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乙女ゲーム以前

褒め殺し大作戦 -side C-

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「りょ、旅行なんて……」
長椅子の上で膝を抱えて、ぶつぶつ呟いていたら、いつの間にかエヴラールが部屋に入ってきていた。
「おーい。大丈夫か?さっき、ナントカさんちから戻ってから、酷い顔色だぞ」
「うん。大丈夫じゃない」
「何があった?俺で解決できそうなことなら、相談に乗るぜ」
僕の隣に座って、片足をもう一方の膝に乗せる。
「エヴラールって脚長いよね」
「あ?」
「いや、えっと、……僕が行って来たのは、アレセス侯爵家だよ」
「ああ、この間のパーティーの」
「イルデフォンソ……侯爵様の長男と、話をしてきたんだ。詳細は省くけど、僕がアレハンドリナを助けたのをあまりよく思っていないようで」
「だろうな。お前にいいとこ持って行かれたんだし」
ずばり言われて立つ瀬がない。
「つーか、あいつ……お前より年下で、ついでに家も格下だろ?あいつの前でもう少し堂々としてもよくないか?」
「無理だよ。怖いもん」
「怖いって……」
エヴラールは頭を掻いて天井を見上げた。

「お前さあ、もっと自分に自信を持てって」
「イルデフォンソは神力を持つ一族の当主になるんだし、公爵家でもできそこないの僕なんかよりずっと優れているんだよ。社交術だって僕より年下とは思えないくらい立派だし……」
「待て待て待て。そのイルデがすごいのは、そりゃそうかもしれないが、お前だってまんざら捨てたもんじゃないんだぞ」
「僕なんか、人前でうまく話せないし、父親似の悪役顔でエレナにも嫌われているし、君と一緒に剣の稽古をしても……」
「どうしてそう、自分を卑下するんだ?俺から見たら、お前はちゃんとやってる。エレナちゃんのことだって、時が……」
「時が解決する?本当に?信じられないよ。……ああ、エレナと旅行なんて無理だ……!」
「旅行!?」
驚いて脚を下ろしたエヴラールに、僕はイルデフォンソから聞いた話をした。

   ◆◆◆

「マジか……」
「儀式だよ、儀式!親戚の集まりに何か怪しい儀式をするんだよ」
「いや、問題はそこじゃねえだろ?」
「すごい怖いと思わない?イルデフォンソから儀式の話を聞いて、僕は即刻帰りたくなったよ。アレハンドリナがエレナを誘って別荘に行きたいってところから始まって、アレセス侯爵が儀式を二か月早めて行うことになったなんて」
「だから、問題は怪しい儀式じゃなくて、お前がエレナちゃんと旅行に行くってことだろ。混乱してんな」
ぽこ。
テーブルの上に置いてあった旅行記の本を丸めて、僕の頭を軽く叩いた。
「……別荘までは馬車なんだ。この間みたいに四人乗りになったら、僕は後ろ向きで乗らなくちゃならない」
「エレナと隣にはなれないからか?」
「うん。ビビアナが座った場所にアレハンドリナが座るんだろうね。僕の隣は、気心の知れた君じゃなくて、あのおっかないイルデフォンソだ。ただでさえ、辛辣な一言で僕は胃が痛くなりそうなのに、後ろ向きで馬車に揺られるなんて耐えられないよ」
「だよなあ……」
どう考えてもいい案なんて思い浮かばない気がする。エヴラールだって、いつまでもこの国に滞在することもないから……。

