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第三章「少女の決意と魔族の影」
災厄、動く──
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「カノンの様子はどう?」
手首や喉を繰り返し触り、カノンの脈や容態を確かめていたシャンの手元を、心配そうにコノハが覗きこんでいる。
「もう、大丈夫でしょう。魔族が消え去ったことで邪悪化は完了することなく止まりました。見たところ、顔色もよくなってきましたし呼吸も落ち着いている。今は体力的な消耗が激しいためまだ意識がありませんが、そのうち目覚めるでしょう」
「そっか、良かった」
「……それにしても驚きましたね。シャンとレン君のみならず、カノンまでがラガンの民の末裔だったとは」
オルハの言葉にコノハが同意する。
「ほんとにね」
「驚いたと言えば、ルティスもだがな。……そろそろ、話してもらえるかい? 詳しい話ってやつをさ」
リンがルティスに問うと、彼女は一度視線を地面に落としたのち、意を決したように顔を上げた。
「先ず、最初に謝っておくことがあります。ボクの記憶についてですが」
「もう、完全に戻っているんだな?」
みなまで言うまでもない、とばかりにリンが言葉を遮ると、ルティスは素直に「はい」と頷いた。
「ボクの本当の名前は、アデリシア・ルティス・フィンブレイド。ザウートの奴が言っていた通り、ラガン王国の第一王女にして正統な王位継承者でした」
「でした、か。過去形なんだな」
「ええ。ボクが護るべき国も民も、今はもう、存在していませんからね」
そう言って笑うルティスの顔は、やはりどこか寂しげで。彼女の横顔をじっと見つめ、コノハは思う。
ルティスはたとえ笑っていても、常に陰があるというか、物憂げな表情を浮かべることが多かった。いったい、いつ頃から記憶が戻っていたのだろう。私たちに相談することもできず、ずっと一人で悩みを抱えこんでいたのだろうか。
「それで? ラガン王国は五百年前に滅んでいるのにそれでも君がこうして生存していられるのは、やはり君の正体が魔族だからかい?」
「シャン!」
淡々と真相だけを問い質すようなシャンの口ぶりに、コノハが憤りの声を上げる。
「ルティスの兄さんである彼も言ってたじゃない。厳密に言えば魔族じゃないって……」
そう釈明してはみたが、やはり自信がないのだろう。コノハの語尾は次第に弱くなる。五百年生きている時点で、普通の人間じゃないのは明らかなのだし。
ぎこちなくも浮かべていた乾笑を引き取り、ルティスが静かに語り始める。
「完全な魔族という訳ではありませんが、ボクが普通の人間じゃないのは確かです。数々の忌まわしい研究に手を染めた、祖国が生んだ造り物。造り物であるがゆえ、寿命に縛られることもないのです」
「じゃあ……、擬似生命体みたいなものなの?」
恐る恐るといった体で質問したコノハに、左手首の宝石を示しながらルティスが答える。「当たらずとも遠からずです」、と。
「順序立てて説明をしていきましょう。まず、ラガン王国が天空に留まっていられる理由。これは、巨大な浮遊石の魔力によるものなのです」
「巨大な浮遊石……。驚きましたね。浮遊石の力がいくら偉大だとはいえ、街を浮かせるとなるとどれだけの質量が必要なのかと考えてはいましたが」
シャンの呟きに、そうですね、とルティスが相槌を打つ。
「ラガンの中心部にある巨大な浮遊石は、大地を浮かせるのみならず、強い魔力を常に放っています。無尽蔵に放出され続ける魔力が手首の宝石から流れ込むことにより、ボクは、疑似的に不老不死の肉体を得ているのです」
「つまり、その巨大な浮遊石か手首の宝石を失ってしまったら──」
「そうなったら、ボクは死ぬことができるのでしょう」と自嘲気味にルティスが笑う。「もっとも、この宝石は並大抵の力じゃ外せません。強力な防御魔術が働いていますし、無限の治癒力まで備わっているのですから」
