413 / 794
学院編 8 期末試験を乗り越えろ
243 悪役令嬢は命名にダメ出しする
しおりを挟む
「キース、君、猫を飼っていたんだね。いつから?」
セドリックが興味深そうにキースの胸元を見た。制服のブレザーの合わせに顔を出した子猫は、ちょこんと前足を出して気怠そうに「にゃあ」と鳴いた。
「は、はい。最近……」
最近どころか、昼に拾ってきた野良猫である。飼い猫であると言っても疑われないために、浄化の魔法をかけて小奇麗にしたのだ。灰色だと思っていた毛色は白く輝いている。白銀と言っても過言ではない。
「可愛いねえ。僕も猫を飼いたいって思っていたんだけど、ブリジットが猫アレルギーでね」
にこにこと笑顔を振りまく王太子の隣で、レイモンドが厳しい顔をしている。
「学院の寮で動物を飼うのは認められていないはずだが?」
「あの、ええと、これは……」
キースは口ごもった。こういう時のために、エミリーと口裏を合わせてきたのだ。
「使い魔です」
「使い魔?」
セドリックとアレックスが同時に声を上げた。
「なるほどな。魔導士の特権というやつか」
「それなら納得できますわね、レイモンド様。さっきからすごく、魔力を感じますもん」
アイリーンが手を伸ばそうとすると、子猫はビクッと身体を震わせ、キースが心配そうに背を撫でた。
「僕以外の人には慣れていないんです」
「その子、名前は何て言うの?」
セドリックが訊ねる。アレックスが顎に手を当てて、
「毛が白いから、……シロか」
と呟いたが、誰も相手にしていなかった。
「名前は……」
キースは再び窮地に立った。細かい設定は考えていなかった。変な名前をつけたら、猫に意識を乗せたエミリーが怒るだろう。
「名前は、ハニーです。……ねー、ハニー?」
――はあっ!?どこの色男よ。
「にゃあ!?」
キースの胸元で子猫がもぞもぞと動く。シャツの胸に軽く爪を立てた。
「こ、こら、やめ……エミリー!」
「にゃ!」
「……に怒られるぞ」
――何とか誤魔化した?危なすぎるわよ、キース。
「いたずらっ子だね、ふふ」
セドリックが青い目を細めて、子猫の頭を撫でた。
「随分活発な子猫だな。名前が気に入らないのではないか?」
レイモンドが撫でようとすると、子猫は威嚇した声を出す。
「私にも抱っこさせて!」
キースから奪うように子猫を抱き上げたアイリーンは、手を思いっきり引っかかれた。
「痛い!何よ、この猫!」
跳ね飛ばされた子猫は、床にぶつかる寸前でレイモンドが拾い上げた。
「動物に八つ当たりするのは感心しないな」
「レイモンド様、わ、私……引っかかれてびっくりしちゃって」
悲劇の乙女を装うアイリーンに、エミリーは威嚇を続ける。宥めるように毛並みを撫でるレイモンドを気にしている余裕はなかった。
――濃い、魔法の気配がする!
「レイモンド様、私……」
子猫を抱く腕にそっとアイリーンの指先が近づいた。
――ダメ!
「にゃあっ!」
エミリーはアイリーン目がけて、渾身の力を振り絞って飛びついた。人間の姿でも、これほど瞬発力を使ったことなどない気がする。
「きゃあっ!」
ガタガタガタ。
机を押し、椅子を倒し、アイリーンは床に尻餅をついた。アイリーンからすぐに飛び降り、椅子と机を器用に足場に使って、エミリーは再びレイモンドの前に降り立った。
「……お前は……」
緑の瞳が眼鏡の奥で眇められる。じっと見つめられること、五秒。
――ヤバい、感づかれた?
