上 下
512 / 794
学院編 11 銀雪祭の夜は更けて

340 悪役令嬢はケダモノを追い払う

しおりを挟む
「……転移ミスった?」
エミリーが立っているのはどう見ても講堂の中だ。広い部屋だと言っても、自分が先ほどいた場所から、二十メートルと離れていない。
「アリッサを探して転移したのに……」
色鮮やかなドレスの群れを抜け、すれ違いざまに白い目で見られながら、エミリーはアリッサがいそうな壁際を歩く。レイモンドがいなくても、ダンスが苦手なアリッサは他の男子生徒に申し込まれても断るだろう。間違いなく壁の花になっているはずだ。
――外に出たのか?寒いのに。
窓から見える外の景色は真っ暗になっている。シャンデリアが明るく照らしている講堂の様子が窓ガラスに映り、外の様子はほとんど見えない。窓に顔を近づけて目を凝らす。ふと、傍にあったカーテンに目が留まった。カーテンを背後に垂らせば、講堂の明るさは気にならなくなるだろう。エミリーはカーテンを掴み、タッセルを解いたらどこに置こうかと何気なく対になっている側を見た。

「……ったく」
――どいつもこいつも!
カーテンの陰に男子生徒の背中が見える。彼の脚の間からスカートの裾が広がっている。向こう側に女子生徒がいるらしい。学院の行事の最中に愛を語り合うとは不謹慎極まりない。エミリーは苛立ちを隠せなかった。光魔法が使えたら、間違ったふりをして照らしてやるのに。
――ん、んん?
カーテンの下から見えるドレスの裾に見覚えがあった。
数日前、レイモンドから届いたドレスだ。アリッサが好きな淡い緑色で、裾には三段フリルがこれでもか!というほど主張している甘々デザインだった。
「……見つけた!」

わざと足音を立てて男に近寄る。腕を掴んで振り向かせると、彼は眉間に皺を寄せてエミリーを見下ろした。
「……何……ですか?」
「エミリーちゃ……」
案の定、男の向こう側にいたアリッサは、恐怖でボロボロに泣いていた。
「何やってんの」
「えぅ、ううっ……」
「ちょっと、腕、縛られてる!?」
エミリーは結び目が固くなり始めていた紐状のタッセルを解いた。アリッサの涙を拭き終わった時には、男の影も形もなかった。

「さっきの奴……生徒会の」
「マックス……マクシミリアン・ベイルズ。二年の先輩よ」
「あんなのに『先輩』なんてつけなくていい。アリッサ、油断しすぎ。これだけ煩い部屋で誰にも気づかれずに縛られてるとか、あり得ない」
「……ごめん。ありがとう」
アリッサはぎゅうっと妹に抱きついた。エミリーはアリッサの口紅が取れていると気づいたが、自分から言わないのだから指摘しない方がいいと思い、黙っていることにした。
――何されてたか、バレバレだわ。

「エミリーちゃんは、キース君と一緒にいなくていいの?」
「いいの。用事は終わったから」
「そう……」
「レイモンドはどうしたの?」
「レイ様は……その……ずっと会えなくて」
「また待ち合わせをすっぽかしたのか、あいつ」
待たされた挙句、変な男に襲われていたのだ。レイモンドが早く来てさえいれば、こんなことにはならなかった。掌を広げ、闇の魔法球を発生させると、アリッサはエミリーの腕に縋りついた。
「ダメよ。違うの、私が先にここに来たから……」
「へえ……よく来れたね」
「マックス先輩が連れてきてくれて……」
マクシミリアンの名前を聞き、エミリーの顔が曇る。
「親切な先輩は実はケダモノでしたって?……はあ」
「うう……お願い。マリナちゃんとジュリアちゃんには言わないで」
「……分かった。言わない」
キースと魔導師団長に引導を渡したし、そろそろ寮に帰ってもいい頃合いではないだろうか。下を向いてもじもじしている姉を誰に頼んで行こうかと、エミリーは思いを巡らせた。噂好きな姉の友達も会場にいないようだ。
「アリッサ、フローラは?」
「フローラちゃんは……うーん。講堂では見てないなあ」
「何色のドレス着て来るか、分かる?」
「あ、それならね、私とお揃いなの!」
アリッサは弾んだ声を上げた。ほんの少し前まで、男に襲われていたとは思えない。エミリーは額に手を当ててやれやれと溜息をついた。