寂しそうな声だ、とコノハは思う。やはり彼女は、望んでそんな体を手に入れたわけではないのだろう。
「じゃあ、どうしてルティスはそんな体になってしまったの?」と言った後で、慌ててコノハは口を塞いだ。どう考えても配慮に欠けた言葉。「ごめん。バケモノみたいって意味じゃないの」
「いいのですよ。実際ボクは、バケモノなのですから。ん~……そうですね。どこから話しましょうか。ラガン王国が優れた魔法文明を築いていたこと。疫病の蔓延と内乱が引き金になって滅びの日を迎えたのは、この間言ったとおりなのです」
「うん、それは」とコノハが頷く。
そうして、ルティスは静かに語り始めた。
ラガン王国は、確かに強大な力を持っていた。
小型から大型まで、多種多様な飛行船を建造し、優れた魔法文明を持っていた。結果として強大な軍事力を保持していたラガンは、次々と地上の国々を支配化に置いていった。しかし、ラガンの人口は決して多くなく、というか、深刻な人口減少問題に晒されていた。その遠因としたあったのが、国土の狭さから避けられなかった近親者による交配。
新しい血が入らないことで、いつのまにかラガンの民は、種として脆弱になっていた。
出生率の低下。
人口における高齢者の増加問題。
そして、国が疲弊していくなかで始まった、死に至る疫病の蔓延。
「そんななか、国王に接触を謀ってきたのが、四人の神官のうちの一人でした」
「しかし、彼らは魔族だった」と、リンが言葉を挟む。
「そうです。邪悪な魔族であると知っていてなお、ラガンの国王──まあ、ボクの父ですが──は彼らに助言と協力を仰いだ」
背に腹は代えられなくなっていた。このまま座して死を待つよりは、たとえ相手が魔族であっても、縋るほかなかった。
「勿論ボクたちとて、何もしていなかったわけではありません。疫病に対抗するため、様々な手段を講じていました。薬品の調合。錬金術や魔法を応用した治療法。しかし、そのどれもが良い結果には繋がりませんでした。……結局、魔族の助言を受けたボクらが行きついたのは、自分たちを体ごと造り変えてしまう研究」
「……まさかそれが?」
リンの呟きに、ルティスが首肯する。
「ええ、そうです。魔族の遺伝子や肉体の一部を自分達の体に融合させることで、疫病にも耐えうる強い生命力を得ようとしたのです」
「まさに禁断の方法ですね。それは、成功したんですか?」
シャンの質問に、今度は首を振って否定するルティス。
「どんなに優れた文明を持っていようとも、所詮は普通の人間です。被験者の大部分は魔族の遺伝子に適応することができず、その身を滅ぼす結果となりました。ただし……ごく一部の例外を除いて」
「……一部、ね。それが君であり、兄のバルティスということ?」
「はい。適応できたのは、私と兄の二名だけでした」
「なるほど。それでタケルの奴は、ルティスから魔族の気配を感じていたと」と納得したようにリンが頷いた。「それに、神官たちの大半はそもそも魔族なのだから、遺伝子の入手も容易、ということになる」
「そういうことですね」
「でも、君の兄は神官の中に名を連ねていないんだね?」
「はい。どうやらボクとは、肉体の改造方法が多少異なるらしいです」
「……どう違うんだい?」
「いえ、そこまではボクも知らないです。持っている力は、ほぼ、同じなんですけどね」
ほぼ、という表現。ほんの一瞬、ルティスの視線が泳いだのがコノハは気に掛かる。だが、そのまま続きを促した。
「……ですが、そうした禁断の研究がやがて民の反発を呼び、内乱が起こってしまいます」
多くの犠牲者を生んだ忌まわしい研究に、当然のごとく人々から反発の声が上がり始める。やがて民衆は推進派と反対派に分裂し、激しい内乱の時代に突入していった。
父が始めた研究とは言え、その忌々しさに疑問を抱いていたルティスとバルティスも、反対派の先頭に立って戦いを始める。
