているのか?』
『それは』強い非難の色を湛えていた瞳が、悲しみの色に変化してゆく。彼女の頬を、一筋の涙が伝い落ちた。『……でも、私がいなくなっても誰も困らない。ジュリエットだって、誰かが代わりに演じる』
拒絶の言葉を並べつつも、涙で滲んだ瞳を逸らした。遂に桐原は、俺の目を直視できなくなった。自身の選択が間違いだったと気づき、後悔し始めている。あと一押しで、彼女の心は開くはず。
『そりゃそうだ』と俺は言った。『あらゆる事態を想定するのは、当たり前のこと。桐原が欠席することも考えて、優花里がジュリエットの演技を練習している。けど、そんなもん優花里の本心じゃない』
桐原は首を横に振った。『嘘だよ――』
『嘘じゃない!』と俺は即座に否定する。
『恭子と律、言ってた。私たち親友だったのに、気持ち、気づいてやれなくてゴメンねと。優花里は先ほども言ったように、お前の代役を務めるべく、必死になって台詞を覚えている。でも、本当は毎日、お前が登校してくるのを待ってる。優花里が毎朝、窓の外を眺めているのを俺は知ってる。美也は最初、お前のこと嫌っていたらしい。けど、今日誰よりもお前のことを心配し、涙を流してくれたのも彼女だ。これから良い友人になれると思うから、心、開いてやって欲しい。もちろん、二階堂も、太田も、果恋も、みんなお前が来るの、待ってる。当然慎吾だって、今、お前のこと必死で捜しているんだ。最初に見つけたのが、アイツじゃなくて俺だったの、なんて言うか、ゴメン』
覚えたての、たどたどしい俺の手話で、ここまで正確に伝えられたかは甚だ疑問だ。それでも構わず、声と手話で同時に訴えた。みんなの気持ちと、俺の気持ちが届くように。
そうさ、美也や慎吾ばかりじゃない。あともう一人――お前が学校に来てくれることを俺が待っている。誰よりも強く。
桐原は既に泣いていた。止め処なく頬を伝い落ち、肩口を濡らし続ける涙を拭おうともせず、泣き続けていた。
やがて彼女は、ふう……と一つ息を吐いてから手話を刻んだ。
『私、勘違いしていたのかな?』
『ああ、そうだな』
『私が、悪かったのかな?』
『別に、お前は悪くないさ』
俺こそ、今まで気づいてやれなくて、ゴメンな。
『ありがとう。こんな私に手を差し伸べてくれて。私が学校に行ったら、みんな待っていてくれるかな』
『ああ、もちろん待っている』
桐原が伝え終わるよりも早く、俺は彼女の細い体を正面から抱きしめた。それこそ、反射的に。そして、また、やってしまった、と大いに狼狽えた。自分の行動に驚いて両手を離したが、桐原の体は密着したまま離れない。あろうことか、彼女も俺の背中に手を回して抱きついていた。
どうすればいいんだこの状況? 俺はアテもなく彷徨わせていた両腕を、恐る恐る彼女の背中に回した。
俺の胸に顔を埋め、桐原が咽び泣きを始めた。彼女の涙が乾くまで、今は存分に泣かせてやろうと思った。
こんな俺の胸でいいのなら、安いもんだ。
暫くして、桐原の嗚咽も治まってくる。呼吸も、穏やかなリズムを刻み始めた。俺は、鮮やかなアッシュグレイの頭髪を、愛しげに指ですいた。
『誰も、桐原のことを嫌ってなんかいない。障害を持っていることで、両親がお前を責めたことだって一度もないだろう?』
『うん、わかってる。何でも悪い方向に考えて、自分の存在を疎ましく感じていただけなのも。勝手に悲観して、塞ぎこんで、色々なことを諦める癖がついていたことも』
寄せていた体を一旦離して、彼女は言った。
『だから、やめる。自分の存在を嫌いだと思うのも。他人の顔色ばかり窺って生きていくことも。だから、学校……行くよ』
人が一番脆くなる瞬間。それは、自分に対して嫌悪感を抱いてしまったとき。他人からの視線に怯え、自身を矮小で守る価値のない存在だと決定付けてしまったとき、ふと、自傷行為に走ったり、全ての事柄を諦めてしまうのだ。
