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第一章:幼馴染たち
『渡辺美也①』
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広瀬慎吾は、いつも私と斗哉の後ろを控えめに付いてくる少年だった。
『どうやって音楽を作っているのかと尋ねられたとき、ただ音楽の中に踏み入るだけだと答えます。それは川の中に足を踏み入れて、流れに身を任すようなもの。川の中のすべての瞬間が、それぞれの歌を持っている』
幼少期から理屈っぽく、また博識だった彼は、なんの脈絡もなくこんな感じの哲学的な台詞を呟いた。
「なんなのそれは?」と私が困惑気味に訊ねると、「僕が大好きなアメリカのシンガー・ソングライター、マイケル・ジャクソンの名言だよ」と答えた。彼が音楽を好きなのは、趣味で楽器を弾いている父親の影響なのだとか。
「マイケルの名前だけはなんとなく、知ってるけどね。音楽とか名言とかさ、普通、そこまで詳しくないよね」と私が笑うと、「いや、全部父親の受け売りだから。僕だってそんなに詳しいわけじゃないよ」と彼は謙遜して笑った。
私と慎吾の家は、いわゆるお隣さん。物心付いたころからずっと一緒に遊んでいたし、小学校に入学した後も、近所に住んでいた阿久津斗哉も交えて三人でよく遊んだもんだ。
春は桜が満開になった近所の公園を暗くなるまで駆けずりまわり、夏は川の浅瀬に入って魚取りをして、裏山に登るとカブトムシを探して木を見上げた。冬になると流石に遊びの手段も限定されてしまうものの、慎吾の家に上がりこんではコタツで温もりながらテレビゲームに興じた。
それは、平凡ながらも楽しく充実した日々で、それこそ小学校時代の六年間は、無限に続くのではないかと思えるほどに、夏休みや冬休みが長く感じられたものだった。
斗哉は運動神経が抜群なのもあり、何をして遊ぶにも、常に三人の中心であり続けた。一方で慎吾は彼よりも身体が一回り小さいので、何をやっても常に二番目。とはいえ決して運動神経が悪いとか、下手なわけでもなく、木登りをしても、三年生になってから始めた野球でも、だいたい人並みにはこなせる男の子だった。
私は背が低かったので、駆けっこは苦手じゃなかったけれど、何かと体力では劣りがち。斗哉が一人で突っ走ってしまうと、私はいつも取り残される。それでも慎吾は私の歩調にちゃんと合わせて、優しく手を引いてくれた。
だからなのかな。
小学校の高学年になり心身ともに成長してくると、いつの間にか慎吾に惹かれている自分に気が付く。初恋の相手は誰ですか? と訊かれたならば、迷うことなく彼の名前を挙げられるくらいには。
だが、私の身長が伸び悩んでいたのも五年生の頃までだった。ある日突然成長期に突入した私はそこからぐんぐん身長が伸び、中学校入学時には百六十センチを優に越えていた。 そうなると、複数の運動部から勧誘を受けたりするもので、以前から斗哉に勧められていたバレー部に、悩んだ末に入部する。
元々悪くなかった運動神経。緊張なんてしない物怖じしない性格と、高身長。様々な条件が重なった結果だろうか? 私はめきめきとバレーの才能に目覚めていく。中二の秋からはエースアタッカーとして期待されるようになり、地方大会で優勝。その後の全県大会でもベスト八進出の原動力となった。
うちの冴えない中学においては、何年振りの快挙で云々かんぬん……色々と持て囃されたけれど、正直そこまで興味はなかった。
もっとも、バレーボールが嫌いかというとそんなことはない。むしろ好きだし練習にもマジメに取り組んだ。スパイクを決めた時などやっぱり爽快だし、背が高いからブロックだって得意。自惚れかもしれないけれど、バレーボールをしているときの自分は、間違いなく輝いていると思う。
それなのに。私がバレーで活躍をすればするほど、身長が伸びれば伸びるほど、斗哉もだけど、何よりも慎吾の気持ちが離れていくのが辛かった。
「はあ……なんでだろ」
三年生に進級したとき、せっかく斗哉や慎吾とも同じクラスになれたというのに、冷え切った私達の関係に、改善の兆しは見えていなかった。
私の百七十一センチという身長は、実業団入りまで見据える選手から見れば高くもないけど、普通の高校生女子として見れば、まあデカいほうだ。
やっぱりそれが、原因なのかな。
「な~にを溜め息などついているのですか美也! そら、アタクシめが慰めてあげましょう」
放課後。部活も終わり着替えをしている最中、上半身下着のままで鬱々とした感情に捉われ溜め息を漏らした私の胸を、背後から手を回してきた相楽優花里が揉みしだいた。
「んあっ……。ちょっと止めなよ優花里! くすぐったいだろ!」
「お~……? なんですの、その声、その反応。今、乳首のトコ、感じたのではありませんこと?」
「感じてねーよ……お願いだから、手、離せ」
すると彼女はハイハイと言わんばかりに両手を広げ、自身の着替えに戻っていった。リベロの優花里は、バレー部でも一番背が低く、たぶん百五十九センチくらい?
