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学院編 8 期末試験を乗り越えろ
270 悪役令嬢は特効薬に微笑む
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夜遅くになっても、アリッサは目を覚まさなかった。それどころか、熱が上がるばかりで、苦しそうな呼吸の中で時々愛しい彼の名前を呼んでいた。
「……レ……様、いか……な……で。レイ、さ、ま……」
涙が目尻からつうっと耳へと垂れていく。
「アリッサ……どんな夢を見ているのかしら」
ベッドの端に座り、アリッサの涙をハンカチで拭く。マリナは胸が苦しくなった。
「マリナお嬢様、夜も遅いですからお休みください。アリッサ様には私がついておりますので」
「リリー……私、アリッサが心配で」
「お気持ちは重々承知しております。ですが、明日は大事な期末試験の日です。ご自分の看病に疲れて、皆様が実力を発揮できなかったとお聞きになったら、アリッサ様が悲しまれますよ?」
「……」
唇を噛んで俯いたマリナの背中を撫で、自分のベッドへと誘導すると、リリーはアリッサの額を冷やしていた布を取り、手を赤くしながら冷水で濡らした。
◆◆◆
翌朝。まだ窓の外が暗い時間に、リリーが布巾を絞る音でジュリアは目覚めた。
「リリー……」
「ジュリア様、まだお休みになっていてよろしいのですよ」
「ううん、いい。……よし、最後に復習しておこうかなっと。アリッサの熱は?」
「まだ下がりませんわ。魔法薬の効果が出て、息苦しそうではなくなってきたのですけれど」
「そっか……しっかり休んでね、アリッサ」
ベッドの傍らで呼びかけると視線がこちらを向くが、身体を起こすのは辛いらしい。譫言のように、
「試験、……行かなきゃ」
「一番に、なら、ないと……」
と呟く。隣のベッドのマリナが溜息をつく。
「風邪を引いたのよ。今日はおとなしく寝ていなさい!」
「マリナちゃ……」
ベッドに入ったまま、三人の様子を見ていたエミリーが、安息の魔法をかけようとする。
「心配するなって。私達が敵を……っと、アリッサの分も試験、頑張るからさ」
レイモンドに手出しはするなと睨んだマリナに圧倒されて、ジュリアは慌てて言い直した。
「……」
熊のぬいぐるみの首を掴み、エミリーはアリッサの顔に無言で押し当てた。
「む、ぶふっ……エミリーちゃん?」
「……万能薬。これがあると、何でも治るんでしょ」
アリッサはふにゃっと破顔した。
「みんな……ありがとう。大好き」
笑顔のままアリッサはくたりと腕を下ろし、枕の隣で逆さまになった熊のぬいぐるみに見守られて眠りに落ちた。
◆◆◆
「えっ、キースの奴、置いてくんですか?」
男子寮の玄関で、アレックスは驚きの声を上げた。
「約束の時間までに来なかったのだから、当然だろう?」
「いいんですか、レイモンドさん。キースがいないとヤバ……ってか、俺じゃ魔法が使われても分かんないですよ?」
「ほんの数分、校舎まで歩くだけだ。人目もある。アイリーンもそうやすやすと魔法を使える環境ではないだろう」
「うーん……」
考え込んだアレックスを見て、レイモンドは口の端を上げて笑った。
「どうした?……不安か?」
「不安、っていうか、なんつーか」
「バラバラに登校すればそれだけ、あいつに絡まれる時間が増えるんだぞ。今日はセドリックと俺達は別行動にはなるが、アイリーンはおそらく、ある程度時間差があれば戻ってきてセドリックの登校に付きまとうつもりだろう。セドリックに付きまとわせないために、俺達があの女を捕まえておくんだ」
「捕まえる……」
