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乙女ゲーム以前
もう一度って?
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「エレナ様?どうなさったの?」
「いいえ、何でも……」
同世代の貴族子女の集まりで、椅子に座って視線を落とし溜息ばかりついている私に、ビビアナ様は盛んと声をかけてくる。悪役令嬢でも気取ったところがないビビアナ様は、クラウディオがいなくなってからというもの、何かと私を気遣ってくださるのだ。嬉しいような悲しいような気持ちだ。
「またダフネ様が?」
「い、いいえ、今日はまだ……」
「今日は、ねえ……。この間もその前も、ずっとよ?私、あなたがいつ怒り出すかと思って期待していたのよ」
「怒るなんて……ダフネ様もドラ様も、私より年上ですし、その……」
はあ、とビビアナ様は溜息をついた。
「エレナ様は遠慮しすぎなのよ。最低男ファブリシオの浮気の責任をエレナ様に取らせようなんて、ダフネ様もどうかしているわ」
「え……」
随分はっきり言うのね。元々歯に衣着せぬ人だけど。
「だってそうでしょう?エレナ様はちょっかいをかけられて、迷惑している側なのよ?それを男を取った性悪女みたいに言いふらして……自分の魅力がないのが悪いんじゃない」
「ビビアナ様……」
クラウディオが重大発言をして外国へ行ってから、顔だけ男のファブリシオがやたらと私に絡んでくるようになった。あの男の口ぶりでは、今まではクラウディオの牽制が酷くて近づけなかったとのこと。ツン男も多少は役に立っていたのかと実感した。
会う度に適当にあしらっていたのがいけなかった。ファブリシオは常に女子に追われる立場だったからか、私に冷たくされてときめいてしまったらしい。ついに私に(吐きそうなほど)甘い台詞を囁くようになり、それがダフネ様とドラ様の耳に入った。それまでは私を妹分として可愛がってくれていた二人は、掌を返したように私につらくあたるようになった。
「この間は……大丈夫だった?」
「はい。ビビアナ様がドレスをお貸しくださったので」
「夏も終わって肌寒くなって来たのに、池に落とすなんて最低よね」
「助けてくださってありがとうございました」
「どういたしまして」
にっこりと青い瞳が微笑む。少しつり目なのは誰かと同じだわ。
先日の茶会で、私はダフネ様達にのけ者にされた。池のほとりに咲く花を取ってこいと命令され、渋々取りに行くと案の定突き飛ばされた。咄嗟にビビアナ様が駆け寄って引き上げようとしてくださったけれど、勢いあまって二人とも落ちてしまった。
「ビビアナ様がエレナ様を池に落としたわ!」
誰かがそう叫んで騒ぎ立て、助けようとしたビビアナ様は悪者にされてしまった。
本当は違うのに、私は言い出せなかった。
素敵なドレスを台無しにして助けてくださったのに。
着替えのドレスも貸してくださったのに……私は……。
「考え事かしら?」
「あっ……す、すみません」
「エレナ様はご自分の気持ちを誰かに伝えたことはあって?」
「分かりにくいですか、私」
「そうね。話してくれないと分からないわね」
「すみません……」
「ほら、そこ。どうして謝るの?……ああ、そっか。多分、あいつのせいね」
「あいつ……」
「うちのバカ兄様。方向性がとんでもなくズレている残念な男よ」
残念なのは否定できない。
ツンがデレたところなんて見たことがないし。
「鈍感であがり症だから、あなたの前では常に……あ、これ言ったらダメだったわ」
「ダメって?」
「言うなって言われてるのよ。誰だって好きな子の前ではカッコよくいたいでしょ?」
「好き……って、私、クラウディオ様に嫌われていますし、隣に立つのも嫌がられて」
……のはずよね?
この間、庭で見たのは幻よね?
花壇に語りかける根暗男なんて見ていないわ、私。
「……そうね。普通はそう思うわよね」
ビビアナ様は額を押さえて俯いた。何度か頭を振って、ぱっと瞳を開けてこちらを見つめた。
「ねえ、エレナ様」
「はい。何でしょう」
「今度、アレセス侯爵の弟のカシミロ神官様が、王都中央神殿の大神官に就任なさるのはご存知?」
「はい。パーティーには父が出席すると申しておりました」
「そうよ。盛大なパーティーで、なかなかないお祝いごとだから、お父様はお兄様に帰って来いと再三言っているの」
何だって?
