499 / 794
学院編 10 忍び寄る破滅
327 悪役令嬢と愚かな飼い犬
しおりを挟む
生徒会室から出たマリナとアリッサは、笑顔で手を振るジュリアを見て安堵した。教室から生徒会室に移動する時も、二人の間はぎくしゃくしたままで、碌に会話もしないで生徒会活動を終えたのだ。
「やっほー、お二人さん。終わるの待ってたよ」
「ジュリアちゃん……」
「アリッサは帰りに男子寮に寄るんでしょ?アレックスが殿下のお守りに入って、レイモンドを外に連れ出す作戦で」
「そんなことを考えていたの?」
「マリナは先に帰っていいよ?レナードがアレックスに声をかけてくれるって言ってたし、そんなに時間はかからないと思うけどさ」
「一緒に帰るわよ。エミリーはキースと約束があるみたいだから、三人で帰りましょう?」
マリナから見て、今日のキースは落ち着きがなくそわそわしっぱなしだった。理由を尋ねると、生徒会が終わったらエミリーと待ち合わせて、二人きりで魔法の研究をすると言っていた。エミリーは自覚がないだろうが、相手がキースでも、二人きりになるのはよくないのではないかと思う。
「ねえねえ、アリッサ。さっきからどうしたの?口数少なくない?」
「うん。あの……」
「悩みがあるならこのジュリアさんにドカンとぶちまけてみな?」
「……たの」
「ん?」
「マリナちゃんと喧嘩しちゃったの」
ジュリアは何度か瞬きをして、後ろを歩くマリナを振り返った。
「マリナ、アリッサと喧嘩してんの?」
「ちょ、ジュリアちゃ……」
「喧嘩というほどのことでもないけれど、フローラのことで少し、言い合いになってしまったの」
「フローラ……今朝も騒いでたもんねえ」
「マリナちゃんは、フローラちゃんに悪意があるみたいに言うの。フローラちゃんは噂好きだけど、私達に何かしようとは思っていないのよ?」
姉の手をぎゅっと掴み、アリッサは必死に訴えた。肝心のジュリアは、うーんと首を捻って固まっている。
「アリッサがフローラを信じたいのは分かるし、マリナが噂好きなあの子のせいで困ってるのも分かる。今朝だって、あんなに騒がないでそっと教えてくれてもよさそうなもんじゃん?人が集まる食堂で騒いだら、噂を知らない子だって気になっちゃうでしょ」
「それは……そうだけど……」
俯いて視線を彷徨わせたアリッサは、振り返ってマリナを見た。
「ねえ、マリナちゃんはどうして、フローラちゃんを疑うの?何か理由があって……」
「詳しいことは部屋で話すわ。ほら、早くレイモンドのところへ行きましょう?ずっと持って歩いたら、包みがぐしゃぐしゃになってしまうわ」
小走りに歩いて二人に並ぶ。アリッサの背中をぽんと叩き、マリナは白い息を吐いた。
◆◆◆
「……見つからない」
魔法科資料室で輝石に手をかざし、エミリーは眉間に皺を寄せた。何度やっても『命の時計』に関する資料はヒットしない。資料室はインターネット検索のように便利な代物だと思っていたが、空間にある資料からしか検索できないため意外に使えない。禁忌の魔法に関する研究データも、ある種のロックがかかっていて閲覧できない。
「困りましたね……先生に許可をいただいたのに」
「無駄足だったわ」
「もう少し、頑張って探しませんか?他の切り口なら探せるかも……」
「全部やりつくした。……あとは、キースが家から本を取ってくるしかないわ」
輝石から手を離し、エミリーはキースを見上げた。教室の椅子に座っていると気にならないが、多少身長差が開いてきた気がする。『とわばら2』の攻略対象らしく、可愛い系なのに男らしくなっている。伏し目がちの表情に仄かに色気が漂う。
「本は……エミリーさんが望むなら、いくらでも持ってきますよ」
「ありがとう。助かる」
「いえ。ですが、一つだけ、条件をつけても?」
「条件?」
「交換条件です。エミリーさんが条件を呑むのはたった一度だけ。それで僕は何度でも本を探しに家へ行くのですから、お得だと思いますよ?」
キースは軽く首を傾げて微笑んだ。微笑む相手がエミリーでなく、その辺の令嬢なら一瞬で心を奪われそうな破壊力だったのだが、エミリーは全く気にする様子もない。
「得かどうかは、条件を聞いて考える。私、面倒なのは嫌いなの」
「さほど面倒ではないと……思いますが……その……」
「何?」
「銀雪祭で、僕のパートナーになってほしいのです」
「前から決まっていたようなものでしょう?あなたのお母様からドレスが送られてきたし」
「すみません、あれは母の早とちりで。僕が言いたいのは、ダンスのパートナーとしてだけではありません。当日、祖父の魔導師団長が来賓として出席します。祖父の前でだけでいいんです。僕の婚約者のふりをしてもらえないでしょうか!」
「……断る」
「即答!?」
熱く語ったキースが転びそうになった。エミリーは無表情で手を差し出す。
「婚約はしていないって、キースがおじい様を説得すればいいでしょう?」
「それができたら僕だって悩みませんよ。うちでは家長の意見は絶対なんです。去年の王太子殿下の誕生日に、エミリーさんと僕が踊った時から、祖父はあなたを将来僕の妻にすると決めていたのです」
「迷惑だわ」
――マシューが知ったら王都壊滅か?
