上 下
436 / 794
学院編 8 期末試験を乗り越えろ

264 悪役令嬢とラ・ヴィ・アン・ローズ

しおりを挟む
翌朝。
期末試験前日だというのに、アリッサは朝から人生薔薇色状態だった。
「うふふふ、うふふ、うふふふふ……」
大好きな熊のぬいぐるみを抱きしめて、ネグリジェ姿でベッドの上をゴロゴロ、ゴロゴロと行き来している。
「……病気?」
怪訝そうな目でエミリーが呟く。毎晩夜更かしして勉強しているせいで、目の下に隈ができている。

「嬉しいのよ、今晩、愛しのレイ様に会えるんですもの」
「レイモンドは校内でも会わないように徹底してるからなー」
「そのせいもあって、昨日、セドリック様と仲たがいしてしまったのよね……」
「へえー」
「ジュリアちゃん、どうでもよさそうだね」
「喧嘩なんて、あの二人で成り立つんだなと思って。絶対殿下が謝って終わりのパターンだと思ったから」
アリッサとエミリーもジュリアの予想に頷いている。セドリックはレイモンドに勝てないと皆思っているのだ。

「セドリック様は機会を見て謝るつもりのようだけれど、しばらく続きそうね。きっと、今朝の登校は別々になるでしょう」
「アイリーンはどっちに絡むのかな?王太子殿下?それともレイ様?アレックス君は王太子様と一緒かな?」
「分からないわ……アイリーンが誰についていったとしても、私達は皆様とご一緒できないわね。ハーリオン侯爵令嬢が、ヒロインと攻略対象が一緒にいるところに来て邪魔をする、よくあるイベントが発生しそうだもの」

乙女ゲーム『とわばら』は、授業を受けることでランダムにヒロイン自身のパラメーターが上がるほかに、毎日の行動を朝・昼・放課後の三回選択し、攻略対象とのイベントを発生させる仕様である。朝のイベントは、普通科なら授業の前に自習する、剣技科・魔法科なら朝練をするというパラメーター上げもできるが、攻略対象の好感度が高かった場合、自習や朝練を選択する前にヒロインを誘いに来る。これが登校イベントである。
好感度を上げたくないキャラに誘われた時や、パラメーター上げを重視したい時は、断ることもできる。一緒に校舎まで行ければ好感度があがり、一緒に行こうとして侯爵令嬢に邪魔されると好感度は殆ど上がらない。

「……邪魔、しにいけば?」
明らかに寝起きのボサボサ髪をリリーに整えてもらいながら、エミリーが吐き捨てる。マシューは登校イベントで現れないが、魔法科で朝練を選択すると一定確率で登場する。ゲームプレイ中のエミリーは、朝の選択肢は朝練一択だった。
「なんだー、残念。アレックスと朝練しようと思ったのに」
ジュリアはベッドに身を投げ出した。

「朝練できないなら、もうちょっと寝ようかな。……あ。マリナ、ねえ」
「何よ。寝ながら呼びつけて、いいご身分ね」
「ごめん。あのさ、噂の話。確認したいことがあるんだよね、ナントカファンクラブに」
「……セディマリFC?」
「あ、それそれ。殿下とマリナを応援する会みたいなやつ。レナードの先輩の彼女がさ、トイレの窓の向こうで話してた四、五人の集団がいたって言うんだよ。マリナの体調を気にしてたって」

「それが、セディマリFCだっていうの?」
ジュリアは何度も頷いた。
「そ。マリナに敵意がある奴らなら、具合が悪くなったらざまあみろって思うんじゃない?私は絶対、噂をしていたのはマリナのファンだと思ったの」
「ファンなのに、妊娠騒ぎを広めたわけ?」
「違うよ。マリナの噂をしていたファンクラブの話に、途中から加わった人間がいるって。そいつが妊娠説をでっちあげたんだよ。ファンクラブメンバーが誤解するように仕向けたんだ」