「ボクたちが率いる反対派と、三人の神官たちを支持する推進派に分かれた内乱は、およそ一ヶ月にも及びました。長い戦いの末にボクたちは魔族らの殲滅に成功しますが、すでに国は疲弊していたのです」
対抗策もなく広がり続ける疫病。一ヶ月で多くの死者を出した内乱。民の数がかつての十分の一ほどに減ってしまった状況下では、もはや国を再建する目途は立たなくなっていた。
「こうしてボクたちは、王国の機能の大半を『封印』して、遥か高空に王国を隠蔽したのち地上に降りたのです」
神官たちを打倒したものの、その魂まで完全に浄化できたわけではない。彼らの魂は、本来の住みかである魔界に戻って肉体の修復を果たしたのち、再び我々の住む世界に戻って来る可能性は高かった。
「そんな日が来るかもしれないと考え、君たちが残したのが『禁忌の場所』の遺跡?」
リンの質問にルティスが頷いた。
「はい。ラガンの民とボクたちで造ったものです。王国の歴史と、封印を強制解除するキーワードを記したのち、ボクは自分の記憶をも封印してから兄と一緒に長い眠りにつくことにしました。人の手が及んでいない、高所にある遺跡で──ですね。ですが、嫌な予感は見事に的中。自分たちの力が戻り始めた時期を見越して、神官たちがボクたちの居場所を突き止め、アクセスをしてきたというわけです。今度こそボクは、ラガンという国ごと消し去る必要があるんです。破壊の力を誰かに利用されるわけにはいかないのですから」
「ふむ」
頷いたのち、リンはちらりとオルハに目配せした。どうやら同じ違和感を彼女も感じ取ったらしい。王国の機能を完全に破壊するのであれば、なぜ五百年も待つ必要があるのか。
「破壊の力、ね。もうこのさい端的に聞こう。例の最終兵器とやらは、本当にあるのかい?」
「あります」
一片のよどみもなく、ルティスが断言した。やはりそうなのか、と全員の顔色がさっと変わる。
「ラガン王国が持っていた技術の全てを注ぎ込んだ、恐るべき生体兵器だといわれています。これが動き出した時、トリエストに存在している全ての王国は、存亡の危機に晒されてしまうでしょう」
「生体兵器、ね。それは君と同じように、魔族の遺伝子を利用して造られたものなのかい?」
「詳細な姿は、ボクにもわかりません。存在を知っているだけで、ボクも直接見たことはないのですから」
「ふむ……」
リンが顎に手をそえ思案する。
またコノハも、彼女らとは別の違和感を感じ取っていた。
王国の力を封印して眠りについた。神官たちが戻ってきたときに備え、封印は一時的なものとした。自分の力を存分に発揮する必要があるから――。ここまでの理屈は一見通っている。でも、記憶を封じる必要はどこにあるの? 王国の機能ごと破壊してしまえば、全て終わりにできたんじゃないの? まどろっこしいというか、未練がましいという引っ掛かりをコノハは感じる。同時に、『神官の一人』と言われた時のルティスの取り乱し方にも。
何かを隠しているのかもしれない、とコノハは思う。でも、今はそれでいい。私はルティスのことを信じると決めたのだから。
コノハがぎゅっとルティスを抱きしめた。
「じゃあさ。後は残っている神官たちを倒して、もう一回ラガンの力を封印したら全部終わるんでしょ? がんばろ。私、最後まで協力するからさ」
「コノハ……」
コノハの温もりを感じつつ、ルティスは思った。もう少しだけ生きたいと。
あと少しだけ、この暖かい場所に身を委ねていたいと。
その時、大気が強く振るえ始めた。緊張した面持ちでルティスが視線を走らせ、気配を察知した他の四人も、キョロキョロとし落ち着かなくなる。
一番最初に、異変の源に気がついたのはオルハだった。
「……あれは、なんでしょうね」
目を凝らしてようやく見えるはるか彼方。東の空の果てに、小さな光源が浮かんでいる。
森の上に見える発光体は全部で四つ。光はゆっくりとではあるが、中央に集まっていくように見える。
「……大気が、大地が震えています」