横目に彼女の姿を窺うと、相変わらず今日も派手な下着を着けていた。フリルの付いた真っ赤なブラに、同色でレースのあしらわれたショーツ。それらを恥ずかしげもなく、堂々と披露するように着替えている。
私が把握している限りでも、彼女の男性経験は五人。いや、おそらくはもっと多い。いわゆるビッチと呼ばれる存在が彼女だった。
「美也、使うかしら?」と優花里が、小さな手のひらでくるくると回しながら、軽々しい口調とともに差し出してくるのはコンドーム。
「使わねーよ……いい加減にしないと怒るぞ」
冗談が過ぎる、と拳を握って抗議した。
「あらあら、こわ~い。美也、あなたさっきからずっと怒っているではありませんの。アタクシはね、あなたを心配して言っているのです。いつ何時、何が起こってもよろしいように、避妊具の一つくらい携帯しておくのも、レディの嗜みってものですのよ?」
「聞いたことねえし、そんな嗜み。……だいたいそんなこと起こらねえし」
彼女が無駄話を続けているうちに着替えを終えた私は、荷物を肩に担ぐとロッカーの扉を閉める。じゃあ、と言い掛けたところで、優花里が私を呼び止めた。
「でも。美也って、処女なんでございましょ?」
ウェーブの掛かった髪をくるくると指で弄びながら、優花里が私の顔色をうかがってくる。
「大きい声で聞かないでよそんなこと……。私は優花里とは違うんだよ」
「さっさと捨てちゃえば、よろしいですのに。それとも誰かに捧げるつもりで、純潔を守っているんでございますの? もし……そうなのでありましたら、尚更、その殿方にアプローチするべきでございましょう?」
「ぐ……」
見た目と違って晩熟ですこと美也は。そう言われると、図星なだけに言葉に詰まる。こんな恥ずかしい話題でも、堂々と、かつ微妙に正論を並べてくるだけにやりにくい。
「ねえ、美也。一つ提案なんですけど、これといって決まった殿方がいないのでしたら、アタクシの紹介でお付き合いしてみませんこと?」
「紹介? 男ってことだろ?」
「ま・さ・か、女の子が良いんですの?」と目を丸くする優花里の勘違いを慌てて否定する。「――違えよ、変な誤解すんな」
すると彼女は、呆れたように溜め息を漏らす。「とりあえずは、その男まさりな口調を直すところから、始めたほうがよろしいかもしれませんわね――美也」
再び、何も言い返せなくなる。
習慣になっているとは言え、この言葉遣いが私の女子力を下げているのは紛れもない事実だ。せめてもう少し、女の子らしい服装や仕草でもすれば、慎吾も振り向いてくれるんだろうか?
