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学院編 10 忍び寄る破滅
315 悪役令嬢は宮廷魔導士を酷評する
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「閉まってる……」
生徒会室のドアを押して引いて、エミリーは呟いた。
キースのいそうな場所を転々としながら探していたが、どこにもいないようだ。
――場所指定じゃなく、人指定で転移するか?
姉達や家族なら、その人を強く念じて転移しても構わないとエミリーは考えている。だが、友人の一人であるキースの居場所に転移して、彼が入浴中だったり、トイレにいた場合は非常に気まずい。まだ日中だから入浴はしていないとして……。
――仕方ない。男子寮に行くしかないか。
魔法のことになると後先考えず行動してしまうエミリーは、本を抱いたままキースの部屋へと転移した。
◆◆◆
「図書館の、盗難事件……?」
アリッサが首を傾げた。そんな話を何故、自分達姉妹にするのだろうか。エンフィールド侯爵は図書館の副館長で、館長は王立学院長が兼務している。何かあれば、彼は学院長に報告に来る責務があるが、ハーリオン侯爵姉妹と盗難事件との関わりはない。
「先ほど、国王陛下と王妃殿下には報告申し上げたのですが、王立図書館に地下書庫の、滅多に人が立ち入ることができない場所にあった貴重な資料が、何者かによって盗まれてしまったのですよ」
学院長の手前、エンフィールド侯爵は取り澄ました顔で優しい青年貴族を演じている。先日の晩餐会でハロルドや父を貶める発言を繰り返していた男とは思えない。
「うむ。陛下は彼に調査をするよう命じたのだ。入館記録と、地下書庫の出入りの記録を見て、怪しい人物がいないかとな」
髭を引きちぎるのではないかと思うほど、学院長の表情は険しかった。古書を大事にする彼は、初代国王の遺志により平民にまで門戸を広げた図書館で、卑劣な行為をした犯人を憎んでいるのだろう。
「地下書庫に入れるのは、王族と限られた貴族、図書館の職員だけです。閉館時間は、魔法で入口が封鎖されていますし、開館時間中でも書庫の入口には出入りを確認する者がおります。つまり、誰にも見られずに書庫へ入ることは不可能なのです」
「魔法で入れるのではないのですか?例えば、転移魔法とか……」
「貴重な書物を守るため、地下書庫の床には強力な魔法陣が描かれています。入口で許可を受けた者以外をどこかへ弾き飛ばすものです」
「入口で名前を書き、腕輪を受け取るんじゃ。それをはめているうちは、魔法陣の影響を受けなくなる。……そうだったな?」
「はい。数年前に、うっかり腕輪をつけずに中に入った司書がおりまして、アスタシフォン沖の小島まで飛ばされたそうです。遠い昔の高名な魔導士の魔法陣ですから、強大な力を持つ魔導士でも防ぎきれないでしょう」
――強大な力?暗にマシューのことを指しているのかしら?
昼にエミリーが言っていたように、マシューが王太子襲撃の容疑者として囚われているのなら、彼に直接訊ねるのが早い。わざわざ王立学院に来て、マリナ達に問う意味がない。
「地下書庫に入った者のリストに、ある名前を見つけたんですよ」
エンフィールド侯爵は、マリナとアリッサのいる方へ膝を向けた。
「およそひと月ほど前でしょうか。……エミリー・ハーリオン嬢が書庫に入ったと」
「エミリーが?」
「そんなはずありません!」
アリッサが強い調子で声を上げた。マリナははっとして妹を見つめた。
「エミリーちゃ……エミリーは、王立学院から出ていません。毎日一緒に起きて、一緒に学校に行っていた私達が証明します」
「しかし、君達とは学科が違う。授業を抜け出して図書館に行くこともあるだろう?常に一緒にいたわけではない」
反論されて苛立った侯爵の、優しい青年の仮面が剥げてきた。たれ目に冷たさが滲む。
「エミリーは面倒くさがりなんです。王立学院を抜け出して図書館へ行くなんてしません。学院に入学する前だって、家から殆ど出ませんでした。私達に黙って出かけるはずが……」
「恋人に犯罪の片棒を担がされていると、君達に言うかな?」
「犯罪……?」
「生徒達には伏せられているが、王立学院魔法科教師のマシュー・コーノックが、王太子暗殺未遂の容疑で捕らえられている。宮廷魔導士の調査では、コーノックとエミリー嬢は恋仲だったと分かっていてね。恋人に唆されて、貴重な資料を持ち出したのではないかと」
「違います!エミリーちゃんは……」
「もういいわ、アリッサ」
「マリナちゃん……」
泣きそうな瞳でマリナを見ている。アリッサなりに妹を守ろうと必死なのだ。
「先ほどからお話を伺っておりますと、学院長先生も、エンフィールド侯爵様も、大いなる勘違いをなさっておいでのようですわね」
「どういう意味じゃな?」
「私達四姉妹は生まれた時から一緒、寝室も常に一緒でこれまで育ってまいりました。お互いに秘密を作らず、その日あったことを包み隠さず話し合ってきたのです。お互いに誰よりも信頼し、強固な絆で結ばれております。エミリーが、姉である私の婚約者……まだ候補ですけれど……セドリック王太子殿下を狙う一味に加担するなどあり得ませんわ」
きっぱりと言い切って、マリナは「どうだ」とばかりにエンフィールド侯爵を上から目線で見つめた。侯爵がどこか嬉しそうなのは、考えると鳥肌が立つので見なかったことにする。
「ふうむ。姉妹の間で隠し事はなし、か。やはり、何かの間違いではないのか?わしにもあの子が一人で出かけるようには思えん」
――よし、押せ押せ!学院長先生!
「コーノック先生が逮捕されたというのも、私達は冤罪ではないかと思っております。狙われたとされているセドリック様も、きっと同じようにお考えでしょう。学院祭の時も、演劇の演出で、私達にお力添えくださいましたし、セドリック様を含めて生徒に信頼されている先生です。魔力が人並み外れているからと言って、どんな魔法事件でも彼が起こしたとこじつけるのは、きちんと調査をしていない証拠。職務怠慢ですわね。宮廷魔導士の名が泣きますわ」
「そうじゃな。わしも明日にでも魔導師団長に会って話して来ようと思っておる。魔法事故で一度魔力を封じられたこともある彼が、また罰を受けるような真似をするはずなかろうて」
学院長が結論を出すように念を押すと、エンフィールド侯爵は渋々頷いた。
「分かりました。地下書庫の件は再度調査するよう、宮廷魔導士に依頼します。……ですが、エミリー嬢に怪しいそぶりは……」
「ありません。これっぽっちもっ!」
アリッサが震える声で言う。その様子が愛らしくて面白く、マリナはつい吹き出しそうになった。
「……ということじゃ。今日のところは引き取ってくれるか」
「はい」
学院長に立場上逆らえないエンフィールド侯爵は、どうあっても承服するしかなかった。帰り際に何度もマリナを見つめて吐息しながら、彼はドアの向こうに消えた。
生徒会室のドアを押して引いて、エミリーは呟いた。
キースのいそうな場所を転々としながら探していたが、どこにもいないようだ。
――場所指定じゃなく、人指定で転移するか?
姉達や家族なら、その人を強く念じて転移しても構わないとエミリーは考えている。だが、友人の一人であるキースの居場所に転移して、彼が入浴中だったり、トイレにいた場合は非常に気まずい。まだ日中だから入浴はしていないとして……。
――仕方ない。男子寮に行くしかないか。
魔法のことになると後先考えず行動してしまうエミリーは、本を抱いたままキースの部屋へと転移した。
◆◆◆
「図書館の、盗難事件……?」
アリッサが首を傾げた。そんな話を何故、自分達姉妹にするのだろうか。エンフィールド侯爵は図書館の副館長で、館長は王立学院長が兼務している。何かあれば、彼は学院長に報告に来る責務があるが、ハーリオン侯爵姉妹と盗難事件との関わりはない。
「先ほど、国王陛下と王妃殿下には報告申し上げたのですが、王立図書館に地下書庫の、滅多に人が立ち入ることができない場所にあった貴重な資料が、何者かによって盗まれてしまったのですよ」
学院長の手前、エンフィールド侯爵は取り澄ました顔で優しい青年貴族を演じている。先日の晩餐会でハロルドや父を貶める発言を繰り返していた男とは思えない。
「うむ。陛下は彼に調査をするよう命じたのだ。入館記録と、地下書庫の出入りの記録を見て、怪しい人物がいないかとな」
髭を引きちぎるのではないかと思うほど、学院長の表情は険しかった。古書を大事にする彼は、初代国王の遺志により平民にまで門戸を広げた図書館で、卑劣な行為をした犯人を憎んでいるのだろう。
「地下書庫に入れるのは、王族と限られた貴族、図書館の職員だけです。閉館時間は、魔法で入口が封鎖されていますし、開館時間中でも書庫の入口には出入りを確認する者がおります。つまり、誰にも見られずに書庫へ入ることは不可能なのです」
「魔法で入れるのではないのですか?例えば、転移魔法とか……」
「貴重な書物を守るため、地下書庫の床には強力な魔法陣が描かれています。入口で許可を受けた者以外をどこかへ弾き飛ばすものです」
「入口で名前を書き、腕輪を受け取るんじゃ。それをはめているうちは、魔法陣の影響を受けなくなる。……そうだったな?」
「はい。数年前に、うっかり腕輪をつけずに中に入った司書がおりまして、アスタシフォン沖の小島まで飛ばされたそうです。遠い昔の高名な魔導士の魔法陣ですから、強大な力を持つ魔導士でも防ぎきれないでしょう」
――強大な力?暗にマシューのことを指しているのかしら?