噂になっても牢の中まで聞こえるだろうか。元々マシューはパーティーに乗り気ではなかったし、エミリーが他の誰かと組むと知っていた。パートナーを組んだくらいで王都壊滅はないだろう。
「婚約を申し込むどころか、期末試験も酷い有様で……祖父が真実を知ったら、僕は」
「めちゃくちゃ怒られる?」
「……はい。怒ると魔力がビシビシ痛くて、とっても怖いんです。エミリーさんには申し訳ないと思っています。たった一日、銀雪祭の日だけ。祖父の前で僕の婚約者として振る舞ってもらえませんか?後から喧嘩別れしたとでも言って、いくらでも破談にできますから」
「今破談にすればいい」
「祖父の面目が潰れます。他の来賓の前で恥をかかせるようなことだけは、どうか……」
資料室の床に這いつくばり、キースは土下座をした。学院祭でアリッサが土下座踊りを披露してから、キースは土下座の意味を理解したのだ。視線を上げられたら短いスカートの中が見えそうな気がして、エミリーは仕方なく立膝をついてキースの手を取った。
「エミリーさん……」
「物凄く不本意なんだけど?」
「分かっています。本ならいくらでも……」
「本くらいじゃ、釣り合わないの。卒業するまで下僕決定。……それでいい?」
「はい!精一杯ご奉仕します!」
顔を上げたキースの頭にとんがった耳と、背後にふわふわの尻尾が見えた気がした。
「やっほー、お二人さん。終わるの待ってたよ」
「ジュリアちゃん……」
「アリッサは帰りに男子寮に寄るんでしょ?アレックスが殿下のお守りに入って、レイモンドを外に連れ出す作戦で」
「そんなことを考えていたの?」
「マリナは先に帰っていいよ?レナードがアレックスに声をかけてくれるって言ってたし、そんなに時間はかからないと思うけどさ」
「一緒に帰るわよ。エミリーはキースと約束があるみたいだから、三人で帰りましょう?」
マリナから見て、今日のキースは落ち着きがなくそわそわしっぱなしだった。理由を尋ねると、生徒会が終わったらエミリーと待ち合わせて、二人きりで魔法の研究をすると言っていた。エミリーは自覚がないだろうが、相手がキースでも、二人きりになるのはよくないのではないかと思う。
「ねえねえ、アリッサ。さっきからどうしたの?口数少なくない?」
「うん。あの……」
「悩みがあるならこのジュリアさんにドカンとぶちまけてみな?」
「……たの」
「ん?」
「マリナちゃんと喧嘩しちゃったの」
ジュリアは何度か瞬きをして、後ろを歩くマリナを振り返った。
「マリナ、アリッサと喧嘩してんの?」
「ちょ、ジュリアちゃ……」
「喧嘩というほどのことでもないけれど、フローラのことで少し、言い合いになってしまったの」
「フローラ……今朝も騒いでたもんねえ」
「マリナちゃんは、フローラちゃんに悪意があるみたいに言うの。フローラちゃんは噂好きだけど、私達に何かしようとは思っていないのよ?」
姉の手をぎゅっと掴み、アリッサは必死に訴えた。肝心のジュリアは、うーんと首を捻って固まっている。
「アリッサがフローラを信じたいのは分かるし、マリナが噂好きなあの子のせいで困ってるのも分かる。今朝だって、あんなに騒がないでそっと教えてくれてもよさそうなもんじゃん?人が集まる食堂で騒いだら、噂を知らない子だって気になっちゃうでしょ」
「それは……そうだけど……」
俯いて視線を彷徨わせたアリッサは、振り返ってマリナを見た。
「ねえ、マリナちゃんはどうして、フローラちゃんを疑うの?何か理由があって……」
「詳しいことは部屋で話すわ。ほら、早くレイモンドのところへ行きましょう?ずっと持って歩いたら、包みがぐしゃぐしゃになってしまうわ」
小走りに歩いて二人に並ぶ。アリッサの背中をぽんと叩き、マリナは白い息を吐いた。
◆◆◆
「……見つからない」
魔法科資料室で輝石に手をかざし、エミリーは眉間に皺を寄せた。何度やっても『命の時計』に関する資料はヒットしない。資料室はインターネット検索のように便利な代物だと思っていたが、空間にある資料からしか検索できないため意外に使えない。禁忌の魔法に関する研究データも、ある種のロックがかかっていて閲覧できない。
「困りましたね……先生に許可をいただいたのに」
「無駄足だったわ」
