上 下
478 / 794
学院編 10 忍び寄る破滅

306 悪役令嬢は彫像になる

しおりを挟む
「ジュリア……説明して」
魔法科一年の教室の前で、エミリーは姉二人を白い目で見た。
アルカイックスマイルを浮かべて立っているマリナと、絶えず乾いた笑いを漏らしているジュリアは、エミリーが教室に来るのを待っていたのだ。

「あ……っとさ、例の話、エミリーから説明してもらおうと思って」
「例の話?」
「だから……」
言い淀むジュリアを押しのけて、マリナが一歩前に出た。
「ジュリアが言ったのよ。セドリック様に近づいて身体は大丈夫だったのかって」
――ジュリアに教えるんじゃなかった!
猛烈に後悔していたが、エミリーは表情を変えずに、
「ここじゃ誰かに聞かれるから、自習室に行こう」
と淡々と言った。マリナの背中を押してとぼとぼと廊下を進みながら、後ろを歩くジュリアに二度ほど軽い風魔法をお見舞いしてやる。
「ぐふっ」
「……」
「エミリー、やったな!」
「やられて当然」
エミリーは上から目線でジュリアを睨み、鼻で笑った。

   ◆◆◆

「……」
「……マリナ?」
ジュリアは姉の目の前で指を三本出して、ぶんぶんと振ってみたが反応がない。
「屍か?」
「……だから、教えない方がよかったのに」
溜息をついたエミリーは、椅子からすっと立ち上がった。
「どこ行くの?」
「説明終わったから、教室に帰る。……術式も書きたいし」
「マリナはどうするのさ?」
「ジュリアが連れてって。どうせ、剣技科に戻る途中でしょ」
ばさりと音を立てて黒いローブを翻し、エミリーは自習室を出て行った。

後に残されたジュリアは、完全に固まっているマリナの隣に座り、鼻の辺りに手をかざす。
「よかった、息はしてるね」
まるで彫像のように動かず、呼吸もしていないのかと疑うほどだ。マリナは微動だにせず、床の一点を見つめていた。
「……エミリーがさ、対抗する魔法を考えるって言ってた。マシューと二人で研究してるって。あの子、魔法はチートじゃん?きっと解け……」
「どこにそんな保証があるの?」
マリナはカッと目を見開きジュリアを凝視した。瞳は涙に濡れている。
「ねえ?いつになったら解けるの?明日?明後日?それとも一年後?」
「いや、それは……」
「何年待ったら解けるの?」
「エミリーは頑張ってて……」
「何もしないで待っていろって?」
制服の喉元を締められるように掴まれ、ジュリアは思わず椅子の背凭れにのけ反った。
「魔法に関して、マリナはどうにもできないじゃんか!」
「そうね。術式を書けと言われてもできないわ。でも、私は……セドリック様との幸せな未来のために、自分にできることはしたい。既定路線通りにバッドエンドへ突き進むゲームの悪役令嬢なんかじゃない、諦めたらそこで終わりなのよ。一人の人間として、貪欲に生きるって決めたの」

ジュリアはしばらく黙ったままだった。
一度深く頷くと、マリナの手を両手で包み込むように握った。
「ねえ、マリナ。仮に魔法が解けなかったら、解ける見込みがないって分かっても、殿下の傍にいたい?残された命の時間がほんの数年で、残された殿下がマリナを死に追いやった十字架を背負って、一生苦しむとしても?」
「……っ!」
二人は瞳の奥の感情を探り合うように見つめ合った。
「私はマリナに生きてほしい。殿下にも悲しい思いはしてほしくないと思うよ。……それに、私が『命の時計』の魔法をかけられたら、……うん。諸国漫遊の旅にでも出るかな」
どこかに悲しみを隠し、ジュリアは歯を見せてにっと笑う。
「……何それ」
マリナがくすっと笑った。
「いいでしょ?とりあえず、印籠を出す係の付き人は欲しいよね。傭兵になってもいいかな。んで、行った先でアレックスに手紙を書くよ。返事は期待しないでおこうかな。アレックスは手紙が苦手だから」
「ジュリアは、……離れるの?」
「そう。婚約者兼親友から、ただの親友に戻るってわけ。そりゃ、最初はすっごい辛いと思うんだ。声も聞きたいし、会って話したいことがたくさんあるから。……アレックスは公爵家の跡取りだし、誰か他の令嬢を妻にするんだろうね。騎士団長になって、皆に慕われて……」
次第に声が小さくなり、ジュリアは頭を左右に激しく振った。
「あー、ダメダメ。暗くなっちゃった。うん。私はマリナに協力する。ただし!」
「ただし?」
「命を縮めるのは許さない。魔法が解けるまで、殿下と接触禁止!」
「ジュリアが決めることかしら?」
「当たり前よぉ。私、マリナが死んじゃって、悲しい思いをしたくないんだからね!」
ビシッ。
鼻先に指を突き付けられ、マリナは眉間に皺を寄せた。

