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第三章「恋の駆け引き」
【いるよ。目の前に】
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第三章「恋の駆け引き」
喫茶店で、乃蒼と打ち合わせをしていた。
アパートの中で缶詰め状態になっていると、頭がおかしくなってしまうよ、との彼女の懇願により時々そうしていた。
「ここからの展開どうしようか? すぐ次のイベントにつなぐのは、ちょっと展開が駆け足すぎるよねぇ?」
「そうだな。サブキャラが――というよりは、この主人公の友人ポジションの人物の存在意義の薄さがちょっと気になっている。この先の展開で、一度主人公とうまく絡ませたい」
「ああ、確かにそうだね。ヒロインの一人を取り合う感じで、対立させてみるってのはどうかな?」
「いいかもしれない。その案でちょいとプロットを調整してみるよ」
「よろしくー」
作品のプロットを詰めていくとき、一番難しいのは起承転結の『承』の部分だ。クライマックスから結末にかけては作品の一番書きたい部分なのでさして困らないが、そこに持っていくまでの助走部分が大変なのだ。そこでうまく盛り上げなくては、読者が興味をなくしてしまう。
かといってあまり引き伸ばしすぎるのもいけない。このバランスが難しいのだ。
プロットを練っているとき、僕はいつもこの難問と戦っている気がする。
しかし乃蒼と話していると、それがとても楽に感じられる。彼女は僕が書いたプロットをただ受け入れるのではなく、より良くするための意見や提案を積極的に出してくれるからだろう。
それはとてもありがたいことだ。
だが同時に申し訳なくもある。
執筆は乃蒼が、プロットの煮詰めと編集は僕がと、分担作業で効率よく回していかなければ、いつまでも執筆がはかどらないのだから。
「ねえ、立夏?」
「ん?」
「今、何考えてたの? ちょっと上の空だったみたいだけど」
「いや、プロットの穴埋めをね」
「嘘だよ」
鋭い指摘にドキリとなる。
「立夏が目を合わせないときは、たいてい別のことを考えているときだもん」
実際上の空だった。プロットのことを考えているようで、頭の片隅では、昨日朝香に言われたこと、つまり、『一ヵ月だけ、うちと付き合うてくれんかなあ?』という言葉を反芻していた。
一ヶ月交際してみて、気に入らなかったらクーリングオフできますので、というお試し期間を提案されたわけではない。朝香は最近一人の男にしつこく付きまとわれているらしく、男避けのために彼氏役が欲しいとのことだった。
よりによって、一度自分を振っている相手に白羽の矢を立てなくても。僕はそう言ったのだが、接点のない人間に頼んだのでは、彼氏役としての説得力がないからとか、頼んだ相手に勘違いをされて、本当に惚れられても困るし、と朝香は理由を並べていたが方便な気もする。
実のところ、朝香はまだ僕のことを諦めきれていないんじゃないのか、とか、案外と一途なんだな、などと思っている。知らんけど。
真剣な顔で言われると、一度振っている手前断りづらい。『互いの時間を拘束しない』『僕から積極的に何かはしない』を約束事として、一ヶ月だけならと仮初めの彼氏役を引き受けた。
「立夏はさ、好きな人とかいるの?」
「な、なんで?」
君だよ、とは返しにくい空気で、うまく言葉が選べない。
「だってさ、やっぱり気になるじゃない。ん、もしかして誰もいないの?」
「いや、そういうわけじゃないけど」
いるよ。目の前に。
「……そっかあ。じゃあ、彼女ができたらちゃんと私に紹介してよね。消える前に、立夏に彼女ができるところを見届けたいじゃない」
「乃蒼」
それは聞き捨てならなかった。僕が身を乗り出すと、対面の乃蒼はキョトンとする。
「なに?」
「消えるなんて言うなよ」
語気を強めると乃蒼は少したじろいだ。
「そんなこと言うなよ。乃蒼は今、確かにここで生きているだろう? 消えるときの話なんてするなよ」
「でも、私は他の人から姿が見えていないし。このまま生きていくとしても、先行きを考えるとやっぱり不安で。それならいっそ」
「消えてしまいたいと? バカを言うな。乃蒼はここにいるじゃないか。確かに、誰からも認識されないというのは、辛いことだとは思うけれど、でもちゃんとここで生きているんだ。だったら消える必要なんてない。僕がそばにいるから。何があっても、乃蒼のことを忘れないから」
だから消えるかもとか考えないでくれ。乃蒼にネガティブな発言をさせてしまう自分の不甲斐なさが恨めしかった。
「乃蒼、もう消えるなんて言うなよ」
「……うん。ありがと立夏」
手を握ると、乃蒼の体温が確かに感じられた。