「ジュリア、あなた、犯人捜しを始める気なの?」
「もう始めてる。ファンクラブのメンバーの、窓の外で噂をしていた人に会いたいんだよ」
腹筋を使って、すっと起き上がったジュリアは、探偵漫画の名台詞を口走りながら、ベッドからベッドへとジャンプして行った。

   ◆◆◆

レイモンド一行を避けて、いつもより早く登校したジュリアは、教室にいた数少ない生徒の中から一番に友人に声をかけた。
「おはよー、レナード」
「……あ、ああ、おはよう、ジュリアちゃん」
「お?顔色悪い?……さては昨日、いっぱい勉強したね?抜け駆けするつもりでしょ」
「はは。抜け駆けだなんて。俺は元からきちんと授業に取り組んでるからね、今さら慌てたりしないの」
腰に手を当てて胸を張り、レナードは軽くウインクした。

「そうなの?」
「信じてない?……じゃあ、俺と賭けをしよっか?試験で俺が勝ったら、ジュリアちゃんの唇をいただくよ」
「えー?レナードが負けたらどうするの?」
「俺の唇を奪っていいよ?好きなだけ」
「って、どっちも同じじゃん!」
「バレたか……」

ビシッ。
手加減したチョップを食らわせるジュリアの手を、レナードは楽しそうに受け止める。
「ははは……でもね、俺、こんなこと誰にでも言うわけじゃないよ?」
「そりゃそうよ。うちのクラスは私以外男子だもん」
「他の女の子がいたって、俺はジュリアちゃんに勝負を挑むと思うな」
彼の目から見て、自分は簡単に打ち負かせそうな相手なのかと、ジュリアは普段の行いを悔いた。授業中に寝ているし、宿題も写させてもらってばかりだ。
「勝負にならないって。今回、本っ当に自信ないの。兄様に教わってるけど、どこが分かんないかも分かんないって感じで」
「あー……」
レナードが眉を八の字にして残念そうな顔をした。

   ◆◆◆

「エミリーさん、お客様よ」
あまり話したこともない女子生徒に言われ、エミリーは面倒くさそうに廊下に出た。左右を見回しても、見覚えがある生徒はいない。
――気のせい?
休み時間も勉強を続けている自分を妨害しようという企みではないかと疑いたくなる。

「あ、あのっ……」
「……誰?」
身長はエミリーより頭半分高いが、妙におどおどした女子生徒が声をかけてきた。全く見覚えがない。制服とネクタイの色から察するに、普通科二年の生徒のようだ。
「私、ハーリオンさんにお話があって。……少し付き合ってくださるかしら?」
「期末試験の勉強で忙しいのだけど」
相手が二年生でも、エミリーは全く遠慮しない。
「そ、そうよね。でも……少しだけだから、ね?」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢が美形すぎるせいで話が進まない

陽炎氷柱
恋愛
「傾国の美女になってしまったんだが」 デブス系悪役令嬢に生まれた私は、とにかく美しい悪の華になろうとがんばった。賢くて美しい令嬢なら、だとえ断罪されてもまだ未来がある。 そう思って、前世の知識を活用してダイエットに励んだのだが。 いつの間にかパトロンが大量発生していた。 ところでヒロインさん、そんなにハンカチを強く嚙んだら歯並びが悪くなりますよ?

婚約破棄をいたしましょう。

見丘ユタ
恋愛
悪役令嬢である侯爵令嬢、コーデリアに転生したと気づいた主人公は、卒業パーティーの婚約破棄を回避するために奔走する。 しかし無慈悲にも卒業パーティーの最中、婚約者の王太子、テリーに呼び出されてしまうのだった。

転生したら攻略対象者の母親(王妃)でした

黒木寿々
恋愛
我儘な公爵令嬢リザベル・フォリス、7歳。弟が産まれたことで前世の記憶を思い出したけど、この世界って前世でハマっていた乙女ゲームの世界!?私の未来って物凄く性悪な王妃様じゃん! しかもゲーム本編が始まる時点ですでに亡くなってるし・・・。 ゲームの中ではことごとく酷いことをしていたみたいだけど、私はそんなことしない! 清く正しい心で、未来の息子(攻略対象者)を愛でまくるぞ!!! *R15は保険です。小説家になろう様でも掲載しています。

婚約破棄ですか。ゲームみたいに上手くはいきませんよ?