あ。
そうか!
「あの……エヴラール?」
「何だよ」
「僕と一緒に旅行に行かない?」
「……は?」
「だから、一緒に行ってくれないかな……って……」
エヴラールは口を開けたままこちらを見ている。
信じられないと顔に書いてある。そりゃ、そうだよね。ダメだよね、うん。
「はあ……お前さ、そんなんじゃ解決しないって分かってる?」
「……うん」
「お前自身が変わらないと、何も進まないんだぜ?」
「……うん」
「今回だけだからな。旅行から戻る頃には、俺も国に帰る。騎士の試験があるんだよ。引き留めても無駄だ。だから、それまでにお前も、覚悟を決めて……」
それから一時間、エヴラールは僕にありがたい忠告をくれた。一頻り話し終わると、今度は特訓をすると言い出した。
「口下手だか何だか知らないが、お前、褒めるの下手すぎだろ」
「う……」
「この間のパーティーの時だって、婚約者に会ったらその場で褒めるのが礼儀ってもんだろ?ドレスが良く似合ってるとかさ。顔がちょっとアレでも、とりあえずドレスを褒めときゃ何とかなるんだよ」
「エレナは可愛いよ!宝石みたいな瞳も、サラサラの夕焼け色の髪も……」
「だーかーらー。俺に力説する前に、本人に言えっての!」
バシ!
力強いチョップが僕の背中にきまる。地味に痛い。
「よし、じゃあ、俺をエレナだと思って褒めてみろ」
「全然違うじゃないか」
「見た目にこだわるな。心の目で見ろ。お前の前にいるのは筋トレが趣味の剣士じゃなくて、超可愛い婚約者だって想像するんだ」
「超可愛い……」
僕の前にいるのはエレナ。
可愛いエレナが僕の前にいる。
エレナが僕の前に……。
よし、暗示完了!
「うん、いいよ」
「いいよじゃない。褒めてみろよ」
「エレナはそんな言葉づかいをしないんだけどな。……まあいいや。ええと……」
褒めるところ、褒めるところ……。
エヴラールの逞しい腕が見える。シャツを着ていても筋肉の形が分かるくらいだ。
「先に名前を呼ぶんだよ。親しみをこめて」
「うん。っと……エレナ、逞しいね」
「……は?何言ってんの、お前」
「違った?」
「俺を褒めるんじゃなくて……あーあ、どうしてこう不器用なんだかなあ」
頭の後ろで手を組み、エヴラールは天井を見上げた。

   ◆◆◆

「彼を招待しろと?」
翌日、僕は再びアレセス家を訪ねていた。
外国から来ているエヴラールを連れて行きたいと言うと、イルデフォンソは少し考えて僕に問いかけた。
「招待客を一人増やすのは簡単ですが、彼は将軍の甥ですよね?」
「そう……だけど、何か?」
「当家の儀式の秘密が、他国に漏れるのは国防上よろしくないのです」
「う、そ、そう……ヒッ」
鋭い瞳が僕を射抜く。怖い!
国のためと言われると言い返せないよ。
「ご存知ですよね?当家が代々神力を受け継いでいることを」
「し、知ってます、知ってます」
何故かイルデフォンソの背後に何かが見えた。何かいたよね、今!
きょろきょろしていると、イルデフォンソが咳払いをした。
「父は儀式の準備で大わらわで、招待客のことなど気にかけていませんが、儀式の内容がそれとなくでもアスタシフォンに伝わることをよしとしないでしょう」
つまり、エヴラールを連れて行くのはダメってことか。初めからダメそうな話だったからな。
「ですが、一つ条件を付して、同行を認めましょう」
君が認めるの?侯爵様じゃなく?
「条件って……」
「彼とあなたが一日中行動を共にすることです」
「エヴラールと?」
「どこへ行くにも一緒、できればお二人でアレハンドリナの前から消えていただきたいのです」
「消え……」
ぐ。
イルデフォンソの瞳が昏く輝いて、僕は言葉を呑みこんだ。
僕が旅行に誘われたのも面白くないから、オマケがついてくるなんて怒って当然だ。
「……ワカリマシタ」
「お分かりいただけて良かった。では、また後程ご連絡します」
感情が読めない笑顔を残し、イルデフォンソは席を立った。