間の抜けた声で、しかし緊迫した表情でオルハが言う。
一方でルティスの顔は血の気を失い、すっかり青ざめてしまっている。
「そんなバカな……! そんなことは有り得ない。ラガン王国を動かすことができるのは王族の人間だけ。ボクと兄さんだけのはずなのに」
「どういうことだよ!? あの光はラガン王国から放たれているとでもいうのか? だってあの国は、今現在、国境付近にあるはずなんじゃ?」
だがリンの問い掛けにも答えることなく、光を見据えたままルティスはふわりと宙に舞い上がる。
「ごめんなさい!」という叫びだけを置き去りにして、彼女は全開飛行へと移行する。
「待てよ!ルティス!」
凛が叫んで追いかけようとするが、少女の姿は瞬く間に闇夜の彼方へと消えて行った。東の空。光源が見える方向に。
「お、おい。どうするんだよ」
シャンの狼狽した声にリンが応える。
「俺はこのままルティスを追いかける。コノハも一緒に来てくれるか?」
「わ、わかった」
「シャンとオルハはカノンを連れて、一旦街に戻ってくれないか?」
「了解です」
「もっとも……」とリンは眉をひそめた。「到底追いつけるとは思えないが」
山間から日が顔を出してくる。真っ直ぐのびた一筋の朝日が、嫌味なほど目に眩しかった。
手首や喉を繰り返し触り、カノンの脈や容態を確かめていたシャンの手元を、心配そうにコノハが覗きこんでいる。
「もう、大丈夫でしょう。魔族が消え去ったことで邪悪化は完了することなく止まりました。見たところ、顔色もよくなってきましたし呼吸も落ち着いている。今は体力的な消耗が激しいためまだ意識がありませんが、そのうち目覚めるでしょう」
「そっか、良かった」
「……それにしても驚きましたね。シャンとレン君のみならず、カノンまでがラガンの民の末裔だったとは」
オルハの言葉にコノハが同意する。
「ほんとにね」
「驚いたと言えば、ルティスもだがな。……そろそろ、話してもらえるかい? 詳しい話ってやつをさ」
リンがルティスに問うと、彼女は一度視線を地面に落としたのち、意を決したように顔を上げた。
「先ず、最初に謝っておくことがあります。ボクの記憶についてですが」
「もう、完全に戻っているんだな?」
みなまで言うまでもない、とばかりにリンが言葉を遮ると、ルティスは素直に「はい」と頷いた。
「ボクの本当の名前は、アデリシア・ルティス・フィンブレイド。ザウートの奴が言っていた通り、ラガン王国の第一王女にして正統な王位継承者でした」
「でした、か。過去形なんだな」
「ええ。ボクが護るべき国も民も、今はもう、存在していませんからね」
そう言って笑うルティスの顔は、やはりどこか寂しげで。彼女の横顔をじっと見つめ、コノハは思う。
ルティスはたとえ笑っていても、常に陰があるというか、物憂げな表情を浮かべることが多かった。いったい、いつ頃から記憶が戻っていたのだろう。私たちに相談することもできず、ずっと一人で悩みを抱えこんでいたのだろうか。
「それで? ラガン王国は五百年前に滅んでいるのにそれでも君がこうして生存していられるのは、やはり君の正体が魔族だからかい?」
「シャン!」
淡々と真相だけを問い質すようなシャンの口ぶりに、コノハが憤りの声を上げる。
「ルティスの兄さんである彼も言ってたじゃない。厳密に言えば魔族じゃないって……」
そう釈明してはみたが、やはり自信がないのだろう。コノハの語尾は次第に弱くなる。五百年生きている時点で、普通の人間じゃないのは明らかなのだし。
ぎこちなくも浮かべていた乾笑を引き取り、ルティスが静かに語り始める。
「完全な魔族という訳ではありませんが、ボクが普通の人間じゃないのは確かです。数々の忌まわしい研究に手を染めた、祖国が生んだ造り物。造り物であるがゆえ、寿命に縛られることもないのです」
「じゃあ……、擬似生命体みたいなものなの?」
恐る恐るといった体で質問したコノハに、左手首の宝石を示しながらルティスが答える。「当たらずとも遠からずです」、と。