「あいつの臣下として、変な女に誑かされるのを見過ごすわけにはいかないだろう?」
「そりゃ、そうですね。だから、殿下が寮を出る時間に俺達も出るわけですか」
レイモンドはアレックスの問いに答えず、視線だけで肯定した。
「行くぞ」
◆◆◆
「レイモンド様、アレックス君、おはようございますぅ」
短いスカートをひらひらさせて走ってきたアイリーンは、レイモンドの腕にタックルしようとした。さっと躱すと、一瞬鋭い視線で彼を睨み、満面の笑みに切り替える。
「あれぇ?今日は、セドリック殿下とキース君がいないんですねえ」
キースに至っては、クラスメイトでもあり、普段は呼び捨てにしているのだが、レイモンドの前では『君』をつけて呼ぶ。アリッサがそうしているのを真似たのかと、レイモンドは不快に思った。
「キースは集合に遅れた。セドリックは別の用事があるようだ」
勉強会にセドリックが参加しなかった時も、仲たがいしているとは言わないままでいた。常にセドリックが一人でいると知られれば、標的を変えて王太子を狙う可能性が高い。あくまでもレイモンド達に合流するとしておいた方がいい。
「ええー?残念ですぅ。皆で仲良く登校したいなぁって思ってたのに」
「今日は期末試験だ。対策は十分だと思うが、心してかかるようにな」
「はぁーい!」
ぎゅ。
アイリーンは油断していたレイモンドの腕に腕を絡めた。
「ね、レイモンド様ぁ」
「……」
「アイリーンがいい点数を取ったら、いっぱい褒めてくださいね?」
「……満点ならな」
「約束ですよぉ?……それで、ご褒美に」
絡めていない手をレイモンドの胸にそっと当てる。
「レイモンド様の心、貰っちゃっていいですよね?」
一瞬光が迸り、レイモンドの歩みが止まった。後ろを歩いていたアレックスが、急ぎ足で追いつき、彼の表情を覗き見る。
「……?」
「どうした、アレックス?」
「い、いえ。……何かあったのかなって」
「俺はどうもしないぞ。気のせいだろう?」
素っ気なく返答したレイモンドは、腕に絡みつくアイリーンに蕩けるような笑顔を向けた。
「……レ……様、いか……な……で。レイ、さ、ま……」
涙が目尻からつうっと耳へと垂れていく。
「アリッサ……どんな夢を見ているのかしら」
ベッドの端に座り、アリッサの涙をハンカチで拭く。マリナは胸が苦しくなった。
「マリナお嬢様、夜も遅いですからお休みください。アリッサ様には私がついておりますので」
「リリー……私、アリッサが心配で」
「お気持ちは重々承知しております。ですが、明日は大事な期末試験の日です。ご自分の看病に疲れて、皆様が実力を発揮できなかったとお聞きになったら、アリッサ様が悲しまれますよ?」
「……」
唇を噛んで俯いたマリナの背中を撫で、自分のベッドへと誘導すると、リリーはアリッサの額を冷やしていた布を取り、手を赤くしながら冷水で濡らした。
◆◆◆
翌朝。まだ窓の外が暗い時間に、リリーが布巾を絞る音でジュリアは目覚めた。
「リリー……」
「ジュリア様、まだお休みになっていてよろしいのですよ」
「ううん、いい。……よし、最後に復習しておこうかなっと。アリッサの熱は?」
「まだ下がりませんわ。魔法薬の効果が出て、息苦しそうではなくなってきたのですけれど」
「そっか……しっかり休んでね、アリッサ」
ベッドの傍らで呼びかけると視線がこちらを向くが、身体を起こすのは辛いらしい。譫言のように、
「試験、……行かなきゃ」
「一番に、なら、ないと……」
と呟く。隣のベッドのマリナが溜息をつく。
「風邪を引いたのよ。今日はおとなしく寝ていなさい!」
「マリナちゃ……」
ベッドに入ったまま、三人の様子を見ていたエミリーが、安息の魔法をかけようとする。
