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学院編 11 銀雪祭の夜は更けて
332 地下牢にて
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王宮の地下牢に、複数人の靴音が響く。
「足元にお気をつけください」
「暗いな。どれ、階段だけでも照らすか。ううむ、転移魔法を使えばよかったか」
宮廷魔導師団長であるエンウィ伯爵は、得意の光魔法でいくつかの魔法球を出し、ポイポイと行く先の空間に放った。暗闇に目が慣れた者にも明るすぎない、程よい明るさの球は空中に浮かび、埃にまみれた石造りの狭い階段を照らす。
「うわ、随分汚れていますねえ。お召し物が汚れてしまいますよ?師団長」
若い魔導士がローブの裾を持ち上げる。
「構わん。どうせ出かける前に着替えるからな」
地下牢の傍へ着いた一行は、牢の前で見張りをしていた三人の魔導士に声をかけた。
「奴の様子は?相変わらずか」
「はい。王太子殿下暗殺未遂の件は、頑として認めません」
「誰かが魔法を放つ気配を感じた、自分はやっていないの一点張りです!」
伯爵に問われ、見張りの魔導士は背筋を伸ばして答えた。
「しぶといな。さっさと認めたほうが楽になれるんですがねえ」
「楽に……まあ、そうだな。王族殺しは未遂でも死罪と決まっているがな。はっはっはっは」
お付きの若い魔導士達がひそひそと話している脇をすり抜け、伯爵は金属製の箱に置かれた多数の魔法石に目を瞠った。
「おお、これは……数を増やしたのか?」
「はい。先日ご指示をいただきまして、魔法石を倍に増やしております。ですが、この通り。コーノックの魔力は底なしでして、これだけの数で吸収しても追いつきません。まだ限界に達していないと思われます」
牢屋の中には、簡素な木のベッドが置かれ、青白い顔をしたマシューが死んだように横になっていた。両手首には長い鎖がついた手枷をはめられ、魔力を帯びた鎖が時折七色に輝く。鎖の先は魔法石が置かれた箱へと繋がっている。
「もっと増やしておけ。魔力を吸い取りすぎても構わん。……平民のくせに、六属性持ちだからとちやほやするから、つけあがって今回のようなことになるのだ」
牢に近づいたエンウィ伯爵は、ぼんやりと瞳を開けたマシューを厳しく見下ろした。
「コーノック……お前の兄は、王宮から遠ざけることにした。今頃、西で狂ったドラゴンの相手でもしているだろうよ」
「ああ、あの凶暴な……。リチャード・コーノックを行かせたんですか?」
お付きの魔導士が驚く。働いている部隊は違うが、リチャードと面識があるのだ。
「罪人の弟がいるんだ。それも王太子暗殺を目論んだ、な。宮廷魔導士は続けられまい。弟が逮捕された翌日には、騎士団付きにしてやった」
「ドラゴン退治なんて、あいつに実戦経験はないでしょう?」
「だから行かせたに決まっている。忌々しいコーノックが王宮に出入りしていると思うだけで、わしは虫唾が走って仕方がなかった。やっと厄介払いができた」
高らかに笑った伯爵に、お付きの魔導士が愛想笑いをする。リチャードが魔導師団長に気に入られているとばかり思っていた彼は、目の前の人物が恐ろしくて仕方がなかった。
「あ、いけません、師団長。こんなところに長居は無用ですよ。王立学院へ行かれるのでは?」
「そうだった。今日は孫の大事な日だからな。息子の嫁は凡庸な女で、孫も似たようなものだが、望みうる最高の婚約者を掴まえた。褒めてやらんこともない」
伯爵は腕を組み、顎を撫でて目を細めた。
「それはそれは、おめでとうございます。お孫さん……確か、王立学院に今年入学されて……そこでお知り合いに?」
「以前から付き合いはあったようだがな。何はともあれ……五属性の魔導士がエンウィ家に加わるのは喜ばしい。その上、相手は侯爵令嬢だ。此度の一件で一族全員が処刑されたとしても、その前にキースの妻にしてしまえば刑を免れる。五属性持ちの若い魔導士を斬首刑にするのは、王家も躊躇するだろうからな。キースの妻がハーリオン侯爵家唯一の生き残りだ。二人の間に男子が生まれれば、その子が次代の侯爵になる。我がエンウィ家の子孫が、とうとう侯爵に……と、時間がないな」
「ええ。お急ぎください。お前達、見張りは抜かりなく……ん?」
「どうした?」
「魔法石の様子が……」
「いかん。魔力を蓄えすぎている。おい、すぐに魔法石を追加しろ!」
「はい!」
見張りのうち二人が階段を駆けあがっていく。マシューに繋がれた鎖が、魔力を帯びて輝き、ギシギシと金属が嫌な音を立てている。
「せいぜいこのまま、魔力を吸われて野たれ死ぬがいい。五属性の娘は、エンウィ家のものだ」
白いローブを翻し、低く呻いたマシューを一瞥すると、魔導師団長は転移魔法を詠唱した。地下牢に白い光が満ちたかと思うと、光魔法球だけがそこに残された。
強弱をつけて光る鎖をうつろな目で見つめ、マシューは全身から力が抜けていくのを感じていた。
「……エ、ミ……リー……」
微かに唇が動いた。
罪人として捕らえられてしまった自分のことなど忘れ、彼女は……。
長い黒髪に覆われた赤い左目が弱々しく輝き、マシューはそっと瞳を閉じた。
「足元にお気をつけください」
「暗いな。どれ、階段だけでも照らすか。ううむ、転移魔法を使えばよかったか」
宮廷魔導師団長であるエンウィ伯爵は、得意の光魔法でいくつかの魔法球を出し、ポイポイと行く先の空間に放った。暗闇に目が慣れた者にも明るすぎない、程よい明るさの球は空中に浮かび、埃にまみれた石造りの狭い階段を照らす。
「うわ、随分汚れていますねえ。お召し物が汚れてしまいますよ?師団長」
若い魔導士がローブの裾を持ち上げる。
「構わん。どうせ出かける前に着替えるからな」
地下牢の傍へ着いた一行は、牢の前で見張りをしていた三人の魔導士に声をかけた。
「奴の様子は?相変わらずか」
「はい。王太子殿下暗殺未遂の件は、頑として認めません」
「誰かが魔法を放つ気配を感じた、自分はやっていないの一点張りです!」
伯爵に問われ、見張りの魔導士は背筋を伸ばして答えた。
「しぶといな。さっさと認めたほうが楽になれるんですがねえ」
「楽に……まあ、そうだな。王族殺しは未遂でも死罪と決まっているがな。はっはっはっは」
お付きの若い魔導士達がひそひそと話している脇をすり抜け、伯爵は金属製の箱に置かれた多数の魔法石に目を瞠った。
「おお、これは……数を増やしたのか?」
「はい。先日ご指示をいただきまして、魔法石を倍に増やしております。ですが、この通り。コーノックの魔力は底なしでして、これだけの数で吸収しても追いつきません。まだ限界に達していないと思われます」
牢屋の中には、簡素な木のベッドが置かれ、青白い顔をしたマシューが死んだように横になっていた。両手首には長い鎖がついた手枷をはめられ、魔力を帯びた鎖が時折七色に輝く。鎖の先は魔法石が置かれた箱へと繋がっている。
「もっと増やしておけ。魔力を吸い取りすぎても構わん。……平民のくせに、六属性持ちだからとちやほやするから、つけあがって今回のようなことになるのだ」
牢に近づいたエンウィ伯爵は、ぼんやりと瞳を開けたマシューを厳しく見下ろした。
「コーノック……お前の兄は、王宮から遠ざけることにした。今頃、西で狂ったドラゴンの相手でもしているだろうよ」
「ああ、あの凶暴な……。リチャード・コーノックを行かせたんですか?」
お付きの魔導士が驚く。働いている部隊は違うが、リチャードと面識があるのだ。
「罪人の弟がいるんだ。それも王太子暗殺を目論んだ、な。宮廷魔導士は続けられまい。弟が逮捕された翌日には、騎士団付きにしてやった」
「ドラゴン退治なんて、あいつに実戦経験はないでしょう?」
「だから行かせたに決まっている。忌々しいコーノックが王宮に出入りしていると思うだけで、わしは虫唾が走って仕方がなかった。やっと厄介払いができた」
高らかに笑った伯爵に、お付きの魔導士が愛想笑いをする。リチャードが魔導師団長に気に入られているとばかり思っていた彼は、目の前の人物が恐ろしくて仕方がなかった。
「あ、いけません、師団長。こんなところに長居は無用ですよ。王立学院へ行かれるのでは?」
「そうだった。今日は孫の大事な日だからな。息子の嫁は凡庸な女で、孫も似たようなものだが、望みうる最高の婚約者を掴まえた。褒めてやらんこともない」
伯爵は腕を組み、顎を撫でて目を細めた。
「それはそれは、おめでとうございます。お孫さん……確か、王立学院に今年入学されて……そこでお知り合いに?」
「以前から付き合いはあったようだがな。何はともあれ……五属性の魔導士がエンウィ家に加わるのは喜ばしい。その上、相手は侯爵令嬢だ。此度の一件で一族全員が処刑されたとしても、その前にキースの妻にしてしまえば刑を免れる。五属性持ちの若い魔導士を斬首刑にするのは、王家も躊躇するだろうからな。キースの妻がハーリオン侯爵家唯一の生き残りだ。二人の間に男子が生まれれば、その子が次代の侯爵になる。我がエンウィ家の子孫が、とうとう侯爵に……と、時間がないな」
「ええ。お急ぎください。お前達、見張りは抜かりなく……ん?」
「どうした?」
「魔法石の様子が……」
「いかん。魔力を蓄えすぎている。おい、すぐに魔法石を追加しろ!」
「はい!」
見張りのうち二人が階段を駆けあがっていく。マシューに繋がれた鎖が、魔力を帯びて輝き、ギシギシと金属が嫌な音を立てている。
「せいぜいこのまま、魔力を吸われて野たれ死ぬがいい。五属性の娘は、エンウィ家のものだ」
白いローブを翻し、低く呻いたマシューを一瞥すると、魔導師団長は転移魔法を詠唱した。地下牢に白い光が満ちたかと思うと、光魔法球だけがそこに残された。
強弱をつけて光る鎖をうつろな目で見つめ、マシューは全身から力が抜けていくのを感じていた。
「……エ、ミ……リー……」
微かに唇が動いた。
罪人として捕らえられてしまった自分のことなど忘れ、彼女は……。
長い黒髪に覆われた赤い左目が弱々しく輝き、マシューはそっと瞳を閉じた。
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