「もう少し、頑張って探しませんか?他の切り口なら探せるかも……」
「全部やりつくした。……あとは、キースが家から本を取ってくるしかないわ」
輝石から手を離し、エミリーはキースを見上げた。教室の椅子に座っていると気にならないが、多少身長差が開いてきた気がする。『とわばら2』の攻略対象らしく、可愛い系なのに男らしくなっている。伏し目がちの表情に仄かに色気が漂う。
「本は……エミリーさんが望むなら、いくらでも持ってきますよ」
「ありがとう。助かる」
「いえ。ですが、一つだけ、条件をつけても?」
「条件?」
「交換条件です。エミリーさんが条件を呑むのはたった一度だけ。それで僕は何度でも本を探しに家へ行くのですから、お得だと思いますよ?」
キースは軽く首を傾げて微笑んだ。微笑む相手がエミリーでなく、その辺の令嬢なら一瞬で心を奪われそうな破壊力だったのだが、エミリーは全く気にする様子もない。
「得かどうかは、条件を聞いて考える。私、面倒なのは嫌いなの」
「さほど面倒ではないと……思いますが……その……」
「何?」
「銀雪祭で、僕のパートナーになってほしいのです」
「前から決まっていたようなものでしょう?あなたのお母様からドレスが送られてきたし」
「すみません、あれは母の早とちりで。僕が言いたいのは、ダンスのパートナーとしてだけではありません。当日、祖父の魔導師団長が来賓として出席します。祖父の前でだけでいいんです。僕の婚約者のふりをしてもらえないでしょうか!」
「……断る」
「即答!?」
熱く語ったキースが転びそうになった。エミリーは無表情で手を差し出す。
「婚約はしていないって、キースがおじい様を説得すればいいでしょう?」
「それができたら僕だって悩みませんよ。うちでは家長の意見は絶対なんです。去年の王太子殿下の誕生日に、エミリーさんと僕が踊った時から、祖父はあなたを将来僕の妻にすると決めていたのです」
「迷惑だわ」
――マシューが知ったら王都壊滅か?
噂になっても牢の中まで聞こえるだろうか。元々マシューはパーティーに乗り気ではなかったし、エミリーが他の誰かと組むと知っていた。パートナーを組んだくらいで王都壊滅はないだろう。
「婚約を申し込むどころか、期末試験も酷い有様で……祖父が真実を知ったら、僕は」
「めちゃくちゃ怒られる?」
「……はい。怒ると魔力がビシビシ痛くて、とっても怖いんです。エミリーさんには申し訳ないと思っています。たった一日、銀雪祭の日だけ。祖父の前で僕の婚約者として振る舞ってもらえませんか?後から喧嘩別れしたとでも言って、いくらでも破談にできますから」
「今破談にすればいい」
「祖父の面目が潰れます。他の来賓の前で恥をかかせるようなことだけは、どうか……」
資料室の床に這いつくばり、キースは土下座をした。学院祭でアリッサが土下座踊りを披露してから、キースは土下座の意味を理解したのだ。視線を上げられたら短いスカートの中が見えそうな気がして、エミリーは仕方なく立膝をついてキースの手を取った。
「エミリーさん……」
「物凄く不本意なんだけど?」
「分かっています。本ならいくらでも……」
「本くらいじゃ、釣り合わないの。卒業するまで下僕決定。……それでいい?」
「はい!精一杯ご奉仕します!」
顔を上げたキースの頭にとんがった耳と、背後にふわふわの尻尾が見えた気がした。
0
お気に入りに追加
751
あなたにおすすめの小説
婚約破棄をいたしましょう。
見丘ユタ
恋愛
悪役令嬢である侯爵令嬢、コーデリアに転生したと気づいた主人公は、卒業パーティーの婚約破棄を回避するために奔走する。
しかし無慈悲にも卒業パーティーの最中、婚約者の王太子、テリーに呼び出されてしまうのだった。
悪役令嬢が美形すぎるせいで話が進まない
陽炎氷柱
恋愛
「傾国の美女になってしまったんだが」
デブス系悪役令嬢に生まれた私は、とにかく美しい悪の華になろうとがんばった。賢くて美しい令嬢なら、だとえ断罪されてもまだ未来がある。
そう思って、前世の知識を活用してダイエットに励んだのだが。
いつの間にかパトロンが大量発生していた。
ところでヒロインさん、そんなにハンカチを強く嚙んだら歯並びが悪くなりますよ?
転生したら攻略対象者の母親(王妃)でした
黒木寿々
恋愛
我儘な公爵令嬢リザベル・フォリス、7歳。弟が産まれたことで前世の記憶を思い出したけど、この世界って前世でハマっていた乙女ゲームの世界!?私の未来って物凄く性悪な王妃様じゃん!
しかもゲーム本編が始まる時点ですでに亡くなってるし・・・。
ゲームの中ではことごとく酷いことをしていたみたいだけど、私はそんなことしない!
清く正しい心で、未来の息子(攻略対象者)を愛でまくるぞ!!!
*R15は保険です。小説家になろう様でも掲載しています。
婚約破棄ですか。ゲームみたいに上手くはいきませんよ?
ゆるり
恋愛
公爵令嬢スカーレットは婚約者を紹介された時に前世を思い出した。そして、この世界が前世での乙女ゲームの世界に似ていることに気付く。シナリオなんて気にせず生きていくことを決めたが、学園にヒロイン気取りの少女が入学してきたことで、スカーレットの運命が変わっていく。全6話予定
【完結】死がふたりを分かつとも
杜野秋人
恋愛
「捕らえよ!この女は地下牢へでも入れておけ!」
私の命を受けて会場警護の任に就いていた騎士たちが動き出し、またたく間に驚く女を取り押さえる。そうして引っ立てられ連れ出される姿を見ながら、私は心の中だけでそっと安堵の息を吐く。
ああ、やった。
とうとうやり遂げた。
これでもう、彼女を脅かす悪役はいない。
私は晴れて、彼女を輝かしい未来へ進ませることができるんだ。
自分が前世で大ヒットしてTVアニメ化もされた、乙女ゲームの世界に転生していると気づいたのは6歳の時。以来、前世での最推しだった悪役令嬢を救うことが人生の指針になった。
彼女は、悪役令嬢は私の婚約者となる。そして学園の卒業パーティーで断罪され、どのルートを辿っても悲惨な最期を迎えてしまう。
それを回避する方法はただひとつ。本来なら初回クリア後でなければ解放されない“悪役令嬢ルート”に進んで、“逆ざまあ”でクリアするしかない。
やれるかどうか何とも言えない。
だがやらなければ彼女に待っているのは“死”だ。
だから彼女は、メイン攻略対象者の私が、必ず救う⸺!
◆男性(王子)主人公の乙女ゲーもの。主人公は転生者です。
詳しく設定を作ってないので、固有名詞はありません。
◆全10話で完結予定。毎日1話ずつ投稿します。
1話あたり2000字〜3000字程度でサラッと読めます。
◆公開初日から恋愛ランキング入りしました!ありがとうございます!
◆この物語は小説家になろうでも同時投稿します。
悪役令嬢の居場所。
葉叶
恋愛
私だけの居場所。
他の誰かの代わりとかじゃなく
私だけの場所
私はそんな居場所が欲しい。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
※誤字脱字等あれば遠慮なく言ってください。
※感想はしっかりニヤニヤしながら読ませて頂いています。
※こんな話が見たいよ!等のリクエストも歓迎してます。
※完結しました!番外編執筆中です。
シナリオ通り追放されて早死にしましたが幸せでした
黒姫
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢に転生しました。神様によると、婚約者の王太子に断罪されて極北の修道院に幽閉され、30歳を前にして死んでしまう設定は変えられないそうです。さて、それでも幸せになるにはどうしたら良いでしょうか?(2/16 完結。カテゴリーを恋愛に変更しました。)
ヒロインではないので婚約解消を求めたら、逆に追われ監禁されました。
曼珠沙華
恋愛
「運命の人?そんなの君以外に誰がいるというの?」
きっかけは幼い頃の出来事だった。
ある豪雨の夜、窓の外を眺めていると目の前に雷が落ちた。
その光と音の刺激のせいなのか、ふと前世の記憶が蘇った。
あ、ここは前世の私がはまっていた乙女ゲームの世界。
そしてローズという自分の名前。
よりにもよって悪役令嬢に転生していた。
攻略対象たちと恋をできないのは残念だけど仕方がない。
婚約者であるウィリアムに婚約破棄される前に、自ら婚約解消を願い出た。
するとウィリアムだけでなく、護衛騎士ライリー、義弟ニコルまで様子がおかしくなり……?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる