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学院編 10 忍び寄る破滅

318 悪役令嬢は助手を探す

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「魔法の研究……ですか?」
男子寮のキースの部屋は、二人の話し声以外聞こえない。エミリーが部屋全体に結界を張り、声が外に漏れないようにしているのだ。よって、外の音も聞こえない。敏腕執事はキースの用事で街に出ており、部屋には二人きり。微妙な隙間を空けて並んで長椅子に腰かけていた。
「研究なら、エミリーさんは毎日しているでしょう?僕の力がなくったって」
「特別な、研究なの。……キースは治癒魔導士になるの?」
「どうでしょう?光魔法は得意ですが……治癒に特化できるかというと微妙です」
正直者だなとエミリーは口の端を上げた。
「『命の時計』……聞いたことある?」
「……ないと言ったら?」
「この話は終わり、帰る」
すっくと椅子から立ち上がったエミリーの腕を引き、
「だ、じょ、冗談ですって!」
キースは慌てて引き留めた。

「誰かから教わってはいませんけど、家には珍しい魔法書がたくさんあります。変わった魔法が書いてあれば、知りたくなるのが道理です。僕は家の魔法書を殆ど読み終えました。……中身が身についたかと言えばそれまでですが」
「本に書いてあった?」
「はい。いろいろな本で読みました。そう言えば、家の蔵書は禁忌とされる魔法を解説した本が多いような気がします」
「私、解きたいの。『命の時計』を」
協力してもらうには、秘密を打ち明けることになる。彼を頼ることを躊躇して、姉が命を縮めるのをみすみす見逃すつもりはない。話すしかないのだ。
「お願い、協力して。あなたが頼りなの、キース」
そっと手に触れて見つめると、彼は視線を彷徨わせ、耳まで真っ赤になった。

   ◆◆◆

夕方。
夕食の時間よりかなり早く、ハーリオン侯爵令嬢の部屋に四人が揃った。
「たっだいまー」
ドアを開けてジュリアが叫んだ。
「遅かったね、ジュリアちゃん」
「まあね。追試の後、ちょっと訓練場に寄り道してきたから」
「肝心の追試はどうだったのよ。補習になったらグロリア先輩に顔向けできないわよ?」
マリナがにやにやしながらジュリアの脇腹を小突いた。
「ふふん。私に不可能はないね!完璧とまではいかないけど、かなり解けた。分かった!って思ったもん」
「よかったねえ、ジュリアちゃん」
「アリッサはどうだったのさ?」
「五分くらいで書き終わったから……先生にお話して先に抜けさせてもらったの」
「うっそ、マジで?うちのクラスなんか皆キリギリまで書いてたよ?アレックスなんか半分白かったし」
「追試は本試験より簡単だったのに?」
将来の騎士団長を嘱望されている攻略対象アレックスは、学業成績が残念な男だという認識はあったが、これほどとは誰も思っていなかった。
「補習確定かもね。一緒に帰れなくなっちゃうじゃん」

夕食後に居間に集まった四人は、順番に入浴を済ませながら雑談をしていた。
「アリッサ、セーターできたんだ?」
「うん。納得がいく出来になったの」
「……見せて」
セーターをテーブルに広げて、エミリーは声が出なかった。完全に整った左右対称の編み模様に、乱れが見つからない編み目、めくって見ると毛糸の端の処理も完璧だった。
「わぁお、すっごいね。アリッサは器用だと思ってたけど、まるで機械編みの既製品じゃん」
「ふふ。ありがとう。褒められると照れちゃう」
「こっちの世界には既製品がないもんねえ。アリッサの技術を皆に伝えて、ニット工房でも開いたらどう?悪役令嬢だからって起業しちゃいけないってことはないし」
「……包まなきゃ」
「うん。レイ様にお渡しするのに、素敵な包み紙をね」
「お任せください、アリッサ様!」
自分の出番が来たとばかりに、リリーが色とりどりの包み紙とリボンを持って現れた。
「さっすが、リリー。お、これ綺麗。いいね、私、これがいいや」
「ジュリアちゃんは後でね」
紙の中からレイモンドが気に入りそう柄を選ぶと、アリッサは手際よく包んでいく。するするとリボンをかけ、端がくるくると螺旋を描くように癖をつけた。

マリナが居間に戻り、四人は揃って寝室へ移動する。
「もー、今日は皆に話したいこと、盛りだくさんなんだよね」
「ジュリアちゃんも?」
「私とアリッサは生徒会のことで話があるわ」
「……私も、ある」
「エミリーは愛しのダーリンが逮捕された件でしょ」
「……その呼び方やめて」
掌に火の魔法球を発生させ、エミリーはじろりとジュリアを見た。

マリナのベッドに集まり、先にマリナから話を始めた。
「生徒会でくじを引いてね、セドリック様のお相手が決まったわ」
「へえ。誰?」
「アイリーン・シェリンズ」
舌打ちをしそうな苦い顔で、因縁のある名前をマリナが吐き捨てた。
「……最悪」
「マリナ、昔からくじ運なかったもんな」
「自慢じゃないけど商店街のくじ引きでティッシュ以外引いたことないわ」
「くじと言えばジュリアちゃんだったよね。小学校の頃、自転車を当てたっけ」
「そうそう。私が当てたんだけど、車輪が小さいからってエミリーにあげたんだよ。外遊びなんか大嫌いなエミリーがさ、自転車の練習させられて迷惑そうだった」
「……迷惑」
「あ、やっぱり?」

パンパンとマリナが手を叩いた。
「ほら、脱線しないの。アイリーンがセドリック様に接近する理由を作ってしまったのよ。自分で言っていて凹むわ……」
「……それ、本当に『アイリーン』だった?」
「どういうこと?エミリーちゃん」
「マリナ達全員、光魔法で錯覚したんじゃないの?」
「錯覚?」
「家に来てた頭髪の寂しい魔導士が……」
「ああ、ハゲのあいつか。私を貶した……貶されて随分たつけど懐かしいな」
ジュリアは憎々しげに呟いた。
「くじを引くと、どんなことが書いてあっても字が『アイリーン』って見えるってこと」
「イカサマ?」
「……名前を書いた紙を全部見たのよね?」
「見てないよ?」
「全部確認すればよかったわ。アイリーンの紙を引いた時真っ白になっちゃって」
「魔法がかかってたなら、キース君に引いてもらえばよかったね」
「結果論だけど、そうね」

「よし、次は私」
落ち込むマリナの肩を数回揉んで、ジュリアは三人が振り返るのを待った。
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