ゆるり
恋愛
公爵令嬢スカーレットは婚約者を紹介された時に前世を思い出した。そして、この世界が前世での乙女ゲームの世界に似ていることに気付く。シナリオなんて気にせず生きていくことを決めたが、学園にヒロイン気取りの少女が入学してきたことで、スカーレットの運命が変わっていく。全6話予定

【完結】死がふたりを分かつとも

杜野秋人
恋愛
「捕らえよ!この女は地下牢へでも入れておけ!」  私の命を受けて会場警護の任に就いていた騎士たちが動き出し、またたく間に驚く女を取り押さえる。そうして引っ立てられ連れ出される姿を見ながら、私は心の中だけでそっと安堵の息を吐く。  ああ、やった。  とうとうやり遂げた。  これでもう、彼女を脅かす悪役はいない。  私は晴れて、彼女を輝かしい未来へ進ませることができるんだ。 自分が前世で大ヒットしてTVアニメ化もされた、乙女ゲームの世界に転生していると気づいたのは6歳の時。以来、前世での最推しだった悪役令嬢を救うことが人生の指針になった。 彼女は、悪役令嬢は私の婚約者となる。そして学園の卒業パーティーで断罪され、どのルートを辿っても悲惨な最期を迎えてしまう。 それを回避する方法はただひとつ。本来なら初回クリア後でなければ解放されない“悪役令嬢ルート”に進んで、“逆ざまあ”でクリアするしかない。 やれるかどうか何とも言えない。 だがやらなければ彼女に待っているのは“死”だ。 だから彼女は、メイン攻略対象者の私が、必ず救う⸺! ◆男性(王子)主人公の乙女ゲーもの。主人公は転生者です。 詳しく設定を作ってないので、固有名詞はありません。 ◆全10話で完結予定。毎日1話ずつ投稿します。 1話あたり2000字〜3000字程度でサラッと読めます。 ◆公開初日から恋愛ランキング入りしました!ありがとうございます! ◆この物語は小説家になろうでも同時投稿します。

悪役令嬢の居場所。

葉叶
恋愛
私だけの居場所。 他の誰かの代わりとかじゃなく 私だけの場所 私はそんな居場所が欲しい。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ※誤字脱字等あれば遠慮なく言ってください。 ※感想はしっかりニヤニヤしながら読ませて頂いています。 ※こんな話が見たいよ!等のリクエストも歓迎してます。 ※完結しました!番外編執筆中です。

シナリオ通り追放されて早死にしましたが幸せでした

黒姫
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢に転生しました。神様によると、婚約者の王太子に断罪されて極北の修道院に幽閉され、30歳を前にして死んでしまう設定は変えられないそうです。さて、それでも幸せになるにはどうしたら良いでしょうか?(2/16 完結。カテゴリーを恋愛に変更しました。)

ヒロインではないので婚約解消を求めたら、逆に追われ監禁されました。

曼珠沙華
恋愛
「運命の人?そんなの君以外に誰がいるというの?」 きっかけは幼い頃の出来事だった。 ある豪雨の夜、窓の外を眺めていると目の前に雷が落ちた。 その光と音の刺激のせいなのか、ふと前世の記憶が蘇った。 あ、ここは前世の私がはまっていた乙女ゲームの世界。 そしてローズという自分の名前。 よりにもよって悪役令嬢に転生していた。 攻略対象たちと恋をできないのは残念だけど仕方がない。 婚約者であるウィリアムに婚約破棄される前に、自ら婚約解消を願い出た。 するとウィリアムだけでなく、護衛騎士ライリー、義弟ニコルまで様子がおかしくなり……?

処理中です...