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イノセンシア国立学園高等部

形勢逆転?

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ニコラスから衝撃の情報をもたらされた次の日も、私は一人ぼっちで授業を受けた。
今日は二人組になる授業がなかったからよかったけれど、クラスメイトに白い目で見られるよりカルロータ様と話せないのが地味につらい。彼女の筋肉トークや騎士達の妄想恋愛物語に癒されていたんだわ、私。

「今日はここまで。百四十六ページまでを読んでくるように」
授業は終わった。
さて、『復讐』の時間よ。

クラウディオがメラニアとデートをするのは本当らしい。ニコラスだけではなく、中等部の生徒の間でも噂になっている。メラニアが噂を広めているに決まっているけど、クラウディオが睨みを利かせれば、公爵家の権力で潰せると思うのよね。それをしないってことは、噂は本当ってこと。……ああ、もう!信じられない。

   ◆◆◆

授業が終わって、すぐに教室を抜け出した。
まだ誰も歩いていない渡り廊下を抜けて、校舎の入口へと向かう。
帰り際に話をする相手もいない。ぼっちなのも好都合だと思う。
「やあ、今帰り?」
……って、話しかけないでよ!
振り返ってキッ、と睨む。ワイルド系騎士ホアキンは、これは参ったと手を上げた。
「そんな怖い顔しなくてもいいだろ?俺はね、可愛いお姫様を守る騎士なんだぞ」
「守ってほしいと頼んだ覚えはございませんわ。忙しいので、失礼!」
くるりと踵を返……せなかった。
ホアキンは私のウエストに手を回し、ひょいと抱え上げた。
「ちょ……!」
「あー、ちょっと静かにしてくれる?」
そのまま壁際に押し付けられる。人生二度目の壁ドン。
「……どういうつも、ん?」
「シーッ」
騎士のマントにすっぽり隠された私は、隙間から廊下をちらりと見た。
「『君、この間の子だよね?奇遇だね、俺ともっと仲良くしよう?』」
私の顔が見えないように耳の傍に顔を近づけ、周囲に聞こえるくらいの声で誘う。ホアキンは艶っぽく笑った。
足音が近づき、そして遠ざかる。
「……行ったな」
「今のは……」
「知らなかったのか?ずっと尾行されてたぜ?」
嘘!?
全然目立たない私が?
「校内で尾行だなんて、まさか」
「制服は着ているが、貴族には見えないな。大方、誰かに雇われたゴロツキだ。小綺麗に仕立てて送り込んだってとこか。……覚えはない?」
「ありませ……ん、いえ、もしかして……」
考えたくはないが、私を消そうとしている人物に思いっきり心当たりがある。
「覚えがあるんだ?じゃあ、一人歩きは危ないよ。家まで送ってあげるよ」
得体が知れないところもあるが、一応、彼はれっきとした騎士だ。メラニアが私を消そうとしているなら、これからも危険は付きまとう。守ってくれるならそれもありだ。でも……。
「送ってくださるより、彼らを退治していただけませんか」
「ほう」
ホアキンは腕を組んでにやりと笑った。
「いいねえ、そういうの。守られるだけじゃない子って、好きだな、俺」
いちいち口説き文句を並べるのはやめてほしい。
「ホアキン様は、幼女趣味ですか?」
「いやいや、イヴァンじゃあるまいし。五年後だったらお願いしたいけど」
五年後って……。ってか、イヴァン様って、あの金髪イケメン細マッチョ騎士がロリコンだったんだ……。
「イヴァンと言やあ……俺はちょっと用事があって、ここんとこフラフラ見回りしてるだけだけど、何かね。イヴァンの奴も……ああ、始まったらしいな」
遠くから男の絶叫が聞こえた。
「始まったって、断末魔の悲鳴に聞こえますけど!?」
「さっきの奴らが囮に引っかかったんだろ。君になりすましたイヴァンを攫おうとして」
「イヴァン様と私、全然体格が違いますけど」
頭二つ分じゃすまない身長差、加えて肩幅もかなり違うはず。どこをどう見間違えるのよ?
「あいつは幻覚を誘う神力を使える。座ってりゃ分かんないだろ。……どれ、様子を見に行こうか」

   ◆◆◆

私達が中庭に着くと、校内を警備している兵士が生徒に見えない男達を連行していくところだった。剣ではなく棒で殴られたのか、痣だらけの顔で皆ぼろ雑巾のようになっていた。
「よう!首尾は上々か?」
「……ホアキン。お前は危機感というものがないのか?この場に彼女を連れてくるなど」
「賊は捕まえたんだろ?だったらいいじゃねえか」
金髪の騎士イヴァンはやれやれと肩をすくめた。賊と乱闘したのに髪の毛すら乱れていない。どれだけ強いんだ。怖すぎる。
「残党がいたらどうする」
「そんなのいねえだろ。お前が逃すはずがない。ましてやエレナ嬢の……」
「黙れ」
苛立ちながら私達に近づくと、イヴァンは私とホアキンの間に入った。
「馴れ馴れしくご令嬢に触るな。お前はどうも、距離が近すぎる」
「はいはい、悪かったよ。んじゃ、お嬢さんを送り届ける役目はお前に譲るか」
「な……!」
イヴァンの涼しい顔に赤みが差した。頭の後ろで腕を組み、手をひらひらさせてホアキンは去って行った。
ええ?
この場にこの人と残されるの?
私のこと、スパイだと思ってる騎士と?
尋問されたらどうしよう……!
「……エレナ嬢」
はっ。
気づけば、イヴァンは私をじっと見ていた。淡い色の睫毛に縁どられたアイスブルーの瞳からは感情が一切読み取れない。やっぱり怖い。
「な、な、んでしょう……」
「私では、不服か?」
「い、いえいえ、滅相もない!……ただ……」
「ただ?」
首を傾げると、イヴァンの金髪がさらりと流れた。嫌になるほどいちいち絵になる。
「今日は、寄るところがあるので、送っていただくわけにはいかないんです」
「それは、どこだ?」
「え」
寄るところがあるって言ってるんだから、掘り下げなくてもよくない?私だって年頃の乙女だ。ほぼ初対面の男の人に聞かれたくない話かもしれないじゃない。意外と対人スキル低いよね、この人。
「君とその周辺を調査した結果、君は我々が追っている者達との関連はないと判断した」
「それは、つまり、潔白が証明されたと?」
「いや、そこまでは言っていない」
じゃあどっちだよ!
「ノイムフェーダ王族との個人的な付き合いについて、我々が口を出すことではないが、貿易において他国に便宜を図りすぎているのではないかと、宰相閣下……モンタネール公爵家に疑いの目を向ける貴族もいる。加えて、王太子殿下が学ばれているこの学院に、不穏な動きがあることが分かった。王位継承者を亡き者にし、ご自分が王に成り代わろうとしていると……」
「何を仰っているのかしら?ぜんっぜん、見当違いもいいところですわね」
イヴァンの語りに飽き、私は話を遮った。
「不穏な動きにクラウディオが関与しているとでも?彼にできるわけがないでしょ」
王太子相手にびくびくしているあのヘタレが。
「では、黒幕が誰か知っているのか?」
「教えてあげましょうか?」
一気に形勢逆転だ。イヴァンは私に教えを乞う立場になった。
「一緒に来てください。……植物園に」
「しょ、植物園?あ、あそこには男女で行くなど……」
突然もじもじしだした騎士の腕を引き、
「急いで!」
と私は門へと駆けだした。
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