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学院編 10 忍び寄る破滅
325 少年剣士は地図を思い浮かべる
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【アレックス視点】
家から使いが来たのは、夜遅く、日付が今日に変わってからのことだった。
父上からの手紙には、荒々しい筆跡で「大事な話がある。明日邸に戻れ」とだけ書いてあり、何を言われるのか気になってなかなか寝付けなかった。寝たと思っても、ハッと起きて辺りを見て、まだ夜明け前だと気づく。そんなことの繰り返しで朝になった。
「朝ですよ、坊ちゃん。お支度をなさいませんと、朝食を召し上がれませんよ?」
バッ。
エレノアが容赦なく寝具を剥がした。俺は咄嗟に蹲り、悪魔のような侍女を睨む。
「寝不足なんだ、もう少し……」
「どこが寝不足なんですか?お邸からお手紙が届いて、三十分もしないうちに寝息が聞こえていましたよ?」
鋭い。全く眠れなかったわけではないから、エレノアの言うことも真実だ。反論できずに黙って着替える。
「おはようアレックス。食堂に行こうぜ」
ぼんやりして何とか支度を終えた俺を、レナードが誘いに来た。廊下に出ると、殿下の部屋の方から何やら叫び声がする。ややあって、疲れ果てた顔の侍従が溜息をつきながら出てきた。すぐに隣の部屋――レイモンドの一人部屋のドアをノックする。
「どうしたのかな。殿下は随分と機嫌が悪いみたいだね」
レナードは耳がいいなと思う。
俺はそっと、殿下の部屋のドアに近づいた。
「何をしている?」
「ひっ!」
後ろから声をかけられ振り向くと、凄味のある微笑を湛えた人物が俺を睨んでいる。笑っているのに睨んでいるってどうなのかと思うけれど、まさにそんな感じだ。
「お前はセドリックに呼ばれていないだろう?大人しく食堂にでも行っていろ」
レイモンドさんが俺を押しのけて中に入った後、
「うう……マリナが、マリナが僕の……妃になれないだなんて!」
と殿下の絶叫が聞こえた。すぐに侍従が慌てる声が重なる。
――どういうことだ?マリナが妃になれない?
王太子妃候補から外されるのだろうか。でも、殿下はマリナを見ているこっちが恥ずかしくなるくらい気に入っているし、この頃はマリナだって殿下を熱い眼差しで見ている。マリナは小さい頃からいっぱい勉強してきたから、王太子妃になるには完璧に教養を身に付けていると思う。理由が分からない。
「何だか、大変そうだな」
隣でレナードが眉を顰めた。確かに、殿下の荒れようでは登校もままならない。
「アレックス、顔色が悪いぞ」
「ああ、ちょっと寝不足なだけ。夜中に考え事してさ」
「考え事?アレックスが?考えて眠れない?……嘘だろ、今晩は大雪か!?」
頭を抱えたレナードの横で、俺は普段と変わらない彼に心の中で感謝した。
◆◆◆
授業を終えて、昼食を取らずにすぐ校門まで行く。ヴィルソード家の馬車が停まっていて、俺に気づいた御者と従僕が出迎える。
「坊ちゃま、お待ちしておりました」
「その、『坊ちゃま』ってのやめてくれる?」
邸の使用人は、ほぼ全員俺を甘やかしている。長いこと主人の一人息子だったのだから仕方がない。校内で誰かに聞かれたら恥ずかしいし、これから生まれてくる弟か妹にも、いい年をして坊ちゃんと呼ばれる姿を見せたくない。
「申し訳ございません。つい、癖で」
従僕は目を細めて頭を掻いた。これは反省していない顔だ。
ドアを開かれ、馬車に乗りこむ。何を言われるのだろうと、そればかり考えていたら、あっという間に邸の前に着いた。そのまま玄関まで乗り付け、向かいの席に座った従僕が明けるより早くドアを開けて飛び出す。一目散に邸の中に入ると、知った顔の騎士達がうろうろしている。何だか物々しい雰囲気だ。
「何かあったの?パーシー」
「あ、アレックス。君も呼び出されたのかい?」
呼び出し?パーシーは父上に呼ばれたのか。
「うん。昨日の夜に使いが来て」
「僕も似たようなものだ。明日にでもビルクールに向けて出発しないといけなくなった」
「ビルクールに?」
聞いたことがある地名にドキリとした。ジュリアと二人、誘拐された時に連れて行かれた先はビルクールの街だった。ハーリオン家の領地で、王都の次に栄えている港町で……。
「僕の隊でビルクール海運の事務所を調べることになったんだ。他にも、北部のエスティア、東部のフロードリン、西部のコレルダードに派遣される隊もある。皆慌てて旅支度をしているよ」
「エスティア……フロードリンに、コレルダード……」
どの地名にも聞き覚えがあった。地理の時間は睡眠学習に当てている俺でも、何度も聞かされれば覚える。それも、ジュリアの口から。具体的にどこなのかは分からない。地図が頭に浮かばないな。
「どれもハーリオン家の土地?」
「そうだよ。ハーリオン侯爵がアスタシフォンで拘束された話は知っていると思うけれど、禁輸品を持ち出して売ったなら、どこかに生産拠点があるはずだと思うんだ」
「キンユヒン?」
何のことだろう?
「ああ、禁輸品って言うのはね、何らかの理由で国外に持ち出しが禁じられている品物のことだよ。グランディアの場合は、一部の植物の種や苗、動物は持ち出せないことになっているんだ」
その後も、パーシーはいろいろと説明してくれた。ビルクールまでの行程とか、本当に、いろいろと……。俺は全く頭に入らなかった。どういうことだ?ジュリアの父上が捕まったなんて!