   ◆◆◆

「マリナに、『命の時計』を……?」
レイモンドは絶句した。昨日調べたばかりの魔法の名が、幼馴染で無二の親友であるはとこの口から出たことに。
「うん。レイは知らないと思うけど、とても危険な魔法なんだ」
「……知っている。昨日偶然調べたんだが、あまり使われた例はないらしいな」
「そうなんだ。僕も王宮の書庫で調べてみたんだよ。どれも魔法を解けないままに、皆亡くなってしまっているんだ。僕は、マリナを死なせたくない」

「お前が近づけば、マリナの命が縮む。一生避け続けなければならないんだぞ?」
セドリックは悲しげに目を伏せた。やがて、窓の外に広がる雪景色に視線を向ける。
「きっと、僕の心が参ってしまうだろうね。いっそのこと、リオネルに頼んでアスタシフォンに行かせようかと思ったりもしたよ。僕のいないところで幸せになれるのなら」
「お前はそれでいいのか?」
バン。
窓際の机を叩き、セドリックは伏せるように崩れ落ちた。
「……嫌だ。離れたくないんだよ。僕の我儘で彼女の命を削ると分かっているのに!」
肩が細かく震えている。レイモンドはそっと手をかけて撫でた。

「学院の資料室で俺が『命の時計』を調べた時、資料にかけられた魔法は俺を認め、隠された情報をくれた。……つまり、俺にとって必要な情報だからだ。お前の助けになれと、俺を指名したんだ」
「レイ……」
「俺はあらゆる方法でお前を助ける。側近だからではなく、お前の兄代わり、親友として」
「ありがとう……!」
がばっ。
机に伏せていたセドリックが振り向くと、レイモンドはぎょっとして彼の顔を見た。海の色の瞳からは滝のように涙が溢れ、両方の鼻の穴からは鼻水が出ている。
「セドリック、顔を……って、やめろ!」
感激したセドリックが抱きつき、ブレザーとワイシャツを鼻水で濡らされたレイモンドが絶叫すると、遠くで予鈴が聞こえた。
しおりを挟む
感想 14

あなたにおすすめの小説

ヤンデレお兄様に殺されたくないので、ブラコンやめます!(長編版)

夕立悠理
恋愛
──だって、好きでいてもしかたないもの。 ヴァイオレットは、思い出した。ここは、ロマンス小説の世界で、ヴァイオレットは義兄の恋人をいじめたあげくにヤンデレな義兄に殺される悪役令嬢だと。  って、むりむりむり。死ぬとかむりですから!  せっかく転生したんだし、魔法とか気ままに楽しみたいよね。ということで、ずっと好きだった恋心は封印し、ブラコンをやめることに。  新たな恋のお相手は、公爵令嬢なんだし、王子様とかどうかなー!?なんてうきうきわくわくしていると。  なんだかお兄様の様子がおかしい……? ※小説になろうさまでも掲載しています ※以前連載していたやつの長編版です

【完結】ヒロインに転生しましたが、モブのイケオジが好きなので、悪役令嬢の婚約破棄を回避させたつもりが、やっぱり婚約破棄されている。

樹結理(きゆり)
恋愛
「アイリーン、貴女との婚約は破棄させてもらう」 大勢が集まるパーティの場で、この国の第一王子セルディ殿下がそう宣言した。 はぁぁあ!? なんでどうしてそうなった!! 私の必死の努力を返してー!! 乙女ゲーム『ラベルシアの乙女』の世界に転生してしまった日本人のアラサー女子。 気付けば物語が始まる学園への入学式の日。 私ってヒロインなの!?攻略対象のイケメンたちに囲まれる日々。でも!私が好きなのは攻略対象たちじゃないのよー!! 私が好きなのは攻略対象でもなんでもない、物語にたった二回しか出てこないイケオジ! 所謂モブと言っても過言ではないほど、関わることが少ないイケオジ。 でもでも!せっかくこの世界に転生出来たのなら何度も見たイケメンたちよりも、レアなイケオジを!! 攻略対象たちや悪役令嬢と友好的な関係を築きつつ、悪役令嬢の婚約破棄を回避しつつ、イケオジを狙う十六歳、侯爵令嬢! 必死に悪役令嬢の婚約破棄イベントを回避してきたつもりが、なんでどうしてそうなった!! やっぱり婚約破棄されてるじゃないのー!! 必死に努力したのは無駄足だったのか!?ヒロインは一体誰と結ばれるのか……。 ※この物語は作者の世界観から成り立っております。正式な貴族社会をお望みの方はご遠慮ください。 ※この作品は小説家になろう、カクヨムで完結済み。

死んだはずの悪役聖女はなぜか逆行し、ヤンデレた周囲から溺愛されてます!