「順序立てて説明をしていきましょう。まず、ラガン王国が天空に留まっていられる理由。これは、巨大な浮遊石の魔力によるものなのです」
「巨大な浮遊石……。驚きましたね。浮遊石の力がいくら偉大だとはいえ、街を浮かせるとなるとどれだけの質量が必要なのかと考えてはいましたが」
シャンの呟きに、そうですね、とルティスが相槌を打つ。
「ラガンの中心部にある巨大な浮遊石は、大地を浮かせるのみならず、強い魔力を常に放っています。無尽蔵に放出され続ける魔力が手首の宝石から流れ込むことにより、ボクは、疑似的に不老不死の肉体を得ているのです」
「つまり、その巨大な浮遊石か手首の宝石を失ってしまったら──」
「そうなったら、ボクは死ぬことができるのでしょう」と自嘲気味にルティスが笑う。「もっとも、この宝石は並大抵の力じゃ外せません。強力な防御魔術が働いていますし、無限の治癒力まで備わっているのですから」
寂しそうな声だ、とコノハは思う。やはり彼女は、望んでそんな体を手に入れたわけではないのだろう。
「じゃあ、どうしてルティスはそんな体になってしまったの?」と言った後で、慌ててコノハは口を塞いだ。どう考えても配慮に欠けた言葉。「ごめん。バケモノみたいって意味じゃないの」
「いいのですよ。実際ボクは、バケモノなのですから。ん~……そうですね。どこから話しましょうか。ラガン王国が優れた魔法文明を築いていたこと。疫病の蔓延と内乱が引き金になって滅びの日を迎えたのは、この間言ったとおりなのです」
「うん、それは」とコノハが頷く。
そうして、ルティスは静かに語り始めた。
ラガン王国は、確かに強大な力を持っていた。
小型から大型まで、多種多様な飛行船を建造し、優れた魔法文明を持っていた。結果として強大な軍事力を保持していたラガンは、次々と地上の国々を支配化に置いていった。しかし、ラガンの人口は決して多くなく、というか、深刻な人口減少問題に晒されていた。その遠因としたあったのが、国土の狭さから避けられなかった近親者による交配。
新しい血が入らないことで、いつのまにかラガンの民は、種として脆弱になっていた。
出生率の低下。
人口における高齢者の増加問題。
そして、国が疲弊していくなかで始まった、死に至る疫病の蔓延。
「そんななか、国王に接触を謀ってきたのが、四人の神官のうちの一人でした」
「しかし、彼らは魔族だった」と、リンが言葉を挟む。
「そうです。邪悪な魔族であると知っていてなお、ラガンの国王──まあ、ボクの父ですが──は彼らに助言と協力を仰いだ」
背に腹は代えられなくなっていた。このまま座して死を待つよりは、たとえ相手が魔族であっても、縋るほかなかった。
「勿論ボクたちとて、何もしていなかったわけではありません。疫病に対抗するため、様々な手段を講じていました。薬品の調合。錬金術や魔法を応用した治療法。しかし、そのどれもが良い結果には繋がりませんでした。……結局、魔族の助言を受けたボクらが行きついたのは、自分たちを体ごと造り変えてしまう研究」
「……まさかそれが?」
リンの呟きに、ルティスが首肯する。
「ええ、そうです。魔族の遺伝子や肉体の一部を自分達の体に融合させることで、疫病にも耐えうる強い生命力を得ようとしたのです」
「まさに禁断の方法ですね。それは、成功したんですか?」
シャンの質問に、今度は首を振って否定するルティス。
「どんなに優れた文明を持っていようとも、所詮は普通の人間です。被験者の大部分は魔族の遺伝子に適応することができず、その身を滅ぼす結果となりました。ただし……ごく一部の例外を除いて」
「……一部、ね。それが君であり、兄のバルティスということ?」
「はい。適応できたのは、私と兄の二名だけでした」
「なるほど。それでタケルの奴は、ルティスから魔族の気配を感じていたと」と納得したようにリンが頷いた。「それに、神官たちの大半はそもそも魔族なのだから、遺伝子の入手も容易、ということになる」
