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学院編 9 王太子の誕生日
287 悪役令嬢は時間と勝負する
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カツ……カツン。
「ああ……またマリナの勝ちだね」
チェス盤の上の駒を見つめて、セドリックは呆然とした。
「セドリック様はいつも同じ手で負けますわね」
「レイにも同じことを言われるよ。どうやったら勝てるのか、少しは考えろってね」
『天使の間』と呼ばれるとっておきの部屋で、日付が変わるまでチェスをしようと言ったのはマリナだった。セドリックを押し倒すような格好になったが、椅子から滑り降りて手を振りほどき、スカートの裾を直して侍従達にチェス盤を持ってくるよう頼んだのだ。
「マリナとチェスをするのは好きだけど、僕は他のことがしたくなったよ」
「飽きてしまわれましたの?……では」
「うん。折角二人でいるんだから、読書はなしだよ?」
立ち上がって手近な本棚から一冊手に取ったマリナの横に進み、セドリックはそっと本を掴んでテーブルに置いた。
「こ、この本、とても面白いんですよ!」
「……ええと、『グランディア北西部の山岳地帯における酪農業の振興と未来への展望』?」
――しまった!背表紙が綺麗で選んだら、全然知らない本だったわ。
「……と、アリッサが言っていたような気がして」
「そうなんだ?確か、レイも似たようなことを言っていたよ。ためになるから読んでみろって」
「本の好みも似ていますものね、あの二人は」
何とか世間話に持ち込んで場を繋いだものの、マリナは日付が変わるまでの時間、いかにしてセドリックに甘い雰囲気を出させないかを考えていた。彼は、侍従や侍女が大勢いるところでも、人目を気にせず迫ってくる。両親である国王夫妻は誰が見ていようがお構いなしに仲睦まじくしており、それが普通の生活をしてきた彼には、マリナに拒否されるのが不思議でならないのだ。侍従が見ているからとキスを拒んだところで、見ていなければ何をしてもいいのかと思われても困る。
――恥ずかしくて、無理なのに……。
本棚からおすすめの本を取り出したセドリックが、こちらをじっと見ているのに気づき、マリナははっと視線を上げた。
「どうしたの?……僕といるのは、つまらない?」
「いいえ!決してそんなこと……」
「さっきから上の空だよね?チェスをしている時も」
上の空のマリナにも負けたという事実を素直に受け入れているのか、セドリックは穏やかな微笑を浮かべて近づいてきた。
「何か、気になることがあるのかな?……それとも、気になる人がいるの?」
耳の傍で低い声で問いかけられ、マリナの心臓が大きく跳ねた。
「ハロルドは今日から侯爵と一緒にビルクールへ出かけているんだってね」
「ええ。父の用事で……」
続きを言いかけ、マリナはセドリックの瞳に不穏な影を見て固まった。
「……気になるんだ?」
「セドリック様?」
「いいんだよ。気になるならそうと言ってくれ。嘘をつかれるより余程マシだから」
「違います!」
「虚勢を張らなくても」
セドリックはマリナから顔を背け、椅子に戻ろうとする。彼の腕に飛びつき、
「だから、違うんです!」
とマリナは声を震わせた。
「……お父様とお兄様が出かけているのは本当です。王都から離れていますから、何かあったらと心配になるのは当然でしょう?私が上の空だったのは、あの……」
首を傾げ、セドリックはマリナの肩に手を置いて、揺れるアメジストの瞳の奥を覗いた。
「セドリック様と人前で、キ……スとか、したらと思うと……恥ずかしくて」
「ごめん、よく聞こえなかった」
――もう一度言えっていうの?
恥ずかしくてこれ以上何も言えないと、マリナは目で訴えた。対するセドリックは、青い瞳を輝かせてかなり嬉しそうだ。どう見ても、今の言葉を聞き逃したようには思えない。
「もう言いません!」
「僕と、何をするって?」
「聞こえたのでしょう?」
「ふふ……よく聞こえなかったよ?」
「意地悪ですわね」
ジト目で睨むが、この世の春状態のセドリックには効いていない。
「君が言ったのは、こういうこと?」
「え?」
あっと言う間に顎が上向かされ唇が重なる。瞳を閉じる暇さえなかった。
「あ、あ……!」
真っ赤になって抗議する。胸を拳で叩くと、セドリックはいよいよ笑いのツボにはまったらしい。大爆笑しながらマリナをぎゅっと抱きしめてきた。
「はは、あははは、真っ赤だよ、マリナ」
「誰のせいだと……!」
「恥ずかしいの?」
「当たり前です!」
「大聖堂の結婚式は、皆が見ている前でキスをするんだよ?今のうちに慣れておかないと大変だよね。……ね?」
何が、『ね?』なのか。余裕たっぷりの様子に軽く苛立った。
「慣れる?」
「マリナが恥ずかしいのに慣れるように、いっぱいキスしようね」
青い瞳が妖しく輝く。緊張感に耐えられず、睫毛長いな、などと客観的に見ていると、セドリックの最上級の笑顔が近づいてくる。
――ダメだって、ば!