エミリーの背筋に悪寒が走った。身を引いて逃げようと構えた瞬間、レイモンドの手が子猫の身体を包み、ふわりと宙に持ち上げられた。
◆◆◆
「……何だ。急に呼び出して」
医務室に転移魔法で現れたマシューは、兄の友人であるロンに不機嫌を隠そうともしない。
「店番頼むわ」
「断る」
「これから打ち合わせがあるのよ、あたし。宮廷魔導士兼任だから」
「鍵をかけて、不在の札を出していけばいいだろう?」
「そういうわけにもいかないの」
ロンは白いローブをバサバサさせて大股でマシューに近寄り、彼の黒いローブをギリギリ引っ張ってベッドへ連れていく。
「お、おい!何の真似だ!」
「勘違いしないで。アンタみたいなでかい男、あたしの好みじゃないわ。……見て」
バサッ。
天蓋のカーテン部分が捲られる。
「なっ……」
マシューはベッドの上に目が釘付けになった。
「あら、結構寝相悪いのね、この子」
青白い顔で横たわるエミリーは、動物使役魔法で意識を猫に乗せているため、完全に意識がない状態だ。しかし、猫の姿で身体を動かすと、夢を見ている時と同様に、多少人間の身体が動くのである。アイリーン相手に大暴れした今、ベッドの上のエミリーは上半身が仰向け、下半身がうつ伏せで身体をねじった格好だった。当然、短いスカートは完全に捲れ上がっている。言わばパンツ丸見え状態だ。
「触るな!」
寝具をかけて隠そうとしたロンの手をマシューが振り払い、ビリッと電撃が走る。
「ちょっと!」
「悪い……つい……」
「……ったく、毛布をかけるわよ。いいわね?」
「ああ」
「時々様子を見て、かけてやってよね。意識が戻って、自分がパンツ丸見えで寝てたって気づいたら、年頃の女の子だもの、傷つくと思うのよね」
「ああ」
心なしか顔を赤らめているマシューを見て、ロンは楽しくて仕方がなかった。
「終わったら、キースがここに猫を連れて来るから」
「ところで、エミリーはどうしたんだ?具合が悪いのか?」
「あれ、言ってなかったっけ?動物使役魔法よ」
「何?聞いていないぞ」
「過保護なアンタに反対されると思って言えなかったんでしょ。いきなり叱ったりしちゃダメよ。ただでさえ、七つも上のオッサンなんだから、嫌われたら最後、速攻でキースに掻っ攫われるわよ?」
「キース……」
「今日も一緒だもの。仲がいいのねえ」
医務室の鍵に付けられたキーリングに指をかけてくるくると回し、ロンはマシューに向けて放った。
「部屋を出る時は鍵をかけて。じゃ、ヨロシクー!」
軽くウインクして踵を返し、赤紫の髪の魔導士は颯爽と部屋を後にした。
セドリックが興味深そうにキースの胸元を見た。制服のブレザーの合わせに顔を出した子猫は、ちょこんと前足を出して気怠そうに「にゃあ」と鳴いた。
「は、はい。最近……」
最近どころか、昼に拾ってきた野良猫である。飼い猫であると言っても疑われないために、浄化の魔法をかけて小奇麗にしたのだ。灰色だと思っていた毛色は白く輝いている。白銀と言っても過言ではない。
「可愛いねえ。僕も猫を飼いたいって思っていたんだけど、ブリジットが猫アレルギーでね」
にこにこと笑顔を振りまく王太子の隣で、レイモンドが厳しい顔をしている。
「学院の寮で動物を飼うのは認められていないはずだが?」
「あの、ええと、これは……」
キースは口ごもった。こういう時のために、エミリーと口裏を合わせてきたのだ。
「使い魔です」
「使い魔?」
セドリックとアレックスが同時に声を上げた。
「なるほどな。魔導士の特権というやつか」
「それなら納得できますわね、レイモンド様。さっきからすごく、魔力を感じますもん」
アイリーンが手を伸ばそうとすると、子猫はビクッと身体を震わせ、キースが心配そうに背を撫でた。
「僕以外の人には慣れていないんです」
「その子、名前は何て言うの?」
セドリックが訊ねる。アレックスが顎に手を当てて、
「毛が白いから、……シロか」
と呟いたが、誰も相手にしていなかった。
「名前は……」
キースは再び窮地に立った。細かい設定は考えていなかった。変な名前をつけたら、猫に意識を乗せたエミリーが怒るだろう。
「名前は、ハニーです。……ねー、ハニー?」
――はあっ!?どこの色男よ。
「にゃあ!?」
キースの胸元で子猫がもぞもぞと動く。シャツの胸に軽く爪を立てた。
「こ、こら、やめ……エミリー!」
「にゃ!」
「……に怒られるぞ」
――何とか誤魔化した?危なすぎるわよ、キース。
「いたずらっ子だね、ふふ」
セドリックが青い目を細めて、子猫の頭を撫でた。
「随分活発な子猫だな。名前が気に入らないのではないか?」
レイモンドが撫でようとすると、子猫は威嚇した声を出す。
「私にも抱っこさせて!」
キースから奪うように子猫を抱き上げたアイリーンは、手を思いっきり引っかかれた。
「痛い!何よ、この猫!」
跳ね飛ばされた子猫は、床にぶつかる寸前でレイモンドが拾い上げた。
「動物に八つ当たりするのは感心しないな」
「レイモンド様、わ、私……引っかかれてびっくりしちゃって」
悲劇の乙女を装うアイリーンに、エミリーは威嚇を続ける。宥めるように毛並みを撫でるレイモンドを気にしている余裕はなかった。
――濃い、魔法の気配がする!