だから桐原の発言は、良い兆候だと思った。
『うん、頑張ろう。俺も手伝う』
手話でそう伝えたあと、そうさ、二人で頑張ろう、と心中で一人誓う。二人でという単語に特別な意味を見出して、何やら面映ゆい。
そのとき、桐原が俺の胸元をくいと引っ張った。何、と思いながら視線を落とすと、彼女の潤んだ瞳が眼前にあった。
この段階まで俺は、桐原と抱き合っていたのを失念していた。心臓が大きく飛びはねる。彼女の頬がみるみるうちに朱に染まる。桐原は照れくさそうに伏し目になると、『お願いします』と手話で伝えてくる。その反応にまた居た堪れなくなって、視線を逸らしながら答えた。『当然だ』と。
『二人で演劇やろう。お前が演じて、俺が台詞を乗せるジュリエットは世界でただ一つ。二人で完成させよう』
『うん』と桐原は笑顔になった。『私、もう一度演劇の練習をするよ。ジュリエットも、ちゃんと演じきるから』
そうだな、と同意したのち、俺は追加でこう提案した。
『それからもう一つだけ、桐原に頑張って欲しいことがある』
『なに……?』
『お前の気持ち、ちゃんと慎吾に伝えよう。美也には少し悪いけど、正々堂々と勝負するべきだ』
『……でも』
桐原が首を横に振って逡巡する。
『確かに、勝算は薄いかもしれない。けれどお前の気持ち、このまま心の奥底に隠したままで良いのか?』
桐原の顔が、再び真っ赤になる。落ち着きなく、視線を彷徨わせる。地面を見つめ考え込む。諦めたように空を見上げる。ころころと変化する表情。面白い。
やがて観念したように、桐原はこう告げた。
『わかった……』
うんヤバい、最高に可愛い。
思わず笑うと、彼女はちょっとだけ拗ねた顔をした。それから、『告白するとき、協力してくれる?』と訊ねてきた。煽ったのは俺だし乗りかかった舟だ、やむを得まい。複雑な心境を胸の内に秘めたまま『もちろん』と頷いた。
そうして二人、歩道橋の上。作戦会議に移る。
桐原が提案してきたプランは思いの外大胆なもので、驚いてしまう。こりゃあ委員長の二階堂に、後で大目玉を喰らうのは確定だ。けど、すげー面白そう。慎吾の驚く顔が目に浮かぶ。『よし。じゃあそれで行こう』と同意して、細かい調整に入った。
相談を終え、最後に『両親にも、乱暴された件ちゃんと報告してね』と念押ししたあとで、一番言いにくかったことを訊ねてみる。
『なあ、乱暴されたとき。その、最後までされたのか?』
気まずさのあまり、主語も述語もメチャクチャな質問になってしまったが、桐原は察してくれたようで、顔を俯かせたまま首を横に振って否定した。
強張っていた全身の力がようやく抜けて、その場にへたり込んだ。それで充分だった。おそらくは、行為に及ぶ直前に、タイミングよく母親が帰って来てくれたのだろう。いや、全然良くはないが、それでも、どこの馬の骨かわからん男に、桐原の純潔が穢されていなかったことに安堵した。万が一そんな事態になってでもいたら、彼女の代わりに俺が歩道橋の上からダイブするところだった。
『じゃあ、帰ろうか。家まで送るよ』
躊躇いがちに手を差し出すと、桐原が俺の指先をぎゅっと握る。
恥ずかしそうに逡巡する姿を想像していた俺の心が、彼女の笑顔に射抜かれる。
……なんなのその顔、反則。
不覚にも俺の方が狼狽えてしまい、頭の中が真っ白になる。そのまま終始無言で、彼女の家までの道を歩いた。
思考を放棄していた俺の脳みそが、『桐原が見つかった報告を、慎吾にしていなかった』と思い出すのは、もう暫く先の話。
めっちゃ怒られたのは、言うまでも──ない。
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