家から使いが来たのは、夜遅く、日付が今日に変わってからのことだった。
父上からの手紙には、荒々しい筆跡で「大事な話がある。明日邸に戻れ」とだけ書いてあり、何を言われるのか気になってなかなか寝付けなかった。寝たと思っても、ハッと起きて辺りを見て、まだ夜明け前だと気づく。そんなことの繰り返しで朝になった。
「朝ですよ、坊ちゃん。お支度をなさいませんと、朝食を召し上がれませんよ?」
バッ。
エレノアが容赦なく寝具を剥がした。俺は咄嗟に蹲り、悪魔のような侍女を睨む。
「寝不足なんだ、もう少し……」
「どこが寝不足なんですか?お邸からお手紙が届いて、三十分もしないうちに寝息が聞こえていましたよ?」
鋭い。全く眠れなかったわけではないから、エレノアの言うことも真実だ。反論できずに黙って着替える。
「おはようアレックス。食堂に行こうぜ」
ぼんやりして何とか支度を終えた俺を、レナードが誘いに来た。廊下に出ると、殿下の部屋の方から何やら叫び声がする。ややあって、疲れ果てた顔の侍従が溜息をつきながら出てきた。すぐに隣の部屋――レイモンドの一人部屋のドアをノックする。
「どうしたのかな。殿下は随分と機嫌が悪いみたいだね」
レナードは耳がいいなと思う。
俺はそっと、殿下の部屋のドアに近づいた。
「何をしている?」
「ひっ!」
後ろから声をかけられ振り向くと、凄味のある微笑を湛えた人物が俺を睨んでいる。笑っているのに睨んでいるってどうなのかと思うけれど、まさにそんな感じだ。
「お前はセドリックに呼ばれていないだろう?大人しく食堂にでも行っていろ」
レイモンドさんが俺を押しのけて中に入った後、
「うう……マリナが、マリナが僕の……妃になれないだなんて!」
と殿下の絶叫が聞こえた。すぐに侍従が慌てる声が重なる。
――どういうことだ?マリナが妃になれない?
王太子妃候補から外されるのだろうか。でも、殿下はマリナを見ているこっちが恥ずかしくなるくらい気に入っているし、この頃はマリナだって殿下を熱い眼差しで見ている。マリナは小さい頃からいっぱい勉強してきたから、王太子妃になるには完璧に教養を身に付けていると思う。理由が分からない。
「何だか、大変そうだな」
隣でレナードが眉を顰めた。確かに、殿下の荒れようでは登校もままならない。
「アレックス、顔色が悪いぞ」
「ああ、ちょっと寝不足なだけ。夜中に考え事してさ」
「考え事?アレックスが?考えて眠れない?……嘘だろ、今晩は大雪か!?」
頭を抱えたレナードの横で、俺は普段と変わらない彼に心の中で感謝した。
◆◆◆
授業を終えて、昼食を取らずにすぐ校門まで行く。ヴィルソード家の馬車が停まっていて、俺に気づいた御者と従僕が出迎える。
「坊ちゃま、お待ちしておりました」
「その、『坊ちゃま』ってのやめてくれる?」
邸の使用人は、ほぼ全員俺を甘やかしている。長いこと主人の一人息子だったのだから仕方がない。校内で誰かに聞かれたら恥ずかしいし、これから生まれてくる弟か妹にも、いい年をして坊ちゃんと呼ばれる姿を見せたくない。
「申し訳ございません。つい、癖で」
従僕は目を細めて頭を掻いた。これは反省していない顔だ。
ドアを開かれ、馬車に乗りこむ。何を言われるのだろうと、そればかり考えていたら、あっという間に邸の前に着いた。そのまま玄関まで乗り付け、向かいの席に座った従僕が明けるより早くドアを開けて飛び出す。一目散に邸の中に入ると、知った顔の騎士達がうろうろしている。何だか物々しい雰囲気だ。
「何かあったの?パーシー」
「あ、アレックス。君も呼び出されたのかい?」
呼び出し?パーシーは父上に呼ばれたのか。
「うん。昨日の夜に使いが来て」
「僕も似たようなものだ。明日にでもビルクールに向けて出発しないといけなくなった」
「ビルクールに?」
聞いたことがある地名にドキリとした。ジュリアと二人、誘拐された時に連れて行かれた先はビルクールの街だった。ハーリオン家の領地で、王都の次に栄えている港町で……。
「僕の隊でビルクール海運の事務所を調べることになったんだ。他にも、北部のエスティア、東部のフロードリン、西部のコレルダードに派遣される隊もある。皆慌てて旅支度をしているよ」
「エスティア……フロードリンに、コレルダード……」
どの地名にも聞き覚えがあった。地理の時間は睡眠学習に当てている俺でも、何度も聞かされれば覚える。それも、ジュリアの口から。具体的にどこなのかは分からない。地図が頭に浮かばないな。
「どれもハーリオン家の土地?」
「そうだよ。ハーリオン侯爵がアスタシフォンで拘束された話は知っていると思うけれど、禁輸品を持ち出して売ったなら、どこかに生産拠点があるはずだと思うんだ」
「キンユヒン?」
何のことだろう?
「ああ、禁輸品って言うのはね、何らかの理由で国外に持ち出しが禁じられている品物のことだよ。グランディアの場合は、一部の植物の種や苗、動物は持ち出せないことになっているんだ」
その後も、パーシーはいろいろと説明してくれた。ビルクールまでの行程とか、本当に、いろいろと……。俺は全く頭に入らなかった。どういうことだ?ジュリアの父上が捕まったなんて!
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