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第五章:僕の秘策

【真相】

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 さて、いい加減に語っておこうと思う。
 当時二十代だった僕の母親を襲った、痛ましい事件の裏側に存在しているもうひとつの真実を。

 数年前、僕が小学校四年生の頃の話。週刊誌に掲載されていた記事を指さしながら、母親が内容を僕に語って聞かせた。僕は、まるで他人事ひとごとのように耳を傾け、記事に載っていた男たちの顔写真を眺めた。怖そうな人たちだな、とだけ理解した。事件がおぞましい内容なのも、なんとなく分かった。
 分からなかったのは、僕に語り聞かせている母親が、どうして目に涙を浮かべているのかだったが、強く僕を抱きしめ、次第に嗚咽混じりになっていく話を聞いているうちに理解した。

 この事件の被害者が、僕の母親なのだと。
 ここ数日、度々見知らぬ男の人が家に来たり、電話が掛かってきていた理由が、これだったんだと。
 また、佐奈との血の繋がりが半分であること。父親と一切血の繋がりがないことも──この時点ではうまく理解できなかったとしても、やがてわかった。

「佐奈には内緒にしておいてね。でも、翔にだけはいつか伝えなければならないと思っていた。この日のことは、何年経っても忘れられない。でもね、翔を堕ろすことはできなかった。どんなかたちで生まれたとしても、尊い命なのだから。けど、絶対に自分のことを責めたりなんかしちゃダメよ。翔は、呪われた子供なんかじゃない。私の大切な、息子なのだから」

 呪われた子供。
 そうか、僕って、呪われた子供だったのか?
 母親は「違う、そうじゃない」と何度も涙ながらに語ってくれたが、同時に、母親を苦しめ泣かせている元凶が、この記事の中にいる人物であり、また自分なんだと理解した。この日以降、僕が病を発症したのは前述したとおり。

 状況証拠が不十分だったこともあり、犯人の逮捕まで数年を要したこの事件。
 それでも、事件は一応の解決をみた。犯人の罪も確定した。
 だが、たとえ何年の月日が経とうとも、母親が負った心の傷が瘡蓋かさぶたに変わることも、消えて無くなったりしないことも僕は理解している。
 だからどうか、と僕は思う。
 どうか母さんが、辛い記憶を思い出さずに済むように、僕だけは常に笑っていたいと。笑っていなければ、ならないのだと。こうして僕は、家の中で一人身構えるようになり、父親との関係もぎくしゃくし始める。

 ところが、この話にはもうひとつの側面があった。
 容疑者らは警察の取り調べに対し、「被害者を無理やり乱暴した」と容疑を認めている者もいれば、ずっと黙秘を続けている者もいた。この、黙秘を続けていた人物が、逮捕から約一年後に獄中自殺をしたのである。
 長い期間に渡り黙秘を続けていた彼であったが、自殺をする半年前に罪を認めた。そんな彼の主張はこうだった。

『確かに俺は、その女性に乱暴をした。だがそれは、友人二人に強要されたからであって、自分の意思ではない。従わなければ、殺されるのは俺だった』

 この発言の信憑性についてはわからない。当該人物が既に存在していない以上、永遠に分かることはないだろうし、知ろうとも思わない。そこにどんな背景があったとしても、彼の罪が消えて失くなることも、僕の母親の心的苦痛が癒されることも、決してないのだから。
 獄中自殺をした男の名は、岩切正美いわきりまさみ。彼こそが、水瀬茉莉の父親である。
 母親の心に消えない傷を残した男の娘が水瀬であるという事実に、僕の胸中は激しく掻き毟られた。だが、彼女に罪はないのだから、と必死に波立つ自分の心をなだめた。同時に、このことは決して母親には言うまいと。
 そして、これらの事実からひとつの推論が成り立つ。
 異性の顔が見えないという病を発症しながら、何故かお互いの顔だけは見えるという僕と水瀬の関係。
 遺伝による発症の可能性と、障害の程度によって、ごく近しい人間のみ識別できるというケースの存在。こういった相貌失認の事例を鑑みて、これらがまったくの偶然であるとは到底思えない。
 岩切正美が相貌失認であったのかまではわからない。だが、彼こそが、おそらく僕の父親であり――
 水瀬茉莉は、僕の腹違いの妹だ。
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