「心配するなって。私達が敵を……っと、アリッサの分も試験、頑張るからさ」
レイモンドに手出しはするなと睨んだマリナに圧倒されて、ジュリアは慌てて言い直した。
「……」
熊のぬいぐるみの首を掴み、エミリーはアリッサの顔に無言で押し当てた。
「む、ぶふっ……エミリーちゃん?」
「……万能薬。これがあると、何でも治るんでしょ」
アリッサはふにゃっと破顔した。
「みんな……ありがとう。大好き」
笑顔のままアリッサはくたりと腕を下ろし、枕の隣で逆さまになった熊のぬいぐるみに見守られて眠りに落ちた。
◆◆◆
「えっ、キースの奴、置いてくんですか?」
男子寮の玄関で、アレックスは驚きの声を上げた。
「約束の時間までに来なかったのだから、当然だろう?」
「いいんですか、レイモンドさん。キースがいないとヤバ……ってか、俺じゃ魔法が使われても分かんないですよ?」
「ほんの数分、校舎まで歩くだけだ。人目もある。アイリーンもそうやすやすと魔法を使える環境ではないだろう」
「うーん……」
考え込んだアレックスを見て、レイモンドは口の端を上げて笑った。
「どうした?……不安か?」
「不安、っていうか、なんつーか」
「バラバラに登校すればそれだけ、あいつに絡まれる時間が増えるんだぞ。今日はセドリックと俺達は別行動にはなるが、アイリーンはおそらく、ある程度時間差があれば戻ってきてセドリックの登校に付きまとうつもりだろう。セドリックに付きまとわせないために、俺達があの女を捕まえておくんだ」
「捕まえる……」
「あいつの臣下として、変な女に誑かされるのを見過ごすわけにはいかないだろう?」
「そりゃ、そうですね。だから、殿下が寮を出る時間に俺達も出るわけですか」
レイモンドはアレックスの問いに答えず、視線だけで肯定した。
「行くぞ」
◆◆◆
「レイモンド様、アレックス君、おはようございますぅ」
短いスカートをひらひらさせて走ってきたアイリーンは、レイモンドの腕にタックルしようとした。さっと躱すと、一瞬鋭い視線で彼を睨み、満面の笑みに切り替える。
「あれぇ?今日は、セドリック殿下とキース君がいないんですねえ」
キースに至っては、クラスメイトでもあり、普段は呼び捨てにしているのだが、レイモンドの前では『君』をつけて呼ぶ。アリッサがそうしているのを真似たのかと、レイモンドは不快に思った。
「キースは集合に遅れた。セドリックは別の用事があるようだ」
勉強会にセドリックが参加しなかった時も、仲たがいしているとは言わないままでいた。常にセドリックが一人でいると知られれば、標的を変えて王太子を狙う可能性が高い。あくまでもレイモンド達に合流するとしておいた方がいい。
「ええー?残念ですぅ。皆で仲良く登校したいなぁって思ってたのに」
「今日は期末試験だ。対策は十分だと思うが、心してかかるようにな」
「はぁーい!」
ぎゅ。
アイリーンは油断していたレイモンドの腕に腕を絡めた。
「ね、レイモンド様ぁ」
「……」
「アイリーンがいい点数を取ったら、いっぱい褒めてくださいね?」
「……満点ならな」
「約束ですよぉ?……それで、ご褒美に」
絡めていない手をレイモンドの胸にそっと当てる。
「レイモンド様の心、貰っちゃっていいですよね?」
一瞬光が迸り、レイモンドの歩みが止まった。後ろを歩いていたアレックスが、急ぎ足で追いつき、彼の表情を覗き見る。
「……?」
「どうした、アレックス?」
「い、いえ。……何かあったのかなって」
「俺はどうもしないぞ。気のせいだろう?」
素っ気なく返答したレイモンドは、腕に絡みつくアイリーンに蕩けるような笑顔を向けた。
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