「そういうことですね」
「でも、君の兄は神官の中に名を連ねていないんだね?」
「はい。どうやらボクとは、肉体の改造方法が多少異なるらしいです」
「……どう違うんだい?」
「いえ、そこまではボクも知らないです。持っている力は、ほぼ、同じなんですけどね」
ほぼ、という表現。ほんの一瞬、ルティスの視線が泳いだのがコノハは気に掛かる。だが、そのまま続きを促した。
「……ですが、そうした禁断の研究がやがて民の反発を呼び、内乱が起こってしまいます」
多くの犠牲者を生んだ忌まわしい研究に、当然のごとく人々から反発の声が上がり始める。やがて民衆は推進派と反対派に分裂し、激しい内乱の時代に突入していった。
父が始めた研究とは言え、その忌々しさに疑問を抱いていたルティスとバルティスも、反対派の先頭に立って戦いを始める。
「ボクたちが率いる反対派と、三人の神官たちを支持する推進派に分かれた内乱は、およそ一ヶ月にも及びました。長い戦いの末にボクたちは魔族らの殲滅に成功しますが、すでに国は疲弊していたのです」
対抗策もなく広がり続ける疫病。一ヶ月で多くの死者を出した内乱。民の数がかつての十分の一ほどに減ってしまった状況下では、もはや国を再建する目途は立たなくなっていた。
「こうしてボクたちは、王国の機能の大半を『封印』して、遥か高空に王国を隠蔽したのち地上に降りたのです」
神官たちを打倒したものの、その魂まで完全に浄化できたわけではない。彼らの魂は、本来の住みかである魔界に戻って肉体の修復を果たしたのち、再び我々の住む世界に戻って来る可能性は高かった。
「そんな日が来るかもしれないと考え、君たちが残したのが『禁忌の場所』の遺跡?」
リンの質問にルティスが頷いた。
「はい。ラガンの民とボクたちで造ったものです。王国の歴史と、封印を強制解除するキーワードを記したのち、ボクは自分の記憶をも封印してから兄と一緒に長い眠りにつくことにしました。人の手が及んでいない、高所にある遺跡で──ですね。ですが、嫌な予感は見事に的中。自分たちの力が戻り始めた時期を見越して、神官たちがボクたちの居場所を突き止め、アクセスをしてきたというわけです。今度こそボクは、ラガンという国ごと消し去る必要があるんです。破壊の力を誰かに利用されるわけにはいかないのですから」
「ふむ」
頷いたのち、リンはちらりとオルハに目配せした。どうやら同じ違和感を彼女も感じ取ったらしい。王国の機能を完全に破壊するのであれば、なぜ五百年も待つ必要があるのか。
「破壊の力、ね。もうこのさい端的に聞こう。例の最終兵器とやらは、本当にあるのかい?」
「あります」
一片のよどみもなく、ルティスが断言した。やはりそうなのか、と全員の顔色がさっと変わる。
「ラガン王国が持っていた技術の全てを注ぎ込んだ、恐るべき生体兵器だといわれています。これが動き出した時、トリエストに存在している全ての王国は、存亡の危機に晒されてしまうでしょう」
「生体兵器、ね。それは君と同じように、魔族の遺伝子を利用して造られたものなのかい?」
「詳細な姿は、ボクにもわかりません。存在を知っているだけで、ボクも直接見たことはないのですから」
「ふむ……」
リンが顎に手をそえ思案する。
またコノハも、彼女らとは別の違和感を感じ取っていた。
王国の力を封印して眠りについた。神官たちが戻ってきたときに備え、封印は一時的なものとした。自分の力を存分に発揮する必要があるから――。ここまでの理屈は一見通っている。でも、記憶を封じる必要はどこにあるの? 王国の機能ごと破壊してしまえば、全て終わりにできたんじゃないの? まどろっこしいというか、未練がましいという引っ掛かりをコノハは感じる。同時に、『神官の一人』と言われた時のルティスの取り乱し方にも。
何かを隠しているのかもしれない、とコノハは思う。でも、今はそれでいい。私はルティスのことを信じると決めたのだから。