あの男が帰ってくる?
「久しぶりにエレナ様にお会いしたら、きっと舞い上がってしまうと思うの」
ん?誰が舞い上がるの?
「だから、思いっきり懲らしめてやってほしいのよ」
「懲らしめる?」
「お優しいエレナ様には難しいかもしれないわね。エレナ様がうちのバカ兄に言われたようなことを、面と向かって言ってやっていただきたいの」
「それは……つまり……」
ドクン。
ビビアナ様は全てご存知なのだ。
その上で私に、クラウディオを詰れと言っている?
「あの兄のクズみたいなプライドを、もう一度ボロボロにしてあげて?」
◆◆◆
ビビアナ様は私にクラウディオを傷つけさせようとしている。
理由はよく分からない。普通は兄を守ろうとするのよね?
「クズみたいなプライド……もう一度……」
あれ?
何か、引っかかる。
ビビアナ様は確かに『もう一度』と仰ったわ。
私はツン男に嫌味を言われ続けていたと思ったし、あいつに反撃できたのなんて記憶にない。いつ、プライドをボロボロにしたのだろう。
……ダメだ。考えても思い出せない。
とにかく、再会した時のために、最高に傷つく台詞を考えておこう。
アレセス家のパーティーなんて、私の作戦には最高の舞台だわ。
嫡男のイルデフォンソは必ず出席するだろうし、婚約者のアレハンドリナも顔を出すに違いない。パーティーまでに仲良くなって、「私の友達です」ってクラウディオに紹介しよう。ビッチのアレハンドリナは、異国で鍛えられたクラウディオに食指が伸びるだろう。イルデフォンソは私がなんとかして足止めすれば、出席した誰かが二人の浮気現場を押さえてくれるわ。婚約者に浮気された哀れな私は、晴れて自由の身よ!
そうと決まれば、ぼんやりしている暇はないわ。
イルデフォンソに話をつけて、アレハンドリナと友達にならなければ。
「いいえ、何でも……」
同世代の貴族子女の集まりで、椅子に座って視線を落とし溜息ばかりついている私に、ビビアナ様は盛んと声をかけてくる。悪役令嬢でも気取ったところがないビビアナ様は、クラウディオがいなくなってからというもの、何かと私を気遣ってくださるのだ。嬉しいような悲しいような気持ちだ。
「またダフネ様が?」
「い、いいえ、今日はまだ……」
「今日は、ねえ……。この間もその前も、ずっとよ?私、あなたがいつ怒り出すかと思って期待していたのよ」
「怒るなんて……ダフネ様もドラ様も、私より年上ですし、その……」
はあ、とビビアナ様は溜息をついた。
「エレナ様は遠慮しすぎなのよ。最低男ファブリシオの浮気の責任をエレナ様に取らせようなんて、ダフネ様もどうかしているわ」
「え……」
随分はっきり言うのね。元々歯に衣着せぬ人だけど。
「だってそうでしょう?エレナ様はちょっかいをかけられて、迷惑している側なのよ?それを男を取った性悪女みたいに言いふらして……自分の魅力がないのが悪いんじゃない」
「ビビアナ様……」
クラウディオが重大発言をして外国へ行ってから、顔だけ男のファブリシオがやたらと私に絡んでくるようになった。あの男の口ぶりでは、今まではクラウディオの牽制が酷くて近づけなかったとのこと。ツン男も多少は役に立っていたのかと実感した。
会う度に適当にあしらっていたのがいけなかった。ファブリシオは常に女子に追われる立場だったからか、私に冷たくされてときめいてしまったらしい。ついに私に(吐きそうなほど)甘い台詞を囁くようになり、それがダフネ様とドラ様の耳に入った。それまでは私を妹分として可愛がってくれていた二人は、掌を返したように私につらくあたるようになった。
「この間は……大丈夫だった?」
「はい。ビビアナ様がドレスをお貸しくださったので」
「夏も終わって肌寒くなって来たのに、池に落とすなんて最低よね」
「助けてくださってありがとうございました」
「どういたしまして」
にっこりと青い瞳が微笑む。少しつり目なのは誰かと同じだわ。