   ◆◆◆

出発の日がやってきた。
昨日も夜遅くまで、エヴラールの特訓を受けていたから、少し眠い。
「……よし!」
今日こそエレナを褒める。
褒めるんだ!
「いいか。可愛いとか綺麗だとか、ぼんやりした褒め方すんなよ。何か小さいことでいいから見つけて、俺だけが気づいた顔して褒めるんだぞ」
何気にハードルが高い。母国では同年代だけではなく、年上にもモテモテだと言っていたっけ。
「僕だけが気づく……」
「そうだ。髪型変えたとかそんなんでもいい。うまくやれよ」

小声でたくさん励ましを受けながら、僕達は待ち合わせ場所のアレセス家に向かった。アレセス家の馬車と、うちの馬車の二台で行くと聞いていた。
「……!」
先に到着していたエレナは、おばあ様のコレクションで見た人形のように、伝統的なドレスを着ていた。先日のパーティーでは流行最先端の装いだっただけに、僕はギャップにしてやられた。
「……」
エレナは僕とエヴラールを視界に入れた瞬間、心から嫌そうな顔をしたが、アレハンドリナと彼女をエスコートしているイルデフォンソが横に並ぶと、笑顔を取り戻した。
うわ。
アレハンドリナにはあんなに笑顔になるんだ……。
エレナの笑顔を見たのはいつのことだっただろう。かなり前すぎて思い出せない。
「あの……」
ギロリ。
本当に、ギロリと僕を睨んだ……よね?
「き、今日は……天気がよくて……」
ドン。ぐふ。
エヴラールが見えないところに肘鉄を食らわせてきた。
「天気の話なんかしてんな」
「うん……」
コホン、と咳払いをして、再度僕はエレナに向き合った。
「ええと……」
アレハンドリナとお揃いに見えるが、エレナのドレスはデザインが凝っている。肩が膨らんだ袖は手首まであって、肩の色と袖口の色が微妙に違うのか。お洒落なんだなあ。
「変わったドレスだ、な。肩と、袖の……色が違って」
「……布地が日焼けしていると言いたいの?」
違う!
って言うか、……日焼け?何、それ。
「古ぼけたドレスを着て、俺の隣に立つなと言いたいのでしょう?ご心配は要りませんわ。私もあなたの隣になんて立ちたくありませんもの」
――!!!
ぐうの音も出ない。硬直した僕の背中をエヴラールが押してくれた。
「でも、馬車は一緒に乗るんだろ?」
「いいえ。私はお姉様とご一緒したいので、こちらの馬車に男性三人でお乗りになればよろしいのでは?」
目が笑っていない。極上の天使の微笑を向け、エレナは古めかしいデザインのドレスの裾を翻して、アレハンドリナの腕に腕を絡めた。

   ◆◆◆

何だったんだ。
何の……。

僕は馬車の中で考え事に没頭していた。
「聞いているのですか、クラウディオ」
「ほら、一応聞いとけよ。イルデが領地の案内をしてくれるってさ」
「あなたに愛称呼びを許した覚えはありませんよ、エヴラール」
イルデフォンソの瞳がキッとエヴラールを睨む。美少年だけに鬼気迫るものがある。
「……皆さんが過ごす邸は、かなり古い城を改装したものです。設備の面では問題はないかと存じますが、ただ、一つ懸念材料があります」
何だろう。
古くても直しているなら、泊まるのに問題はないよね?
「古城にはつきものですが……幽霊が住んでいるんですよ」
「ゆ……!」
呼吸がうまくできず、ゲホゲホと咳が出る。エヴラールも流石に青ざめている。
「マジか……。なあ、クラウディオ。俺、帰りたくなったんだけど」
「幽霊は当家の祖先ですから、悪さはしないはずですよ。……敵と見做した者以外には」
にっこり微笑んだイルデフォンソが悪魔に見えて、僕は震えながら膝の上で手を握った。
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