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最終章「帰るべきトコロ」

帰るべきトコロ②

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 二人の声に反応して、浮遊石全体が一際強く輝いた。そのあまりの眩さに、ルティスは一瞬だけ目を閉じてしまう。ところが次の瞬間、輝きは急速に失われていった。
 直後に襲ってきたのは、体がふわっと浮くような違和感。大地を空中に留めておく力が損なわれ始めたのだろう。ゆっくりとした速度ではあるが、天空都市は地上に向けて降下しだした。

『うおお!? こ、これは、何をしたのですか!』

 都市全体が地響きをあげ揺れるように只ならぬものを感じたのだろう。ディルクスが驚愕の声をあげる。

「全てを終わらせる、終焉の言葉を唱えました」

 コノハと繋いでいた手を解き、ルティスが翡翠の瞳でバルティスをじっと睨む。

『終焉の言葉?』
「そうです。これにより、浮遊石が持っていた魔力と、ラガン王国の機能は完全に失われます。ボクの中に存在している魔族の魂も、何れ消え去るでしょう。国王──いえ、ボクの父は、あなたの研究を完全に信用していたわけではなかった。最悪の事態を予期して、この言葉を私と兄に託していたのです」
『なるほど……。ここに来る途中で国王の声が告げていたあれがそうだったのですね。一切合切、残らず抹消してしまおうというのですか!』
「あなたの計画は、一見すると完璧だったかもしれない。けれど、所詮魔族にヒトの心を掌握するのは不可能だったということです」
『戯言を……。またしても、またしても貴様が邪魔をするのか! 許さん……許しませんよ!!』
「この狂った王国と共に、あなたも滅びなさい!」

 ──滅びるのは、私も、ね。
 皮肉めいた言葉の裏に、ルティスは自嘲の念をそっと隠した。
 漆黒の剣を抜いたディルクス。リンは刀の切っ先を魔族に向けると、空中にふわりと浮いて迎撃体勢を整える。
 オルハとコノハは散開しながら、弓に矢をつがえ、また、魔法の詠唱に入った。
 中間点を維持しながらシャンが注意を飛ばすなか、ディルクスが翼を羽ばたかせ、一直線にリンとシャンに向って突進してくる。怒りで我を忘れているようだ。

「……ところでリン。あのバケモノは、どうやって倒すつもりですか?」
「トドメが刺せない以上、生かさず殺さず、捕縛するしかないんじゃねえのか!?」
「確かに正攻法ですが、作戦としては最悪ですね。幻滅しました」
「うるせ~、黙ってやれ!」
「言われなくても……っと!」

 リンとシャンは軽口を叩き合いながらも、各々が逆方向へ飛んだ。
 魔族はリンを最初の獲物と定め、渾身の力で剣を振るう。初撃を刀身を立て受け止めたリンであったが、腕力では適わない。鍔迫り合いに移行するも次第に押されてしまう。

不可視の障壁シールド!」

 だが──リンの体を捕らえようとしていた二撃めは、シャンが展開した障壁の魔法に逸らされた。

「全ての力の源。地の底で燃える紅蓮の炎よ。我が元に集いて敵を滅ぼす力となれ……! インフェルノ!!」 
「……食らいなさい、ダブル・ショット!」

 コノハの炎の魔法と、オルハが放つ銀の矢が、立て続けに魔族の身体を捕らえる。
 だが、矢は身を捩ることで表面を滑るように逸らされ、激しい炎の渦にも魔族は耐え切ってみせた。今の体はバルティスのものであるため非常に頑健。そのうえ手首に宝石を備えているのだから、ルティスほどじゃないにしろ、治癒能力も備わっている。
 ──が、爆炎を突っ切るようにして、間合いを詰めていたのはシャン。

「三連撃!!」

 左右のパンチは肘で受け流され、体を捻って放った回し蹴りも、ディルクスが身を屈めることで躱され空を切った。
 そこに、反撃の刃が振るわれる。障壁の魔法で弾いたシャンだったが、勢いは完全に殺し切れず後方に吹っ飛ばされた。

「いまいち効果がありませんね」

 地面に衝突する間際に身を捩って着地したシャンが悪態をついた。

「傷を負わせても、すぐに治癒してしまうからね……! 炎の矢ファイアアロー!」

 答えながら炎の矢を二本放ったコノハだが、殆ど効果を及ぼさなかったことに気づき舌打ちを落とす。
 もっとも、問題はそればかりではない。致命傷を与えると魂をリンクされて体を乗っ取られてしまうという事実が、想像以上に彼女らの足かせとなっていた。
 リンの剣技にも、コノハの魔法にも、迷いからか普段通りの切れがない。次第に一行は、劣勢になっていった。

『元をただせば、貴様ら人間のせいだろう』
「どういうことだ?」

 激しく剣戟を交わしながら、魔族の言葉に答えるリン。

『お前たち人間との戦いに敗れたことで、私の娘、リリスは死んだ』
「娘──なるほどね」
『だが、消失し魔界に還ろうとしていた魂を、繋ぎとめて入れ物に移した』
「それが、ルティスの手首にある宝石か」

 リンが逆袈裟の要領で刀を振るうが、刀身は軽くいなされた。

『そういうことだ』

 ディルクスが振るった反撃の刃を、リンはすんでのところで受け止める。動きが止まった瞬間を狙ったオルハの矢が肩口に刺さり、魔族は顔をしかめた。

『その日から、娘を復活させるための最適な器を探し求めてきたんだ。今さら邪魔などされてたまるか。私の気持ちが、お前たちにわかるものか!』

 鍔迫り合いののち、魔族の体を押し返してリンは一旦距離を置く。魔族にしろ、国王にしろ、娘を思う一心という点では同じだったわけか。皮肉だな、とリンは思う。

「いや、わかるさ。わかるけどな、そんなもんは誰だって同じなんだよ。俺だって大切な人を失った。それは、シャンだってコノハだって同じだ。けど、そういった喪失を乗り越えてみんな生きていくんだよ。おめーのワガママだけ通ってたまるか」
『ほざけ、人間風情が。たかだか百年ぽっちしか生きられんお前らの人生など、知ったことか』
「長さじゃないの!」

 これに反応して叫びを上げたのはコノハ。

「あなたたちから見れば、ほんの一瞬の瞬きだったとしても、その中でみんな必死に生きているんだよ。確かに私たちの付き合いはまだ短い。でもね、あなたが娘を思うように、私たちもルティスから大切なものをたくさん貰った。だから……ここで負けるわけにいかないの!」

 コノハが唱えた『魔力付与エンチャント』の魔法がリンの刀に宿り、刀身が魔法の輝きを放った。

「これでどうだ!」

 眩い輝きを尾のように引き放たれたリンの一撃も、ぎりぎりディルクスの体には届かない。

 そんな中、彼女らの戦いを、ただ見守ることしかできないのはルティス。
 滅びの呪文を唱えたいま、浮遊石の魔力は次第に損なわれ始めている。だからディルクスの治癒能力は完全な状態ではないのだが、それは自分とて同じことだった。加えて先ほどから続いている頭痛はどんどん酷くなる一方。体を支配しようと内側から浸食してくるリリスの精神に抗うので精一杯で、立っているだけでもやっとの状況だった。とてもではないが、兄の体を支配している魔族を討つため、魔力を高めていく余裕もない。下手をすると、一気にリリスに支配されてしまいかねない。

 ──歯がゆいわね。この状況で、全力で力を使えるのは精々一回かしら。
 
 ディルクスが何度も右手の剣を振るう。リンが防戦一方に追いやられている。それは、彼女らが初めて経験する戦いのシーンだった。
 シャンは癒しの魔法による支援に専念し、コノハがリンの刀にかけた魔力付与の援護があってなお、リンには反撃の糸口が掴めていなかった。持ち前の動体視力で、オルハも魔族の急所を狙って矢を放つが、やはりいまひとつ精度を欠いていた。
 留めを刺せないという迷いが、強い足枷となる。
 そして遂に、ディルクスの漆黒の刃がリンの脇腹を捉えた。「ぐぁぁ……!」彼女が苦悶の表情を浮かべる。
 だが、攻撃が命中したことで、その一瞬だけ魔族の動きが止まった。

「ここしかない!」

 ルティスは純エネルギーで出来た槍を右手に精製すると、一直線に飛んだ。兄の姿を模している存在に向かって。ルティスの接近に気づいた魔族が、リンの体から漆黒の剣を抜き身構えるが、時すでに遅し。彼女は体当たりをするようにしてぶつかっていった。
 槍の穂先は寸分たがわず、魔族の左胸に突き刺さる。

「ごめんね兄さん……! ちょっとだけ痛いけど我慢して。すぐに解放してあげるから」

 ディルクスは彼女の姿を目で捉えつつ、けれど、殆ど避けようとしなかった。左胸を貫いた一撃が致命傷であることを確認し、満足そうに口元を歪めた。

『勝った……!!』

 愚か者め、とディルクスはほくそ笑む。これで、労せずして娘の魂と共存することができる。お前は兄妹仲良く、同じ肉体の中で朽ちてゆくんだな。

 ──能力を発動。対象となるアデリシアの魂を捕縛し、私のものと交換する……!

 アデリシア──ルティスの魂とリンクさせるべく、精神を研ぎ澄ませていく。だが、瞬時に彼は違和感に気がついた。……なぜだ? なぜこんなにも時間がかかる? おかしい、こんなことは初めてだ。リンク先となる、アデリシアの魂がなぜか特定できない。
 やがて彼は、自分の過ちに気がついた。
 しまった! そういうことなのか! リンクさせるべき魂が『複数』存在しているため、能力が完遂されないのだ。私の能力は、一対一で、魂を交換するものなのだから。

『くそがぁ……! くそがあああああああ!!』

 自分の迂闊を呪いながら、ディルクスの魂は弾け霧散した。数百年もの永きに渡り、姿を変えながら生き続けた魔族の、あっけない最後だった。
 だがその瞬間、ルティスは見た。魔族の表情が柔らかいものに変化したのを。

「……よくやってくれたね、ルティス。最後まで、不甲斐無い兄で悪かった」
「兄さん……? 兄さんなの!?」

 しかしそれも、ほんの僅かな時間。おそらくは、ものの数秒に留まったのだろう。バルティスの瞳が閉じられると、彼の身体は砂のように崩れ落ち消えてしまう。

「嫌だ、兄さん……! 待ってよ!兄さん!! いやああああああああ!!」

 静かに落下を続ける王城の最深部に、ルティスの叫びが木魂していった。
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