「レイモンド様、私……」
子猫を抱く腕にそっとアイリーンの指先が近づいた。
――ダメ!
「にゃあっ!」
エミリーはアイリーン目がけて、渾身の力を振り絞って飛びついた。人間の姿でも、これほど瞬発力を使ったことなどない気がする。
「きゃあっ!」
ガタガタガタ。
机を押し、椅子を倒し、アイリーンは床に尻餅をついた。アイリーンからすぐに飛び降り、椅子と机を器用に足場に使って、エミリーは再びレイモンドの前に降り立った。
「……お前は……」
緑の瞳が眼鏡の奥で眇められる。じっと見つめられること、五秒。
――ヤバい、感づかれた?
エミリーの背筋に悪寒が走った。身を引いて逃げようと構えた瞬間、レイモンドの手が子猫の身体を包み、ふわりと宙に持ち上げられた。
◆◆◆
「……何だ。急に呼び出して」
医務室に転移魔法で現れたマシューは、兄の友人であるロンに不機嫌を隠そうともしない。
「店番頼むわ」
「断る」
「これから打ち合わせがあるのよ、あたし。宮廷魔導士兼任だから」
「鍵をかけて、不在の札を出していけばいいだろう?」
「そういうわけにもいかないの」
ロンは白いローブをバサバサさせて大股でマシューに近寄り、彼の黒いローブをギリギリ引っ張ってベッドへ連れていく。
「お、おい!何の真似だ!」
「勘違いしないで。アンタみたいなでかい男、あたしの好みじゃないわ。……見て」
バサッ。
天蓋のカーテン部分が捲られる。
「なっ……」
マシューはベッドの上に目が釘付けになった。
「あら、結構寝相悪いのね、この子」
青白い顔で横たわるエミリーは、動物使役魔法で意識を猫に乗せているため、完全に意識がない状態だ。しかし、猫の姿で身体を動かすと、夢を見ている時と同様に、多少人間の身体が動くのである。アイリーン相手に大暴れした今、ベッドの上のエミリーは上半身が仰向け、下半身がうつ伏せで身体をねじった格好だった。当然、短いスカートは完全に捲れ上がっている。言わばパンツ丸見え状態だ。
「触るな!」
寝具をかけて隠そうとしたロンの手をマシューが振り払い、ビリッと電撃が走る。
「ちょっと!」
「悪い……つい……」
「……ったく、毛布をかけるわよ。いいわね?」
「ああ」
「時々様子を見て、かけてやってよね。意識が戻って、自分がパンツ丸見えで寝てたって気づいたら、年頃の女の子だもの、傷つくと思うのよね」
「ああ」
心なしか顔を赤らめているマシューを見て、ロンは楽しくて仕方がなかった。
「終わったら、キースがここに猫を連れて来るから」
「ところで、エミリーはどうしたんだ?具合が悪いのか?」
「あれ、言ってなかったっけ?動物使役魔法よ」
「何?聞いていないぞ」
「過保護なアンタに反対されると思って言えなかったんでしょ。いきなり叱ったりしちゃダメよ。ただでさえ、七つも上のオッサンなんだから、嫌われたら最後、速攻でキースに掻っ攫われるわよ?」
「キース……」
「今日も一緒だもの。仲がいいのねえ」
医務室の鍵に付けられたキーリングに指をかけてくるくると回し、ロンはマシューに向けて放った。
「部屋を出る時は鍵をかけて。じゃ、ヨロシクー!」
軽くウインクして踵を返し、赤紫の髪の魔導士は颯爽と部屋を後にした。
0
お気に入りに追加
751
あなたにおすすめの小説
婚約破棄をいたしましょう。
見丘ユタ
恋愛
悪役令嬢である侯爵令嬢、コーデリアに転生したと気づいた主人公は、卒業パーティーの婚約破棄を回避するために奔走する。
しかし無慈悲にも卒業パーティーの最中、婚約者の王太子、テリーに呼び出されてしまうのだった。
悪役令嬢が美形すぎるせいで話が進まない
陽炎氷柱
恋愛
「傾国の美女になってしまったんだが」
デブス系悪役令嬢に生まれた私は、とにかく美しい悪の華になろうとがんばった。賢くて美しい令嬢なら、だとえ断罪されてもまだ未来がある。
そう思って、前世の知識を活用してダイエットに励んだのだが。
いつの間にかパトロンが大量発生していた。
ところでヒロインさん、そんなにハンカチを強く嚙んだら歯並びが悪くなりますよ?