「エミリー!」
向こうからジュリアが走ってきた。ドレスのスカートを膝上まで持ち上げて走る姿に、すれ違う男子生徒の目が釘付けになっている。
「ジュリアちゃんだわ」
「……大声出さないでよ、ジュリア」
エミリーの前でぴたりと止まり、ジュリアは息を切らすことなく
「お願いがあるの。一緒に来て!」
とハキハキした声で言った。近くにいた生徒達が何事かと三人に注目し、人に注目されるのに慣れていないエミリーは、ジュリアの陰に身を隠した。
「何があったの?」
「レイモンドが何だかたいへ」
ん、と言い終わらないうちに、アリッサが口に両手を当てて息を呑んだ。
「レイ様!」
「あ、待ってよ!」
行き先も知らないで走り出したアリッサを追い、ジュリアはエミリーの手を掴んで走り出した。

   ◆◆◆

急に会場がざわめきだし、サロンにいたセディマリFCの令嬢達は、そっと様子を窺った。
「……何があったんですの?」
「それが、ジュリア様が走って来られて、すぐにアリッサ様が講堂から走って行って、ジュリア様とエミリー様が追いかけて」
令嬢達の会話に、妹三人の名前が聞こえ、目元を赤くしたマリナは椅子から立ち上がった。三人に何かがあったのだ。いつまでもぐずぐず泣いてはいられない。
「どうかなさいましたか」
「マリナ様!」
「よく分からないのですが、レイモンド様に何か不測の事態が起こって、皆様そちらへ向かわれたようです」
「行き先は?」
「存じませんわ。講堂を出て行かれたところまでは……」

マリナはダンスフロアを避けて回り込み、講堂の出入口へと向かった。ここから廊下へ出て、誰か人がいたら尋ねればいい。……パーティーの間に出て行く者がいればいいが。
廊下を進むと、聞き覚えのある声がした。声のする方を見ると、二人並んで歩いている影が角を曲がるところだった。
「おじい様、どうか、お考え直し下さい」
「キース。お前には失望したぞ。五属性持ちの婚約者を見つけたと思ったが、蓋を開けて見れば単なる友人だと言うではないか」
「僕は、父上にもはっきりと、エミリーさんとは友人だと言いました。それを皆誤解して」
「エンウィ家の繁栄のためには、能力の高い魔導士を一族に入れる必要がある。常々お前も聞いているはずだ。多少奇天烈な娘でも構わん。エミリーを妻にし、五属性の子を……」
「やめてくださいっ!」
「キース?」
「家がどうだって言うんですか?家訓だか何だか知りませんが、僕達には心があります。エミリーさんには他に好きな人がいるんです。僕なんか目に入らない。単なる友人にはどうにもできないんですよ」
「なあに、心配は要らん。お前が黙っていても、彼女はじきにお前のものになる。わしに任せておけ。はっはっはっは」

――今の……どういう意味かしら。
エミリーの意思に関係なく、エンウィ家の歯車にされてしまうと言うのか。自分達の与り知らぬところで、確実に破滅に向かって何かが動いている。
廊下に響いた魔導師団長の声が耳に残る。マリナは廊下を曲がる勇気が持てず、壁に背中を預けて自分の身体を抱きしめた。
しおりを挟む
感想 14

あなたにおすすめの小説

ヤンデレお兄様に殺されたくないので、ブラコンやめます!(長編版)

夕立悠理
恋愛
──だって、好きでいてもしかたないもの。 ヴァイオレットは、思い出した。ここは、ロマンス小説の世界で、ヴァイオレットは義兄の恋人をいじめたあげくにヤンデレな義兄に殺される悪役令嬢だと。  って、むりむりむり。死ぬとかむりですから!  せっかく転生したんだし、魔法とか気ままに楽しみたいよね。ということで、ずっと好きだった恋心は封印し、ブラコンをやめることに。  新たな恋のお相手は、公爵令嬢なんだし、王子様とかどうかなー!?なんてうきうきわくわくしていると。  なんだかお兄様の様子がおかしい……? ※小説になろうさまでも掲載しています ※以前連載していたやつの長編版です

死んだはずの悪役聖女はなぜか逆行し、ヤンデレた周囲から溺愛されてます!

夕立悠理
恋愛
10歳の時、ロイゼ・グランヴェールはここは乙女ゲームの世界で、自分は悪役聖女だと思い出した。そんなロイゼは、悪役聖女らしく、周囲にトラウマを植え付け、何者かに鈍器で殴られ、シナリオ通り、死んだ……はずだった。 しかし、目を覚ますと、ロイゼは10歳の姿になっており、さらには周囲の攻略対象者たちが、みんなヤンデレ化してしまっているようで――……。