男っぽく見られる元凶の一つであるショートカットの襟足を、反射的に掻きながら言った。
「で? 結局、誰を紹介するつもりなのさ?」
ようやく乗り気になったんですの、と食い気味に身を乗り出して、優花里が人差し指を立てる。
「三年C組の手塚君ですのよ。知っていますでしょ? サッカー部の男子ですわ」
「ああ、もちろん知ってるよ」
だって、そいつお前の元カレじゃん、どういう神経してんだよ。今度はこっちが呆れる番だった。でもな……まあ手塚君は爽やかイケメンだし、とりあえず誰かと交際してみれば、私の女子力も上がるんだろうか……。
そう考えた私は、こう伝えておいた。「一応、話だけは聞くからって言っておいて」
『どうやって音楽を作っているのかと尋ねられたとき、ただ音楽の中に踏み入るだけだと答えます。それは川の中に足を踏み入れて、流れに身を任すようなもの。川の中のすべての瞬間が、それぞれの歌を持っている』
幼少期から理屈っぽく、また博識だった彼は、なんの脈絡もなくこんな感じの哲学的な台詞を呟いた。
「なんなのそれは?」と私が困惑気味に訊ねると、「僕が大好きなアメリカのシンガー・ソングライター、マイケル・ジャクソンの名言だよ」と答えた。彼が音楽を好きなのは、趣味で楽器を弾いている父親の影響なのだとか。
「マイケルの名前だけはなんとなく、知ってるけどね。音楽とか名言とかさ、普通、そこまで詳しくないよね」と私が笑うと、「いや、全部父親の受け売りだから。僕だってそんなに詳しいわけじゃないよ」と彼は謙遜して笑った。
私と慎吾の家は、いわゆるお隣さん。物心付いたころからずっと一緒に遊んでいたし、小学校に入学した後も、近所に住んでいた阿久津斗哉も交えて三人でよく遊んだもんだ。
春は桜が満開になった近所の公園を暗くなるまで駆けずりまわり、夏は川の浅瀬に入って魚取りをして、裏山に登るとカブトムシを探して木を見上げた。冬になると流石に遊びの手段も限定されてしまうものの、慎吾の家に上がりこんではコタツで温もりながらテレビゲームに興じた。
それは、平凡ながらも楽しく充実した日々で、それこそ小学校時代の六年間は、無限に続くのではないかと思えるほどに、夏休みや冬休みが長く感じられたものだった。
斗哉は運動神経が抜群なのもあり、何をして遊ぶにも、常に三人の中心であり続けた。一方で慎吾は彼よりも身体が一回り小さいので、何をやっても常に二番目。とはいえ決して運動神経が悪いとか、下手なわけでもなく、木登りをしても、三年生になってから始めた野球でも、だいたい人並みにはこなせる男の子だった。
私は背が低かったので、駆けっこは苦手じゃなかったけれど、何かと体力では劣りがち。斗哉が一人で突っ走ってしまうと、私はいつも取り残される。それでも慎吾は私の歩調にちゃんと合わせて、優しく手を引いてくれた。
だからなのかな。
小学校の高学年になり心身ともに成長してくると、いつの間にか慎吾に惹かれている自分に気が付く。初恋の相手は誰ですか? と訊かれたならば、迷うことなく彼の名前を挙げられるくらいには。
だが、私の身長が伸び悩んでいたのも五年生の頃までだった。ある日突然成長期に突入した私はそこからぐんぐん身長が伸び、中学校入学時には百六十センチを優に越えていた。 そうなると、複数の運動部から勧誘を受けたりするもので、以前から斗哉に勧められていたバレー部に、悩んだ末に入部する。
元々悪くなかった運動神経。緊張なんてしない物怖じしない性格と、高身長。様々な条件が重なった結果だろうか? 私はめきめきとバレーの才能に目覚めていく。中二の秋からはエースアタッカーとして期待されるようになり、地方大会で優勝。その後の全県大会でもベスト八進出の原動力となった。
うちの冴えない中学においては、何年振りの快挙で云々かんぬん……色々と持て囃されたけれど、正直そこまで興味はなかった。
もっとも、バレーボールが嫌いかというとそんなことはない。むしろ好きだし練習にもマジメに取り組んだ。スパイクを決めた時などやっぱり爽快だし、背が高いからブロックだって得意。自惚れかもしれないけれど、バレーボールをしているときの自分は、間違いなく輝いていると思う。
それなのに。私がバレーで活躍をすればするほど、身長が伸びれば伸びるほど、斗哉もだけど、何よりも慎吾の気持ちが離れていくのが辛かった。
「はあ……なんでだろ」
三年生に進級したとき、せっかく斗哉や慎吾とも同じクラスになれたというのに、冷え切った私達の関係に、改善の兆しは見えていなかった。
私の百七十一センチという身長は、実業団入りまで見据える選手から見れば高くもないけど、普通の高校生女子として見れば、まあデカいほうだ。
やっぱりそれが、原因なのかな。
「な~にを溜め息などついているのですか美也! そら、アタクシめが慰めてあげましょう」
放課後。部活も終わり着替えをしている最中、上半身下着のままで鬱々とした感情に捉われ溜め息を漏らした私の胸を、背後から手を回してきた相楽優花里が揉みしだいた。
「んあっ……。ちょっと止めなよ優花里! くすぐったいだろ!」
「お~……? なんですの、その声、その反応。今、乳首のトコ、感じたのではありませんこと?」
「感じてねーよ……お願いだから、手、離せ」
すると彼女はハイハイと言わんばかりに両手を広げ、自身の着替えに戻っていった。リベロの優花里は、バレー部でも一番背が低く、たぶん百五十九センチくらい?