ボーン、ボーン、ボーン……。
柱時計の鐘が十二回鳴った。
「十二時!日付が変わりましたわ!」
「……」
キスを逃して悔しそうな顔をしても無駄だ。マリナは勝ち誇った顔で
「お誕生日おめでとうございます、セドリック様」
と告げると、令嬢らしく礼をした。
「ああ……またマリナの勝ちだね」
チェス盤の上の駒を見つめて、セドリックは呆然とした。
「セドリック様はいつも同じ手で負けますわね」
「レイにも同じことを言われるよ。どうやったら勝てるのか、少しは考えろってね」
『天使の間』と呼ばれるとっておきの部屋で、日付が変わるまでチェスをしようと言ったのはマリナだった。セドリックを押し倒すような格好になったが、椅子から滑り降りて手を振りほどき、スカートの裾を直して侍従達にチェス盤を持ってくるよう頼んだのだ。
「マリナとチェスをするのは好きだけど、僕は他のことがしたくなったよ」
「飽きてしまわれましたの?……では」
「うん。折角二人でいるんだから、読書はなしだよ?」
立ち上がって手近な本棚から一冊手に取ったマリナの横に進み、セドリックはそっと本を掴んでテーブルに置いた。
「こ、この本、とても面白いんですよ!」
「……ええと、『グランディア北西部の山岳地帯における酪農業の振興と未来への展望』?」
――しまった!背表紙が綺麗で選んだら、全然知らない本だったわ。
「……と、アリッサが言っていたような気がして」
「そうなんだ?確か、レイも似たようなことを言っていたよ。ためになるから読んでみろって」
「本の好みも似ていますものね、あの二人は」
何とか世間話に持ち込んで場を繋いだものの、マリナは日付が変わるまでの時間、いかにしてセドリックに甘い雰囲気を出させないかを考えていた。彼は、侍従や侍女が大勢いるところでも、人目を気にせず迫ってくる。両親である国王夫妻は誰が見ていようがお構いなしに仲睦まじくしており、それが普通の生活をしてきた彼には、マリナに拒否されるのが不思議でならないのだ。侍従が見ているからとキスを拒んだところで、見ていなければ何をしてもいいのかと思われても困る。
――恥ずかしくて、無理なのに……。
本棚からおすすめの本を取り出したセドリックが、こちらをじっと見ているのに気づき、マリナははっと視線を上げた。
「どうしたの?……僕といるのは、つまらない?」
「いいえ!決してそんなこと……」
「さっきから上の空だよね?チェスをしている時も」
上の空のマリナにも負けたという事実を素直に受け入れているのか、セドリックは穏やかな微笑を浮かべて近づいてきた。
「何か、気になることがあるのかな?……それとも、気になる人がいるの?」
耳の傍で低い声で問いかけられ、マリナの心臓が大きく跳ねた。
「ハロルドは今日から侯爵と一緒にビルクールへ出かけているんだってね」
「ええ。父の用事で……」
続きを言いかけ、マリナはセドリックの瞳に不穏な影を見て固まった。
「……気になるんだ?」
「セドリック様?」
「いいんだよ。気になるならそうと言ってくれ。嘘をつかれるより余程マシだから」
「違います!」
「虚勢を張らなくても」
セドリックはマリナから顔を背け、椅子に戻ろうとする。彼の腕に飛びつき、
「だから、違うんです!」
とマリナは声を震わせた。
「……お父様とお兄様が出かけているのは本当です。王都から離れていますから、何かあったらと心配になるのは当然でしょう?私が上の空だったのは、あの……」
首を傾げ、セドリックはマリナの肩に手を置いて、揺れるアメジストの瞳の奥を覗いた。
「セドリック様と人前で、キ……スとか、したらと思うと……恥ずかしくて」
「ごめん、よく聞こえなかった」
――もう一度言えっていうの?
恥ずかしくてこれ以上何も言えないと、マリナは目で訴えた。対するセドリックは、青い瞳を輝かせてかなり嬉しそうだ。どう見ても、今の言葉を聞き逃したようには思えない。
「もう言いません!」
「僕と、何をするって?」
「聞こえたのでしょう?」
「ふふ……よく聞こえなかったよ?」
「意地悪ですわね」
ジト目で睨むが、この世の春状態のセドリックには効いていない。
「君が言ったのは、こういうこと?」
「え?」
あっと言う間に顎が上向かされ唇が重なる。瞳を閉じる暇さえなかった。
「あ、あ……!」
真っ赤になって抗議する。胸を拳で叩くと、セドリックはいよいよ笑いのツボにはまったらしい。大爆笑しながらマリナをぎゅっと抱きしめてきた。
「はは、あははは、真っ赤だよ、マリナ」
「誰のせいだと……!」
「恥ずかしいの?」
「当たり前です!」
「大聖堂の結婚式は、皆が見ている前でキスをするんだよ?今のうちに慣れておかないと大変だよね。……ね?」
何が、『ね?』なのか。余裕たっぷりの様子に軽く苛立った。
「慣れる?」
「マリナが恥ずかしいのに慣れるように、いっぱいキスしようね」
青い瞳が妖しく輝く。緊張感に耐えられず、睫毛長いな、などと客観的に見ていると、セドリックの最上級の笑顔が近づいてくる。
――ダメだって、ば!
ボーン、ボーン、ボーン……。
柱時計の鐘が十二回鳴った。
「十二時!日付が変わりましたわ!」
「……」
キスを逃して悔しそうな顔をしても無駄だ。マリナは勝ち誇った顔で
「お誕生日おめでとうございます、セドリック様」
と告げると、令嬢らしく礼をした。
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