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学院編 8 期末試験を乗り越えろ
258 悪役令嬢は勝手な噂に悩む
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二時間目と三時間目の間の休み時間に、マリナはやっと教室に現れた。前の席のアリッサが振り向き、顔色が幾分回復したのを見て喜んだ。
「少しは楽になったわ」
「よかった。マリナちゃんが元気になって」
「まだ万全ではないわ。……ねえ、それより、さっきから視線が痛いんだけれど、何か知らない?」
「……」
アリッサは急に無言になって視線を落とした。
「し、試験勉強しなきゃね!」
「アリッサ。知っていることがあるなら教えて。お願いよ」
「……聞いても怒らない?」
「怒る?どうして?」
「マリナちゃん、きっとショックを受けると思うの」
制服のブレザーの袖口から出た、特注ブラウスのフリルを弄りながら、アリッサはもじもじと上目づかいで姉の表情を窺った。
「いいわ、怒らないって約束する。だから、教えて?」
アリッサの指先を優しく握り、安心させるようにゆっくりと言った。
「噂に、なってるの。……マリナちゃんに……赤ちゃんができたって」
「はあああああ!?」
つい大声で叫んでしまい、マリナは慌てて咳払いで誤魔化した。アリッサの顔を窓に向けさせ
「ああ、ゆ、雪が降って来たわね!」
と棒読みで言い、ぎこちない動きで窓を指す。
「首……苦しいよ、マリナちゃん」
不自然な体勢になった妹が文句を言う。
「ごめんね。……どうしてそんなことに?」
「この間まで、王太子様の『お手付き』って噂があったでしょ?あれが消えないうちに、今朝マリナちゃんが食堂で吐きそうになって」
――あれか。
マリナは頭を抱えた。多くの令嬢方が青ざめて口を押さえ、トイレへ猛ダッシュするマリナを見ただろう。噂に尾ひれがつくのも当然だ。
「でね、朝のうちに噂が本当かどうか、王太子様に尋ねた人がいたらしいの」
「セドリック様は否定されたんでしょう?」
アリッサはゆるゆると頭を振った。
「嘘……信じられない!」
次の瞬間、マリナは普通科二年の教室に向けて早足で歩きだしていた。
◆◆◆
二時間目が終わった後、ジュリアに近寄ってきたレナードが、肩を寄せてこっそり話しかけてきた。
「ねえ、ジュリアちゃん」
「どしたの?内緒話?」
「しっ、声が大きいよ。……本当なの?あの噂」
「噂?」
「お姉さん……マリナちゃんが王太子殿下のお手付きになって、殿下が心変わりして捨てられたけど、実は妊娠していたって」
「何それ」
「よく知らないけど、女子寮はその噂でもちきりなんじゃないの?俺も彼女持ちの先輩から聞いたから」
「マリナの具合が悪いのは本当だよ。でもさ、あとは勝手な想像だってば」
「よかった」
「おい」
不機嫌な声と共に、レナードの身体が後ろに引かれた。
「何、二人でひそひそ話してんだよ」
「アレックス……」
「単なる噂話だよ。噂話なんて興味がないだろ?」
レナードが肩を竦める。
「殿下とマリナが、……っていう、あれか?」
頬をほんのり赤くしてちらちらとジュリアの顔を見る。シャイなアレックスははっきりと口にできないらしい。
「そ。誰が流してるんだか、いい迷惑なんだよね」
「あ、そ、そうだよな!殿下はどうでも、マリナには迷惑だよな」
「……確かに、ジュリアちゃんの言う通りだよね。誰かが悪意を持って噂を流しているとしか思えない。貞操観念に問題があるとでも言わんばかりに。まるで王太子妃候補から引きずり下ろそうとしているみたいだ」
「ていそう……?」
首を傾げたアレックスを置き去りに、ジュリアはレナードと話を続けた。
「レナードの先輩は彼女から聞いたんだよね?」
「そうだって言ってたよ」
「先輩の彼女は、誰から聞いたのかな?」
「……まさか、噂の出所を突き止める気?」
はっと猫目を丸くしたレナードが言う。それには答えずに、ジュリアは歯を見せてニッと笑った。
◆◆◆
休み時間の度に教室から出ていくアイリーンのピンク色の髪を遠目に見て、エミリーはアスタシフォン語の教科書に視線を戻した。
「エミリーさん」
「何?」
「お話があるのですが」
「勉強してるから、後にして」
「そう言って、さっきも断られましたよね」
「……」
面倒くさそうに視線を上げたエミリーは、キースが今にも泣きそうな顔をしていると気づき、一先ず相手をすることに決めた。理由はここで泣かれたら面倒だからだ。
「試験勉強……頑張っていますね」
「まあね」
「僕と婚約するのは、それほど嫌ですか?」
「試験で競うって言い出したのはキースでしょ」
「はい。……僕はあなたに男として見てほしかったんです。婚約者になりうる相手だと」
エミリーの中でのキースの位置は、あくまで親しい友人の域を出ない。友人でもあり、時には可哀想な役回りをさせられる使い走りだ。だが、彼がいなければ、エミリーはまともに授業に出席すらしなかっただろう。
――感謝は、してるんだよね……。
「……そう」
「僕の両親は魔導士です。この学院の同級生で、二人とも魔法科でした。エンウィ家の家訓で、当主とその継嗣は、自分と同等かそれ以上の能力を持つ魔導士を妻に迎えることになっています。困った父は、親友である母に相談しました」
「親友?」
「同等の魔力を持つ魔導士で、ライバルでもありました。……今では強い信頼と愛情で結ばれた夫婦です」
「だから、友達の私と婚約を?」
「友情からでも愛情は育てられると、僕は思います。エミリーさんが僕を意識していないことは重々承知しています。……でも、僕はあなたに恋し、初めて会った時からあなたに憧れているんです」
「キース、ここ、教室……」
休み時間の教室は少し騒がしいが、彼のよく通る声は周囲に聞こえているようだ。
「少し……落ち着いて、ね?」
「エミリーさん……僕は……」
「とにかく、話はお預け。……試験が終わるまでは、私達は敵同士。……違う?」
見つめながら首を傾げると、キースは真っ赤になって首を縦に振った。
キースはかなり本気だとエミリーは思った。期末試験で彼の点数を超えなければ、婚約は免れようもない。他の男と婚約したら、マシューは……?
――ヒロインが相手じゃなくても、魔王化するのかな?
素朴な疑問を感じつつ、エミリーは再び教科書を丸暗記し始めた。
「少しは楽になったわ」
「よかった。マリナちゃんが元気になって」
「まだ万全ではないわ。……ねえ、それより、さっきから視線が痛いんだけれど、何か知らない?」
「……」
アリッサは急に無言になって視線を落とした。
「し、試験勉強しなきゃね!」
「アリッサ。知っていることがあるなら教えて。お願いよ」
「……聞いても怒らない?」
「怒る?どうして?」
「マリナちゃん、きっとショックを受けると思うの」
制服のブレザーの袖口から出た、特注ブラウスのフリルを弄りながら、アリッサはもじもじと上目づかいで姉の表情を窺った。
「いいわ、怒らないって約束する。だから、教えて?」
アリッサの指先を優しく握り、安心させるようにゆっくりと言った。
「噂に、なってるの。……マリナちゃんに……赤ちゃんができたって」
「はあああああ!?」
つい大声で叫んでしまい、マリナは慌てて咳払いで誤魔化した。アリッサの顔を窓に向けさせ
「ああ、ゆ、雪が降って来たわね!」
と棒読みで言い、ぎこちない動きで窓を指す。
「首……苦しいよ、マリナちゃん」
不自然な体勢になった妹が文句を言う。
「ごめんね。……どうしてそんなことに?」
「この間まで、王太子様の『お手付き』って噂があったでしょ?あれが消えないうちに、今朝マリナちゃんが食堂で吐きそうになって」
――あれか。
マリナは頭を抱えた。多くの令嬢方が青ざめて口を押さえ、トイレへ猛ダッシュするマリナを見ただろう。噂に尾ひれがつくのも当然だ。
「でね、朝のうちに噂が本当かどうか、王太子様に尋ねた人がいたらしいの」
「セドリック様は否定されたんでしょう?」
アリッサはゆるゆると頭を振った。
「嘘……信じられない!」
次の瞬間、マリナは普通科二年の教室に向けて早足で歩きだしていた。
◆◆◆
二時間目が終わった後、ジュリアに近寄ってきたレナードが、肩を寄せてこっそり話しかけてきた。
「ねえ、ジュリアちゃん」
「どしたの?内緒話?」
「しっ、声が大きいよ。……本当なの?あの噂」
「噂?」
「お姉さん……マリナちゃんが王太子殿下のお手付きになって、殿下が心変わりして捨てられたけど、実は妊娠していたって」
「何それ」
「よく知らないけど、女子寮はその噂でもちきりなんじゃないの?俺も彼女持ちの先輩から聞いたから」
「マリナの具合が悪いのは本当だよ。でもさ、あとは勝手な想像だってば」
「よかった」
「おい」
不機嫌な声と共に、レナードの身体が後ろに引かれた。
「何、二人でひそひそ話してんだよ」
「アレックス……」
「単なる噂話だよ。噂話なんて興味がないだろ?」
レナードが肩を竦める。
「殿下とマリナが、……っていう、あれか?」
頬をほんのり赤くしてちらちらとジュリアの顔を見る。シャイなアレックスははっきりと口にできないらしい。
「そ。誰が流してるんだか、いい迷惑なんだよね」
「あ、そ、そうだよな!殿下はどうでも、マリナには迷惑だよな」
「……確かに、ジュリアちゃんの言う通りだよね。誰かが悪意を持って噂を流しているとしか思えない。貞操観念に問題があるとでも言わんばかりに。まるで王太子妃候補から引きずり下ろそうとしているみたいだ」
「ていそう……?」
首を傾げたアレックスを置き去りに、ジュリアはレナードと話を続けた。
「レナードの先輩は彼女から聞いたんだよね?」
「そうだって言ってたよ」
「先輩の彼女は、誰から聞いたのかな?」
「……まさか、噂の出所を突き止める気?」
はっと猫目を丸くしたレナードが言う。それには答えずに、ジュリアは歯を見せてニッと笑った。
◆◆◆
休み時間の度に教室から出ていくアイリーンのピンク色の髪を遠目に見て、エミリーはアスタシフォン語の教科書に視線を戻した。
「エミリーさん」
「何?」
「お話があるのですが」
「勉強してるから、後にして」
「そう言って、さっきも断られましたよね」
「……」
面倒くさそうに視線を上げたエミリーは、キースが今にも泣きそうな顔をしていると気づき、一先ず相手をすることに決めた。理由はここで泣かれたら面倒だからだ。
「試験勉強……頑張っていますね」
「まあね」
「僕と婚約するのは、それほど嫌ですか?」
「試験で競うって言い出したのはキースでしょ」
「はい。……僕はあなたに男として見てほしかったんです。婚約者になりうる相手だと」
エミリーの中でのキースの位置は、あくまで親しい友人の域を出ない。友人でもあり、時には可哀想な役回りをさせられる使い走りだ。だが、彼がいなければ、エミリーはまともに授業に出席すらしなかっただろう。
――感謝は、してるんだよね……。
「……そう」
「僕の両親は魔導士です。この学院の同級生で、二人とも魔法科でした。エンウィ家の家訓で、当主とその継嗣は、自分と同等かそれ以上の能力を持つ魔導士を妻に迎えることになっています。困った父は、親友である母に相談しました」
「親友?」
「同等の魔力を持つ魔導士で、ライバルでもありました。……今では強い信頼と愛情で結ばれた夫婦です」
「だから、友達の私と婚約を?」
「友情からでも愛情は育てられると、僕は思います。エミリーさんが僕を意識していないことは重々承知しています。……でも、僕はあなたに恋し、初めて会った時からあなたに憧れているんです」
「キース、ここ、教室……」
休み時間の教室は少し騒がしいが、彼のよく通る声は周囲に聞こえているようだ。
「少し……落ち着いて、ね?」
「エミリーさん……僕は……」
「とにかく、話はお預け。……試験が終わるまでは、私達は敵同士。……違う?」
見つめながら首を傾げると、キースは真っ赤になって首を縦に振った。
キースはかなり本気だとエミリーは思った。期末試験で彼の点数を超えなければ、婚約は免れようもない。他の男と婚約したら、マシューは……?
――ヒロインが相手じゃなくても、魔王化するのかな?
素朴な疑問を感じつつ、エミリーは再び教科書を丸暗記し始めた。
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