転生したら攻略対象者の母親(王妃)でした
黒木寿々
恋愛
我儘な公爵令嬢リザベル・フォリス、7歳。弟が産まれたことで前世の記憶を思い出したけど、この世界って前世でハマっていた乙女ゲームの世界!?私の未来って物凄く性悪な王妃様じゃん!
しかもゲーム本編が始まる時点ですでに亡くなってるし・・・。
ゲームの中ではことごとく酷いことをしていたみたいだけど、私はそんなことしない!
清く正しい心で、未来の息子(攻略対象者)を愛でまくるぞ!!!
*R15は保険です。小説家になろう様でも掲載しています。
婚約破棄ですか。ゲームみたいに上手くはいきませんよ?
ゆるり
恋愛
公爵令嬢スカーレットは婚約者を紹介された時に前世を思い出した。そして、この世界が前世での乙女ゲームの世界に似ていることに気付く。シナリオなんて気にせず生きていくことを決めたが、学園にヒロイン気取りの少女が入学してきたことで、スカーレットの運命が変わっていく。全6話予定
【完結】死がふたりを分かつとも
杜野秋人
恋愛
「捕らえよ!この女は地下牢へでも入れておけ!」
私の命を受けて会場警護の任に就いていた騎士たちが動き出し、またたく間に驚く女を取り押さえる。そうして引っ立てられ連れ出される姿を見ながら、私は心の中だけでそっと安堵の息を吐く。
ああ、やった。
とうとうやり遂げた。
これでもう、彼女を脅かす悪役はいない。
私は晴れて、彼女を輝かしい未来へ進ませることができるんだ。
自分が前世で大ヒットしてTVアニメ化もされた、乙女ゲームの世界に転生していると気づいたのは6歳の時。以来、前世での最推しだった悪役令嬢を救うことが人生の指針になった。
彼女は、悪役令嬢は私の婚約者となる。そして学園の卒業パーティーで断罪され、どのルートを辿っても悲惨な最期を迎えてしまう。
それを回避する方法はただひとつ。本来なら初回クリア後でなければ解放されない“悪役令嬢ルート”に進んで、“逆ざまあ”でクリアするしかない。
やれるかどうか何とも言えない。
だがやらなければ彼女に待っているのは“死”だ。
だから彼女は、メイン攻略対象者の私が、必ず救う⸺!
◆男性(王子)主人公の乙女ゲーもの。主人公は転生者です。
詳しく設定を作ってないので、固有名詞はありません。
◆全10話で完結予定。毎日1話ずつ投稿します。
1話あたり2000字〜3000字程度でサラッと読めます。
◆公開初日から恋愛ランキング入りしました!ありがとうございます!
◆この物語は小説家になろうでも同時投稿します。
悪役令嬢の居場所。
葉叶
恋愛
私だけの居場所。
他の誰かの代わりとかじゃなく
私だけの場所
私はそんな居場所が欲しい。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
※誤字脱字等あれば遠慮なく言ってください。
※感想はしっかりニヤニヤしながら読ませて頂いています。
※こんな話が見たいよ!等のリクエストも歓迎してます。
※完結しました!番外編執筆中です。
シナリオ通り追放されて早死にしましたが幸せでした
黒姫
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢に転生しました。神様によると、婚約者の王太子に断罪されて極北の修道院に幽閉され、30歳を前にして死んでしまう設定は変えられないそうです。さて、それでも幸せになるにはどうしたら良いでしょうか?(2/16 完結。カテゴリーを恋愛に変更しました。)
ヒロインではないので婚約解消を求めたら、逆に追われ監禁されました。
曼珠沙華
恋愛
「運命の人?そんなの君以外に誰がいるというの?」
きっかけは幼い頃の出来事だった。
ある豪雨の夜、窓の外を眺めていると目の前に雷が落ちた。
その光と音の刺激のせいなのか、ふと前世の記憶が蘇った。
あ、ここは前世の私がはまっていた乙女ゲームの世界。
そしてローズという自分の名前。
よりにもよって悪役令嬢に転生していた。
攻略対象たちと恋をできないのは残念だけど仕方がない。
婚約者であるウィリアムに婚約破棄される前に、自ら婚約解消を願い出た。
するとウィリアムだけでなく、護衛騎士ライリー、義弟ニコルまで様子がおかしくなり……?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる