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第一章「鮫島真人」
【そういうところなんだよ】
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夏休みが迫った週末。日曜日を迎える。
今日は部活動も休みなので、自主練も兼ねて学校のプールに向かった。
炎昼や。うだるような暑さのなか、たぎるように鳴く蝉しぐれ。シャーなのかジーなのか混ざりあった合唱は、聞いているだけでも暑さが一、二度増すようだ。
ギギィ……と錆びついた音を奏でて鉄扉が開く。
タイルでできた階段を駆け上がると、透明な空に浮かんだ綿菓子みたいな雲と、緑の木々を映しこんだ二十五メートルプールが俺を出迎えた。
先客は二名いる。水飛沫を上げながら、ゆっくりとした速度で泳いでいる都と、水着姿でプールサイドに腰かけている光莉だ。
光莉は、立てた片膝を両手で抱え、泳いでいる都の姿を目で追っている。腰から太ももにかけての曲線と、膨らみかけの胸に目がいき慌てて逸らした。
「あ、真人くんも来たんだー。って、あれ? どうして顔を逸らすの?」
「え!? いや……」
光莉は首を傾げると、俺の隣まで歩いてきた。肩が触れそうなくらい近い、その距離感に少し戸惑う。
実際に、触れあった場所はない。肩も、二の腕も、張りのある腰回りも、それぞれ十数センチを挟んでいる。それなのに、頭がくらくらしてしまうほど、強烈に光莉の存在を感じる。涼子が相手ならまったく緊張しないのだが、光莉となると話は別だ。彼女は時々、あっけらかんとした無防備さをみせる。
「都が泳いでるとこ、見に来たのか」と照れ隠しで尋ねると、「うん。家の中にいても暑いし、暇だったから」と光莉は答えた。
「光莉も泳ぐのか?」
「まさかあ……。私は泳げないし」
「うん。だよな」
それにしても、『暇だから』――か。
それが方便であることを俺は知っている。こうしている間も、光莉の視線は都にくぎ付けだし、会話だっていまいち弾まない。近いのは、壊れ気味の距離感だけで、光莉の関心はこっちに向いていないのだ。
心の奥底に隠していた嫉妬の感情が逆撫でされて、不意に心がささくれだった。
「今日はまた、随分熱心に見ているじゃないか」
「え?」
「いや、なんでもない。とりあえず、アップしてくるわ」
「うん……」
一方的にそう告げて、黙々と泳いでいる都を尻目にプールに浸かって泳ぎ始める。
あのまま彼女の隣にいたら、妙な言いがかりをつけてしまいそうな自分がいた。そんな、心の弱さが恨めしい。
泳ぎながら、小学生時代のことを思い起こしていく。
小さい頃の光莉は、決してスカートを履かない女の子だった。
スカートが似合わないわけでも、彼女がそういう服装を嫌っているわけでもないだろう。
小学校低学年のころ、光莉はクラスでイジメに遭っていた。
イジメられていたのに、さしたる理由はきっとない。彼女は大人しい性格だったので、他の女子とうまく馴染めなかったのと、比較的整った容姿を持っていたので、妬み嫉みを集めたといったところか。
とにかく、これといった理由もなく、イジメられた。
殴る蹴る、といった暴力こそ無かったが、陰口を言われる。無視される。私物を隠される、等々、内容は多岐にわたった。また、教師の目が届かないところで行われるので、イジメが認知されるまで時間がかかった。
ある日のことだ。光莉がスカートを履いて登校すると、華やいだ見た目が癇にさわったのか、クラスのリーダー格だった女子にスカート捲りをされた。
そう、女の子だ。女の敵は女、みたいな話を見聞きしたことがあるが、まさにそんな感じ。
やめろよ、と俺と都が抗議すると、その女子を支持していた男子連中が反目してきて、たちまちクラス中で口論が始まる。
騒ぎが大きくなっている。先生に見つかって叱られるぞ、という子どもらしい心配と、これでようやく、イジメが明るみになるかも? という冷静な思考が入り混じるなか、騒ぎを収めたのは意外にも先生ではなかった。
バタンと何かが倒れる音が聞こえ、振り返ると、床の上に仰向けになっている光莉の姿が見えた。
見た感じ、意識がない。
「光莉! 光莉!」
顔面蒼白で彼女をゆする涼子を押しのけ、教室に駆け込んできた女性教諭が心臓マッサージを始める。迅速な心臓マッサージと、低体温治療によって大事に至ることはなかったが、俺たちはただ呆然と見ていることしかできなかった。
確かにこの日、イジメは明るみになった。
同時に、光莉が心臓に先天性の病を抱えていることも。
彼女が患っている病の名は、『QT延長症候群』。不整脈が出ることで、失神や突然死が起こる心臓の病だ。ペースメーカーを埋め込むなどの対処法もあるが、完全治療は難しい。光莉の症状はそこまで重くなく、運動を禁止されてはいないが、推奨もされていない。ただひとつ、精神的に強いショックを受けるのだけはご法度なのだという。
彼女がたびたび体育の授業を見学するのも。なんとなく、塞ぎこんでいる日が多いのも。すべてに理由があったのだ。
その日から、光莉のことを見守っていくと俺は決めた。さりげなく光莉の動向に目を配り、困っていれば手を差し伸べた。
意識することで、光莉の存在が俺の中でどんどん大きくなり、やがてそれは恋に変わった。
それなのに――。いま、光莉が見ているのは俺じゃない。
都が島に戻ってくると、家が近所である二人はすぐ打ち解けた。
緊張から尻込みする俺を他所に、都は臆せず光莉に話しかける。手を握る。膝を擦りむいたらハンカチを差し出す。泳ぎを教える。笑う。一緒に歩く。
都は面倒見がよくていい奴だ。光莉が惹かれるのもよくわかる。わかるだけに、苛々が止まらない。
「ふー」
一度水から顔を上げる。やっぱり川よりプールのほうが泳ぎやすい。
それでも俺らが川で泳ぐのは、あえて危険なものに向かっていくとか、禁止されているものに手を染めるっていう浪漫を求めているからだろうか。
突然ザブンと水音がした。音がしたほうに目を向けると、そこにいたのは都だ。
ちっ、なにも今、隣に来なくてもいいのに。
ところがだ。不満をあらわにした俺の反応など歯牙にもかけず、都が肩を組んでくる。
「暇だからさ、五十メートル競走でもしようぜ」
「は?」
ヤダよ。なんでオメーと、と言いかけて口ごもった。ここで拒絶したら、いよいよ都に負けている自分を認めるようで釈然としない。
「お、いいねえ。でもどうせならさ、なんか賭けて競争しようぜ」
カラ元気っていうんだぜ、こういうの。顔が引きつってなきゃいいが。
「賭け事? 別にいいけど。なら、なんかハンデつける?」
『ハンデ』という言葉が再び俺の心を逆撫でする。
たぶん悪気はないのだろう。普通に勝負したなら十中八九コイツが勝つのだし、なるべく勝敗をもつれさせようという提案だ。そんなことはわかっている。わかってはいるが、やはり心から納得はできない。
そういうところなんだよ。そういう無自覚さとか、哀れみをかけられる自分のことが許せないんだ。
「いらねーよ、俺をみくびるな。それに、遊びみたいなもんだし」
言いながら、自分でも矛盾しているなって思う。
「そっか、悪い。気を悪くしたなら謝るよ。で? 実際何を賭ける?」
「うーん、そうだなあ……」
真面目に考えてみたが、これといって欲しいものはない。直近であるといえば、八月の半ばにある花火大会か。これに光莉と一緒にいけたらなあ、なんて思っていると――。
「よし、これだ。勝ったほうが光莉に告白する」
「なんでだよ!」
自分が思うより大きな声が出てちょっと驚く。
「だってお前、光莉のこと好きだろ?」
「はあ? なんでだよ」
「あれ、そうなの?」
違う、とも言えないし、都の前で好きだと認めるのも癪だしで、「そりゃ、可愛いとは思うけど」とお茶を濁すに留めた。なんだろう、みっともねーなあ。
「そっかあ。ま、いいけど。じゃあさ、勝った方が花火大会に誘うってことにしよっか。それならいいだろ。遊びみたいなもんだし」
「いや、でもよお。さすがに相手の意思ってものもあるだろーが」
「相手の意思ってなんのこと?」
妙に明るい光莉の声が頭上から降ってきて、二人同時に背筋が伸びた。
「光莉、いつからそこに居たんだよ……」
「え? 今来たところだけど。なんか、随分長いこと話し込んでるからさ、何話してるのかなって」
しゃがんで頬杖をついた、光莉のスクール水着が目の前にある。白い肌と、紺色の生地とのコントラストが眩しくて、目のやり場に困る。告白するとかしないとか、そんな話をしていたなんて言えないし、と弱っていると。
「勝ったほうが、光莉と一緒に花火見に行く権利を賭けて、五十メートル競走しようって、そういう話をしていたの」
「おい! 都!」
ぎょっとして都の口を塞ごうとしたが、「へー。私は別にいいけど。どっちにしても、花火は見に行きたいし、じゃあ私、審判やるね」と言って、光莉は飛び込み台の方角に歩いて行った。
「だってよ」
「なに考えてんだアイツ。わけわかんねえ……」
なんだこの展開、と思うが、当事者がそれでいいなら異論を挟む余地もない。去り際に視線が絡んだとき、光莉が笑ったように見えたのは俺の都合の良い妄想か。
飛び込み台に上がってなお気持ちは釈然としないが、「よーい」という光莉の声がかかって慌てて前傾姿勢になった。
「ドン!」
光莉の掛け声で、俺と都が同時に飛び込む。
スタートは完全に五分五分。ドルフィンキックを打つ回数も、水面に浮かび上がるタイムもほぼ一緒。だがここからじわじわと差が開く。
水泳でタイムを出すコツは、水をよくかくことと抵抗を減らすことだ。水中から見る都のフォームは見事で、まったく非の打ち所がない。
とはいえまだ差は無いのだから、ここから巻き返してやる!
二十五メートルプールの端で、二人同時にターンを決める。水中で再び隣を見ると、一瞬目が合った気がした。
負けないぜ! だが問題はここからなのだ。都はとにかく後半の追い込みが凄い。
視線を前だけに向け、ただ懸命に両手を回した。
五十メートル泳ぎ切って「ぶはあ」と顔を上げると、頬にかかった髪の毛を指でかき上げながら光莉が俺を見下ろしていた。
「へ、勝負は?」と思いながら隣を見ると、一泊遅れて都が水から顔を上げた。
「え、どういうこと?」
「凄い! 凄い! 真人くんの勝ちだよ。デッドヒートだったけど、最後に一歩抜け出した」
「はあ?」
俺の勝ち? 勝ったのは嬉しいけど、それとは違う感情が胸中で渦巻いていた。
水から上がると、同じように上がってきた都の肩をどん、と押した。
「なにすんだよ」
「なにすんだよ、じゃねーよ。なんでお前、手、抜いてんだよ」
真人くん、と当惑した光莉の声が聞こえるが、沸々とわいてくる怒りを止められない。
俺は、今年に入ってから一度もコイツに勝ててない。客観的に見ていたわけじゃないしなんとも言えないが、どう考えても手抜きをされたとしか思えなかった。
「別に、手、抜いてなんかないよ」と都が釈明するが、聞く耳を持つ余裕なんてない。無視して踵を返すと、俺はそのままプールをあとにした。
今日は部活動も休みなので、自主練も兼ねて学校のプールに向かった。
炎昼や。うだるような暑さのなか、たぎるように鳴く蝉しぐれ。シャーなのかジーなのか混ざりあった合唱は、聞いているだけでも暑さが一、二度増すようだ。
ギギィ……と錆びついた音を奏でて鉄扉が開く。
タイルでできた階段を駆け上がると、透明な空に浮かんだ綿菓子みたいな雲と、緑の木々を映しこんだ二十五メートルプールが俺を出迎えた。
先客は二名いる。水飛沫を上げながら、ゆっくりとした速度で泳いでいる都と、水着姿でプールサイドに腰かけている光莉だ。
光莉は、立てた片膝を両手で抱え、泳いでいる都の姿を目で追っている。腰から太ももにかけての曲線と、膨らみかけの胸に目がいき慌てて逸らした。
「あ、真人くんも来たんだー。って、あれ? どうして顔を逸らすの?」
「え!? いや……」
光莉は首を傾げると、俺の隣まで歩いてきた。肩が触れそうなくらい近い、その距離感に少し戸惑う。
実際に、触れあった場所はない。肩も、二の腕も、張りのある腰回りも、それぞれ十数センチを挟んでいる。それなのに、頭がくらくらしてしまうほど、強烈に光莉の存在を感じる。涼子が相手ならまったく緊張しないのだが、光莉となると話は別だ。彼女は時々、あっけらかんとした無防備さをみせる。
「都が泳いでるとこ、見に来たのか」と照れ隠しで尋ねると、「うん。家の中にいても暑いし、暇だったから」と光莉は答えた。
「光莉も泳ぐのか?」
「まさかあ……。私は泳げないし」
「うん。だよな」
それにしても、『暇だから』――か。
それが方便であることを俺は知っている。こうしている間も、光莉の視線は都にくぎ付けだし、会話だっていまいち弾まない。近いのは、壊れ気味の距離感だけで、光莉の関心はこっちに向いていないのだ。
心の奥底に隠していた嫉妬の感情が逆撫でされて、不意に心がささくれだった。
「今日はまた、随分熱心に見ているじゃないか」
「え?」
「いや、なんでもない。とりあえず、アップしてくるわ」
「うん……」
一方的にそう告げて、黙々と泳いでいる都を尻目にプールに浸かって泳ぎ始める。
あのまま彼女の隣にいたら、妙な言いがかりをつけてしまいそうな自分がいた。そんな、心の弱さが恨めしい。
泳ぎながら、小学生時代のことを思い起こしていく。
小さい頃の光莉は、決してスカートを履かない女の子だった。
スカートが似合わないわけでも、彼女がそういう服装を嫌っているわけでもないだろう。
小学校低学年のころ、光莉はクラスでイジメに遭っていた。
イジメられていたのに、さしたる理由はきっとない。彼女は大人しい性格だったので、他の女子とうまく馴染めなかったのと、比較的整った容姿を持っていたので、妬み嫉みを集めたといったところか。
とにかく、これといった理由もなく、イジメられた。
殴る蹴る、といった暴力こそ無かったが、陰口を言われる。無視される。私物を隠される、等々、内容は多岐にわたった。また、教師の目が届かないところで行われるので、イジメが認知されるまで時間がかかった。
ある日のことだ。光莉がスカートを履いて登校すると、華やいだ見た目が癇にさわったのか、クラスのリーダー格だった女子にスカート捲りをされた。
そう、女の子だ。女の敵は女、みたいな話を見聞きしたことがあるが、まさにそんな感じ。
やめろよ、と俺と都が抗議すると、その女子を支持していた男子連中が反目してきて、たちまちクラス中で口論が始まる。
騒ぎが大きくなっている。先生に見つかって叱られるぞ、という子どもらしい心配と、これでようやく、イジメが明るみになるかも? という冷静な思考が入り混じるなか、騒ぎを収めたのは意外にも先生ではなかった。
バタンと何かが倒れる音が聞こえ、振り返ると、床の上に仰向けになっている光莉の姿が見えた。
見た感じ、意識がない。
「光莉! 光莉!」
顔面蒼白で彼女をゆする涼子を押しのけ、教室に駆け込んできた女性教諭が心臓マッサージを始める。迅速な心臓マッサージと、低体温治療によって大事に至ることはなかったが、俺たちはただ呆然と見ていることしかできなかった。
確かにこの日、イジメは明るみになった。
同時に、光莉が心臓に先天性の病を抱えていることも。
彼女が患っている病の名は、『QT延長症候群』。不整脈が出ることで、失神や突然死が起こる心臓の病だ。ペースメーカーを埋め込むなどの対処法もあるが、完全治療は難しい。光莉の症状はそこまで重くなく、運動を禁止されてはいないが、推奨もされていない。ただひとつ、精神的に強いショックを受けるのだけはご法度なのだという。
彼女がたびたび体育の授業を見学するのも。なんとなく、塞ぎこんでいる日が多いのも。すべてに理由があったのだ。
その日から、光莉のことを見守っていくと俺は決めた。さりげなく光莉の動向に目を配り、困っていれば手を差し伸べた。
意識することで、光莉の存在が俺の中でどんどん大きくなり、やがてそれは恋に変わった。
それなのに――。いま、光莉が見ているのは俺じゃない。
都が島に戻ってくると、家が近所である二人はすぐ打ち解けた。
緊張から尻込みする俺を他所に、都は臆せず光莉に話しかける。手を握る。膝を擦りむいたらハンカチを差し出す。泳ぎを教える。笑う。一緒に歩く。
都は面倒見がよくていい奴だ。光莉が惹かれるのもよくわかる。わかるだけに、苛々が止まらない。
「ふー」
一度水から顔を上げる。やっぱり川よりプールのほうが泳ぎやすい。
それでも俺らが川で泳ぐのは、あえて危険なものに向かっていくとか、禁止されているものに手を染めるっていう浪漫を求めているからだろうか。
突然ザブンと水音がした。音がしたほうに目を向けると、そこにいたのは都だ。
ちっ、なにも今、隣に来なくてもいいのに。
ところがだ。不満をあらわにした俺の反応など歯牙にもかけず、都が肩を組んでくる。
「暇だからさ、五十メートル競走でもしようぜ」
「は?」
ヤダよ。なんでオメーと、と言いかけて口ごもった。ここで拒絶したら、いよいよ都に負けている自分を認めるようで釈然としない。
「お、いいねえ。でもどうせならさ、なんか賭けて競争しようぜ」
カラ元気っていうんだぜ、こういうの。顔が引きつってなきゃいいが。
「賭け事? 別にいいけど。なら、なんかハンデつける?」
『ハンデ』という言葉が再び俺の心を逆撫でする。
たぶん悪気はないのだろう。普通に勝負したなら十中八九コイツが勝つのだし、なるべく勝敗をもつれさせようという提案だ。そんなことはわかっている。わかってはいるが、やはり心から納得はできない。
そういうところなんだよ。そういう無自覚さとか、哀れみをかけられる自分のことが許せないんだ。
「いらねーよ、俺をみくびるな。それに、遊びみたいなもんだし」
言いながら、自分でも矛盾しているなって思う。
「そっか、悪い。気を悪くしたなら謝るよ。で? 実際何を賭ける?」
「うーん、そうだなあ……」
真面目に考えてみたが、これといって欲しいものはない。直近であるといえば、八月の半ばにある花火大会か。これに光莉と一緒にいけたらなあ、なんて思っていると――。
「よし、これだ。勝ったほうが光莉に告白する」
「なんでだよ!」
自分が思うより大きな声が出てちょっと驚く。
「だってお前、光莉のこと好きだろ?」
「はあ? なんでだよ」
「あれ、そうなの?」
違う、とも言えないし、都の前で好きだと認めるのも癪だしで、「そりゃ、可愛いとは思うけど」とお茶を濁すに留めた。なんだろう、みっともねーなあ。
「そっかあ。ま、いいけど。じゃあさ、勝った方が花火大会に誘うってことにしよっか。それならいいだろ。遊びみたいなもんだし」
「いや、でもよお。さすがに相手の意思ってものもあるだろーが」
「相手の意思ってなんのこと?」
妙に明るい光莉の声が頭上から降ってきて、二人同時に背筋が伸びた。
「光莉、いつからそこに居たんだよ……」
「え? 今来たところだけど。なんか、随分長いこと話し込んでるからさ、何話してるのかなって」
しゃがんで頬杖をついた、光莉のスクール水着が目の前にある。白い肌と、紺色の生地とのコントラストが眩しくて、目のやり場に困る。告白するとかしないとか、そんな話をしていたなんて言えないし、と弱っていると。
「勝ったほうが、光莉と一緒に花火見に行く権利を賭けて、五十メートル競走しようって、そういう話をしていたの」
「おい! 都!」
ぎょっとして都の口を塞ごうとしたが、「へー。私は別にいいけど。どっちにしても、花火は見に行きたいし、じゃあ私、審判やるね」と言って、光莉は飛び込み台の方角に歩いて行った。
「だってよ」
「なに考えてんだアイツ。わけわかんねえ……」
なんだこの展開、と思うが、当事者がそれでいいなら異論を挟む余地もない。去り際に視線が絡んだとき、光莉が笑ったように見えたのは俺の都合の良い妄想か。
飛び込み台に上がってなお気持ちは釈然としないが、「よーい」という光莉の声がかかって慌てて前傾姿勢になった。
「ドン!」
光莉の掛け声で、俺と都が同時に飛び込む。
スタートは完全に五分五分。ドルフィンキックを打つ回数も、水面に浮かび上がるタイムもほぼ一緒。だがここからじわじわと差が開く。
水泳でタイムを出すコツは、水をよくかくことと抵抗を減らすことだ。水中から見る都のフォームは見事で、まったく非の打ち所がない。
とはいえまだ差は無いのだから、ここから巻き返してやる!
二十五メートルプールの端で、二人同時にターンを決める。水中で再び隣を見ると、一瞬目が合った気がした。
負けないぜ! だが問題はここからなのだ。都はとにかく後半の追い込みが凄い。
視線を前だけに向け、ただ懸命に両手を回した。
五十メートル泳ぎ切って「ぶはあ」と顔を上げると、頬にかかった髪の毛を指でかき上げながら光莉が俺を見下ろしていた。
「へ、勝負は?」と思いながら隣を見ると、一泊遅れて都が水から顔を上げた。
「え、どういうこと?」
「凄い! 凄い! 真人くんの勝ちだよ。デッドヒートだったけど、最後に一歩抜け出した」
「はあ?」
俺の勝ち? 勝ったのは嬉しいけど、それとは違う感情が胸中で渦巻いていた。
水から上がると、同じように上がってきた都の肩をどん、と押した。
「なにすんだよ」
「なにすんだよ、じゃねーよ。なんでお前、手、抜いてんだよ」
真人くん、と当惑した光莉の声が聞こえるが、沸々とわいてくる怒りを止められない。
俺は、今年に入ってから一度もコイツに勝ててない。客観的に見ていたわけじゃないしなんとも言えないが、どう考えても手抜きをされたとしか思えなかった。
「別に、手、抜いてなんかないよ」と都が釈明するが、聞く耳を持つ余裕なんてない。無視して踵を返すと、俺はそのままプールをあとにした。
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