夕立悠理
恋愛
10歳の時、ロイゼ・グランヴェールはここは乙女ゲームの世界で、自分は悪役聖女だと思い出した。そんなロイゼは、悪役聖女らしく、周囲にトラウマを植え付け、何者かに鈍器で殴られ、シナリオ通り、死んだ……はずだった。 しかし、目を覚ますと、ロイゼは10歳の姿になっており、さらには周囲の攻略対象者たちが、みんなヤンデレ化してしまっているようで――……。

盲目のラスボス令嬢に転生しましたが幼馴染のヤンデレに溺愛されてるので幸せです

斎藤樹
恋愛
事故で盲目となってしまったローナだったが、その時の衝撃によって自分の前世を思い出した。 思い出してみてわかったのは、自分が転生してしまったここが乙女ゲームの世界だということ。 さらに転生した人物は、"ラスボス令嬢"と呼ばれた性悪な登場人物、ローナ・リーヴェ。 彼女に待ち受けるのは、嫉妬に狂った末に起こる"断罪劇"。 そんなの絶対に嫌! というかそもそも私は、ローナが性悪になる原因の王太子との婚約破棄なんかどうだっていい! 私が好きなのは、幼馴染の彼なのだから。 ということで、どうやら既にローナの事を悪く思ってない幼馴染と甘酸っぱい青春を始めようと思ったのだけどーー あ、あれ?なんでまだ王子様との婚約が破棄されてないの? ゲームじゃ兄との関係って最悪じゃなかったっけ? この年下男子が出てくるのだいぶ先じゃなかった? なんかやけにこの人、私に構ってくるような……というか。 なんか……幼馴染、ヤンデる…………? 「カクヨム」様にて同名義で投稿しております。

義弟の為に悪役令嬢になったけど何故か義弟がヒロインに会う前にヤンデレ化している件。

あの
恋愛
交通事故で死んだら、大好きな乙女ゲームの世界に転生してしまった。けど、、ヒロインじゃなくて攻略対象の義姉の悪役令嬢!? ゲームで推しキャラだったヤンデレ義弟に嫌われるのは胸が痛いけど幸せになってもらうために悪役になろう!と思ったのだけれど ヒロインに会う前にヤンデレ化してしまったのです。 ※初めて書くので設定などごちゃごちゃかもしれませんが暖かく見守ってください。

悪役令嬢の生産ライフ

星宮歌
恋愛
コツコツとレベルを上げて、生産していくゲームが好きなしがない女子大生、田中雪は、その日、妹に頼まれて手に入れたゲームを片手に通り魔に刺される。 女神『はい、あなた、転生ね』 雪『へっ?』 これは、生産ゲームの世界に転生したかった雪が、別のゲーム世界に転生して、コツコツと生産するお話である。 雪『世界観が壊れる? 知ったこっちゃないわっ!』 無事に完結しました! 続編は『悪役令嬢の神様ライフ』です。 よければ、そちらもよろしくお願いしますm(_ _)m

完璧(変態)王子は悪役(天然)令嬢を今日も愛でたい

咲桜りおな
恋愛
 オルプルート王国第一王子アルスト殿下の婚約者である公爵令嬢のティアナ・ローゼンは、自分の事を何故か初対面から溺愛してくる殿下が苦手。 見た目は完璧な美少年王子様なのに匂いをクンカクンカ嗅がれたり、ティアナの使用済み食器を欲しがったりと何だか変態ちっく!  殿下を好きだというピンク髪の男爵令嬢から恋のキューピッド役を頼まれてしまい、自分も殿下をお慕いしていたと気付くが時既に遅し。不本意ながらも婚約破棄を目指す事となってしまう。 ※糖度甘め。イチャコラしております。  第一章は完結しております。只今第二章を更新中。 本作のスピンオフ作品「モブ令嬢はシスコン騎士様にロックオンされたようです~妹が悪役令嬢なんて困ります~」も公開しています。宜しければご一緒にどうぞ。 本作とスピンオフ作品の番外編集も別にUPしてます。 「小説家になろう」でも公開しています。

悪役令嬢になりたくないので、攻略対象をヒロインに捧げます

久乃り
恋愛
乙女ゲームの世界に転生していた。 その記憶は突然降りてきて、記憶と現実のすり合わせに毎日苦労する羽目になる元日本の女子高校生佐藤美和。 1周回ったばかりで、2週目のターゲットを考えていたところだったため、乙女ゲームの世界に入り込んで嬉しい!とは思ったものの、自分はヒロインではなく、ライバルキャラ。ルート次第では悪役令嬢にもなってしまう公爵令嬢アンネローゼだった。 しかも、もう学校に通っているので、ゲームは進行中!ヒロインがどのルートに進んでいるのか確認しなくては、自分の立ち位置が分からない。いわゆる破滅エンドを回避するべきか?それとも、、勝手に動いて自分がヒロインになってしまうか? 自分の死に方からいって、他にも転生者がいる気がする。そのひとを探し出さないと! 自分の運命は、悪役令嬢か?破滅エンドか?ヒロインか?それともモブ? ゲーム修正が入らないことを祈りつつ、転生仲間を探し出し、この乙女ゲームの世界を生き抜くのだ! 他サイトにて別名義で掲載していた作品です。

処理中です...