横目に彼女の姿を窺うと、相変わらず今日も派手な下着を着けていた。フリルの付いた真っ赤なブラに、同色でレースのあしらわれたショーツ。それらを恥ずかしげもなく、堂々と披露するように着替えている。
私が把握している限りでも、彼女の男性経験は五人。いや、おそらくはもっと多い。いわゆるビッチと呼ばれる存在が彼女だった。
「美也、使うかしら?」と優花里が、小さな手のひらでくるくると回しながら、軽々しい口調とともに差し出してくるのはコンドーム。
「使わねーよ……いい加減にしないと怒るぞ」
冗談が過ぎる、と拳を握って抗議した。
「あらあら、こわ~い。美也、あなたさっきからずっと怒っているではありませんの。アタクシはね、あなたを心配して言っているのです。いつ何時、何が起こってもよろしいように、避妊具の一つくらい携帯しておくのも、レディの嗜みってものですのよ?」
「聞いたことねえし、そんな嗜み。……だいたいそんなこと起こらねえし」
彼女が無駄話を続けているうちに着替えを終えた私は、荷物を肩に担ぐとロッカーの扉を閉める。じゃあ、と言い掛けたところで、優花里が私を呼び止めた。
「でも。美也って、処女なんでございましょ?」
ウェーブの掛かった髪をくるくると指で弄びながら、優花里が私の顔色をうかがってくる。
「大きい声で聞かないでよそんなこと……。私は優花里とは違うんだよ」
「さっさと捨てちゃえば、よろしいですのに。それとも誰かに捧げるつもりで、純潔を守っているんでございますの? もし……そうなのでありましたら、尚更、その殿方にアプローチするべきでございましょう?」
「ぐ……」
見た目と違って晩熟ですこと美也は。そう言われると、図星なだけに言葉に詰まる。こんな恥ずかしい話題でも、堂々と、かつ微妙に正論を並べてくるだけにやりにくい。
「ねえ、美也。一つ提案なんですけど、これといって決まった殿方がいないのでしたら、アタクシの紹介でお付き合いしてみませんこと?」
「紹介? 男ってことだろ?」
「ま・さ・か、女の子が良いんですの?」と目を丸くする優花里の勘違いを慌てて否定する。「――違えよ、変な誤解すんな」
すると彼女は、呆れたように溜め息を漏らす。「とりあえずは、その男まさりな口調を直すところから、始めたほうがよろしいかもしれませんわね――美也」
再び、何も言い返せなくなる。
習慣になっているとは言え、この言葉遣いが私の女子力を下げているのは紛れもない事実だ。せめてもう少し、女の子らしい服装や仕草でもすれば、慎吾も振り向いてくれるんだろうか?
男っぽく見られる元凶の一つであるショートカットの襟足を、反射的に掻きながら言った。
「で? 結局、誰を紹介するつもりなのさ?」
ようやく乗り気になったんですの、と食い気味に身を乗り出して、優花里が人差し指を立てる。
「三年C組の手塚君ですのよ。知っていますでしょ? サッカー部の男子ですわ」
「ああ、もちろん知ってるよ」
だって、そいつお前の元カレじゃん、どういう神経してんだよ。今度はこっちが呆れる番だった。でもな……まあ手塚君は爽やかイケメンだし、とりあえず誰かと交際してみれば、私の女子力も上がるんだろうか……。
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