義弟の為に悪役令嬢になったけど何故か義弟がヒロインに会う前にヤンデレ化している件。

あの
恋愛
交通事故で死んだら、大好きな乙女ゲームの世界に転生してしまった。けど、、ヒロインじゃなくて攻略対象の義姉の悪役令嬢!? ゲームで推しキャラだったヤンデレ義弟に嫌われるのは胸が痛いけど幸せになってもらうために悪役になろう!と思ったのだけれど ヒロインに会う前にヤンデレ化してしまったのです。 ※初めて書くので設定などごちゃごちゃかもしれませんが暖かく見守ってください。

完璧(変態)王子は悪役(天然)令嬢を今日も愛でたい

咲桜りおな
恋愛
 オルプルート王国第一王子アルスト殿下の婚約者である公爵令嬢のティアナ・ローゼンは、自分の事を何故か初対面から溺愛してくる殿下が苦手。 見た目は完璧な美少年王子様なのに匂いをクンカクンカ嗅がれたり、ティアナの使用済み食器を欲しがったりと何だか変態ちっく!  殿下を好きだというピンク髪の男爵令嬢から恋のキューピッド役を頼まれてしまい、自分も殿下をお慕いしていたと気付くが時既に遅し。不本意ながらも婚約破棄を目指す事となってしまう。 ※糖度甘め。イチャコラしております。  第一章は完結しております。只今第二章を更新中。 本作のスピンオフ作品「モブ令嬢はシスコン騎士様にロックオンされたようです~妹が悪役令嬢なんて困ります~」も公開しています。宜しければご一緒にどうぞ。 本作とスピンオフ作品の番外編集も別にUPしてます。 「小説家になろう」でも公開しています。

侯爵令嬢の置き土産

ひろたひかる
恋愛
侯爵令嬢マリエは婚約者であるドナルドから婚約を解消すると告げられた。マリエは動揺しつつも了承し、「私は忘れません」と言い置いて去っていった。***婚約破棄ネタですが、悪役令嬢とか転生、乙女ゲーとかの要素は皆無です。***今のところ本編を一話、別視点で一話の二話の投稿を予定しています。さくっと終わります。 「小説家になろう」でも同一の内容で投稿しております。

ヤンデレ悪役令嬢の前世は喪女でした。反省して婚約者へのストーキングを止めたら何故か向こうから近寄ってきます。

砂礫レキ
恋愛
伯爵令嬢リコリスは嫌われていると知りながら婚約者であるルシウスに常日頃からしつこく付き纏っていた。 ある日我慢の限界が来たルシウスに突き飛ばされリコリスは後頭部を強打する。 その結果自分の前世が20代後半喪女の乙女ゲーマーだったことと、 この世界が女性向け恋愛ゲーム『花ざかりスクールライフ』に酷似していることに気づく。 顔がほぼ見えない長い髪、血走った赤い目と青紫の唇で婚約者に執着する黒衣の悪役令嬢。 前世の記憶が戻ったことで自らのストーカー行為を反省した彼女は婚約解消と不気味過ぎる外見のイメージチェンジを決心するが……?

逃げて、追われて、捕まって

あみにあ
恋愛
平民に生まれた私には、なぜか生まれる前の記憶があった。 この世界で王妃として生きてきた記憶。 過去の私は貴族社会の頂点に立ち、さながら悪役令嬢のような存在だった。 人を蹴落とし、気に食わない女を断罪し、今思えばひどい令嬢だったと思うわ。 だから今度は平民としての幸せをつかみたい、そう願っていたはずなのに、一体全体どうしてこんな事になってしまたのかしら……。 2020年1月5日より 番外編:続編随時アップ 2020年1月28日より 続編となります第二章スタートです。 **********お知らせ*********** 2020年 1月末 レジーナブックス 様より書籍化します。 それに伴い短編で掲載している以外の話をレンタルと致します。 ご理解ご了承の程、宜しくお願い致します。

転生したら、実家が養鶏場から養コカトリス場にかわり、知らない牧場経営型乙女ゲームがはじまりました

空飛ぶひよこ
恋愛
実家の養鶏場を手伝いながら育ち、後継ぎになることを夢見ていていた梨花。 結局、できちゃった婚を果たした元ヤンの兄(改心済)が後を継ぐことになり、進路に迷っていた矢先、運悪く事故死してしまう。 転生した先は、ゲームのようなファンタジーな世界。 しかし、実家は養鶏場ならぬ、養コカトリス場だった……! 「やった! 今度こそ跡継ぎ……え? 姉さんが婿を取って、跡を継ぐ?」 農家の後継不足が心配される昨今。何故私の周りばかり、後継に恵まれているのか……。 「勤労意欲溢れる素敵なお嬢さん。そんな貴女に御朗報です。新規国営牧場のオーナーになってみませんか? ーー条件は、ただ一つ。牧場でドラゴンの卵も一緒に育てることです」 ーーそして謎の牧場経営型乙女ゲームが始まった。(解せない)

処理中です...