昼にエミリーが言っていたように、マシューが王太子襲撃の容疑者として囚われているのなら、彼に直接訊ねるのが早い。わざわざ王立学院に来て、マリナ達に問う意味がない。
「地下書庫に入った者のリストに、ある名前を見つけたんですよ」
エンフィールド侯爵は、マリナとアリッサのいる方へ膝を向けた。
「およそひと月ほど前でしょうか。……エミリー・ハーリオン嬢が書庫に入ったと」
「エミリーが?」
「そんなはずありません!」
アリッサが強い調子で声を上げた。マリナははっとして妹を見つめた。
「エミリーちゃ……エミリーは、王立学院から出ていません。毎日一緒に起きて、一緒に学校に行っていた私達が証明します」
「しかし、君達とは学科が違う。授業を抜け出して図書館に行くこともあるだろう?常に一緒にいたわけではない」
反論されて苛立った侯爵の、優しい青年の仮面が剥げてきた。たれ目に冷たさが滲む。
「エミリーは面倒くさがりなんです。王立学院を抜け出して図書館へ行くなんてしません。学院に入学する前だって、家から殆ど出ませんでした。私達に黙って出かけるはずが……」
「恋人に犯罪の片棒を担がされていると、君達に言うかな?」
「犯罪……?」
「生徒達には伏せられているが、王立学院魔法科教師のマシュー・コーノックが、王太子暗殺未遂の容疑で捕らえられている。宮廷魔導士の調査では、コーノックとエミリー嬢は恋仲だったと分かっていてね。恋人に唆されて、貴重な資料を持ち出したのではないかと」
「違います!エミリーちゃんは……」
「もういいわ、アリッサ」
「マリナちゃん……」
泣きそうな瞳でマリナを見ている。アリッサなりに妹を守ろうと必死なのだ。
「先ほどからお話を伺っておりますと、学院長先生も、エンフィールド侯爵様も、大いなる勘違いをなさっておいでのようですわね」
「どういう意味じゃな?」
「私達四姉妹は生まれた時から一緒、寝室も常に一緒でこれまで育ってまいりました。お互いに秘密を作らず、その日あったことを包み隠さず話し合ってきたのです。お互いに誰よりも信頼し、強固な絆で結ばれております。エミリーが、姉である私の婚約者……まだ候補ですけれど……セドリック王太子殿下を狙う一味に加担するなどあり得ませんわ」
きっぱりと言い切って、マリナは「どうだ」とばかりにエンフィールド侯爵を上から目線で見つめた。侯爵がどこか嬉しそうなのは、考えると鳥肌が立つので見なかったことにする。
「ふうむ。姉妹の間で隠し事はなし、か。やはり、何かの間違いではないのか?わしにもあの子が一人で出かけるようには思えん」
――よし、押せ押せ!学院長先生!
「コーノック先生が逮捕されたというのも、私達は冤罪ではないかと思っております。狙われたとされているセドリック様も、きっと同じようにお考えでしょう。学院祭の時も、演劇の演出で、私達にお力添えくださいましたし、セドリック様を含めて生徒に信頼されている先生です。魔力が人並み外れているからと言って、どんな魔法事件でも彼が起こしたとこじつけるのは、きちんと調査をしていない証拠。職務怠慢ですわね。宮廷魔導士の名が泣きますわ」
「そうじゃな。わしも明日にでも魔導師団長に会って話して来ようと思っておる。魔法事故で一度魔力を封じられたこともある彼が、また罰を受けるような真似をするはずなかろうて」
学院長が結論を出すように念を押すと、エンフィールド侯爵は渋々頷いた。
「分かりました。地下書庫の件は再度調査するよう、宮廷魔導士に依頼します。……ですが、エミリー嬢に怪しいそぶりは……」
「ありません。これっぽっちもっ!」
アリッサが震える声で言う。その様子が愛らしくて面白く、マリナはつい吹き出しそうになった。
「……ということじゃ。今日のところは引き取ってくれるか」
「はい」
学院長に立場上逆らえないエンフィールド侯爵は、どうあっても承服するしかなかった。帰り際に何度もマリナを見つめて吐息しながら、彼はドアの向こうに消えた。
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