コノハがぎゅっとルティスを抱きしめた。
「じゃあさ。後は残っている神官たちを倒して、もう一回ラガンの力を封印したら全部終わるんでしょ? がんばろ。私、最後まで協力するからさ」
「コノハ……」
コノハの温もりを感じつつ、ルティスは思った。もう少しだけ生きたいと。
あと少しだけ、この暖かい場所に身を委ねていたいと。
その時、大気が強く振るえ始めた。緊張した面持ちでルティスが視線を走らせ、気配を察知した他の四人も、キョロキョロとし落ち着かなくなる。
一番最初に、異変の源に気がついたのはオルハだった。
「……あれは、なんでしょうね」
目を凝らしてようやく見えるはるか彼方。東の空の果てに、小さな光源が浮かんでいる。
森の上に見える発光体は全部で四つ。光はゆっくりとではあるが、中央に集まっていくように見える。
「……大気が、大地が震えています」
間の抜けた声で、しかし緊迫した表情でオルハが言う。
一方でルティスの顔は血の気を失い、すっかり青ざめてしまっている。
「そんなバカな……! そんなことは有り得ない。ラガン王国を動かすことができるのは王族の人間だけ。ボクと兄さんだけのはずなのに」
「どういうことだよ!? あの光はラガン王国から放たれているとでもいうのか? だってあの国は、今現在、国境付近にあるはずなんじゃ?」
だがリンの問い掛けにも答えることなく、光を見据えたままルティスはふわりと宙に舞い上がる。
「ごめんなさい!」という叫びだけを置き去りにして、彼女は全開飛行へと移行する。
「待てよ!ルティス!」
凛が叫んで追いかけようとするが、少女の姿は瞬く間に闇夜の彼方へと消えて行った。東の空。光源が見える方向に。
「お、おい。どうするんだよ」
シャンの狼狽した声にリンが応える。
「俺はこのままルティスを追いかける。コノハも一緒に来てくれるか?」
「わ、わかった」
「シャンとオルハはカノンを連れて、一旦街に戻ってくれないか?」
「了解です」
「もっとも……」とリンは眉をひそめた。「到底追いつけるとは思えないが」
山間から日が顔を出してくる。真っ直ぐのびた一筋の朝日が、嫌味なほど目に眩しかった。
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最高の淑女教育と最強の兵士教育を施されたアレクシアと、そんな彼女の従者兼護衛として育てられたウィルフレッド。ふたりにとって、『学校』というのは思いもよらない刺激に満ちた場所のようで……?
まもののおいしゃさん
陰陽@2作品コミカライズと書籍化準備中
ファンタジー
まもののおいしゃさん〜役立たずと追い出されたオッサン冒険者、豊富な魔物の知識を活かし世界で唯一の魔物専門医として娘とのんびりスローライフを楽しんでいるのでもう放っておいてくれませんか〜
長年Sランクパーティー獣の檻に所属していたテイマーのアスガルドは、より深いダンジョンに潜るのに、足手まといと切り捨てられる。
失意の中故郷に戻ると、娘と村の人たちが優しく出迎えてくれたが、村は魔物の被害に苦しんでいた。
貧乏な村には、ギルドに魔物討伐を依頼する金もない。
──って、いやいや、それ、討伐しなくとも、何とかなるぞ?
魔物と人の共存方法の提案、6次産業の商品を次々と開発し、貧乏だった村は潤っていく。
噂を聞きつけた他の地域からも、どんどん声がかかり、民衆は「魔物を守れ!討伐よりも共存を!」と言い出した。
魔物を狩れなくなった冒険者たちは次々と廃業を余儀なくされ、ついには王宮から声がかかる。
いやいや、娘とのんびり暮らせれば充分なんで、もう放っておいてくれませんか?
※魔物は有名なものより、オリジナルなことが多いです。
一切バトルしませんが、そういうのが
お好きな方に読んでいただけると
嬉しいです。
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