乃蒼は生きている。大丈夫、乃蒼は消えないと何度も自分に言い聞かせた。
*
喫茶店で、乃蒼と打ち合わせをしていた。
アパートの中で缶詰め状態になっていると、頭がおかしくなってしまうよ、との彼女の懇願により時々そうしていた。
「ここからの展開どうしようか? すぐ次のイベントにつなぐのは、ちょっと展開が駆け足すぎるよねぇ?」
「そうだな。サブキャラが――というよりは、この主人公の友人ポジションの人物の存在意義の薄さがちょっと気になっている。この先の展開で、一度主人公とうまく絡ませたい」
「ああ、確かにそうだね。ヒロインの一人を取り合う感じで、対立させてみるってのはどうかな?」
「いいかもしれない。その案でちょいとプロットを調整してみるよ」
「よろしくー」
作品のプロットを詰めていくとき、一番難しいのは起承転結の『承』の部分だ。クライマックスから結末にかけては作品の一番書きたい部分なのでさして困らないが、そこに持っていくまでの助走部分が大変なのだ。そこでうまく盛り上げなくては、読者が興味をなくしてしまう。
かといってあまり引き伸ばしすぎるのもいけない。このバランスが難しいのだ。
プロットを練っているとき、僕はいつもこの難問と戦っている気がする。
しかし乃蒼と話していると、それがとても楽に感じられる。彼女は僕が書いたプロットをただ受け入れるのではなく、より良くするための意見や提案を積極的に出してくれるからだろう。
それはとてもありがたいことだ。
だが同時に申し訳なくもある。
執筆は乃蒼が、プロットの煮詰めと編集は僕がと、分担作業で効率よく回していかなければ、いつまでも執筆がはかどらないのだから。
「ねえ、立夏?」
「ん?」
「今、何考えてたの? ちょっと上の空だったみたいだけど」
「いや、プロットの穴埋めをね」
「嘘だよ」
鋭い指摘にドキリとなる。
「立夏が目を合わせないときは、たいてい別のことを考えているときだもん」
実際上の空だった。プロットのことを考えているようで、頭の片隅では、昨日朝香に言われたこと、つまり、『一ヵ月だけ、うちと付き合うてくれんかなあ?』という言葉を反芻していた。
一ヶ月交際してみて、気に入らなかったらクーリングオフできますので、というお試し期間を提案されたわけではない。朝香は最近一人の男にしつこく付きまとわれているらしく、男避けのために彼氏役が欲しいとのことだった。
よりによって、一度自分を振っている相手に白羽の矢を立てなくても。僕はそう言ったのだが、接点のない人間に頼んだのでは、彼氏役としての説得力がないからとか、頼んだ相手に勘違いをされて、本当に惚れられても困るし、と朝香は理由を並べていたが方便な気もする。
実のところ、朝香はまだ僕のことを諦めきれていないんじゃないのか、とか、案外と一途なんだな、などと思っている。知らんけど。
真剣な顔で言われると、一度振っている手前断りづらい。『互いの時間を拘束しない』『僕から積極的に何かはしない』を約束事として、一ヶ月だけならと仮初めの彼氏役を引き受けた。
「立夏はさ、好きな人とかいるの?」
「な、なんで?」
君だよ、とは返しにくい空気で、うまく言葉が選べない。
「だってさ、やっぱり気になるじゃない。ん、もしかして誰もいないの?」
「いや、そういうわけじゃないけど」
いるよ。目の前に。
「……そっかあ。じゃあ、彼女ができたらちゃんと私に紹介してよね。消える前に、立夏に彼女ができるところを見届けたいじゃない」
「乃蒼」
それは聞き捨てならなかった。僕が身を乗り出すと、対面の乃蒼はキョトンとする。
「なに?」
「消えるなんて言うなよ」
語気を強めると乃蒼は少したじろいだ。
「そんなこと言うなよ。乃蒼は今、確かにここで生きているだろう? 消えるときの話なんてするなよ」
「でも、私は他の人から姿が見えていないし。このまま生きていくとしても、先行きを考えるとやっぱり不安で。それならいっそ」
「消えてしまいたいと? バカを言うな。乃蒼はここにいるじゃないか。確かに、誰からも認識されないというのは、辛いことだとは思うけれど、でもちゃんとここで生きているんだ。だったら消える必要なんてない。僕がそばにいるから。何があっても、乃蒼のことを忘れないから」
だから消えるかもとか考えないでくれ。乃蒼にネガティブな発言をさせてしまう自分の不甲斐なさが恨めしかった。
「乃蒼、もう消えるなんて言うなよ」
「……うん。ありがと立夏」
手を握ると、乃蒼の体温が確かに感じられた。
乃蒼は生きている。大丈夫、乃蒼は消えないと何度も自分に言い聞かせた。
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