先日の茶会で、私はダフネ様達にのけ者にされた。池のほとりに咲く花を取ってこいと命令され、渋々取りに行くと案の定突き飛ばされた。咄嗟にビビアナ様が駆け寄って引き上げようとしてくださったけれど、勢いあまって二人とも落ちてしまった。
「ビビアナ様がエレナ様を池に落としたわ!」
誰かがそう叫んで騒ぎ立て、助けようとしたビビアナ様は悪者にされてしまった。
本当は違うのに、私は言い出せなかった。
素敵なドレスを台無しにして助けてくださったのに。
着替えのドレスも貸してくださったのに……私は……。
「考え事かしら?」
「あっ……す、すみません」
「エレナ様はご自分の気持ちを誰かに伝えたことはあって?」
「分かりにくいですか、私」
「そうね。話してくれないと分からないわね」
「すみません……」
「ほら、そこ。どうして謝るの?……ああ、そっか。多分、あいつのせいね」
「あいつ……」
「うちのバカ兄様。方向性がとんでもなくズレている残念な男よ」
残念なのは否定できない。
ツンがデレたところなんて見たことがないし。
「鈍感であがり症だから、あなたの前では常に……あ、これ言ったらダメだったわ」
「ダメって?」
「言うなって言われてるのよ。誰だって好きな子の前ではカッコよくいたいでしょ?」
「好き……って、私、クラウディオ様に嫌われていますし、隣に立つのも嫌がられて」
……のはずよね?
この間、庭で見たのは幻よね?
花壇に語りかける根暗男なんて見ていないわ、私。
「……そうね。普通はそう思うわよね」
ビビアナ様は額を押さえて俯いた。何度か頭を振って、ぱっと瞳を開けてこちらを見つめた。
「ねえ、エレナ様」
「はい。何でしょう」
「今度、アレセス侯爵の弟のカシミロ神官様が、王都中央神殿の大神官に就任なさるのはご存知?」
「はい。パーティーには父が出席すると申しておりました」
「そうよ。盛大なパーティーで、なかなかないお祝いごとだから、お父様はお兄様に帰って来いと再三言っているの」
何だって?
あの男が帰ってくる?
「久しぶりにエレナ様にお会いしたら、きっと舞い上がってしまうと思うの」
ん?誰が舞い上がるの?
「だから、思いっきり懲らしめてやってほしいのよ」
「懲らしめる?」
「お優しいエレナ様には難しいかもしれないわね。エレナ様がうちのバカ兄に言われたようなことを、面と向かって言ってやっていただきたいの」
「それは……つまり……」
ドクン。
ビビアナ様は全てご存知なのだ。
その上で私に、クラウディオを詰れと言っている?
「あの兄のクズみたいなプライドを、もう一度ボロボロにしてあげて?」
◆◆◆
ビビアナ様は私にクラウディオを傷つけさせようとしている。
理由はよく分からない。普通は兄を守ろうとするのよね?
「クズみたいなプライド……もう一度……」
あれ?
何か、引っかかる。
ビビアナ様は確かに『もう一度』と仰ったわ。
私はツン男に嫌味を言われ続けていたと思ったし、あいつに反撃できたのなんて記憶にない。いつ、プライドをボロボロにしたのだろう。
……ダメだ。考えても思い出せない。
とにかく、再会した時のために、最高に傷つく台詞を考えておこう。
アレセス家のパーティーなんて、私の作戦には最高の舞台だわ。
嫡男のイルデフォンソは必ず出席するだろうし、婚約者のアレハンドリナも顔を出すに違いない。パーティーまでに仲良くなって、「私の友達です」ってクラウディオに紹介しよう。ビッチのアレハンドリナは、異国で鍛えられたクラウディオに食指が伸びるだろう。イルデフォンソは私がなんとかして足止めすれば、出席した誰かが二人の浮気現場を押さえてくれるわ。婚約者に浮気された哀れな私は、晴れて自由の身よ!
そうと決まれば、ぼんやりしている暇はないわ。
イルデフォンソに話をつけて、アレハンドリナと友達にならなければ。
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